#61 華の煌めきは時に
フカを連れて、のるんが逃げ出した先は「オカルト研究部」の部室だった。
すっかり日は暮れてしまったが、部室の明かりは着いたままだ。まだ校内に彼女は居るらしい。
なしろが居ようと居なかろうと、作戦会議をする場所としては最適だと思ったが故に選んだ。
「先生、一旦此処で休みましょう、さっきまでは気を張ってただろうけど、疲れたでしょう?」
「え?え、えぇ。そうですわね。わたくしもくったくたですのよぉ」
どうして棒読みで言っているのかは気になるが、のるんは一先ず、部室の引き戸に手を掛ける。
中では、相変わらず、最低限の椅子と机以外、何も無い部屋で、なしろが仏頂面で読書をしていた。
のるん達が入室したのを確認すると、苛立ちを隠そうともせずに、本をパタリと閉じて、こちらを見る。
「……どうして、こんな夜更けに、こんな場所に、猫鮫先生が?」
「わたくしだって分かりませんわ!結代さんが此処なら安全だと言って案内してくれたんですの」
フカの言葉を聞いたなしろは、冷ややかな目でのるんを睨む。
無言の抗議に、のるんは気にすることもなく、自分がいつも座っている席にフカを座らせる。
「実際問題、此処程安全な場所って無いでしょ?姫宮さんだって居るんだし」
「……っ。都合の良い時だけ……」
何を言ったかは聞き取れなかったが、なしろがボヤいたのを確認すると、のるんは首を傾げる。
「えと、何か言った?」
「何でも無いわ。それで?簡単な情報の報告だけお願い出来るかしら?何があったのか、簡潔にね」
のるんは首を縦に振ると、先程までの出来事を極々簡単に説明する。
勿論、言う必要のない場所は省きに省き、単独でフカの救出に向かったという事だけを伝えた。
元々険しかった顔が、段々と歪に歪み、最後まで聞くと、なしろが席を立ち、のるんの前に立った。
「え、と。どうしたの?姫宮さん」
キョトンした表情で、空いていた席に座っていたのるんの顔を、なしろは徐ろに手で叩いた。
叩かれた頬は真っ赤に腫れており、のるんは、自身の頬を擦りながら、目を丸くさせた。
「……痛い」
「どうして一人で勝手に行ったのかしら。貴方しか居ないという事は、生徒会の犬共と一緒に行った訳じゃないのでしょう?そうですよね?猫鮫先生」
なしろはのるんに向けていた視線を移して、フカを睥睨する。
あまりに冷ややかな視線を向けられたせいか、フカは借りてきた鮫のようになりながら、コクコクと首を縦に動かした。
「重ねて聞くわ。どうして一人で行ったの?あの場所がどれほど危険なのか、貴方だって分かっていたでしょう?」
「しょうがないじゃん!生徒会は隠蔽する気満々だったし、あの時のボクは、生徒会の人間として潜入した!だから、外部の力には頼れなかったんだよ!それに、生徒会には動ける人が居なかった!ボク一人で行かざるを得なかった。……それだけの話だよ」
ヤタノが協力してくれていたことは、伏せていた。
……ヤタノ?そう言えば、彼女が校内で待っていると言っていたことを、今ふと思い出した。
のるんは急いで時計を見ると、今の時間は八時過ぎだ。潜入した時は七時だったので、一時間近く待たせていることになる。
(無事に帰ってこれたこと、漆原さんに伝えに行かなきゃ……)
フカの事はもう大丈夫だろう。この時間に校内を徘徊していたとしても、さほど違和感はない。
大体いつも酒を飲んで、校内で酒瓶を振り回しているのだから、日常の光景と言ってもいい筈だ。
のるんは、フカに意識を持っていかれているなしろに一声だけ掛けると、急いで部室を後にする。
「え、ちょっと!?結代さん!?わたくしをひとりにしないでぇ!?」
「まぁ……結代さんには、後日ちゃんと話を聞かせて貰うとして……」
なしろは指を乱雑にパキポキと音を鳴らしながら、座っているフカに、にじり寄る。
さぞ恐怖を覚えただろう。普段の教室ではほぼ何も話さない彼女の、ドスの効いた声に。
のるんは、やや乱雑に扉を締めたせいか、中から、フカの断末魔が暫くの間、聞こえてきた。
(安らかに眠ってください……先生。後からボクも追いかけますから)
死にたくはないが、まずは自分を待っているであろう、彼女の元に急がなければ。
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同校舎内──生徒会室付近
ヤタノは爪を噛みながら、今か今かと、のるんの帰りを待っていた。
