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#7 紅い月は、人を狂わせる



 なしろの言う話を聞いていたが、受け入れられずに数刻が経った。

 此処じゃない世界に巣食う化け物「エゴ」に、そんな化け物を収監している「ヘルヘイム」

 とても、現実的だとは思えない。もしかしてこれも夢なんじゃないだろうか、とも思った。


 (いや、そろそろ現実逃避は辞めなきゃ……)


 なしろをちらりと見ると、なしろはメガネを掛けたまま、難しい顔で本を読んでいる。

 結局のところ、彼女は何故自分を助けたのだろうか。助ける理由もないのに、助けるようには見えない。


 「姫宮さんは、どうしてボクを助けたの?キミの元から逃げ出したっていうのに」

 「貴方を死なせるわけには行かないからよ。まだ聞きたいことも聞けていないもの」


 なしろは目線すら合わせず、そう言った。

 こちらも色々気になっていることがある。あの世界にどうして平然と入っていたのか。

 あの剣は何だったのか。出口にまっすぐ迎えていた辺り、それなりに行き慣れているはずだ。

 生徒会の二人もそうだ。人の命を平然と奪いかねない化け物が居たのにも関わらず、彼女達も慣れている様子だった。


 (不可解な死に方をする人間と、あの場所はなにか関係があるんじゃないのかな)

 

 初日に聞いた人が木に磔にされていたという話。確か、来栖零士だったか。

 少し気になって調べたが、どうやら時折、そういった不思議な死に方をする人が居るらしい。

 それも、年に一回程度の頻度らしく、街の人間もそこまで気にしていないのが問題だ。


 「聞きたかったことって、ボクが姫宮さんと他の人を勘違いしたって……話じゃなくて?」

 「……まぁ、貴方がそう言い張るなら、それでいいんだけど」 


 今ひとつ信じてくれない。嘘だから、実際問題正しいのだけど。

 ペラペラと頁を捲る音と、古めかしい時計の秒針だけが部屋の中でリズムを刻んでいる。


 「「ヘルヘイム」の月」

 「ほえっ……?」


 ボソリと言った言葉がうまく聞き取れなかったせいで、のるんは聞き返す。

 すると、なしろは、ふぅっと息を吐いて本をパタリと閉じ、こちらを強い眼光で睨みつける。


 「赤かったでしょ。あそこの月が紅く染まった日は、大体こちらの世界で誰かが狂うのよ」 

 「どうして……?」


 さぁ、とだけ言って、なしろはスクールバッグから缶コーヒーを取り出し、ちびちびと飲む。

 

 「狂うって、狂った人はどうなるの……?」

 「大体は「ヘルヘイム」に誘われて、「エゴ」に殺されて死ぬわ。目撃者はいないけどね」


 部屋の中に、珈琲の匂いがふんわりと漂う。

 なしろの目は据わっていた。人が死ぬ可能性だってあるのに、それが目の前に迫っているのに。

 彼女の様子は変わらないままだ、助けられる可能性があるのなら、手を差し伸べるべきだ。


 「姫宮さんは助けようとは思わないの?」

 「狂った人を?無いわね、わたしにメリットがない。そういうのは生徒会がすればいいのよ」


 なるほど、同じ力があるのに、行動を共にしていないのは行動方針の違いかと、理解した。

 きっと、生徒会の二人は、人助けのために出入りしており、なしろは別の目的があるのだろう。


 (ボクが色々隠してるのに、姫宮さんが話してくれるわけ無いよなぁ)


 のるんが何も言わずに、考え事をしていると、なしろはのるんの前に立った。

 見下ろす形で、ハイライトの薄くなった瞳でじぃっと見つめている。


 「それにね、堕ちる人は堕ちる理由があって堕ちるのよ。無辜の人間は堕ちないから」

 「堕ちる……理由?」


 鸚鵡返ししか出来なかったのるんに、なしろは「そうよ」と小声でゆっくりと相槌を打つ。


 「だから、わたしは基本的には助けない。でも、貴方は別。わたし、貴方に興味があるの」


 なしろはのるんの顔を優しく撫でる。どろどろの瞳、虚ろな目でニコリと微笑みかけてくる。

 一瞬だけ、溺れてしまいそうにはなったが、のるんは寸での所で、踏み留まる。

 まだ、彼女に落ちるには早い。良く考えて、身の振り方を考えなきゃならない。


 (そのためには、まずは鈴さんとのお茶会にも顔を出さないと……だね)


