#4 運命からは逃れられない
のるんは、さなと朱雀に連れられ、最初は教室等を巡る。何処もやたら年季が入っている。
それでも、丁寧に扱われているのか、元いた都会の高校よりも、輝いて見えた。
(それだけ魅力的に映ってるってことなのかな。分からないや)
頭の中は既にぐちゃぐちゃだ。さなや朱雀が色々と解説を交えているが、何も聞こえてこない。
職員室や、保健室と言った必ず来ることになる場所から、視聴覚室、校長室と使わない場所まで。
教室棟一階を回り終える頃には、ようやくさな達の声を、言葉として認識することが出来るようになった。
(相当……参ってるのかな。でもどうして?夢の中の話だったじゃん、でも現実に……)
人間、理解出来ないモノに直面した時に覚える感情は、たった一つ。恐怖だ。
しかし、のるんの感じているものは恐怖なのか、と聞かれたらきっと「No」と言うだろう。
言語化できないこの感情が分からないことに、怒りを覚えているのか、はたまた別のものか。
(今はいいや、学校を回りながら、気を紛らわそう……)
なしろらしき女子生徒の事を考えていたら、気が変になる。
そもそも、彼女が姫宮なしろと同一人物じゃないかも知れない。
「さてっ、一階はこんなもんかな?二階は三階はクラスの教室と……あ、生徒会室がある!」
「行ったって、流石に今日は閉まってるだろうけど。って、大丈夫か?」
二人がこちらを心配そうな表情で見ている。
話の流れを理解は全くしていなかったが、恐らく大丈夫?と聞かれてこの状況なのだろう。
こういう状況把握だけは、多少なり経験があるお陰で対処が出来る。
眉を下げ、少し困った表情をしながら、のるんはニコリと笑う。
「大丈夫大丈夫、昨日の荷解きが思ったよりハードでね?さなが居なかったら、寝坊してたトコだよ」
身振り手振りを交えて、明るく、振る舞う。
のるんがそう答えると、さなの心配そうな表情がぱぁっと明るく弾けた。
「ふふん、私が居なきゃ……のるんちゃんは遅刻魔の烙印を押されていたのだっ」
「んな大袈裟な……、でもまぁ確かに?初日から遅刻は……ぼっち確定コースだったかもな」
朱雀はケラケラと笑いながら、のるんの肩をぽんと叩く。
ほぼ初対面にボディタッチが出来るなんて……、きっと彼は陽キャなんだ。
さなと同じで住む世界が違うんだぁ、と心の中で自虐気味な一言を呟きながら、相槌を打つ。
「んじゃ、生徒会室の場所だけ案内しよっか。三階にあるんだけど……」
さながそう言いかけると、廊下の先の方から四人組の生徒がこちらの方を見て歩いてくる。
皆が皆、赤い腕章を付けており、よく見ると校章が記されている。
そのうちの一人は、こちらを見て、汚物を見るような目を一瞬したのを見逃さなかった。
(黒髪の紫の瞳……?もしかして)
夢の中ではあるが、心当たりがある。でも、もしそうなら、彼女がそんな事をするわけがない。
中央にいる紺色の髪の女子生徒は隣りにいる黒髪の生徒を何やら窘めながら、こちらの前で止まった。
紺色の長髪に、左右の瞳が違う痩身気味な女子生徒だ。瞳の色以外は、模範的な生徒に見える。
「もう下校時間の筈ですが……、おや?見ない顔ですね。二年という事は、転入生でしょうか?」
「そうです!玉兎生徒会長!明日は一年生が校内散策すると思ったんで、人が居ない今のうちに案内しちゃおうと思いまして!」
さなの言葉に、紺色長髪の女子生徒は、頬を緩ませ、和らげな表情でのるんを見る。
「そうでしたか、それは殊勝な心掛けですね、黒崎さん。そうだ、自己紹介をしておきましょうか」
紺色長髪の女子生徒は、スカートの裾を指で摘み、優雅な礼をして見せる。
非常に様になったその仕草は、彼女が如何に場馴れしているのかを物語っている。
「転校生さん、初めまして。星失高校生徒会「会長」の玉兎鈴です。何かお困り事があった時は、いつでも言って下さいね。最大限、貴方のサポートをさせて貰いますから」
