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#5 影は影、追わずとも隣に


 

 足早に、覚えたての路を辿り、のるんは息を切らしながら、自分の家の扉を強引に押し開ける。

 やはり、彼女と関わると、どうにも息が荒くなる。他の人では感じることのない何かがある。

 まだ埃っぽい二階へと上がると、硬いソファに身体を預け、一通の手紙を照明に翳す。

 ご丁寧にどす黒い蝋を使い、不気味な模様を刻み込んだ封蝋までされている。


 (差出人は、姫宮なしろ……やっぱり同じ名前なんだ)


 自分の記憶とは、掛け離れている容姿、性格の彼女は、やはり姫宮なしろだったらしい。

 そんな彼女が自分の下駄箱に手紙を入れるなんて、想像がつかないのだが、本物だろうか。


 (筆跡……、そういや夢の中では、あの子が書いてた文字、見た記憶無いな)

 

 その場で読むことが出来なかった手紙を、のるんは開封する。

 中には、可愛らしい便箋が一枚だけ入っていた。ピンク色のいい匂いがする物だった。

 中身に目を通すと、そこには簡単な一文だけが書かれていた。


 『明日の放課後、オカルト研究部室で、貴方を待っているわ。 姫宮なしろ』


 それ以外には何も書かれていなかった。

 明日は、約束こそしていなかったが、さな達と学校を回る予定だった。

 他にも、鈴にも生徒会室に呼ばれている。早く行くに越したことはないだろう。

 時間を鑑みるに、一つしか予定を熟せないがどうしようか。


 ──暫しの熟考の結果、姫宮なしろの手紙に従い、オカルト研究部室へと向かうことにした。


 その日は、最低限の身支度だけして、泥のように眠った。

 余程疲れが溜まっていたのか、ソファでも眠ることが出来たが、柔らかいベッドが欲しい。

 友人が増えたら、頼んで一緒にベッドを組み立てて貰おうかと、のるんは思案していた。


 

 ____________



 

 場面代わって、星失学園内。

 早朝から体育館に集められ、過ごしやすい気候の中、始業式は始まっていった。

 決められたスケジュール通り、恙無く進み、最後には生徒会長の玉兎鈴達の挨拶が始まっていた。

 

 「今季の生徒会のメンバーは、後一人募集しております。もし、志高い者が居れば、歓迎します」

 

 何故か、鈴を始め、生徒会の面々がこちらを向いているような気がする。

 きっと気の所為だと信じよう。近くにいる、さなや朱雀の事を見ているに違いない。

 物凄くガン見されている気がするし、目があっている気もするが、気にしてはいけない気がする。

 これさえ終われば、今日の予定は終わりだ。頭の中はなしろの話が気になってそれドコロじゃない。


 「ね、めっちゃ玉兎生徒会長こっち見てたけど、もしかして私、誘われてる!?やるしかない!?」

 「務まんねーだろ……、募集してるの庶務だろ?お前、絶対投げ出すか、放り投げるだろ……」


 二人の会話に、生返事をしながら、のるんは時間が過ぎ去るのを待った。

 少しした後に気づけば、放課後のチャイムが鳴る。どうやら、もう自由時間らしい。

 じっとしているのが性に合わないのか、担任のフカが「まったね〜ん♡」と投げキッスをして教室を去った直後、さなは身体を伸ばして、嬌声を上げる。

 さなの声に、男子クラスメイト達は、一気にさなの方へと視線を向けるが、気づいていないらしい。


 「あ〜〜っ、やーっと終わったぁ……今日も長かったなぁ」

 「今日は始業式だけだから、午前中で終わりだよ?そんなんじゃ、明日からの通常授業、耐えられないんじゃない?」


 のるんの言葉に、さなはげんなりとした表情を見せる。

 体を動かすのが好きそうなさなは、その場でストレッチをし始める。

 更に注目の的になっている。獣のような目で見られているのに、やはり気づいていない。


 (ちょ、ちょっと……、四獣天くん!あの子、注目の的になってるよ!?止めなくていいの!?)

