#1 血の匂いが充満する田舎町で
酷く長い夢を見ていた気がした。
とある少女を救うために、自分の命を投げ出す夢だ。
走馬灯のように流れたそれは、とても他人事には思えない程にリアルで重厚だった。
姫宮なしろという少女との出会いや過ごした時間は、きっと彼女にとってもかけがえのないものだろう。
最後に見た光景は、なしろが号泣しながらも、自分に突き刺さった刃を引き抜く所だ。
「ん……寝てた、か。今どの辺りだろ?」
重い瞼を擦り、車窓を覗くと、最初の頃よりも大分田舎に来たな、と感じてしまう。
高い建物など一切無く、道路はアスファルトで舗装すらされていない、文字通りのド田舎だ。
建物は新しいものが多いが、コンビニやスーパーは、本当に数件程度しか見掛けない。
あちこちに畑があり、じゃがいもやキャベツといった野菜が植えられてる。
「うわー。絵に描いたような田舎。此処で一年間、暮らさなきゃいけないのか……」
硬い背もたれに身体を預け続けていたせいか、やけに身体が痛い。
体を伸ばすと、あちこちから悲鳴に似た身体の軋む音が聞こえてくる。
もう十時間ぐらいは、この電車に乗り続けている気がする。
「目的地まで後少しっぽい。着いたら……、此処に行けば良いのか」
渡された手紙には、ご丁寧に下宿先の住所と地図が記されていた。
差出人は、私こと、「結代のるん」の親族に当たる人物だ。落ち着いたら挨拶をしに行かねばならない。
「しっかし、もう高校生なんだから、一人暮らししたって良いのに。お母さんも心配性だなぁ」
元々は都会に暮らしていたのるんだが、親の都合で一年間だけ、目的地である星失市で暮らすことになったのだ。
その時に、のるんの身元引受人になったのが、星失市に住んでいる親族だったという訳だ。
まだ見ぬ僻地へと想いを馳せていると、車内にアナウンス放送が流れ始める。
「まもなく〜星失駅〜星失駅〜。お降りのお客様は忘れ物のないようにご注意下さい〜」
一時間に一本、二両編成の小さな電車には、自分しか乗っていない。
自分専用のアナウンスだと、少しだけ優越感を覚えながら、電車が停まるのを待っていた。
やがて、ブレーキが掛けられ、目的地へと到着したことを確認すると、のるんは、少しの荷物が入ったキャリーケースを足元から取り出す。
「っと、降りなきゃ。流石にボクの都合だけで迷惑かけるわけには行かないからね」
駅を降り、今時信じられない無人駅の車掌室に切符を置くと、駅のゲートを潜る。
老朽化した駅は、活気が無く、付近の駐車場には一台の車だけが停まっていた。
のるんは物珍しく、辺りをキョロキョロとしていると一人の女声に声を掛けられる。
「見ない顔だね、旅行で此処に来たの?」
暗めの金髪を、肩ぐらいまで伸ばしている同年代の女性だった。
今日が日曜日だから、学校も休みなのだろうか。少し肌寒い日にしては少し薄着に見える。
身長は自分より少し高いくらいなので、170センチほどだろうか。女性にしては高い方だろう。
人に話しかけられるなんて、久方振りだったせいで、のるんは少しぎこちない笑顔で女性を見た。
「ううん、今日から此処に引っ越してきたんだ。キミは此処に住んでいる人?」
のるんの言葉に、少女は、最初は喜びを隠せない表情、続いて少し表情を曇らせる。
「うん、そうだけど……タイミングが悪いね、キミ。……あ、もしかして高校生?」
のるんは、少女の言葉に相槌を打つと、少女は頭を抱える。
そんなに転校してくるのがまずかったのだろうか?どうしてそんな顔をするの?とのるんは聞いた。
「いや、別に貴方が悪いって訳じゃないから。ただ……、気を付けた方が良いよ?」
少女は、意味深な表情で指を大きな樹木に向ける。
「最近、人が死んでさ。近くの大樹?みたいなおっきい木に、磔にされてたんだ。だから、皆……疑心暗鬼になっちゃっててさ。特にお年寄りが、祟りだのなんだのって騒いでるんだよね」
「祟り……ねぇ。確かにタイミングちょっと悪いかも」
少女の言葉に合わせて、のるんは苦笑する。
