思慕
少年はバスケットボールを枕にして、と書いて済ませるべき一文を延々と書き直している女子中学生がいた。
彼女には分かっていた。どこか広い場所で、ひとりの少年が横になっているのを。
そして彼女は痛切にそのことを感じた。誰よりも美しくそれを書かなければいけないと、使命感にも似たものがいつの間にか芽生えていた。
たったひとりで横になっている少年である。
それなら、と彼女は考えた。ありとあらゆる物を枕にすることが可能だ。
時には、顔の見えない誰かに膝枕をしてもらっている少年、もっといえばそれを空想している少年というふうにも考えてみることが彼女にはあった。だが、結局はバスケットボールのところに少年を戻す。
彼女にとってそれは甘美な行為だった。
そこから書き進めないことにより、机から離れている時、少年のバックボーンも小説の可能性もまったく未知のものとして感じられ、彼女にはそれが嬉しかった。
書かないことにより、作者が思いのままに人を動かせるという、普通は、書く人間にとって唯一にして最大の特権に該当するそれだが、女子中学生にしてみればあまり熱中できない部分から距離をおくことができ、ただ見るということだけに集中できて、彼女にはそれが嬉しかった。
ただただ、横になっている少年について思いを巡らせるだけになり、女子中学生はあまり手を動かすこともなくなり、見ようによっては机に就いているだけの女子に彼女はなっていった。
少年がどのような場所にいるのかすらも、彼女には分からなかった。
目を閉じているのか開けているのか、分からなかった。
血を流しているのかいないのか、分からなかった。
枕にしてストップ、それ以上は彼女は書き込むことをしなかったから。
枕がわりにしているものを書き換えるだけ、ただそれだけで、少年の物語はガラリと様相を変えるのが彼女には、手触りで分かるのだった。
毎日のように、思うさま少年を見つめ続け、そして、それだけ。
この物語には、もちろんこれより先はない。もう女子中学生も気がついている。今破くか、もっと後になってから破くかだと。違いがあるとすればその程度なのだと。




