表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

#2 憶えのない記憶が


 のるん達が中に入ると、想像していた以上に、中は老朽化していた。

 柱こそ、無事だったから暮らせるものの、荒れ果てた建物は、長く人が住んでいないのが見て取れる。

 物珍しそうに見ていたさなも、最終的に面倒だなぁ、という感想が声に漏れていた。

 面目ないが、コレを一人でやりたくないため、さなには、なんとかして協力して貰う必要がある。

 

 「わぁ……、閉店したの、多分五年くらい前かな?五年も人が住まなくなるとこうなるんだね〜」

 「建物が死んでないだけマシかな。中は荒れ果ててるけど、キチンと物は片付けられてるし、ある程度掃除したら直ぐに暮らせそうだね」


 掃除は好きではないが、埃塗れの部屋で寝泊まりして、ハウスダストアレルギーになる方が嫌だ。

 途中でさなの家に寄って持ってきた箒や、掃除用品のお陰で、片付けにはそう困らなかった。

 

 (一階部分がお店で、二階が居住区って感じなのかな?)


 簡素ながらも、綺麗に使っていたことが伺えるキッチンに、内装はそのままのフロア。

 カウンターとして使っていたであろう部分には、埃が層になって積もっている。

 壁には昔懐かしい壁画が数枚飾られており、すっかり額縁も汚れてしまっていた。


 (ある程度片付ければ、ここで珈琲とか、料理とかしても良いかも知れないな)


 夢の中でも、のるんは珈琲を淹れていた。

 実際の自分には、淹れた経験など無いけれど、試してみれば出来るような気もしている。

 全く覚えのない豆の名前も、ぼんやりではあるが、覚えているのだ。

 空の豆瓶、暫く使われていないウォーマー、年季の入ったミルまで揃っている。


 (片付けられてるのに、なんでこの辺だけ残されているんだろう?)


 のるんは、如月先生という人物を詳しくは知らない。

 昔に数度、家族の集まりで会った程度で、物心ついた時には既に会っていなかったはずだ。

 此処で暮らしていれば、何か知ることが出来るだろうか。


 「のるんちゃん〜!私、一階部分を片付けるね〜!」

 「ん、了解〜。んじゃ、ボクは二階部分を片付けようかな」


 ある程度片付けた仕上げをさなに任せ、のるんは二階へ上がる。

 木造ではあるものの、軋む様子すら無い階段を登ると、埃塗れの小さな部屋があった。

 物が沢山置かれており、中には喫茶店にはそぐわない物まで残されていた。


 (ポリバケツに……、スコップ?近くの土地を耕すのに使ってた……とか?)


 他にも探せば色々ありそうだが、その辺りは追々にしておこう。

 今はとりあえず、寝る場所と最低限の環境が整えば、それでいい。

 幸いなことに、硬めのソファがあったので、重点的にその周辺をはたきで埃を落とす。


 「ゲホッ、ゲホッ。伊達に使っていないだけあって、凄い汚れてる……でも」


 のるんが気になったのは、電気も水道も通っていることだ。

 自分が来ることを見越して、先んじてインフラを回復させていたのだろうか。


 (まさか、止めてなかったとか……?でも、火事になるから流石にない……か)


 あまり、変なことを考えずに、のるんは黙々と片付けに勤しむ。

 到着したのが昼過ぎだったのに、気がつけば日が暮れていた。

 春先とは言えども、少し肌寒くなってきたので、キャリーケースを開け、薄手のカーディガンを羽織る。


 「お〜い!のるんちゃん〜!」


 下から、自分を呼ぶ声がする。全部が全部片付けることが出来た訳じゃないが、ひとまず下に降りよう。



____________________



 下に降りると、入った時とは見違える程に綺麗になっていた。

 天井に張っていた蜘蛛の巣も、積もりに積もった埃の層も、乱雑に置かれていた家具も綺麗に水拭きされて、直ぐにでも使えるレベルで掃除されていた。


 (これ……、ボクが下の階をやって、黒崎さんに二階をお願いした方が良かったんじゃ……)


 頬や、肩、太ももが紅潮しているさなは、一仕事終えた様子で汗を腕で拭っている。

 肌寒いなぁと思っていたのるんとは、違って、代謝が良いのだろう。


 (出会った時から薄着だったけど、良くそんな格好で寒くないよね。見てて寒くなるのに)

 

