#3 夢にまで見た彼女は
そこそこ硬いソファで寝ていたせいで、目を覚ました時には身体がバキバキだった。
長旅の疲れに加えて、部屋の掃除をしていたせいで、気絶するように眠ってしまっていた。
時計を見ると、時刻は朝の七時頃。約束の時間まで、あと一時間ぐらいだ。
(と言っても、朝ごはん食べて着替えるだけだから、大分ゆっくり出来そう)
前の学校では、通学に電車を使っていたせいで、大分早く起きていた。
その習慣がまだ体に染み付いていたお陰で、自然と朝に目が覚めてしまうようになった。
身体を伸ばし、ソファから転げ落ちるように出ると、さっさと着替えて、一階に降りる。
まだ、慣れない場所という感覚が強く、一人ぼっちで広い店に居る気分になる。
「もう少ししたら、一階のレイアウトも弄ってもいいな。折角の一人暮らしなんだし」
のるんは、さなが冷蔵庫に置いていったヨーグルトをゆっくりと食べる。
今日から、零明高校の二年生だ。不安も一杯だが、学校に行く前から友達が出来た。
──黒崎さな。
未だに素性は分からないが、自分の狭い世界において、一つの指標になる。
そう言えば、一階にテレビが置いてあったのを思い出す。
リモコンを探し出して、電源が付くのを確認すると、のるんはスイッチを押す。
『四月一日水曜日、今日の天気は晴れ。此処暫くは晴れが続き、穏やかな日々が続くでしょう』
ニュースの内容は至って普通だった。この市では人が死んでいるというのに。
有名人の不倫騒動や、各地方の美味しいもの特集といった、ありきたりなものばかりだ。
BGM代わりにテレビを流しながら、のるんはスマホをちらりと覗き込む。
(特にメッセージもない。やっぱり、転校した奴に送る人も居ない……か)
なんだか、来なくて普通だと思っている自分と、来て欲しかったという自分が混在している。
そう言えば、さなと連絡先を交換していなかった。後でお願いしておこう。
時計の針が、八時を指す少し前辺りで、扉をノックされる音が聞こえてくる。
「のるんちゃん〜入るよ〜」
良いよと言う前に、さなはお構い無しに入ってきた。
良い意味で距離感がバグってるなぁ、と思いながらさなを迎え入れる。
ひとまずは、学校に向かおうとなり、歩きながらさなの会話に相槌を打ちながら、歩き始める。
(本当に何も無いなぁ……、絵に描いたような田舎道って感じ)
話を聞いていれば、この市にも、小さなショッピングモールのようなものがあるらしい。
のるんが興味を示したら、さなは笑顔で、学校終わりに連れて行ってあげると言ってくれた。
そうこうしていると、眼の前に木造の古き良き学校が見えてくる。此処が零明高校と呼ばれる場所だ。
「さてさて、クラスは何組かな〜。のるんちゃん、こっちこっち〜」
キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていたのるんを置いて、さなは、クラス発表の掲示板がある場所へと先に行っていた。
のるんも、ゆっくりと掲示板の前に立つと、ずらりと生徒の名前が張り出されている。
自分の名前を探していると、ようやく見つけた。どうやら自分は二組らしい。
(さなは……、さなも二組なんだ、良かったぁ)
運が良かったのか、さなも同じクラスだった。のるんは心の中でガッツポーズをする。
一学年で三組まであったので、別のクラスになる可能性のほうが高かった。
さなの方を見ると、さなも嬉しかったのか、いきなりのるんに抱き着いてきた。
「同じクラスだなんて、嬉しい!クラスでもよろしくね!のるんちゃん!」
「う、うん。よろしくっ」
喜びを隠せないさなに抱きしめられていると、鐘の音が鳴る。
どうやら、もう少しでHRの時間らしい。急がないと遅刻になりそうだ。
周りの生徒達も、慌てて自分達の教室へと移動し始めている。
「と、取り敢えず……一緒に教室行こっか?」
「おっと、もうそんな時間なんだ。もっとこうしていたいけどなぁ〜」
やや不満げなさなを引き剥がし、のるんはさなに教室へと案内して貰う。
中を見て回るのは、もう少し後にしよう。時間は幾らでもあるのだから。
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教室へと入ると、大半の人間が席に座っていた。
そういえば、自分の席は何処だろう。黒板に貼られていた席順を確認しても、自分の席はない。
(え、早速ボク、仲間はずれ……?でも確かに、二組って書いていたような……?)