 下校のチャイムが鳴っている。知らない間に随分と時間が経っていたらしい。

 此処に来た時は。昼過ぎだったはずが、いつの間にか日が暮れている。

 もうそろそろ帰る時間だ。なしろに断りを入れて、鞄を持ち、部屋を後にしようとする。


 「ちょっと待ちなさい。結代さん」

 「ん……?どうしたの?」


 なしろは鞄から何かを取り出して、のるんの元へと駆け寄る。

 身長差があるせいか、歩幅がのるんよりも大分小さいらしい。

 態度や、声、見た目などは全然違うが、そこだけは同じだった。

 

 「スマホ、持ってるでしょ。連絡先、交換しておかない?」

 「あぁ……、全然良いけど。RAIN(レイン)で良いの?」


 RAINはメッセージアプリで一番使われているものだ。

 グループチャットや、通話も出来るし、色々便利な機能も追加されている。 

 のるんはあまりSNSをやっていないが、前の学校でも、数人とはこのアプリで繋がっている。


 「えぇ、構わないわ。家族ぐらいしか連絡先無いけど。問題ないわよね?」

 「え?うん、特に問題はない……のかな?」


 連絡し慣れていないから、返信が遅くなるという意味で言ったのだろうか。

 そこまで使うこともないだろうと思い、二つ返事で承諾し、連絡先を交換する。


 「何時でも連絡してきていいからね、じゃ。またね、姫宮さん」

 「……うん、バイバイ」

 

 

_______________



 夕食を簡単に作り、お風呂も済ませたのるんは、一階の長椅子でぐったりとする。

 そう言えば、RAINの通知が何件か来ていた。

 なしろの事を、あぁ思ってはいたが、自分も大概見ていないものだ。


 (しょうがないじゃん、友達居なくて全然通知とか来なかったし……)


 RAINを開くと、五通来ていた。なしろから三通、さなから二通だった。

 来た順に、なしろから開く。自分も開き慣れていないため、少しだけ手間取った。


 ───姫宮なしろとのトークルーム───


 なしろ:こんばんは。姫宮なしろだけれど。(21:20)

 なしろ:少し聞きたいことがあって、連絡したの。(21:21)

 なしろ:これ、ちゃんと届いてるのかしら。使い慣れてないから、心配ね(21:23)

 のるん:大丈夫、届いてるよ。どうしたの?何でも聞いて?(21:40)(既読)

 

 のるんの送った文章に対して、随分と既読が早い。

 たまたまスマホを見ていたのだろうか。なんだか少し嬉しい気もする。


 なしろ:いつも、この時間は何しているの?(21:42)

 のるん:ん〜。まだ荷造りが終わってないから、それの片付けかなぁ(21:44)(既読)

 なしろ:荷造りだとまた転校することになるわ笑 荷解きがまだ終わってないのね(21:45)


 ───────────────────


 眠いせいか、荷造りと荷解きを間違って送ってしまったようだ。

 今日も「ヘルヘイム」に行ったせいか、随分と身体の疲労が溜まっている気がする。

 眠い目を擦りながら、なしろとはちょこちょこ会話をしながら、次はさなのトークを開く。

 

 ───黒崎さなとのトークルーム────


 さな:おーい、のるんちゃん〜。(19:40)

 さな:明日も一緒に登校しない?最近物騒だしさ……(19:41)

 のるん:嬉しいけど、朝早くから起きるの辛くない?(21:47)(既読)

 さな:全然平気!朝活とかある時期はもっと早いし!(21:50)

 さな:じゃ、明日も八時くらいに迎えに行くね!(21:51)

 さな:おやすみ!のるんちゃん!(21:52)

 さな:スタンプを送信しました(21:52)

 

 ───────────────────



 なしろと打って変わって、さなは要件だけを伝えると、早々に会話が終わる。

 その後も、なしろと少しだけ会話をして、のるんは硬いソファに潜り込んだ。

 良質な睡眠のためにもう少し良いベッドを確保したい所だ。




 姫宮なしろと「友達」になった。

 休みの日に何処かへ誘ってみようか……。


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