このタイミングで来てしまった自分が、祟りの権化だと言われてしまえば、何も反論できない。
だが、だからといって、帰ることも出来ない自分は、ひとまずメモを開き、目的地を探すことにする。
「ん?あぁ、これから住む場所に向かう感じ?良かったら案内するよ?」
少女は、のるんのメモを覗き込んで、目を見開く。
「わ!ここ、昔喫茶店してたトコじゃん!もしかして、如月先生の知り合い?」
如月……、そう言えば、親族の苗字が如月だった気がしなくもない。
大して関わりのない、話した記憶すら無い親族だったせいで、すっかり忘れていた。
「多分そう、なのかな?先生ってことは、学校の先生とか、病院の先生をしてるの?」
「え〜!それも知らないで、星失に来たの?如月先生は、此処に唯一ある学校の先生だよ」
つまりは、自分の通うことになっている学校の先生になるということらしい。
それはそれで、なんだか嫌だなぁと渋い顔をしていると、少女はぷっと笑い出す。
「キミ、顔に出過ぎ!そんなんじゃ、此処らのご老人に嫌味、言われちゃうよ?」
「っと……、それは気をつけなきゃいけないかも。ご忠告ありがとうね。えっと……」
少女の名前を聞いていなかったせいで、名前を呼ぶことが出来ない。
まごまごしていると、少女も、名前を呼びたそうにしていることに気づき、片方の掌を拳で叩く。
「名乗ってなかったね、私は黒崎さな!気軽にさなって呼んでよ。キミは?」
「ボクは、結代のるん。まぁ、好きに呼んでくれたら良いよ」
よろしく、とのるんが手を差し出すと、さなも顔をぱぁっと華やかにして手を握り返す。
この街で、早速知り合いが出来たのは、幸先が良いかも知れない。
最悪の場合、友達ゼロで一年を終えていた可能性だってあり得たのだ。
「でもまぁ……、その辺に行くこともあんまりないし、道案内しながら、のるんちゃんのお家、行こっか」
「物凄く助かるよ、右も左も分からない上に、危ない場所とかにふらっと行っちゃいそうだから……」
キャリーケースを引きながら、のるんはさなと世間話をする。
この街の風習や、先程の事件などの話を重点的に聞いておいた。
(こういう封鎖的な環境だと、一つのミスで村八分だからね……。気をつけなきゃ)
さなの話だと、人が死んだのは、つい三日前の事らしい。
この街で暮らす三十代くらいの男性が、明け方に、大木の中腹で磔にされた状態で発見されたらしい。
名前は確か……、来栖零士という男性らしい。
この街に家族で暮らしており、娘も高校に通っているということで、娘は若干立ち位置が悪いとか、なんとか。とさなは言っていた。
助けてあげたいとは言っていたものの、この環境であれば難しいだろう。
(機会があれば、アクション取ってみても良いかも知れないな)
転校生である自分であれば、知らない体で関わることが出来るかも知れない。
頭の片隅にでも置いておこう。自分も好き好んで一人になりたい訳ではないのだから。
(しっかし、本当に田舎だなぁ)
のるんは、さなの話を話半分に聞きながら、周囲を観察していると、畑や田んぼが多いこと多いこと。
公園や、スポーツセンターといった娯楽施設も無いのだから、本当に出来ることは限られてそうだ。
現代はネットがあるので、早々退屈することもないのだが、昔はさぞ退屈だっただろう。
駅から歩いて10分くらいだろうか、目的地へと辿り着き、のるんは家を見上げる。
二階建ての古めの木造一軒家だが、過去にお店を運営していた形跡が見られる。
「此処を自由に使っていいって聞いてるけど……鍵も預かってるし」
「でも、多分掃除とか行き届いて無さそうだよね?ついでに手伝うよ」
さなの言葉に、のるんは目を輝かせ、さなの手を握る。
この広そうな家を一人で掃除するのは、嫌だぁと思っていた所だ。
「物凄い助かる。んじゃ一緒に片付けしよっか」
「りょーかい!ついでに学校行こ?」
どうやら、転校初日からぼっちになることは避けられたようだ。
ひとまずは、部屋の掃除をする所から、のるんの新天地での活動が始まることとなった。




