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謎多きプレミア品

"由緒あるただの石"の他にも、ここには部屋名通り「無害」な展示物の数々があった。

雑多に置かれたそれらは博物館の展示物というよりフリーマーケットの売れ残りのようであったが、ひとつひとつにアカネの大切にする"異聞譚"があるらしい。

本音を言えばキョウスケはそれらにさほど興味がなかった。しかしアカネがあまりに楽しそうに解説してくれるので、こんな時間も悪くないな、とキョウスケは思うのだった。


「――でな? これは"3回見ても死なない絵画"って言われてるんだ」

「……それは普通の絵画なのでは?」

「こっちは"なんか呪われているっぽい彫像"」

「実際に呪われているわけではないんですね?」

「そしてこれが"髪が伸びる日本人形"だ!」

「おお、それはマトモ……って、あれ? その日本人形、髪が無いじゃないですか」

「うん。昔は伸びてたんだけど、ハゲた」


とまぁ、「無害」の部屋に展示されているのはそんなモノばかりだった。

ただしアカネに言わせるとこれらも立派に"異聞譚"にまつわるシロモノで、たまたまその逸話が人間に害をもたらす類のものではないだけなのだという。


「あとこれは長嶋茂雄のサインボール」

「普通に価値がありそうなものが出てきた!」

「ここは無害なものを置く部屋であって、無価値なものを置く部屋ではないからね。そりゃ価値のあるものだって展示してるさ」


価値はともかく長嶋茂雄のサインボールに異聞譚があるのだろうか? とキョウスケは首を傾げた。

そのことをキョウスケが尋ねようとすると、アカネが「価値といえば」と別の展示品を指したので、キョウスケの言葉は遮られた。


「価値といえば、これなんか面白いぞ」


そう言ってアカネが手のひらに乗せたのは、小さな金属の塊だった。

直径1センチ程度の銀色の立方体。見ただけで素材はわからないが、鉄というよりはアルミやステンレスのような軽い素材の印象を受ける。

例えるなら金属製のサイコロのような感じだが、表面に数字が刻まれているわけでもない。ただ、一面にだけ猛禽類が翼を広げたようなマークが刻印されている。


「なんですかこれ」

「プレミア品」

「……なんのプレミア品ですか?」

「それがわかんないんだよ」


限定生産や販売終了などの要因で希少価値が高まり、相場よりも高額で取引される製品。それがいわゆる"プレミア品"というやつだ。

近年ではフィギュアやトレーディングカードなどの界隈でよく聞かれる言葉だが……アカネの手のひらに載っているソレは、どう見ても大した価値がありそうには思えない。


「価値のある金属で作られているとか?」

「いや、調べてみたけどただのアルミ合金だったよ」

「というかソレ、どれくらいの値打ちがあるんですか?」

「わかんない」


プレミア品というからには、価値はもっとも重要な情報ではないのか。

キョウスケがぽかんとしていると、アカネは「これは"謎多きプレミア品"なんだよ」と語った。


「この金属塊には『プレミア品である』という情報だけがある。けれどそれ以外はわからないことだらけなんだ。どれくらいの価値があるものなのかも、なんのために作られたものなのかも、どこで作られたものなのかも、いつ作られたものなのかも。全部謎さ」

「それだけ情報が不足していて、どうしてこの金属にプレミアがついているなんて言えるんですか?」


アカネはにやっと笑って「すぐに盗まれるからさ」と言った。


「こいつには、見る人が見ればとんでもない価値があるようでね。コレクターにとっちゃ喉から手が出るほど……いや、思わず盗みに入ってしまうほど魅惑的な品らしいんだ」

「なんのコレクターですか?」

「わかんない」

「…………」


また「わかんない」か。キョウスケが眉を顰めると、アカネは「わかんないんだから仕方ないだろ」と笑う。


「まさかそれ、アカネさんもどこかから盗んできたとか言いませんよね……」

「違う違う。私は譲り受けただけだから。心配するな」


思わず盗みたくなるほど価値のあるものを譲り受けた? なんだか矛盾しているような説明に、ますますキョウスケの頭がこんがらがる。

混乱している様子のキョウスケを見て、アカネは「ちゃんと順を追って説明するから落ち着け」と言った。ただし「"謎多きプレミア品"だから、わからないことが多いのは勘弁な」と前置きをして。


その金属塊――便宜上"プレミア品"と呼ばれるソレは、少なくとも昭和初期ごろには存在していたらしい。

正確な価値はわからないが、当時のコレクターがそれを手に入れるために「邸宅と引き換えにした」とか「全財産を投げうった」とかいう逸話が残っているから、相当な価値があったことは間違いない。