 (良いんだよ、あれで。思春期の男子高生には、あぁ言うのが、必要なんだよ)


 こそこそと二人で会話しているのに気づいたのか、さなは不機嫌そうに、のるんに顔を近づける。


 「な〜に、二人でひそひそ話なんかしてるの!私も混ぜろ〜!」

 「うおっ、やめろ!のるんちゃん!ニコニコしてないで止めてくれ!俺の中の男の部分が!!」


 二人が乳繰り合っている間に、件のなしろは徐ろに席を立つ。

 一瞬だけこちらを見ていたような気もしたが、気の所為だったのだろうか。

 追い掛けたいのは山々だが、さなと朱雀も放って置けない。なんだか、少しだけ羨ましいし。

 

 (そういえば、オカルト研究部室って何処にあるんだろ?やっぱり部室棟なのかな?)

 

 星失高校は、大きく分けて三つの棟に別れている。

 各学年の教室と、よく授業に使われる教室がある学校の中央にある「教室棟」

 茶道部などの文化系の部室を多く内包している「教室棟」の西に位置する「文化部棟」

 体育館、テニスコートなど、運動部が使用する際に使う「教室棟」の東にある「運動部棟」

 文化部棟と運動部棟を纏めて、部活棟と言う者も居るが、場所が違うため、あまり推奨されていない。

 

 (まぁ、あるとすれば、間違いなく「文化部棟」だよね、「オカルト研究部室」って名前だし)


 その名前で、悪霊とかを祓うためにロックバンドを組んで騒音を立ててますと言われない限り、のるんは納得することもないだろう。

 二人に断りを入れて、のるんは「文化部棟」に向かうことにした。


 「わぁ、思ったより色々な部活があるんだ……?えと、オカルト研究部室は……」


 「文化部棟」も、「教室棟」と同じく三階建てになっており、見て回っていると、本当に色々な部活があるのが見て取れる。

 茶道部、華道部、吹奏楽部、囲碁部、将棋部、囲碁将棋部、パソコン部、アニメ研究部。

 他にもずらりと文化系の部活が沢山あるが、件の「オカルト研究部」は見つからない。


 (というか、囲碁部と将棋部があるのに、囲碁将棋部もあるんだ……意味が分からない)


 一人ながらも、ツッコミを入れながら、三階の一番奥の部屋のプレートを見ると、そこには「オカルト研究部」と書かれていた。

 此処に彼女が待っているらしい。電気が付いているのを見ると、中に人が居るのは間違いない。


 (緊張するけど、入るしか無いか……)


 どちらにせよ、此処まで来て退くつもりなど無い。意を決したのるんは扉をノックする。


 「どうぞ、鍵は開いているわ。ふふふ」


 妖しい笑い声が聞こえてきたが、「失礼します」とだけ言い、のるんは中へと入る。



 _________

 

 中は普通の教室だった。特にオカルトらしい何かは置かれておらず、長机と椅子が四脚だけ。

 黒板やホワイトボードは新品のまま、椅子も一つ以外は、使われた形跡すら無い。

 居るのは本を読んでいたのるんを呼び出した件の少女──姫宮なしろ一人だけ。

 中に入ったのるんを意に介さず、彼女の頁を捲る音だけが聞こえる。


 (き、気まずい!帰っていいかな!?)


 こちらから声を掛けなければダメなのだろうか。

 のるんはただ突っ立っているだけで、なしろは本をペラペラと捲っている。

 表紙から察するに、何かの小説だろうが、何やら難しそうな内容の本だ。


 「あの、貴方が私を呼んだんですよね?」


 のるんが言葉を発すると、なしろは本をパタリと閉じて、こちらを見る。

 じっとりとした、快活さの欠片もない視線だ。ベトベトと粘ついて、離す気のないような視線。

 彼女が「姫宮なしろ」と関係があろうとなかろうと、人によっては不快感を示すだろう。

 のるんにとっては、人一倍不快感を感じることは言うまでもない。


 「えぇ、そうよ。「結代のるん」さん?」


 なしろは立ち上がり、こちらへと一歩ずつ距離を詰めてくる。

 それに呼応して、のるんは一歩ずつ後ずさるが、遂には壁にまで追い詰められてしまった。

 怖い、理解出来ない、気持ち悪い、止めて欲しい、あの子と同じ顔で、そんな表情をしないで。

 口角をゆっくりと三日月状に吊り上げて、ハイライトのない瞳で、のるんの顔を捉える。


 「貴方、わたしのことを前から知ってるわよね?」

 「ぇ……?」


 なしろの言葉に、のるんは言葉にならない声を出していた。

 何を言っているのか、のるんには、理解出来ていない。

 恐怖と極度の緊張で、脳が萎縮しているのだろう。彼女の言葉は、音の反響としか認識できない。

 それでも、お構い無しになしろは言葉を続ける。のるんの身体を指でなぞり、意味深な笑みを浮かべて。

 

