幕間三 リーティア
ルーが、泣いた。
「…ね、ルー。なんにも見えないよぉ。」
「リー、私はここにいるから。」
大丈夫。優しいルーの声。私の、大切な姉さん。その手を取って、小さな私は泣きじゃくるしかなかった。暗闇は、心を抉るようだった。
父の顔も、母の顔も知らない。知る必要もない。今、私の両親はオルソン夫妻。それが全てで、それ以外は知らない。
捨て子。それは嘘。私は、ルーに連れられ逃げた。ルーさえいればよかったの。目が見えなくなって、暗闇が世界を支配しても、ルーの手のぬくもりだけで生きていられた。だから、私一人が養子に入ることも、ルーが執事として女であることを隠して生きることもかまわなかった。それが、ルーとずっと一緒にいられる条件なら喜んで応じた。
だから、ルーの心なんて知ろうともしなかった。私は、今でも小さなリー。ちっぽけな、リーティア…。
「ルーテシア。今すぐオルソン卿の養子に入れ。」
男は言った。ルーを、手に入れるために。
ユリアス・クライア。この国の第二王子。この男が、ルーを欲している。渡したくない。だって、ルーがいなくなるなんて考えたくもなかった。
けれど、それは間違いなのだと私は痛感することになる。
「…リーは、僕が守らなきゃいけないんだ。」
その言葉から始まった、ルーの記憶。それは、私の浅はかさを知らしめた。父も、母も、憎かった。実の両親なのに、憎かった。そして、自分自身も。ルー、ごめん。私、こんなにちっぽけでごめん…。
私は、隠れていた場所から動くことが出来なかった。立ち去ることも出来なかった。ユリアスとルーの話に、私はただ嗚咽を我慢してしゃがみ込むしかなかった。私では、貴女に寄り添えない。だってそうでしょう?貴女がこんなに耐えてきたのは、私の為なんだもの。
「もう、いいんだ。大丈夫なんだ、ルーテシア。大丈夫だから…。」
彼は、耐えるなと、泣けと言っているようだった。私も、祈るしかなかった。大切な姉さんが、その奥にしまってしまった本音を吐き出してしまうことを。
私は見た。静かにルーが、泣くのを。愛していると囁く男の腕の中で、綺麗に泣いていた。
私は、ルーに自由になってほしい。そう、心から願っていた。
舞踏会への参加を決めたのも、全てはルーを自由にするため。私を守りたい気持ちを上回る気持ちを手に入れてもらうため。
「ニナ。私、ルーを自由にしてあげたいの。」
親友のニナにそう相談すると、二つ返事で協力すると言われた。そして二人で考えたのが、今回の舞踏会へルーを参加させること。もちろん、執事なんかじゃなく素敵な女の子して。
ルーに秘密なんて、そうそうなかったから何だか楽しくなっていた。ルーにどんなドレスを着せよう。きっと嫌な顔をするんだろうな。想像するだけで笑っちゃう。そして同時に、ルーに一目惚れしたであろう王子の顔も。彼はどんな反応をするだろうか。驚く?怒る?照れる?…全部か。そう想像するのは簡単だった。
案の定、なんて言葉がぴったりの顔をして、ユリアスが睨んでいる。その視線の先は、間違いなくルーテシア。その瞳は微かに独占欲の光を秘めている。
確かに、私やニナが想像していたよりも、ずっとルーは綺麗になった。紫のドレスは似合うどころか、ルーの為に作られたと言われたっておかしくなかった。
少し、失敗したかしら…。ものすごく綺麗になったルーを見ながら、ルーをルーとも気がつかない愚かな男共に相槌を打つ。紹介してくれだの、お二人ともお美しいだの、聞き飽きてしまったわ。
そんな時、後ろからかなりの威圧感を感じた。私は、ほっと胸を撫で下ろした。向かってきたのは、ルーにかなり惚れこんでるユリアスだったから。癪だけど、これをどうにか出来るのは彼だけだもの。
ユリアスは短い言葉と目線だけで全てを終わらせた。ま、少しは役に立つじゃない。ユリアスを見ると、何故か軽口を叩きたくなるのはなんでかしら。
「…来い。」
「へ!?うわっ!いたたた!ちょ、ちょっと!」
「うるさい。」
不機嫌な様子で、ユリアスは強引にルーを連れ去ってしまった。せっかちな。
でも困ったわ…。一人になってしまった。これでは誰に声をかけられても断れない…。ついて行ってしまおうかしら。でも、それは野暮よね。
ルーを自由にする。そう決めたものの、結局ルーがいなければ私は駄目なのか。はぁ…。とため息をつけば、先ほどの男共がまたこちらにやって来ようとするではないか。ユリアスの目的はルーなのだし、私がどうなろうと関係は確かにない。
「…どうしよう。」
「大丈夫ですか、お嬢さん。」
頭上から声がした。その方向へ顔を向けると、そこにはユリアスと同じ銀の髪が揺れていた。
…ねぇ、ルー。私も、自由になっていい?
フラグを立ててみる。