落ちながら願いながら
会話のない部屋、あなたは素足。
あなたは、ペットボトルをむき出しの足指でいじり回すのにも飽きたようだった。
こんな嫌な時間帯に、嫌な飽き方で。
けっとばされて壁に当たったペットはポジャと音を立てて、そして止まった。
ふたりとも苛立つ。その音にも、それが静止することにも。
あたしが、それを部屋に持ちこんだ。いつもなら、駅のダストボックスに捨ててから部屋に来るようにしていたのに。
今日の夜は静か、ふたりであなたのヘッドフォンを虐め倒した後。
去年から保護フィルムを貼り替えてないあたしのスマートフォン、ふたりとも朽ちることを望んでいるあなたのスマートフォン。
そうしてあたしたちの指はマットを撫でつづけてる。
互いに一度だって床なんていうものを可愛く思ったことはないくせに。
十九歳、その真ん中にいる。
疲労の色のこい部屋、あなたの爪痕。
せっかくの大画面なのに、という思いを軽量毛布にすることにした今晩のあたし、もう動けない。
あたしは思う。
あのさ、ねぇ、ちゃんと見てるわけ?
そっちこそ、とあなたなら、あたしの選んだ冷蔵庫になかなか懐いてくれない友だち、でも食事の時は黙る、あなたはそういう人、だからきっとそういい返してくるに違いないとあたしは思う。
とがってゆく、あるしるし。
あなたは、例えば昔のあたしを見たくないという時がある。
不可思議な鳴き声にたやすく目を開けるあたし。
でも余韻マニアだったあたし、時刻表を覚えようとしないまま、高校を卒業するのだった、のあたしをあなたはなぜか生け捕りにした、引きずって歩かせた、あたしにいわせればあなたは不可思議な川。
知り合ったころからずっと思ってるあなたのいいところ。あなたが持っている鏡はいつもとても小さくて、それがどれほど愛しかったことか。
あたしなんかの理解じゃ、確かに、いくつもいくつも、夜を苦くすることができなかった。
この先もきっとそういうことが何度も起こる。
もっと苦くする方法があるんじゃないか、もっと苦くしたほうがどこかにあるらしい私の舌と呼ばれているものも、きっと黙るか朽ちるかして、そしてあたしはびしょびしょになれるんじゃないか。
それでも、あたしが席をたてない時肩に触れてくれる手があるとしたら、ぶれないあなたのぶれない手だけだ。
あたしの肩はそのことをもう覚えている。
肩で、その味を知ってしまった。
あなたが部屋に持ちこんだアルバムの、ディスク二のほうにばかり傷が集まる。
ずっといっしょにはいられなくて、素足でビスケットを踏み砕くことを不毛、と誰かがいうとしてもあたしだけはそれを、恋愛感情と呼ぶことに決めている。
「せっかくの大画面なのに」
あなたにさえこれは伝わらないとしてもだ。
意地だとか頼りない言葉だとか、これはそういう話じゃない。
落ちながら願いながら、これはある少女がぎりぎりのところで手に入れたものの話。