念の為に、生徒会室は施錠し、近くで待機している。いつ、鈴が此処に顕れてもおかしくない。
タイムリミットが分からない。それに、彼女が無事に帰ってくる保証もない。
(やっぱり、ぼくが一緒に行くべきだったのかも知れない。一人じゃ……)
何度も何度も、生徒会室の鍵を、再度開けようかと考えていた。
のるんを信じていない訳じゃない。彼女が帰ってこないと決まった訳ではない。
身動きの取れない自分の不甲斐なさに、心底失望しているのだ。
生徒会に所属しているというだけで、今、自分はこうして帰りを待つことしか出来ない。
「はぁ〜。今でもう一時間……。多分、中では数時間は経ってるわけだけど、大丈夫かなぁ」
「何が大丈夫なんでしょうか?こんな夜更けに、校舎内に居るなんて感心しませんよ。漆原さん」
背後からの声に、ヤタノは身体をビクンと跳ねさせる。この声がどうして此処で聞こえるのか。
油の切れた機械のように首を声の方へと動かすと、黒髪長髪の女性が、腕を組んで立っていた。
「こんばんは。此処で何をしているんです?まさか、「ヘルヘイム」に侵入でも?」
声の主──玉兎鈴は、目を細めてヤタノを見つめる。図星では無いはずなのに、心臓が跳ねる。
普段であれば、気にすることもない言葉でさえも、この状況下では、致命傷になりかねない。
静かで落ち着いた声色が夜の校舎では、何倍も恐ろしく聞こえてくる。身体の震えを抑えて笑う。
「まさかぁ。忘れ物を取りに来ただけですよぉ。そういうカイチョーは一体、どうしたんです?」
こんな時間に巡回しているという話は聞いていない。ならば、会長の目的は恐らくアレだろう。
探り合い上等、心理戦は嫌いじゃないが、彼女は別だ。何を考えているのかさっぱり分からない。
「少し様子を見に来ただけですよ。漆原さんや那雲さんが「ヘルヘイム」に侵入していないかと、ね。ただ、那雲さんはご自宅に、漆原さんもこちらに居るようですし、杞憂だったようですが」
「行く訳無いじゃないですかぁ。あんな危ない場所に、一人で行ったら、間違いなく死んじゃいますし〜」
実際問題、単独での侵入は本当に危険だ。生徒会の面々がおいそれと「ヘルヘイム」へと侵入しないのも、自分達に何かあった際に対応することが出来なくなるというのも、彼女達の言い訳の一つなのだ。
(ただの監視目的で此処に……?いや、多分それだけじゃない……でも)
早くこの場所から鈴を引き剥がさなければならない。のるんが帰ってくるのだ。
部屋の鍵を施錠したままでは、のるんが出てこられない可能性だってある。
どうすればいいかを必死に考え込んでいると、廊下の奥の方から、誰かの足音が聞こえてくる。
ヤタノと鈴は、足音の方向に注視する。こんな時間だ、来るとしても当直の教師だろう。
(教師にも言い訳しなきゃなの、本当に面倒だなぁ……カイチョーに任せればいいか)
そんな事を考えながら、足音の主の姿が徐々に鮮明になる。
そこに居たのは、生徒会室から「ヘルヘイム」へと侵入していた結代のるんだった。
どうやら、無事に生きて戻ってきたらしい。心底安心したが、同時に疑問も浮かんだ。
(何処から戻ってきたんだろ……?生徒会室の扉から侵入したよね……?)
基本的に、「ヘルヘイム」への侵入と脱出は同じ扉を使用することが大半だ。
というよりも、ヤタノは此処しか知らないのだ。その為、必然的に出る際も此処から出てくる。
だが、のるんは生徒会室から出ること無く、現実世界へと帰還している。
(中に協力者が……?それともたまたま別の出口から出てこれたとか……?)
一旦、それは良い。今はこの状況を切り抜ける為に、脳のリソースを割くべきだ。
のるんはヤタノを視認すると、嬉しそうな表情で駆け寄ってくる。
だが、駆け寄ってくる途中で、鈴が居るのを視認すると、一気に表情に緊張感が走っていた。
「えと……どうして此処に生徒会長が?」
「それはこちらのセリフです、結代さん。こんな夜更けに、こんな場所で漆原さんと何をしていたのです?放課後の校内は用事がなければ、速やかに帰宅するべきです。用事がないのであれば、お二人とも下校して下さいね」
のるんは、不思議そうな顔をしながらも、首を縦に振り、ヤタノの手を引いてその場を後にする。
どうしてあの場所に、鈴が居たのだろうか。何か嗅ぎつけた可能性もある。
警戒しておいた方が良いかも知れない。