どうしたものかとオロオロしてると、扉がガラガラと開かれる。
視線をそちらへと向けると、そこにはとても教師とは思えない姿の女性が居た。
古き良きロングスカートのメイド服、何処から生えているのか、サメのような尻尾。
学生に化粧をするなとは、とても言えない地雷系のメイクをした参拾代に見える綺麗な女性だ。
髪も灰色に染めており、一部にメッシュも入っている辺り、先生だと信じたくない。
(え。この人……、学生?コスプレ?いや待てよ……)
多少の違いはあれど、彼女にも見覚えがある。
自分の記憶が正しければ、彼女はきっと、「姫宮のるん」の知り合いだったのだろう。
「はい、皆様〜席に座りやがれですわぁ!って貴方は……?」
コスプレ女性は、のるんの顔をまじまじと見て、誰だ?と言った顔をした後に、思い出したかのように目を丸くする。
何故か、それに連動して尻尾まで動いているのだが、どういうメカニズムなのだろう。
「貴方、転校生の方ですわね?勿論憶えておりますわ!えぇ、忘れてなんていませんとも!」
目は泳ぎまくり、尻尾が地面をビタンビタンと叩いているが、本当にこの人は教師なのか。
半ば呆れながら、のるんはコスプレ女性の方を見る。
「はい、実は、ボクの席が何処か分からなくて……」
「え?そこの、席順一覧に……」
コスプレ女性は、黒板に貼られた席順を見ながらそう言おうとしたが、途中で言葉が詰まる。
実際に書いてないのだ。三周は見たが、何処にも自分の名前が書いてない。
ずっと目が泳いでいるが、サメのコスプレをしているのは、そういう意味なのだろう、きっと。
「無いですわね。じゃあ、そこの空いてる席に座っちゃいなさいませ」
「え、でもそこって……、サボり魔の席なんじゃ……」
口を挟んできた生徒の言葉を、コスプレ女性は鼻で笑い、一蹴した。
「この世は弱肉強食。来ない者に席なんて無いんですの。デッド・オア・アライブですの」
「また古い単語を……」
生徒達は、口々にツッコミを入れているが、女性はお構い無しと言った様子だ。
腰に手を当て、やや上目遣いになり、女性はのるんの方を見ると、人差し指を顔の前に突き出す。
「ほら!転校生!黒板に名前を書いて、自己紹介!わたくしにも分かるように!」
なんで、あんたも知らないんだよ、とは言わなかった。
なんとなく、この人に負けた気分にはなりたくなかったからだ。
チラリと、さなの方を見ると、肩を震わせながら笑っていた。許せない。
のるんは渋々と言った様子で、白のチョークで自分の名前を書く。
「改めまして、転校生の「結代のるん」って言います。星失には昨日引っ越したばかりですので、何も分からないですが、よろしくおねがいします」
「はい、よろしくですわ〜。じゃあ結代さんは、黒崎さんの隣の空いてる席に座りなさいませ」
軽く頭を下げた後に、クラスメイトの顔を視界に入れると、のるんの心臓がドクンと暴れた。
髪の毛をそのまま下ろし、眼鏡をかけ、陰鬱そうな雰囲気を漂わせているが、見間違えることはない。
(姫宮……なしろだ。どうして、こんな所に彼女が……)
夢に見ていた彼女は、見た目からして大きくかけ離れている。
歳もそうだろう、夢の中の彼女は精々十二、十三程度だが、今の彼女は十六。
三年もあれば、人も変わるものだ。育った環境や、周りの人間でどうとでも変わる。
(本当にびっくりした……、心臓がなくなるかと思った。流石に人違いだと思おう……)
声が出そうだったのを無理矢理押し込んで、のるんは指定された席へと座る。
のるんの席は丁度真ん中。縦五列、横五列の丁度真ん中に座った。
ちなみにさなが左隣で本当に助かった。なしろらしき人物は右後ろの席である。
なしろらしき人物を見た時に、自分と目線があった気がする。
じっとりとした彼女の視線は、自分の知っている、可愛らしい笑みとはとてもかけ離れている。
(流石に気の所為だよね、というか、そもそも。あのなしろとは限らないもんね)
のるんが着席すると、担任らしき女性は、黒板に書かれた自分の名前を消して、再度何かを書いている。
チョークを乱雑に置き、女性は書かれた名前の部分を強く叩き、自己紹介をしていた。
──猫鮫フカ。漢字で書かれているか、カタカナなのかはともかくとして、やはり同一人物らしい。
(一体どうなってるんだろ……、どうしてあんな夢を……?)
