第十一話
「…一目惚れなんだ。」
彼は言う。恋をしているのだと言う。その綺麗な瞳に僕を映して、愛しいのだと彼は言う。
何故、僕なんだろう。
風の隙間に紛れて、舞踏会の喧騒が聞こえた。あぁ、そうだ僕はリーと一緒に舞踏会へ来ていたんだった。そこでやっと、僕は重大な事実に気付く。
「リーを置いてきちゃった!!!」
「何だ。そんなこと…。」
「そんなことじゃありません!!」
僕はユリアス殿下から逃れ、走り出す。迷路のような庭を右往左往しながら、やっと会場へと辿りついた。
「…リー、どこだ。」
辺りを見渡すが、リーの姿がない。リーはいろんな意味で目立つから、いつもすぐに見つかるのに。すると、視界の端に銀が揺れた。
「…ユリアス殿下?」
いや、そんなはずは…。ユリアス殿下と同じ色の髪を持つその人は、バルコニーで何か話しているようだ。相手は壁に隠れて見えない。
まさか、と思いつつそっと近づく。気づかれないよう覗いてみると、彼の前にはよく知った姿があった。
「…リー!」
「え?」
僕に気付いたリーの目には、涙が溜まっていた。
「…どうした。」
「な、なんでもないのよ。」
リーは涙を拭う。僕はゆっくり近づいて、リーの頬を撫でる。
「…誰に、やられた。」
それにリーが答える前に、後ろから声がした。
「あぁ、君がルーか。」
そうだ。誰に、なんてわかり切ってるじゃないか。僕は男を睨む。
「…リーに、なにをした。」
睨み続ける僕を、男は笑いながら見ている。そして、
「別に何も。」
「なっ…!」
男はその笑みを崩さない。僕など相手ではないと、言っているようだ。
「僕が来た時には、このお嬢さんはもう泣いていたよ。昔のことでも思い出していたのかな?」
男は笑んだまま、首を傾げる。銀髪がさらりと揺れるのが、嫌だった。
「貴様…。」
「本当よ、ルー。その方は、何も悪くはないわ。」
リーが毅然とした声をあげる。その目に涙はもうない。
「リー様の言う通りなのですわ。ニナも証言いたします。」
「ニナ…いたのか。」
リーの陰から出てきたニナは、何故か楽しそうだった。
「ね?だから、言っただろう?」
その男も、何故か楽しそうにしていた。僕は全く楽しくないんだが。どうしてこの国の王子は、ことごとく性質が悪いんだ。
「兄上!?」
「おー、ユリアス来たか。」
そう、このいけすかない男は、ユリアス殿下の兄にして第一王子のアリオズ・クライア殿下。見た瞬間に分かった。さっき紹介されたこともあったが、兄弟だけあってユリアス殿下と似ているのだ。
「えっと、兄上は何故ここに?」
「ん?あぁ、こちらのお嬢さんにちょっとばかり誤解されてしまってね。」
アリオズ殿下は長い指を僕に向ける。
「ルーテシアが、何かしたんですか?」
「ルーテシア?あぁ、この子の名前ね。んー、別に何もしてないんだけど、何もしてないのを咎められたというかね?」
ユリアス殿下の頭上にはてなが浮かぶのがわかる。それでは伝わらないだろう。そして、それを見越してそういう発言をするこのアリオズ殿下という人は、相当悪趣味だと思った。
「まぁ、相手はこんなに美しいお嬢さんなのだし、よしとしようか。」
そう言って、アリオズ殿下が僕に触れようと手を伸ばす。払いのけてやろう!と決心したのも一瞬。僕の体は、アリオズ殿下の前から、ユリアス殿下の前へと移動していた。
「…え?」
「いくら兄上でも、ルーテシアに触れるのは許せません。」
何言ってるんですか、この人。アリオズ殿下は、ふむ。と一つ頷く。
「お前がそんなに執着するなんて珍しいね。…あ、そうだ!」
アリオズ殿下は何かを思いついたらしい。そして、リーを見て言った。
「お嬢さん、僕の別荘まで来ませんか?」
「え…何故でしょうか。」
「ふふ、何故だろうね?」
その笑顔は胡散臭さに満ち溢れていた。ろくな事にならない。リーティア逃げて!
「別荘だなんて、素敵ですわぁ。」
ニナ、そこ賛同しないで…。
新キャラってやつですかね。胡散臭さ100%な人物、結構好きです。