第十話
「ユ、ユリアス…殿下。」
男たちが、恐怖に引き攣った顔でその名を呼ぶ。その視線の先にあるのは、たった今名を口にした、ユリアス・クライアその人。彼は蒼い瞳を瞬かせる。
「…失せろ。」
低く響いたその声は、彼らを直接攻撃し、有無を言わさぬ強さがあった。抗えようのない迫力に、彼らは力なく逃げ去る。
それらの姿が消えるのを見届けると、次は周りを睨む。先ほどの男たちのようにはなりたくないと、こちらを見ていた者たちは一斉に目を逸らし、話に花を咲かせた。
「…えーっと。ユリアス殿下?」
そして今、彼の人の瞳は僕を睨んでいた。忌々しいとでも言うかのように。
「…来い。」
「へ!?うわっ!いたたた!ちょ、ちょっと!」
「うるさい。」
な、何?僕、なにかしましたか…?
ユリアス殿下に強制連行された先は、夕刻にリーと話していたあの立派な庭だった。ユリアス殿下は垣根をかきわけて、どんどん奥へ進む。僕の腕を掴む手が強くて、なんだか痺れるようだった。
「…っうわ!」
随分奥に来て、やっと僕は解放された。と言っても、解放されたのはさっきまで掴まれていた腕だけで、僕の体は垣根とユリアス殿下によって包囲されている。
「…あ、の。ユリア…。」
「なんでだ。」
僕の発言を遮断し、ユリアス殿下が目で僕を捉える。不謹慎にも、なんて美しいんだろう。などと思ってしまった。
けれど、確かに彼は美しい。月光に照らされ光る銀髪は僕の視覚を侵し、激情の瞳は震えるほどに胸を高鳴らせた。
ユリアス殿下はそんな僕に気付く様子もなく、じっと僕を捉えたまま同じことを繰り返す。
「なんでだ。」
「え…?何が、でしょうか…。」
怒っている理由がわかりません。はい、全く。
「なんで、そんな格好をしている。」
「うぇ?えっと、リーとニナに強引に着せられました。」
「…リーティアの仕業か。」
小さくではあったが、確かにチッという舌打ちが聞こえた。あー、そんなに見たくなかったのか。
「あのー、えと、すみません。」
「なんでお前が謝る。」
「え?だって似合わないと思ってるから怒っていらっしゃるのでしょう?」
「は?」
え、違うんですか?
ユリアス殿下は、深いため息をついて首をもたげる。
「正直…驚いた。」
「あー、似合わなすぎてですね。僕もそう思います。」
「違う!似合いすぎて!」
僕は耳を疑った。この人はなんておかしなことを言うのだろうか。目を丸くしてユリアス殿下を見ると、その顔は月明かりの下でさえもよくわかるほどに赤くなっていた。
「…凄く、その、可愛い。」
「!?」
僕の体が、一気に沸騰したみたいに熱くなった。あれほど綺麗だ、可憐だと言われたってなんともなかったのに。
「う、ぁ…うぅ…。」
「どうした?」
ユリアス殿下はその蒼の瞳で僕を覗き込む。そして不敵に笑った。
自分でもどうしようもないくらいに動揺している。こ、これ以上見つめられたら爆発する!本気でそう思うほどに。
「…ルーテシア。」
甘く囁かれては、体が硬直する。逃げ出したいくらいなのに、動けない。泳いだ視線に入りこむユリアス殿下の瞳は、静かに深く揺れていて、強い光は男のそれを感じさせた。
「ユリアス殿…んっ!む…ぅ。」
今度は目ではない。あの日感じた柔らかい熱は、今僕の唇を奪っている。
なんで、どうして?そう思うのに、熱くなる体はさらにその温度を上げていく。
強引に唇奪っちゃうとか、王道中の王道ですよね。でも現実問題それやっちゃいかんよ、ユリアス君。