考えても分からないことは考えない、その方がきっと楽だ。
意味が分からない、理解出来ない。頭の中がぐるぐるする。
フカも居れば、なしろも居る。じゃあボクは誰なんだ、ボクは姫宮のるんなんかじゃない。
気がおかしくなりそうだ。まるで、自分が最初から自分じゃないのだと言わんばかりだ。
(夢は夢、妙にリアルだった夢に違いない)
眼の前で奇妙な立ち振舞をしているフカを見ても、なんとも思わない。
既視感でしかないのだ、初対面の筈なのに。眼の前で立派とは言えないが、教師をしているのだ。
息が荒くなり、目眩までしている。隣で話しかけてきているさなの声も、何も聞こえない。
「いいですの〜?今日は始業式も無いですし、さっさと帰りやがれですわぁ!」
フカの声が随分遠くから聞こえる。どうやら、トリップしていたらしい。
どうやら、SHRも終わったらしく、隣で心配そうにさながこちらを見ている。
「のるんちゃん、大丈夫……?もしかして、まだ疲れちゃってる?」
さなを心配させるわけには行かない。無理矢理作り笑顔を顔に貼り付けて、笑ったフリをする。
「ううん、ちょっとボーっとしてただけ。でも、もう学校終わりなら見て回ろうかな」
学校の中身を知らないで、学校生活を上手く送れる気がしない。
それに、他にも見知った顔がいるかも知れない。フカやなしろに似た誰かが。
出会う度に目眩がしてたのでは、生きた心地がしない。
ある程度、顔見知りが多いのか、転校生であるのるんを気にせずにクラスメイト達の大半は帰っていった。
残っているのは、さなとのるん、そして本を読んでいたなしろらしき生徒、後はさなの隣で一緒にこちらを心配していた男子生徒の四人だけだった。
「お、なら俺も一緒に行くわ。さなだけじゃ頼りないしな?あ、俺、四獣天朱雀な。気軽に朱雀って呼んでくれな、のるんちゃん」
「え〜ひっどい!私だってそれなりだもん。でもまぁ、男子目線の解説とかもあった方が良いか……」
のるんには良く分からない理由で納得したさなは、「許可しよう!」と朱雀と熱い握手をしていた。
自分の意見無視かよ、とは思ったが、のるんは、何も言わずに曖昧な表情で朱雀の顔を見る。
黒と紫が入り混じっている最近流行りのウルフヘアーに、耳には複数のピアスが刺さっている。
カラコンも入ってるのだろうか、朱雀の瞳も暗めではあるが、綺麗な紫だ。
「じゃ、行こっか、まずは教室棟から案内するね!」
さなに手を引かれ、のるんは朱雀とともにそのまま教室を後にする。
教室に残されたのは、本を読んでいたなしろらしき生徒、ただ一人。
「ふぅん?結代、のるんね。随分と驚いた表情をしてたけれど……」
読んでいた本をパタリと閉じる。なしろらしき生徒は眼鏡を外し、眼鏡拭きで拭き始める。
度が入っていないとは言え、汚れているのは、なんとなく見過ごせない。
ある程度、汚れを落とすと、再度メガネを掛けて、鞄に荷物を入れて席を立つ。
「まるでわたしのことを知ってそうな顔。なんだか、面白くなりそうね、ふふ」
のるんが座っていた席をじぃっと見つめ、彼女はその場を去った。




