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練習時間






 電気のついた部屋の中央に小さな木椅子が四つ置かれてある。

 表情のない女たちに表情のない声で腰かけるようにいわれ、木椅子に腰かけた子供たちは三人。窓がないのか、カーテンが重たく閉じきっている部屋なのか、空気はひんやりとして動かない。



 三人の背後にそれぞれ張りつくようにして立った女性たちに共通しているのは、くすんだ色の重たげな洋服とヒールのない靴、感情というもののない顔、そして椅子の高い背に置かれた左手だ。

 私服姿の三人の小学生も、顔から笑みが消えてから長い時間が経過しているようだ。

 普段の学校生活での自分らしさをみんななくしてしまっている。



 男子は一人だけだ。彼は何度も、断りもなく椅子から立ち上がろうとする。

 そのたびに背後の女性の左手が肩に置かれ、男の子は情けない悲鳴を上げることになる。

 他の二人の少女は目の端でその光景をとらえていて、考えを巡らせる。そして二人の少女のうち一人は一度だけ、と心にいって、前を向いたまま口を開く。

「服のシワを、直させてほしいです」



 すると後ろから手が伸びてきて、女の子は怪力で肩をつかまれ、服のシワは余計に増えるだけの結果に終わる。少女は唇を噛んで痛みのための涙、それから事態を受け容れるための涙をしばしのあいだ流す。





 少女が泣き終わる。それを待っていたかのように、背後の女性は耳元に顔を寄せる。

 何事か囁かれている。ここで唯一の男子はそちらには注意を向けておらず、自分とばかり話しているふうだったが、もう一人の女の子はもちろん違う。

 二人の女の子の目が合い、それはこの部屋で一番大きな声でいうことができるさよなら。



 一番めの女の子が震える声でいう。

「かれの家の庭に、その穴があるとおしえてくれたのは、園児時代のころから知ってる女の子でした。いまはもう、話すことはなかったし、これからもたぶんありません。



「というのも、その穴は、ひとから貰った手紙をたべてくれる穴らしいからです。そんな話ができる子はこの町には、わたしはかの女くらいしかいないと思います。その日、かの女は何をしたいのかよくわからないパンケーキを出してもくれましたが、なぜかあれ以降、校内でわたしたちは声をかけることすらなくなっています。



「どうしても消化しなければならない手紙。わたしは、それをずっと持ったまま、どうするべきかもわからないまま、育ちました。手紙を破く。もやす。海にときはなつ。そういうのは、問題外でした。それ、手紙は読むためのものではありません。すくなくとも、わたしは手紙は読まないとすでに決めている者でした。だから、暗い穴。それをおしえてもらったとき、すぐにわかりました。わたしに必要なものは穴だったんだと、すぐにわかりました。『子供サイズのあたしたちには、とても大きくて、闇の深い穴なの』とわたしの知ってるあの子はいっていました。注意して、と。『絶対に落としてはいけない何かまで落としてしまうかも、それにあそこには男の子もいる』。でもわたしはいつか手紙を持って、一人で、かれの庭にいかないといけません。どうしても」





 部屋から少女の声の響きが消えるのを十分に待って、背後に立つ女がふたたび何事か囁く。

 一番めの女の子はずっと無表情のまま、その椅子から立ち上がる。それが見えないかのように、女たちは見向きもしない。

 女の子は部屋の扉を開け、外に出ていく。それが聞こえないかのように、女たちは見向きもしない。





 二番めの女の子は関西そだちらしい、前の女の子よりも話し慣れした声でいう。

「あたしやったらジョイやろって思うようなんでも、ちょっとだけ寝ただけでもぉスキマすらあかんなるって、ノーカラーとか論外やし。これがどこにも旅しないための旅やったらえぇのにな、って波打ち際はあたしに向かって訳知り顔してましたけど、雪、だらしなく降ってきて笑ぉてもーた。あたしってゆう意味不明さ、くびのへんが特に活発化してます。結局はこれ、ここ、あたしの地面なんやなって。やけど、あたしはほんまに縁を切りたいんです最近、あたしが知ってるオンナの歩き方とは、ほんまにお別れしたい、ゆうときたいだけちゃうんとかでなく。



「『あの日の竜の影はあたしらみんなの影やったな』って未だに頭ンなかでゆうとんのってあたしらしさってゆうの、ありなんでしょうか。『カミナリばっかりずるいわ、広々しとる』って未だに頭ンなかでゆうとんのってあたしらしさってゆうの、ありなんでしょうか。こんなんやったらあのオンナの、マカロニサラダかポテトサラダかあんたどっちがえぇのやって、部屋までききにくるようなもん。



「僕の影にお隠れなさい、つって誰かゆーてくれたら掬われてましたね。や、やけどなんも掬うことなく掬われることもなく、あたしは来たから、あたしの影にお隠れなさい、つって咄嗟にサニーデイできんのとちゃうかなって、あたしは思っとるんです」





 二番めの女の子も部屋を出ていく。

 そうして最後にかれだけが残る。男の子というのは何かしら特別なようで、話しているあいだじゅう、背後に立つ女がかれの両耳を手で塞いでいた。



 今はもう女の子たちが部屋からいなくなったことで塞いでいる必要もなくなったようだ。女の手がかれの体からすっと離れる。かれは衣擦れの音を聞く。

 室内にいるすべての女たちが、かれの椅子のところに集まってくる音だ。



 黙っていて終わる練習時間などない。

 少年の沈黙が長すぎるということなのか、今や何十という数になった女たちの腕がかれに絡みつく。

 少年の手や目線は、女たちによって然るべき位置に固定される。

 そして少年は目にする、ついさっきまで少女だった手が太ももに伸びてくるのを。そして少年は目にする、女性たちの手がなにかのカウントをしてみせているのを。

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