 「昨日のSHRの時、わたしの顔を見て、知り合いと再会したような顔をした。違うかしら?」

 「…………」


 温かい春先にも関わらず、冷や汗が止まらない。どうして、寒気がするのだろうか。

 彼女と自分は何の関係もない。所詮アレは夢の話、愛していたのは夢の中だけ。

 頭では、完全に理解出来ている。眼の前の彼女は、彼女であって、彼女ではない。

 

 「でも、わたしは貴方の事を何も知らない。会った記憶もない。何処でわたしを知ったの?」

 

 彼女の問いに対する答えは持っている。でも、今答えたとして、理解されるわけがない。

 夢の中で貴方を、娘のように可愛がっていたなどと伝えて一体何になる。

 おかしな人扱いされて終わるだけだ。あの夢の話は誰にも教える気はない。

 乾いた喉を、唾で誤魔化し、振るえる声で、のるんはなんとか言葉を紡ぐ。


 「昔の、知り合いに、似てただけ。人違いだったよ」


 のるんの言葉に、なしろは目を細めて、何かを考えるような仕草を見せる。

 ふわりと漂う香りは、歳不相応な色香の様にも感じる。気が変になりそうだ。

 目を細め、こちらに疑いの目を掛けられた時点で、のるんの精神は保たなかった。


 「それでは、失礼しましたっ!」


 扉を強めに開いて、のるんはその場を後にする。

 その場に残されたなしろは、暫くの間、その場で考え込んだ後に、ふぅんと声を漏らす。


 「嘘ね、突発的な感情や表情まで、嘘をつける人間なんて、この世に存在しないもの。それに……」


 なしろは机の上に置かれた一冊の本を持ち、頁を捲る。

 何も書かれていない白紙の本に、胸ポケットに突き刺していたペンで、一筆(したた)める。


 『絶対に、絶対に逃さない。あの子は絶対になにか知ってる』


 ドロドロとした瞳で、独り言をブツブツと呟きながら、なしろは本を乱雑に閉じた。





 ・塗りつぶされた記憶


 

 明日は、約束こそしていなかったが、さな達と学校を回る予定だった。

 他にも、なしろからの手紙では呼び出しを受けている。

 時間を鑑みるに、一つしか予定を熟せないがどうしようか。


 ──暫しの熟考の結果、鈴からの約束を優先し、生徒会室へと向かうことにした。


 放課後になり、さな達に断りを入れて、のるんは三階の生徒会室へと足を運ぶ。

 少し緊張しながら、ノックをすると、中から「ど〜ぞ〜」と緩い声が聞こえてくる。


 「誰かと思えば、のるちゃじゃん〜、やほやほ〜、昨日ぶり〜」

 「あはは、お邪魔します」


 中には、生徒会「書記」の漆原ヤタノが一人でソファに寝転がりながら、スマホを弄っていた。

 他には誰も居ない。手持ち無沙汰だったのるんは、キョロキョロと中を見回す。

 随分と綺麗にされている部分と、おやつや本などでぐちゃぐちゃになっている部分がある。


 (漆原さんが居る場所だけ、結構荒れてるけど、そういう事なのかな……?)

 

 しかし、鈴が居なければ、何も始まらない。日を改めようかと、思っていた時、声がかかる。


 「今日はどしたの〜?昨日の今日で、なんか困りごと〜?」

 「昨日、生徒会長さんに時間がある時に、お茶会をしましょうって」


 あ〜、とヤタノは、スマホの画面を数回叩くと、画面をのるんに見せる。


 「多分、椛野さん絡みの話なんじゃないかな〜。気をつけろって言いたいんだと思う」

 「え、どういう……というか、なんで画面で……?」


 此処から先は黒く塗り潰されており、読むことが出来ない。



 

 なしろと「顔見知り」になった。

 もう少し仲良くなれば、友だちになれるだろうか。


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