 見ず知らずの人のために、此処まで出来る彼女に、心の中で尊敬しながら、辺りを見渡す。

 これであれば、空いた時間に、友人と一緒に過ごすことが出来るだろう。

 気の置けない友人が出来た際は、家に誘ってみても良いかも知れない。


 「もうすっかり暗くなっちゃったけど……実は家からお菓子と飲み物も持ってきてたんだよね」


 舌をぺろりと出し、蠱惑的な仕草で、さなは冷蔵庫からジュースを二本取り出す。

 学校内ではさぞモテるだろう。同性である自分ですら、少しドキッとするレベルだ。

 さなから手渡された缶ジュースを片手に、のるんはありがとう、と言ってプルタブを開ける。

 炭酸が強い飲料特有の音を楽しみながら、さなの音頭に合わせて缶をぶつけた。

 グビグビと喉を鳴らしながら、さなは一気に炭酸ジュースを胃に流し込んでいる。


 「ぷはぁ!やっぱり、労働後の炭酸は染みるぅ!」

 「ちょっとだけジジ臭い事言うんだね、黒崎さんは」


 のるんの言葉に、さなは眉をへの字に曲げ、頬を膨らませる。

 快活な少女だ、と思いながら、のるんもちびちびとジュースを飲む。


 「あ〜!そういうこと言っちゃうんだ?折角、私がこの家を綺麗にしたのに〜!」

 「あはは、感謝してるよ。この規模の家じゃ、一日じゃ済まなかっただろうし」


 強い炭酸は、舌を麻痺させながらも、疲れを吹っ飛ばす爽快感をのるんに与える。

 ただ、飲んだことのないジュースだ。「ティーチャー・ソルト」、この地域特有の物だろうか。

 

 「そういえば、聞いてなかったけど。どうしてのるんちゃんは星失に?」

 「ん、実は……家族が、海外に駐在することになってね。外国語とか無理だから、親族である如月先生?に一年間預かって貰うことになったんだ」


 まぁ、会った記憶無いんだけどね、と自虐気味な一言を添えてのるんは、笑う。

 両親に付いて行けば良かったと、思わないこともないが、異郷の地では色々な出会いがある。

 不穏な話を最初に聞いて、戦々恐々としていたが、少しだけ不安も和らいだ。


 「ほうほう……、んで、明日からは学校に通うと……、此処に住むってことは、零明?」

 「そうだよ〜。零明高校の二年生。一年生じゃないから、ちょっと浮いちゃうかも?」


 星失市に唯一ある高等学校──零明高等学校。

 のるんが明日から通う学校だ。のるんは、そこの二年生として編入することになっている。

 制服も手元に届いており、キャリーケースの上の方に夏服も冬服も用意してある。

 シンプルな黒いセーラーチックの制服は、昔ながらのデザインを踏襲しているそれは、近代の流行りなどは一切気にしていないのだろう。


 「そんな事無いと思うけどな〜?皆いい子だし、のるんちゃんならすぐ打ち解けるよ!」

 「そうかなぁ、だといいけど……」


 陽キャムーヴ全開の彼女の言葉は、どうにものるんには眩しかった。

 前の学校では友達が少なく、数少ない友達とは、辛うじて連絡先を交換したものの、会話が続かない。


 (友達って呼べる存在かすら、怪しいってなんか、自分で言ってて悲しくなるよね)


 自分には何も無い。特筆する特技も、知能も運動能力も、至って人並み程度だ。

 話題もなければ、話すこともない自分など、価値があるといえるのだろうか。


 (最近はそんなことばっかり考えちゃうせいで、尚の事、夢の話が気になる)


 あの夢は何だったのだろうか、何も無い自分には、随分と眩しい物だった。

 自分もいつかは、誰かのために命を投げ出せるような人間になれるといいな、と思う。

 窓から覗いた星空は、曇っていた都会で見たものより随分と綺麗だと感じた。


 (姫宮なしろ……、彼女とは何処で会えるんだろ。あの子と会ったら、何か変わるのかな)

 

 お菓子を食べながら、さなの話に相槌を打つ。

 聞いていて楽しいせいで、時間はあっという間に過ぎていく。

 机一杯にあったお菓子を粗方食べ尽くしたさなは、身体を伸ばし、妖艶な声を出して立ち上がる。

 

 「さて、時間も時間だし。そろそろ御暇しよっかな!」

 「ん、もうこんな時間なんだ。遅い時間までありがとうね、黒崎さん」


 のるんが見送ろうとすると、さなはまた頬を膨らませて、顔を至近距離まで近づける。

 びしぃ、と伸ばした人指指を、のるんの胸辺りにぐりぐりと押し付け、顔をじぃっと見つめてきた。


 「黒崎、じゃなくて!さな、ね!明日からはちゃんと名前で呼ぶように!」

 「は、はい。さなさん」


 どもりながら、名前で呼んだにも関わらず、さなの手はのるんを逃がす気配がない。

 これはもう呼び捨てにしないと、逃がしてくれなさそうだ。

 会ったばかりの人を呼び捨てになど、したことはなかったが、いい機会だと思い、さなの方を見る。


 「わ、わかったよ、さな。……もぅ、コレでいいんでしょ?」


 のるんが、さなを呼び捨てにすると、しかめっ面だったさなの顔がぱぁっと明るくなる。


 「今日の所は許してしんぜよう。んじゃ、明日は八時に迎えに来るから!」


 そう言い残すと、さなは玄関の扉を開けて走り去っていった。

 嵐のような人だったなぁ、とのるんは思いながら部屋の片付けをして、眠りにつくことにした。


 (馴染めるだろうか……、この怪しい雰囲気漂う田舎町に)


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