1.新天地で
目が覚めるとそこは異世界だった。
なーんて物語、最近よくある気がする。現実逃避の願望の現れなんかねぇ、などと他人事だった自分が今になっては後悔するばかりだ。
なぜなら。
僕こと橘幸太は今異世界にいるからだ。
◇
僕は成田発ロサンゼルス着の飛行機の中にいた。席はエコノミー。運よく窓際の席に座れ、窓からは飛行機の羽、エンジンが見え少し興奮する。留学、って言ってもそんな大層なものではない。ただ親の仕事の都合上ってな具合だ。2,3年すればまた日本に帰ってくる。
切っ掛けは冬の寒さも抜け、春らしい陽気が柔らかみを増した頃のことだった。
「今度の転属先は海外で、な?俺と母さんはこれから暫くアメリカへ行くんだがお前はどうする?」
唐突な話だった。大事な話っぽく話すのではなく、そこの醤油を取ってくれ、みたいな雰囲気で語りだすものだから本当に勘弁してほしいものだ。出張になったから有無を言わせずついてこい。なんて言われるよりかはよっぽどマシだが。両親からしたらついていくにしても、残ってもどちらでも良いのだろう。僕がなんとか一人暮らし出来だろう程度には家事ができるのは周知のことだったからだ。唯一心配だと言われているのは残った場合、朝起きれなくて遅刻の常習犯になってしまうのではないかってところであろう。そうなる自覚があるので強く否定できないところが悔しい限りである。しかし海外、か。話は少し変わるが僕はいつしか日常がつまらない、そう感じていた。ぼんやりと、見えてるものが色褪せて見えていた。慣れ、なのだろうか?よくわからない。それを聞いた時、初めての引越し、初めての飛行機、初めての海外。両親の提案は全てが僕の目には瑞々しく映り、煌びやかに輝いていた。気が付けば何時の間にか「ついていく」そう答えていた。
機内アナウンスが流れ、ゆっくりと僕たちを乗せた飛行機が動き出す。日本との別れも寸前に近づいているのだ。
それにしても日本での暮らしはとても良かったように思う。いや、なんとなくの寂しさから言っているのでは無い。父が会社員で母が専業主婦で一人っ子。親父がゲーマーだった為ゲームとか沢山やれたり。おばあちゃんとかから臨時のおこずかいなんか貰えちゃったりしてお金的にも余裕があったり。
そんな元の暮らしはたしかに満ち足りていた。だけど人間満ち足りると物足りなくなる動物だと思う。例えば、俺の友達に漆黒の裾の長いコート、眼帯、左目だけの赤色カラコン、包帯を身につけて、右手に刻まれし封印が~、とか言っちゃってる人がいた気がする。あくまで友達の話だ。
よくよく考えてみれば多分僕は今までの生活に飽きかけてたんだと思う。だから極端な話だが、勇者や、英雄に憧れる。物語の主人公に憧れる。でもみんなそんなことが起こるのは物語の中だけ、と悲しいことに子供のようにはなれず割り切れてしまう。夢と妄想は1つにはなかなかならないのだろう。
だから僕は諦めていた。もう厨二病からは卒業したのだ。未練は多分無い。
それにもし現実社会で未だに未練たらたらとそれを言っている自分が居たならば、と想像すると精神かなりくるものがある。発狂しちゃう。
そんな異世界に転生しただとか、異世界に転移しちゃっただとか、夢見るくらいならお金持ちになる方法だったり、女の子にモテる方法を考えた方がよっぽどマシだ。考えたところで何のアイディアも浮かばないのが僕のアイデンティティである。いやぁ、自己嫌悪がどんどん強くなるね。なるべくお気楽に生きたいもんだ。けども。もし、そんなことがあるのならば、どんなに人生楽しくなるだろうか。どんなにワクワクと、心が躍るだろうか。いいじゃないか。諦めてようと妄想は自由だ。誰にも止められない自分だけのものだ。わーるどいずまいん。いやちょっと違うか。
ちらりと携帯の時計を見る。夜の9時を過ぎていた。あぁ、後で時計弄らないとな。そう考えて気だるくなる。僕が付けているのは防水が売りのやっすい腕時計だ。その割には雨などで水にで濡れて何度か買い直している。これだから安物は、と愚痴りたくなるのも仕方無いと思う。ブルーな気持ちを紛らわすように妄想をしながら寝よう。時差ボケも飛行機の中で眠れば割りとマシになるらしい。そうだな、やはり憧れるのは剣が舞い魔法が飛び交う中世ヨーロッパ風の異世界。目指すは最強の剣士だろうか、最巧の魔道士だろうか。あ、最狂の道化師ってのもいいと思う。