しかしそれだけ値打ちがあるモノなら、盗難のリスクが高まることは想像に難くない。事実、この"プレミア品"は何度も何度も盗まれた。

コレクターの仲間内で盗難が相次ぐのは当たり前。それどころか所有者の家族がそれを盗んで逃亡したとか、窃盗犯の家から別の窃盗犯が盗み出した、なんて逸話もあるほどだ。

聖人君子も"プレミア品"の価値には目がくらむ。その価値を知る者にとって、"プレミア品"はどんな手段を使ってでも手に入れたくなるほど魅惑的なシロモノだった。


「……なんか変な電波でも出てるんじゃないですか、その金属から」

「私もはじめはそう思ったよ。人の良心を狂わせる、あるいは人の物欲のタガを外すような力を秘めたオブジェクトなんじゃないかってな」

「違ったんですか?」

「たぶん違うな。だって今、キョウスケは私からコレを盗み出そうと思っていないだろう?」

「あ……」


キョウスケはあらためてアカネの手のひらの上の金属塊を観察してみた。

……数秒じっと眺めてみたが、やっぱりただの金属にしか見えない。盗み出したいどころか、あげると言われてもいらないレベルだ。


「じゃあなんで、当時のコレクターたちはこんなものを取り合ったんでしょうか」

「わかんない」

「ですよね……」

「けど『わかんない』ことが、この"プレミア品"の正体を表しているともいえる」


その価値を知る者が見れば、なにがなんでも手に入れたくなる"プレミア品"。

手に入れた者たちは盗まれないようにとさまざまな手段を講じたが、それでも盗難の連鎖は止まらなかった。

盗まれて、盗まれて、盗まれて、盗まれて、盗まれて……。ところがそうして何十回、何百回と人の手を渡っているうちに、あるときピタリと盗難がやんだ。


「あれだけ多くの人が取り合っていた"プレミア品"なのに、ある日を境にまったく盗まれなくなったんだよ」


今もこうしてアカネの手元にあること自体が、"プレミア品"の異常性の消失を証明していた。

「それはどうしてだと思う?」とアカネが問うと、キョウスケはしばらく考えてから「……価値を知る人がいなくなった、とかでしょうか」と答えた。

アカネはにっこりと笑って「正解」とキョウスケの頭をなでくり回す。


「つまりね、何度も何度も盗まれて人の手を渡っているうちに『この品にはどんな価値があるのか?』という情報が欠落してしまったんだよ」


この"プレミア品"を盗んだのはコレクターばかりではなかった。単に「すごい価値がある」という上辺(うわべ)だけに惹かれ、金目当てで盗み出した窃盗犯も大勢いたのだ。

盗人から盗人へ。価値の本質を理解していない人間の薄っぺらい伝言ゲームを経て、"プレミア品"にとって最も重要であるはずの「どうして価値があるのか?」という情報は徐々に欠落していった。


「ものすごい価値があるらしいぞー……っていう上辺の情報だけが残って、本質は忘れられてしまった。今じゃ、この金属にどんな価値があったのか知る者はいなくなって、盗まれることもなくなったってわけさ」


"情報"は価値の根底にある。どうしてそれに価値があるのか? という情報が無ければ、どんなものにも価値は生じえない。

そのことは御木場町博物館で働いているうちに、キョウスケもなんとなく理解できていた。この博物館には、不思議とそういった"価値"にまつわる展示品が多かったからだ。


「例えば、この前"バルストイ・マッケンティの毛髪"を見せただろ? アレは伝説のロックスターの髪の毛だという"情報"があったから価値につながったわけだ」

「まぁ、たしかにその情報を知らなければ、その辺に落ちてる抜け毛と変わらないですよね」

「さっきの"由緒あるただの石"だってそうだ。本来はその辺に落ちてる石と変わらないけど、貴族が代々受け継いできたものだ、という"情報"のおかげで価値が出る」


つまりこの"謎多きプレミア品"はそれらの逆なのだ。

どうして価値があるのか? という肝心な情報が抜け落ちてしまったために、本来の価値を失ってしまったモノ。

「価値がある」という看板だけを残し、欲しがる人もいなくなったがらんどう。それが"謎多きプレミア品"なのである。


「ま、誰も欲しがらないモノに今でも"価値"があると言えるのかはわからないけれどね」


欲しがる人が多ければ髪の毛一本でさえ数十万円の価値になり、かつて多くの人が奪い合ったプレミア品も今や展示室の隅に追いやられている。

そんなことを考えていると自分の信じている"価値"というものが途端に空虚になったような気がして、キョウスケはため息をついた。


「人の価値観って虚ろですねぇ」

「そんなもんさ。私にとって大切なモノも、他の人にとってはガラクタ同然のモノだったりするしね。だからこそ、この"プレミア品"も前の所有者からアッサリもらえたわけで」


聞けばアカネは"異聞譚"集めのために各地を飛び回っていた時、その"プレミア品"をどこぞの老人からタダで譲り受けたらしい。

老人は若い頃にソレを「何か価値のあるもの」だと聞いてエピソードと共に親から受け継いだが、彼にとっては「ただの金属片」でしかなかったのだ。


「おっと。そろそろ閉館の時間だね。今日の解説はここまでにしておこうか」


「無害」の部屋でアカネの蘊蓄を聞いている間に、いつの間にか外は薄暗くなっていた。

"プレミア品"を展示棚に戻してさっさと退室していくアカネの背を見送って、キョウスケはふと思い出す。


「……あ。アカネさんがどうしてこんなコレクションをしているのか、けっきょく聞けてないな」


キョウスケの「どうして危険なモノばかり集めているのか?」という質問から、この日の「無害」な展示物の解説が始まったのだ。

アカネは「危険なモノばかり集めているわけではない」と言っていたが、それはキョウスケの質問の意図とは少しズレた回答だった。

キョウスケが本当に聞きたかったのは、コレクションが危険かどうかではなく、彼女が不思議なコレクションをしている理由のほうだったのだから。


「なんだかはぐらかされたような気がするな」


キョウスケはそう思いつつも、その日はなんとなくそれ以上深追いする気にはならなかった。

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