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 中学高校のころ、わたしの持っている鋏は常に大きすぎて不穏だというようなことを何度かいわれた。

 もしくは、そういう目で見られるのを感じた。

 今見てもわたしの手は小さい。でも自分の体について何か納得いかない感じは、あのころ、ゴツい鋏を持っていたころは、今よりもずっとずっと強かったのを、わたしは覚えている。





 無用の長物といった感じにゴツゴツとした鋏が、わたしは好きなのではなかった。

 刃物フェチでもなかったし、女の子たちから小さな手に凶器めいた鋏を手に握っていることに対し「うわーえー大じょぶー?あーあーきをつけてねー」だなどと甘ったるい声で話しかけられて、しかしちらと見上げると結構な割合で真剣な顔つきをしていて、そんなふうに鋏がきっかけになって友達付き合いが始まったりすることも確かに数回あったのは事実だがそこを目的に鋏選びをしていたということでもなく、うまく説明できない。


 小さいもの、甘ったるいものが嫌いだった。だからわたしは自分に価値を見出さなかった。そういう感情を目に見えるよう、自分じしんに示してやる意味で大きな鋏を、わたしは手に持つ必要が出ていた、そういうようなことなのかもしれない。


 鋏のことを思い出す時はそれとセットになっている記憶、妙な男子がひとりいたことも決まって思い出す。

 あれは重っ苦しい鋏を持っていたせいで起きたことじゃない。

 学生時代のあらゆる出来事の要因になるのは物語においても、わたしたちの実人生においても、席の位置のせいと決まっている。





 中学最後の一月、後ろの席がマエムラになった。マエムラというのは眼鏡男子でごく一部の女子からは支持を受けていて、そしてその倍以上の人数の女子から疎まれていた。

 男子のことなんてよく知らない。だからよく思い出せないのだが、好き嫌いをはっきりと態度に出す性格らしくて見ていて男子の中では浮いているような感じが少しあるなと思ったことが前にあったっけ、と席替えの日に自分が考えていたことだけははっきりと思い出せる。きっと何か一つか二つのトラブルがあり、その余波から何かしらのレッテルをくっつけたまま中学生活を終えようとしていた、そんな類いの男子だったのではないかとわたしは思う。中学生の彼の顔やしゃべり方を思い出すと、カーテンを閉めきった雨の日の土曜日、ずっと自分のベッドの上だったり背をくっつけた体勢で、ずっと携帯電話をいじくっている時のような心持ちがする。さびしいけど、べつにいい、というような。


 大したことがあったわけじゃない。雑談すら結局ろくにしないまま、わたしたちは別々の高校に進んだ。

 マエムラは、その席順になってわたしからよく鋏を借りるようになったのだった。

 わたしたちのあいだで、同じ鋏が週に何度も行き来するようになった。

 異変が見られたのは、最初の時点からだった。





「はい」

 とんとんと後ろから肩を叩かれ素っ気ない声に振り向くと、わたしの大きな鋏。

 ただそれが、持ち手ではなくて刃のほうがこちらに向いていた。

「ん」

 わたしの口から出たのは、それだけ。

 間を置くことすらせず、声の色も変えず、眉も動かさず、当たり前のように。

 以降、わたしは完全に、突っ込む機会を失った。





 いっぽうの刃に苺ジャム、もういっぽうの刃にはマーガリンが乗っかって、鋏が返ってきたこともあった。

 鋏が戻される時、見せたわたしの手の平にマエムラはぱしんと音を立ててそれを返してきた。

 その返却の勢いは回を増すごとに、どんどん良くなっていった。ぱしん、ぱしっ、ピシッ、ピシャッ。


 そもそもの話、何をあんなに切るものがあったのだろう。

 毎回、音だけはしっかり聞こえてくるから、毎回、こっちは気になって仕方がなかった。


 そう、自分が後ろを気にしていた覚えはある。でもわたしは一度も振り向かなかった。

 それがその頃の私の矜持のようなものになっていた。周囲にどんなタイプの男子が来ていようが影響を受けるわけにはいかなかった。





 見れば良かったと今では思っている。どうして、たったの一回、真後ろの席の男の子のしていることを見るぐらいのことを、したくないと思っていたんだろう。わたしには年々、そっちのほうが不思議なことのように思えてきている。

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