幕間二 ユリアス
愛しいと、心から思う。
「んぅ…ふっ、んっ!」
薄く瞼を開くと、これでもかと瞼をきつく閉じたルーテシアが見える。恐らく、これが初めてのキスなのだろう。そう、このルーテシアという娘は穢れを知らぬ、まっさらな生娘なのだ。
それを思うだけでぞくぞくと血が昂ぶるのがわかる。俺のものだ。俺にだけ、穢されていればいい。そんな独占欲。
女であることを隠し生きた10年を、今だけは褒めてやりたい気分だ。
舞踏会など、退屈であるか、媚売るやつらで疲れるかのどちらかだ。楽しんだことなど一度もない。いつもならば早々に立ち去るが、今日はそうもいかなかった。
目に入ったのは、紫のドレスに身を包んだ美しい女。それは間違いなく、ルーテシアだった。
細く、触れば鈴の鳴るような気持ちになる金の髪は軽く巻かれ、それを彩る飾りは見事にルーテシアを引き立たせている。普通に見るのなら、これほど嬉しいことはない。だが、ここは舞踏会の会場。どこで誰が狙うかわからない。それに、何故右肩が出ている!あれではルーテシアの白い肌が丸見えじゃないか!
父である国王の話など耳にする余裕もなく、俺はルーテシアを睨み続けた。
「…失せろ。」
特に今ルーテシアの手を握った奴。
男共を追い払い、野次馬根性でこちらを見ていたやつらも黙らせた。そしてルーテシアはこちらを見て、きょとんとした表情をしている。…忌々しい。そしてそんな顔も可愛いなどと思っている俺自身も忌々しい。
「…来い。」
腕を掴んでいる辺り、強制連行なのだが。
「へ!?うわっ!いたたた!ちょ、ちょっと!」
「うるさい。」
向かったのは勝手知ったる城の庭。垣根にルーテシアを追い込む。逃がす気など、毛頭ない。
「なんでだ。」
何度か繰り返したそれに、ルーテシアは困ったように答える。
「うぇ?えっと、リーとニナに強引に着せられました。」
「…リーティアの仕業か。」
あの女、何を考えている。そう思うと、自然に舌打ちをしていた。すると、ルーテシアがいきなり謝りだし、挙句の果てには似合わないから怒っているのだろうと見当はずれなことを言いだした。
正直に言おう。
「…凄く、その、可愛い。」
紫のドレスは上品かつ可愛らしくルーテシアを見せた。開いた右肩は、きめ細かいルーテシアの肌をあまりにも魅力的に映した。そこから覗く、形のいい鎖骨などは、今すぐにむしゃぶりつきたい衝動を駆り立てる。
目の毒。そう形容するしかないだろう。だって今現在、俺は理性と本能の狭間で揺れている。
「う、ぁ…うぅ…。」
動揺しているルーテシアを覗き込み、どうした?と声をかければ、面白いほどに顔を赤くした。
名を囁くだけで、ルーテシアの体が硬直する様は、とてつもなく心を加速させる。
可愛い。愛しい。最終的に俺は、こんなに可愛いルーテシアが悪いのだと結論付けて、その愛しい彼女の唇に己のそれを重ねていた。
「…ふっ…ぅん。」
漏れる吐息と、甘い声が耳を浸食する。重ねただけだったそれは、いつの間にかルーテシアを深く求め、俺の舌は今ルーテシアの口内を蹂躙している。全身の気が、そこに集中しているかのように熱い。
どれだけの時間が経っただろう。欲望は乾くことなく溢れていたが、ルーテシアのほうは限界らしく、拳で俺の胸を叩いていた。
蹂躙していたものを解放すると、はぅ…。と恐ろしく色気のある声を出した。
「…~~~~っ!!!」
声にならない声でルーテシアは怒りだしたが、それも束の間、すぐに俺の胸へと飛び込んでくる。
「え…?」
「ん、腰が抜けたか。」
ルーテシアの顔は赤くなったり青くなったりと、なんだか忙しそうだ。
「…離してください。」
「却下。」
俺は垣根の傍で、ルーテシアを膝に座っている。さっきからずっと、離せ。嫌だ。の押し問答だ。
「何故…ですか。」
「ん?」
すると、ルーテシアが別のことを言い始めた。小さく呟くような声を、一言一句逃さぬように耳を澄ませる。
「何故、こんなことするんですか。」
「ルーテシアが好きだから。」
「…僕は、リーのように女らしくありませんよ。」
「そう?俺は十分女らしいと思うけど。」
「…僕、男として生きていたいんです。」
「別にいいよ。俺を愛してくれれば。」
「…どうして、そんなに僕にこだわるんですか。」
「愛してるから。」
「…。」
ルーテシアはそこで黙ってしまった。俯いてしまって表情がわからない。でも、本心なんだ。心からそう言える。わかってるのか?ルーテシア。
そう言えば、初めてみたときからこんな風に感じていたんだった。欲しかったり、抱きしめたかったり。
信じてなんかいなかったけど、これをそう言わずしてどう言えばいいんだろう。俺は一息置いてそっと囁く。俺に出来る限りの優しい声で。
「…一目惚れなんだ。」
だからもっと、君を教えて。
外側だけじゃなく内側も。全部を知りたい。誰より知りたいから恋なんだ。