#2 憶えのない記憶が
のるん達が中に入ると、想像していた以上に、中は老朽化していた。
柱こそ、無事だったから暮らせるものの、荒れ果てた建物は、長く人が住んでいないのが見て取れる。
物珍しそうに見ていたさなも、最終的に面倒だなぁ、という感想が声に漏れていた。
面目ないが、コレを一人でやりたくないため、さなには、なんとかして協力して貰う必要がある。
「わぁ……、閉店したの、多分五年くらい前かな?五年も人が住まなくなるとこうなるんだね〜」
「建物が死んでないだけマシかな。中は荒れ果ててるけど、キチンと物は片付けられてるし、ある程度掃除したら直ぐに暮らせそうだね」
掃除は好きではないが、埃塗れの部屋で寝泊まりして、ハウスダストアレルギーになる方が嫌だ。
途中でさなの家に寄って持ってきた箒や、掃除用品のお陰で、片付けにはそう困らなかった。
(一階部分がお店で、二階が居住区って感じなのかな?)
簡素ながらも、綺麗に使っていたことが伺えるキッチンに、内装はそのままのフロア。
カウンターとして使っていたであろう部分には、埃が層になって積もっている。
壁には昔懐かしい壁画が数枚飾られており、すっかり額縁も汚れてしまっていた。
(ある程度片付ければ、ここで珈琲とか、料理とかしても良いかも知れないな)
夢の中でも、のるんは珈琲を淹れていた。
実際の自分には、淹れた経験など無いけれど、試してみれば出来るような気もしている。
全く覚えのない豆の名前も、ぼんやりではあるが、覚えているのだ。
空の豆瓶、暫く使われていないウォーマー、年季の入ったミルまで揃っている。
(片付けられてるのに、なんでこの辺だけ残されているんだろう?)
のるんは、如月先生という人物を詳しくは知らない。
昔に数度、家族の集まりで会った程度で、物心ついた時には既に会っていなかったはずだ。
此処で暮らしていれば、何か知ることが出来るだろうか。
「のるんちゃん〜!私、一階部分を片付けるね〜!」
「ん、了解〜。んじゃ、ボクは二階部分を片付けようかな」
ある程度片付けた仕上げをさなに任せ、のるんは二階へ上がる。
木造ではあるものの、軋む様子すら無い階段を登ると、埃塗れの小さな部屋があった。
物が沢山置かれており、中には喫茶店にはそぐわない物まで残されていた。
(ポリバケツに……、スコップ?近くの土地を耕すのに使ってた……とか?)
他にも探せば色々ありそうだが、その辺りは追々にしておこう。
今はとりあえず、寝る場所と最低限の環境が整えば、それでいい。
幸いなことに、硬めのソファがあったので、重点的にその周辺をはたきで埃を落とす。
「ゲホッ、ゲホッ。伊達に使っていないだけあって、凄い汚れてる……でも」
のるんが気になったのは、電気も水道も通っていることだ。
自分が来ることを見越して、先んじてインフラを回復させていたのだろうか。
(まさか、止めてなかったとか……?でも、火事になるから流石にない……か)
あまり、変なことを考えずに、のるんは黙々と片付けに勤しむ。
到着したのが昼過ぎだったのに、気がつけば日が暮れていた。
春先とは言えども、少し肌寒くなってきたので、キャリーケースを開け、薄手のカーディガンを羽織る。
「お〜い!のるんちゃん〜!」
下から、自分を呼ぶ声がする。全部が全部片付けることが出来た訳じゃないが、ひとまず下に降りよう。
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下に降りると、入った時とは見違える程に綺麗になっていた。
天井に張っていた蜘蛛の巣も、積もりに積もった埃の層も、乱雑に置かれていた家具も綺麗に水拭きされて、直ぐにでも使えるレベルで掃除されていた。
(これ……、ボクが下の階をやって、黒崎さんに二階をお願いした方が良かったんじゃ……)
頬や、肩、太ももが紅潮しているさなは、一仕事終えた様子で汗を腕で拭っている。
肌寒いなぁと思っていたのるんとは、違って、代謝が良いのだろう。
(出会った時から薄着だったけど、良くそんな格好で寒くないよね。見てて寒くなるのに)
見ず知らずの人のために、此処まで出来る彼女に、心の中で尊敬しながら、辺りを見渡す。
これであれば、空いた時間に、友人と一緒に過ごすことが出来るだろう。
気の置けない友人が出来た際は、家に誘ってみても良いかも知れない。
「もうすっかり暗くなっちゃったけど……実は家からお菓子と飲み物も持ってきてたんだよね」
舌をぺろりと出し、蠱惑的な仕草で、さなは冷蔵庫からジュースを二本取り出す。
