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尾行セット






 高校で友達になったやつのうちに、オレは毎夕よることにしていた。

 尾行セットを、やつが準備しているところに間にあうように。尾行セットに、やつが一人で向かい合うことにならないように。


 オレらはたいてい学校の制服も脱がずにいるし、差し向かいになって座ることもないし、雑談もしないし、よくそうするようオレがいわれてること、例えば糾弾なり説得なり、そんな話も振らなかった。

 加えていうと、そういう一切を無言のうちに漂わせるのもなし。これはでもまあ友達がどう感じているのかまでは知ることができないんで、何ともいえないけど。


 そして、部屋にはどんな種類の音楽も流れていなかった。

 二人は毎度こんな調子だ。オレはいつもベッドに腰かけて友達のやっていることを眺める。


 ときには、自問してみる。分かるのは、友達の考えていそうなところまで、予測することもできない深くまで、オレは行くことができない、みたいなこと。もし尾行セットを自分が準備するようになったとしても、だからつまり、これほど相手を思うこと、これほど見境いを失くしたままでいること、これほど頭の中を一つのことでいっぱいにすることは、オレには無理だろうということ。

 オレは結局、自分のことしか見てない。友達のことは、心配しているのかいないのか実は謎だ。そんなんでも、引き続きオレは友達の部屋に通い続けたし、それを相手に止められたことも一回だってなかった。オレは黙って座り続ける。やつは黙って詰め続ける。




 目立たないリュックに友人が詰めていくものは、以下のようなものものになる。

 まずウエットティッシュ、ハンディタイプの同じ惣菜パン二つ、雑記帳にノック式のじゃないボールペン、ポリ袋がいくつも、伊達眼鏡とケースと汚れ拭きも。マスク、ニット帽、スマートフォン、片耳用イヤホン、目に見えて用途も分かるもの、見えなくても分かるものと、結構大荷物だ。

 尾行セットをオレの友達が、たっぷりと時間をかけて用意する習慣がついた冬には、なぜかしら一緒に、指のぱっくり割れも繰返すという習慣もついていた。そのため絆創膏もそこに入った。

 彼女が見るのを前提にしていつも入れるものとして、カエルグッズや写真といったものをそこに入れた。彼女のために、町じゅうのスーパーマーケットを回って毎日買ってくるレモナックも、そこに入れた。彼は彼女に手渡すための古雑誌を、短期のバイトをして手に入れた。特集が特集なので、プレミア価格のついているという『ダ・ヴィンチ』はいつも持ち歩いていた。指定鞄に入れていたそれを取り出し、忘れないような入れ方でそこに入れた。


 クラスメートたちの悲哀もちゃんと入った。

 オレの少しの悲哀も、持ち運ぶには大きすぎる両親の悲哀もちゃんと入った。

 自分自身の後悔も、彼女の後悔と彼が判断しているらしきものもすでにそこには入っていた。そこには、彼女が思い出してくれるにちがいない彼の声だと、彼が思う声も、すでに入っていた。


 今はまだ入れることができないものが何なのか、今の彼には分かっていた。他の誰かの声でいい表すことはできないから、だからこの部屋は浮くことになるんだという気がする。尾行セットにふさわしくないからと、彼が弾いたもの。友達が尾行セットを用意している夕方、部屋に漂っているのをオレが目にしたことだってちゃんとあった。

 オレはきっと何も心配していない。オレも彼も尾行セットも、いつか爆発する時のために夜をくぐり抜けていく。目を閉じても耳を塞いでも聞くことはできないけど、物悲しくなる音は室内じゅうに充満して、この部屋で過ごす夕方にはいつも、どんな音楽も必要じゃなかった。

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