第九話
「ニナって力持ちだったんだね…。」
「この間、重量挙げの大会で優勝しましたわ!」
内容が内容だが、にこにこと自慢げに話すニナは、やっぱり可愛らしかった。小柄で小動物のようだと思っていた彼女は、とんでもない怪力少女だった。今までもその片鱗は見てきたと思うが、これほどとは考えも及ばなかった。
僕は、抵抗らしい抵抗が出来ないままにニナによって着飾られた。リーもまた、こっちの飾りがいいだの、もう少し色を足してだの、楽しそうに口を挿んでいた。
そしてあっという間に、僕は紫のドレスに身を包み、短めの髪は巻かれ、そこに花が飾られていた。
「綺麗!凄く綺麗だわ、ルー!」
リーは絶賛するけど、僕はドレスに着られているとしか思えない。
「うぅ…こんなの嫌だぁ…。」
「往生際が悪いですわ、ルー様ぁ。」
ニナもまた、完璧な仕上がりです!と叫んでいた。そして僕は、気になっていたことを聞く。予想が外れていることを信じて。
「ねぇ、なんで僕にこんな格好させたの?」
「それは、ねぇ?」
「そうですわよ、ねぇ?」
リーとニナが意地悪そうに顔を見合わせ笑う。そして声を揃えて言った。
「「舞踏会に出るためですわ!」」
…あぁ、予想よ、何故外れてくれなかった。
時刻は間もなく午後7時。会場である大ホールには、多くの貴族が集まっている。執事服に着替えることを結局許されなかった僕は、紫のドレスのまま大ホールへ足を踏み入れた。僕はリーの後ろをついて回るだけなので、注目されることはないとは思うが、どうも居た堪れない気持ちになる。今すぐ、みすぼらしくてすみませんっ!と平謝りして出て行きたいくらいだ。
「リーティア嬢!いらしてたんですね!」
む。リーティアに近づいてきたのは、ディムラント家の三男坊…だった気がする。年は僕とそんなに変わらないとは思う。だが、愛想笑いの奥に潜む好色な瞳が気に入らなかった。いつだったかも、嫌がるリーティアにしつこく言い寄っていた記憶がある。
「お久しぶりですね、セデレイ様。」
リーティアも愛想のいい笑みを浮かべたが、その声には嫌悪の色が混じる。それに気がつかないのか、セデレイ・ディムラントはさらにリーティアに近づく。
「セディと呼んでくださいと、言ったはずですが?」
好色の瞳はその色をさらに濃くする。
「殿方をそんな風にはお呼びできませんわ。」
「まったく、つれないお人だ。いつか、呼んでもらえる日が来るのを待ちわびていますよ。」
「まぁ、そんな待たれずともいいのですよ?一生ありませんもの。」
やんわりとした口調だったが、かなりきつい拒絶にディムラントの三男坊は怒りを覚えたようだ。それがリーに降りかかる前に、僕はさりげなくリーの前へと体を入れる。
「君は…。」
「もうすぐ舞踏会の開始時間です。こんなくだらないことをしていてもいいのですか?ディムラントの名に傷が付きますよ。」
僕はにこりと笑うと、リーをつれてその場を離れた。なんとなく視線を感じたが、リーを連れ去る僕を睨む目だろうから、気にしないことにする。
大ホールがある程度見渡せる位置に、リーと二人並ぶ。リーを見る人たちの視線は、舞踏会開始の音楽が始まるとともに消えた。
音楽に合わせ、絶妙のタイミングで王族たちが、紹介されながら入場してくる。こんな時でなくては、目通ることすら許されぬ、高貴な人たち。国王、グレスオルト・クライア陛下。王妃、オルテモンド・クライア妃。第一王子、アリオズ・クライア殿下。そこまで紹介されてふと気付く。そういえば、と。
「第二王子、ユリアス・クライア殿下。」
あぁ、あの人も王子だったな、と。
「ルー、見てるわ。」
「あぁ、見てるね。」
荘厳な雰囲気の中、国王より挨拶があった。そしてその挨拶中、ユリアス殿下が射るようにこっちを凝視しているのだ。
なんとなくだが、怒っている気がする…。何で?
国王の挨拶は、意外と手短に終わり、貴族たちはそれぞれ談笑なりダンスなりを楽しんでいる。リーと僕はと言えば、貴族の坊っちゃん方に囲まれて身動きが取れなくなっていた。
「リーティア嬢、今日は一段とお美しい。それに、そちらのお方もとても綺麗だ。」
「初めてみるお方かと存じますが、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「リーティア嬢、是非紹介していただきたい。」
リーと話をする口実にされている。それが僕の感想だった。綺麗だ、可憐だ、と言われてもそれらは酷く浅いものに感じた。むしろ、そのお世辞を使ってリーに近づこうとする性根が気に入らない。
リーもかなり苛々している様子で、返事も気のないものになっている。いい加減辟易しているのが見てわかる。
はぁ、と小さくため息をつくと、一人の男が僕の手を取った。う、気持ち悪い!全身に鳥肌が立つような、ぞわぞわした感覚に襲われる。けれど、次の瞬間にはその手は勢いよく離された。
「?」
前の男を見ると、怯えているようだった。そして僕とリーを囲んでいた他の男も。彼らは一様に、僕の後方を見ていた。ゆっくり振り向くと、そこにいたのは明らかな怒りを纏ったユリアス殿下であった。
だから、なんでさっきから怒っているの?
ルーテシアさんは実はかなりの美少女です。