叔母の雪
叔母の雪
雪国の人にとって雪は、大方、迷惑なものだろう。
重労働な毎日の除雪、屋根からの滑落事故、底冷えする日々など。
雪の溶ける日まで、それが繰り返される。
雪国の経験がない私には、その程度の知識しかない。
こちらでひとたび雪が降ると、車は突然渋滞し、スリップ事故、電車の遅延、転倒と、雪国の人からみれば「どうして?」と思うような事が起こりだす。
もちろん私も、その一人だ。
雪が降った翌朝、轍<わだち>に沿ってバイクで走っていた。
交通量のほとんどない曲道。
私はバイクの速度をぐっと落とし、ゆっくりと曲がった。
ドタン
見事に、無様に倒れた。
幸いケガはなかったものの、雪の怖さを思い知った。
それでも雪には、人の心を動かす何かを感じている。
今年のお正月も、叔母の家に新年の挨拶に行った。
すると、10年以上前の話をしてくれた。
その年は大晦日から珍しく雪が降り続き、叔母の家に行った時には、そこそこの雪が積もり、静かなお正月の空気だった。
新年の挨拶をすませ、抹茶をいただき、お菓子を食べていると、同年代の親戚もやってきた。
久しぶりと話しをしているうちに、外で雪合戦をやろうという事になった。
叔母はもちろん家の中にいたが、私たちは年甲斐もなく外に出て雪合戦を始めた。
雪が珍しい育ちである。
人通りが少ない静かな裏道で、私達はまるで子供のようにはしゃぎまわった。
息を切らしながら叔母のところに戻ると、「楽しかったかね」とニコニコしながら聞いてきた。
きっと私達が肩で息をする表情から、それを読み取ったのだろう。
叔母は、嬉しそうだった。
あれから、お正月に雪は降っていない。
今でも時折、あの親戚が叔母の家に行くと、その時の雪合戦の話をするらしい。
あの時が一番楽しかった、と。
叔母も、そうなのだろうか。
叔母は、その話を繰り返す。
叔母の心に、今も雪が降っている。