第12話 オウカとミハル(3)
続きです。今回は主人公のシュディン君視点です。
「くそぅ! 覚え終わったぞ! ようやく1枚1枚のカードの規則性を覚えたぞー!」
俺はそう言いつつ、カードをばらまいた。ニト先生が出した課題、小さな紋様を付けたカードの判別だったのだが、それがようやく終了した。ニト先生はただ闇雲にカードに印を付けていた訳では無いようだ。
ニト先生はカードの隅に傷を付けていたんだが、横に1mmずれる事に数字が1ずつずれていた。1mmだと『A』、2mmだと『2』とずれていって、13mmだと『K』になっている。そして左上の隅からだとハート、左下の隅からだとクラブ、右上の隅からだとクローバー、右下の隅からだとスペードとなっている。つまり右上の隅から5mmずれているのならば、クローバーの5と言った風になっている。
まぁ、一旦分かれば簡単だが、この世界にものさしなんて便利な物は無いし、こんな1mmずつずれてるなんて普通の人間なら分からないだろう。そう、距離と速度に物凄い関心がある自分でないと分からなかったかも知らない。
……まぁ、凄い判別方法ではある。しかし、一度分かってしまえば分かりやすい。問題はゲームでこれを使えるかと言う事だが、多分は大丈夫だろう。もう判別方法は分かっているのだから。
(本当だったら、ばれないようなポーカーフェイスやら目の動きなどを勉強した方が良いんだろうが、今は時間が惜しい。前に出たあの速さをもっと速めないと)
そう言いつつ、俺はカードを仕舞った後、運動を始めた。とは言っても、ただの運動ではない。速さを高めるための、オリジナルの特訓法である。
今、彼が持ち合わせているのは平均より高めの魔力と6歳にしては頑丈な肉体。そして、時間計測用の『一方通行の砂時計』と速度アップ用の『裸のランナー』だけである。これでは最速には辿り着けない。
(せめて『6歳にしては』と言う部分を『人間にしては』と言うくらいの肉体を作り上げないと。それにはまず、肉体改造だな)
とは言っても、肉体改造に適した薬はこの世界では手に入らないし、あるとしてもそんな物をこの屋敷の住人が取り寄せるとは思えない。だから、俺は独学で肉体改造を開始した。
(二重詠唱! そして重力強化!)
と、俺は自身の身体に二重の魔法で強化した重力をかける。それによって、俺の身体は人間とは思えない物凄い重さを手に入れた。そのまま俺は運動を開始する。本来であれば重力魔法とは、相手を動けるかどうかと言ったくらいの重力をかける魔法である。それを今、俺は二重にかけている。つまり、果てしない重力が身体にかかっている今の俺は、身体に過剰なる負荷がかかっている。
(身体を鍛えるには負荷が必要だ。大きな負荷に耐えきってこそ、新たな力が手に入るのだ!)
パンプアップ。身体に十分な負荷を与える事によって、血流が良くなって筋肉が膨れ上がり、サイズが平常時よりも大きくなることをいう。そして俺はそれを活用して、自ら多大なる負荷を与えて、身体を鍛えようとしているのだ。
(流石に前までは普通の重力魔法できつかったが、今は二重でようやく負荷がかかっていると感じられるな)
もしこの時、しかるべき知識を持った人間が俺の今の状況を見たら、多分驚いていただろう。
二重詠唱を心の中で唱える、つまり彼は二重詠唱を無詠唱で出来ると言う事。それが出来る人間は魔法使いの中でも限られた人間しかいない。また、重力魔法とは本来大型の魔物相手に使う魔法で、その威力も強力である。それを二重にかけてようやく重さを感じられると言う事は、俺の力はそれだけ強いと言う事だ。もはや彼の肉体の強さは人間を超えているのだ。
強さを求めている者ならばその強さに憧れ、魔法を求めている者ならばその技術力の高さに驚嘆していただろう。しかし、俺はその時はそんな事を思わなかった。ただ単に、速さだけしか興味がない。もっと速くなるために鍛えなければいけない。ただ、それだけしか頭になかった。
(……ん? あれは?)
そんな俺が窓の外でとある本を見つける。全45678ページに及ぶ大傑作、『勇者なオレと魔王なアイツ《完全版》』。あの本は好きだ。なにせ、45678ページとただでさえ重いのに、重力魔法との相性が良くてあれにかけたらさらに負荷がかけられる。そう思い、俺はその本をひょいっと取った。それが誰かの読みかけの本とは知らずに。
「……!」
いきなり風が吹いたかと思うと、俺の手の中にあった『勇者なオレと魔王なアイツ《完全版》』は奪われていた。
(いつの間に……。目で追い切れなかった。なんて言う速さだ!)
俺は驚きとともに、ワクワクしていた。
それは妹との初めての邂逅であった。妹のミハルからしたら、こんなのは何て事は無い。本に向かって短距離のワープ魔法を使用して奪い返しただけの話。しかし、ワープ魔法とは本来はもっと長距離で行うものであり、こんな短距離でやろうとしたら目測を誤って壁にめり込むか、見当はずれの所に行くのが筋である。しかし、それを容易くやり遂げたミハルも化け物である。
速度しか頭にない化け物の兄、シュディン。本しか頭にない化け物の妹、ミハル。普通ならばぶつかりあうはずもない、化け物じみた天才達は1冊の本を巡って争っていた。片方は速度上昇のための筋力トレーニングのために、もう片方は読書のために。
2人の化け物はお互いにその本を取ろうとして、お互いに才能を使って筋力を高めようとする。そしてお互いの力がぶつかろうとしたその直後、
「や、やめてくださーい!」
と、オウカが2人の間に入って2人の拳を掴む。そう、あっさりと。容易く。
「け、喧嘩はやめてくださいな。2人は兄妹なんですから」
「「……」」
そうオウカに言われて、シュディンは別に本じゃなくてもこのオウカと言う筋トレ用具を使えば良いかと思って、オウカを担ぎ上げて、重力魔法を二重にかける。
「え、えっと……しゅ、シュディン様? ちょっと、は、恥ずかしいですよー!」
シュディンからすればただの筋トレだが、オウカからすれば自分の敬愛する主が自身を抱き上げている姿。恥ずかしくて顔が赤くなっていた。
本さえ無事ならばそれで良いと、あっさりと読書へと戻るミハルは、自身と自身と同じくらい強い兄の拳をいとも容易く受け切ったオウカに、若干の凄みを感じつつ……本の方が気になったので読書に戻った。