学校内ではさぞモテるだろう。同性である自分ですら、少しドキッとするレベルだ。
さなから手渡された缶ジュースを片手に、のるんはありがとう、と言ってプルタブを開ける。
炭酸が強い飲料特有の音を楽しみながら、さなの音頭に合わせて缶をぶつけた。
グビグビと喉を鳴らしながら、さなは一気に炭酸ジュースを胃に流し込んでいる。
「ぷはぁ!やっぱり、労働後の炭酸は染みるぅ!」
「ちょっとだけジジ臭い事言うんだね、黒崎さんは」
のるんの言葉に、さなは眉をへの字に曲げ、頬を膨らませる。
快活な少女だ、と思いながら、のるんもちびちびとジュースを飲む。
「あ〜!そういうこと言っちゃうんだ?折角、私がこの家を綺麗にしたのに〜!」
「あはは、感謝してるよ。この規模の家じゃ、一日じゃ済まなかっただろうし」
強い炭酸は、舌を麻痺させながらも、疲れを吹っ飛ばす爽快感をのるんに与える。
ただ、飲んだことのないジュースだ。「ティーチャー・ソルト」、この地域特有の物だろうか。
「そういえば、聞いてなかったけど。どうしてのるんちゃんは星失に?」
「ん、実は……家族が、海外に駐在することになってね。外国語とか無理だから、親族である如月先生?に一年間預かって貰うことになったんだ」
まぁ、会った記憶無いんだけどね、と自虐気味な一言を添えてのるんは、笑う。
両親に付いて行けば良かったと、思わないこともないが、異郷の地では色々な出会いがある。
不穏な話を最初に聞いて、戦々恐々としていたが、少しだけ不安も和らいだ。
「ほうほう……、んで、明日からは学校に通うと……、此処に住むってことは、零明?」
「そうだよ〜。零明高校の二年生。一年生じゃないから、ちょっと浮いちゃうかも?」
星失市に唯一ある高等学校──零明高等学校。
のるんが明日から通う学校だ。のるんは、そこの二年生として編入することになっている。
制服も手元に届いており、キャリーケースの上の方に夏服も冬服も用意してある。
シンプルな黒いセーラーチックの制服は、昔ながらのデザインを踏襲しているそれは、近代の流行りなどは一切気にしていないのだろう。
「そんな事無いと思うけどな〜?皆いい子だし、のるんちゃんならすぐ打ち解けるよ!」
「そうかなぁ、だといいけど……」
陽キャムーヴ全開の彼女の言葉は、どうにものるんには眩しかった。
前の学校では友達が少なく、数少ない友達とは、辛うじて連絡先を交換したものの、会話が続かない。
(友達って呼べる存在かすら、怪しいってなんか、自分で言ってて悲しくなるよね)
自分には何も無い。特筆する特技も、知能も運動能力も、至って人並み程度だ。
話題もなければ、話すこともない自分など、価値があるといえるのだろうか。
(最近はそんなことばっかり考えちゃうせいで、尚の事、夢の話が気になる)
あの夢は何だったのだろうか、何も無い自分には、随分と眩しい物だった。
自分もいつかは、誰かのために命を投げ出せるような人間になれるといいな、と思う。
窓から覗いた星空は、曇っていた都会で見たものより随分と綺麗だと感じた。
(姫宮なしろ……、彼女とは何処で会えるんだろ。あの子と会ったら、何か変わるのかな)
お菓子を食べながら、さなの話に相槌を打つ。
聞いていて楽しいせいで、時間はあっという間に過ぎていく。
机一杯にあったお菓子を粗方食べ尽くしたさなは、身体を伸ばし、妖艶な声を出して立ち上がる。
「さて、時間も時間だし。そろそろ御暇しよっかな!」
「ん、もうこんな時間なんだ。遅い時間までありがとうね、黒崎さん」
のるんが見送ろうとすると、さなはまた頬を膨らませて、顔を至近距離まで近づける。
びしぃ、と伸ばした人指指を、のるんの胸辺りにぐりぐりと押し付け、顔をじぃっと見つめてきた。
「黒崎、じゃなくて!さな、ね!明日からはちゃんと名前で呼ぶように!」
「は、はい。さなさん」
どもりながら、名前で呼んだにも関わらず、さなの手はのるんを逃がす気配がない。
これはもう呼び捨てにしないと、逃がしてくれなさそうだ。
会ったばかりの人を呼び捨てになど、したことはなかったが、いい機会だと思い、さなの方を見る。
「わ、わかったよ、さな。……もぅ、コレでいいんでしょ?」
のるんが、さなを呼び捨てにすると、しかめっ面だったさなの顔がぱぁっと明るくなる。
「今日の所は許してしんぜよう。んじゃ、明日は八時に迎えに来るから!」
そう言い残すと、さなは玄関の扉を開けて走り去っていった。
嵐のような人だったなぁ、とのるんは思いながら部屋の片付けをして、眠りにつくことにした。
(馴染めるだろうか……、この怪しい雰囲気漂う田舎町に)