「二年二組、結代のるんです。玉兎生徒会長、よろしくお願いします」
流石に鈴のような礼は出来ないので、簡単な会釈と、自己紹介だけをして、ささっと後ろへ下がる。
何故か、凄まじく目の敵にされている女子生徒の視線から一刻も早く逃れたいのだ。
だが、それは叶わなかった。鈴を突き飛ばす勢いで、黒髪紫目の女子生徒が前に出てきた。
「結代……のるん。私のことを見ても、貴方は、何も思わないの?」
怒り、哀しみ、憎しみ。それらが入り混じった表情で、彼女はそう問いかける。
一体何だというのだ。どう返事をしたって、彼女を満足させることは出来なさそうである。
少しだけ考える素振りをして、のるんは、お決まりの困った表情を顔に貼り付ける。
「ごめんなさい、貴方が何を言いたいのか……ボクには分かりません」
「……!!」
目尻に涙を浮かべた黒髪紫目の女子生徒は、のるんの頬を全力で引っ叩いて、その場から去っていった。
叩かれた頬は真っ赤になり、叩かれた際に生じた鋭い痛みが、今も後を退く気配がない。
のるんは鈴の方へ、視線を向ける。鈴は鈴でしょうがないなぁ、といった表情で、頭を下げる。
「結代さん、うちの副会長が怪我をさせてしまい、大変申し訳御座いません……」
「え、と。さっきの人は……?」
こういう時は情報を収集しておくに限る。これは夢の中の自分が散々言っていたことだ。
無知は罪であり、この状況を招いたのも、自分のせいだと思っておくべきなのだと。
叩かれた頬を撫でながら、鈴に尋ねると、鈴はそうでしたね、と言葉を漏らす。
「彼女は副会長の椛野リア。如月先生の御息女に当たります。……まぁ、複雑な事情で姓は違いますが」
「えっ、じゃあ、もしかして、のるんちゃんと……」
さなは、姿が見えなくなった彼女と、のるんを交互に見ながら、えーっ!と声を出しそうになる。
なるほど、詳細な関係までは分からないが、遠縁の親戚という事になる。
だが、残念ながら、彼女と会った記憶は無い。長い永い夢では沢山会ったけれど。
(その辺も、如月先生に会ってみないと、か……)
夢と現実が徐々に混ざっていく。何処からが夢で、何処からが現実なんだろうか。
なしろほどの衝撃はなかったが、それでも若干はショックを受けている。
鈴とさなが世間話をしていると、様子を窺っていた朱雀が、鈴の後ろに居る女子生徒の方を見る。
「会長サンと副会長サンは俺らも知ってるけどさ、そっちのお二人は?見たトコ一年だろ?」
よくよく見ると、朱雀の視線は、二人の足元に向けられている。
確かに二人の足元を見てみると、自分の履いている校内用の上靴と色が違う。
のるん達は、青、鈴とリアは赤、後ろの女子生徒達は緑。どうやら、学年で違う色らしい。
鈴は目を少し瞑った後に、後ろに居た二人を前へと押し出す。
「わわっ、もぅ……、会長!?い、いきなり押されたら、びっくりするのです、わふぅ……」
「そーですよぉ、ぼくぅ、人見知りなんですよぉ?怖いですよぉ〜」
各々が特徴的な反応をしているが、鈴が意に介することは無いらしい。
「那雲さん、漆原さん。折角ですから、自己紹介をお願いしますね」
「はぁい、じゃあぼくからするね!わんこちゃん、お先〜!」
金髪の幼い女子生徒がのるんの前に躍り出て、両手で逆ピースをして、あざとく舌をチロリと出す。
「はじめましてっ!星失高校生徒会「書記」の漆原ヤタノだよ〜。のるちゃ、よろしくねっ」
のるちゃ、これは自分のことを言っているのだろうか。そんな渾名で呼ばれたのは初めてだった。
なんだか、色々なことを言われた気がしたが、第一印象はあざとい系ロリ、と言った感じだ。
すざくんと、さなたそもよろ〜、と言うと、ヤタノは那雲と呼ばれた女子生徒のお尻を蹴飛ばした。
「は、はわわっ。もぅ……ヤタノちゃん、痛い、痛いですッテ……なぁん、なぁん……」
「あははっ!面白〜い!わんこちゃんがぁ……無様に泣いてるとこ、ちゅき〜!らびゅ!」
(キミ達、生徒会……なんかやたら暴力的じゃない?気の所為?)