そう考えて足に小さめのタオルケットを巻く。飛行機内は意外と寒くなると聞いたことがある。初めての海外に思いを馳せながら僕は目をそっと閉じた。
熱い。寒い。痛い。重い。苦しい。遠くで誰かが叫んでるように見えた。けど、とっても眠い。頼むから寝かせてくれ。少し意識が覚醒してきたのか、今気が付いたが、なんだか知らないが妙な浮遊感があり少し落ち着かない。まるで海に放り出されたような。それに鉄のこぶし大の大きさから僕の体の2,3倍ぐらいまでの様々な金属やガラスの破片が漂っていた。いや手を動かし目を擦ろうとした。寝ぼけ眼で見た自分の手にはベッタリと血が付いていた。咄嗟に思った。あぁ、夢か。それにしても嫌な夢だ。まるで乗ってた飛行機が不時着したかのような。あまりの悲惨な夢に僕は意識を手放した。すると、光が僕を包み込んだ、気がする。微睡み、沈む意識の中にはもしかしたら召喚の魔法の煌きが見えたのかもしれない。
◇
と言う経緯で僕は異世界に召喚されたのだった。
あれが夢だったのか現実だったのかよくわからない。なんせ確認のしようがないからな。多分、夢。だと信じたい。
深く息を吸いゆっくりと吐いた。気持ちを切り替えるにはやはり深呼吸だ。僕はきょろきょろとあたりを見回した。窓があった。窓というより穴、だろうか。ガラスは嵌めこまれていない。部屋は中々に高所に位置しているみたいだった。窓から手を伸ばすとなにかにぶつかる。少し力を入れて押すと。触れているところが淡く輝いた。なんぞ、これ?外の風景をみれば、まずどデカイ城下町のようなもの、すこし視線を町の外へと向けると鬱蒼と生茂る森林。どっからどうみても異世界である。こんな風景見たことが無い。召喚、城と来て、あとはかわいいお姫様が現れ、
「助けてください!勇者様!!」
なーんて言えば完璧に異世界物語はじまったか、だ。その後王様と謁見して勇者の剣とか色々なチート装備を貰って、姫様と愉快な仲間たちと一緒に冒険して。魔王を倒したら姫様と結婚する。見えた!僕は未来予知というチート能力を神様から貰ったみたいだ!神様ありがたや。
早速能力を発動してみようじゃないか。ふむふむ、人が来るみたいだな。ほら今にも扉が勢いよく開くだろう。そして息を切らして僕が居る部屋に飛び込んでくるだろう。いや、慌ただしい足音が聞こえただけナンダケドネ。それにチート能力は無かったみたいだ。残念。
しかしちょっと心配なのは召喚されば場所だ。場所はと言うと、かなり広い部屋の中だ。ざっと見渡しても僕が通っていた学校の小ぶりだった体育館と同じぐらいの大きさだろうか。まぁ体育館ほど天井は高くはないが。部屋の左右には威厳を示すかのようにいくつもの大きな鎧が飾られている。そして部屋の中央にある扉から真っ直ぐ部屋を縦断するレッドカーペット。部屋の中央には上座、下座を分けるように段差が存在し上座側には鮮やかな深紅が輝く厳かな雰囲気のするとても高額そうな椅子。僕は気が付いたらこれに座っていた。予想していた古めかしい蔵のような建物に、複雑な魔法陣が描かれた床に尻もちを付いた状態とはかけ離れていてちょっと混乱気味である。別にテンプレじゃなきゃ嫌だというわけではないが、これって絶対王様とかが座る椅子だよね?座っちゃってて大丈夫かしら?という不安しか頭の中には無いのだ。
なんて考えてるうちに足音が大きくなっていた。近くまで迫っているのだろう。ほら、そろそろ扉が開く。
バタン!快音を鳴らし扉を開けて何かが飛び出して来た。あまりの轟音に驚いて椅子から立ってしまう。いや悪いかどうかなんて知らないし、そもそも座った状態で目を覚ましたのだから別に座っててもいい気がするのだがなんとなく、ね。
肌は焦げ茶色、と黒の中間といったところか。黒と言っても明るめな黒で、漆黒の凍えるような雰囲気や、ババ色のような汚らしさもない。上手く言えないが小麦色の肌をもっと日焼けさせたらそうなる。みたいな色をしている。かわいらしい女の子だ。だがよくよく見ると、普通ありえない物が3つほどくっ付いていた。まず額には2本の角。背中には一対の大きな蝙蝠のような翼。そしてもっと視線を下げていくと臀部の辺りから生えているのだろうか、矢尻のように先の尖った尻尾がふよふよと忙しなく動いていた。走ってきたのだろう切らした息を整うのを彼女は待ち、そして口を開いた。
「魔族を・・・魔族をお救いください!魔王様!」