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セカイガラクタ【短編小説集】  作者: 桃音ゆあ
2/2

世界知らずの君

 純粋な貴方が、ここに来た。

 そんな貴方の『無』を象徴とした色素のない瞳に、見事ながら魅入る自分が、いた。



 世界知らずの君


 貴方は、世界を知ることなく“此方側”へと魂を揺るがせた。此方側にとって貴方は罪に問われるものではないが、確かに少しばかり哀れな気も僕としてはある。


『わたしはだれ』


 口から声などでる由もない。しかし貴方には、その言葉がお似合いだ。

 言葉も知らないままにして貴方は運に敗れたのだから。


『わたしはなに』


 そう、貴方は訴えかけてもいいだろう。

 貴方は貴方自身の存在すら知りえないのだから。


 疑問。それさえも生まれない『無』の中にのみ佇む貴方は、何故“あの世界”に入れなかった理を述べようと、何一つ変わる可能性はないのである。だからせめてもの救いとし、無意味だと理解しつつも僕は貴方に名前を与えた。


「貴方の名前は“メイ”といいます。貴方、メイは、命という漢字より名付けました」


 その名前は罪を犯した無責任なる貴方の親に、一番理解してほしい言葉であり。

 貴方に、一番大切にされるべきであったモノなのだ。


「メ…イ…?」


 刹那、僕の耳に透き通った音が入った気がした。貴方、メイの声なのだろうか。

 いいや、メイは話すことすら出来ない魂だという身なのだ。無論、声を発する訳もない。



 空耳かと耳を疑いもう一度、白色のみが支配したこの場所に映る、メイの魂を視界に入れた。

 そこには変化なきメイの魂のヒトガタが映し出されるのみである。


「貴方の魂の形は、嘗てなるべき貴方の姿、だったのです」


 付け加え、教えこむようにメイへと台詞を告げる。

 真実を伝えるべく、僕は貴方の目の前にて身を屈めた。


 無意味、であるとは思うのだけれども。

 貴方の魂は、他とは違う。


 世界へ生まれることを許されないまま、此方へと来たのだ。

 汚れた無責任の親の。勝手な行動行為によって。


「貴方は顔も知らぬ親の腹の中で死んだのです」


 勿論、貴方の親に貴方の存在など脳の片端からもいずれ外されるのだ。

 残された貴方。


 世界の誰にも必要とされなかった、貴方。


 世界の誰からも呼ばれることのなかった、メイ。


――――命。 


 この全てを理解出来た時に、貴方はどんな表情をするのだろうか。

 どう、この真実を受け止めるというのか。


 生みの母を、恨むのだろうか。


 生き物を、恨むのだろうか。


 

 計りしれない感情に、興味が湧いた。


「メイ…」


 再びの空耳、いや、空耳ではない。透き通ったソプラノトーンの声。

 メイの魂を凝視すると、間もなく彼女の魂の形は自ら光を放ち、僕の視界を遮った。



 ――メイ。



「わたしは、メイ」


 はっと意識が戻る。我に返り、声のする方向へと顔を傾けた。


「わたしの、なまえは、メイ」


 声を発する方角に立つのは、色を帯びた紛れもないメイの姿。

 青色の、深く吸い込まれそうな瞳に人間離れした薄い水色の癖のある髪。

 黒色の模様のない長袖ワンピース。白い肌。

 そして、どこか人工的な、しかしながらも整った容貌。


 これが、本来の、メイの、なるべき姿だというのか。


 待て。


 何故言葉が通じるのだ。

 一度も、生き物の世界にその足で立ったことはないというのに。


「あなたは?」


 彼女の表情には、恨みも何もなかった。


「僕ですか?」


 一瞬にして大量の情報を取り込んだがために、情報処理のついていかない状況にて、思わず疑問に疑問を返してしまう。


「あなたは、誰?」

「僕は単なる……そうですね、死神と呼ぶのでしょうか」


 魂が秩序なるものか混沌なるものかを、判別する存在。

 すなわち、魂の管理者の一人。


「そう……死神さん。私にメイという名前をくれて、ありがとう」


 そう彼女は笑った。

 やはり、純粋なる魂に変化はないのであろう。

 ただ、その言葉に儚さを覚えたがために、自然と口は動いていた。


「名前くらいそんな大したものではないです。貴方は生き物の世界に必要とされなかった、哀れな魂。全てに捨てられるなんて、悲しいことですよ?」


「悲しい……なら、」


 一度俯きまた再び顔を上げた少女はまたしても笑う。


「なら、死神さんが、私を必要として下さい。そうすれば、私は悲しくなくなるでしょ?」


「……は?」


 ……全く、軽い発想である。


 純粋な魂。


「それは、駄目なの?」

「いえ、そうではなくて、」


「じゃあ、良いでしょう?」


 不意討ち。



 純粋である世界を知らない貴方は常に笑顔でいた。

 つまりは、悲しさを知らなかったのである。

 ―――世界知らずの君。

  

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