リアは、のるんの頬を引っ叩くし、ヤタノは、わんこちゃん、と呼ばれた生徒を蹴飛ばしている。
彼女達は、生徒の規範になるつもりはあるのだろうか。端から見れば、まともなのは鈴だけに見える。
……無いから金髪の子が生徒会に居るのかと、のるんは一人で納得した。
「わわっ、えと、その、ボクは星失高校生徒会会計、那雲凪織、です。決して、わんこじゃなくて……、ボクは、おるとろす、なんです!……わふぅ」
「「「「「…………」」」」」
誰も反応しなかった。いや、したら後々が面倒になると、皆が思ったのだろう。
凪織と呼ばれた生徒の挨拶を全員がスルーし、のるんだけはよろしくね、那雲さん、と声を掛けた。
夢の中でも、地獄の番犬、オルトロスと呼ばれて喜んでいたのを、鮮明に思い出す。
(何ていうか……可哀想な子だなぁ、此処でも)
鈴と凪織には、見覚えがあるが、嗜虐心丸出しのロリ、ヤタノには見覚えがなかった。
それを言ってしまえば、さなも朱雀も知らないのだから、全員が全員と云う訳でもなさそうだ。
(大分頭も落ち着いてきたし、色々探っていかなきゃ……なのかなぁ?)
気にしないという選択肢だってある。予知夢みたいなものは、現実にだって存在する。
上手く利用すれば、初対面にも関わらず、仲良くなるのが早くなるかも知れない。
「てか、カイチョー。ぼくたち、明日のオリエンテーションの準備、しなきゃじゃないの?」
ヤタノは、両手を後頭部付近で組み、脚をぶらつかせる。
スカートを極端に短くしているせいで、下着が見えそうになっており、朱雀はヤタノの太ももを凝視していた。
鈴は懐中時計を取り出し、時刻を確認すると、おや、確かに。と小さく呟くと、三人の方を見る。
「もうこんな時間ですか。すみません、本当は校内の案内に付き添いたい所ですが、御暇しますね」
「気にしないで下さいッ!転校生の案内は、明日も行います故ッ!」
さなは鈴に敬礼をすると、鈴は何かを思い出したかのように、のるんに近づいて耳打ちをする。
「時間が空いた時で構いません、一度、生徒会室にいらして下さい。一緒にお茶会でもしましょう」
「わ、分かりました……」
拒否できる空気感でもなかったせいで、のるんは二つ返事で承諾してしまった。
それだけを言い残すと、鈴はヤタノと凪織を連れて、三階へと階段を登っていった。
(なんだか、酷く疲れちゃった……)
生徒会の三人が去った後、のるんは大きく息を吐く。どっと老け込んだ気分だ。
「ん〜。キリ良いし、今日は此処までにして、明日は、部活棟を見に行きますか〜」
「そうだな、のるんちゃんもお疲れみたいだし。明日……確か午前中までだったよな」
朱雀の言葉に、さなはそーだよ〜と相槌を打つ。
「まぁ、授業で使う場所はある程度案内できたし、明日でも大丈夫そうかな?」
「うん。二人とも、ありがとうね!」
暫く、さなと朱雀と談笑した後に、一緒に帰る?と尋ねられたが、のるんは丁重に断った。
二人には、一人になりたいと言って、謝罪し、その場でさなと朱雀と別れた。
一人になったのるんは、少し見て回ってから、帰宅しようと、下駄箱から靴を取り出そうとしたら、中から一通の手紙が出てきた。
「ん……?なにこれ?手紙?」
裏を見ると、そこには「姫宮なしろ」と差出人の名前が書かれていた。
四獣天朱雀と友人になったため、
・のるん宅の二階の片付け
・のるん宅の畑の開墾
上記二点が可能になりました。
……時間がある時に、朱雀を誘ってみようか。




