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由緒あるただの石

「アカネさんはどうして危険なモノばかり集めているんですか?」


キョウスケはいつものように館長室の掃除をしながら、いつものようにソファでだらだらとゲームをするアカネにそう聞いてみた。

アカネは「んあ?」としまりのない返事をして、レトロかつマイナーなゲームのポーズボタンを押した。


「べつに私は危険物を集めてるってわけじゃあないぞ」

「しかし現に集まっているじゃないですか。数え切れないほど大量の危険物がここに」


蒐巳アカネのコレクションルームとして活用されている御木場町博物館。ここには明らかに人知を超えたオブジェクトが山のように保管・展示されている。

とりわけ、キョウスケを恐怖させたのが"妖刀・刃毀(はこぼれ)"をはじめとする有害な展示物の数々だ。


「呪いの絵画だとか、祟られた彫刻だとか……あんな恐ろしいモノだらけの部屋を掃除させられる僕の身にもなってくださいよ」

「キミはそう心配しなくてもいい。触らぬ神に祟りなしって言うだろう。(さわ)らなきゃ、(さわ)られないもんさ。ああいうものは」


そう言って無責任に笑うアカネに、キョウスケは「掃除するときに触るんですよ僕は」とむくれて返す。


「まぁ危険なシロモノが多いのは事実だが、無害な展示物だってある。さっきも言ったが、私は危険物コレクターってわけじゃないからな」


それを聞いてキョウスケは「ああ、あの"無害"って書かれた変な部屋……」と呟く。

御木場町博物館にはいくつかの展示室がある。刃毀(はこぼれ)が展示されていた「日本室」のように、各展示室にはアカネによって独特な名前がつけられていた。

その中でも、特に異彩を放つネーミングセンスなのが「無害」という展示室だった。そこには〇〇室、というような体裁もなく、ドアプレートにはただ「無害」とだけ書かれているのだ。


「わかりやすいだろ? あそこには無害なモノだけ置いてるんだ」

「僕的にはわざとらしく『無害』とだけ書かれたあの部屋、むしろ不気味に感じるんですけど」

「ふむ。今日は客もいないし、『無害』の展示物の解説でもしてあげようか」


今日は客がいない……というより、一日を通して見学者ゼロ人というのが御木場町博物館の平常運転だったりするのだが。

ともかく、このように暇な日はアカネがキョウスケのために館内を案内してまわることがある。それは仮にも助手として雇われているキョウスケのための従業員教育であり、またアカネ自身の「コレクションを自慢したい」という私欲によるものでもあった。


「私は"異聞譚"にまつわるものをコレクションしているからね。その中には無害なモノだって当然あるのさ」

「アカネさんの言う、その"異聞譚"っていうのも僕はよくわかってないんですが」

「難しく考えることじゃないよ。怖い話、変な話、面白い話、不思議な話、奇妙な話……なんでもいい。ようは私にとって興味深いエピソードがあれば、それが異聞譚ってやつなのさ」


ひとくちに"異聞譚"と言っても、そのジャンルは多岐にわたる。

怖い話もあれば、笑い話もある。ゆえにそれにまつわるコレクションにも、有害なものがあれば、無害なものもある。

あえて悪い言い方をするならば、アカネはそういう無節操で無節操なコレクションをしているのだった。


「さて、キョウスケくん。この部屋の中で気になる展示物はあるかね?」


到着した「無害」の部屋で、キョウスケはずらりと並んだ展示物に目を通す。いや「ずらりと並んだ」というより、「雑多に置かれた」と言ったほうが適切かもしれない。

博物館らしい立派なガラスケースなどはなく、「無害」の部屋ではほとんどの展示物が台座に直置きされている。酷いものだと、段ボール箱の中でごちゃまぜになっているものまであった。

解説プレートすら置かれていない展示物がほとんどで、パッと見た感じでも価値のありそうな物品は見当たらない。展示室というより、ガラクタ置き場と言われたほうがしっくりくるような有様だ。


「ここにあるのは無害なモノばかりだから、気になるものがあったら触ってみても構わないぞ」

「気になるモノがなさすぎて、逆に気になってきました。どうしてこんなガラクタばかり……」


キョウスケが何気なく手に取ったのは、直径3センチほどの石ころだった。

一応、台座に置かれているから"異聞譚"にまつわる展示物ではあるのだろう。しかしどこからどう見てもただの石。そこらで拾ってきたものにしか見えなかった。


「それか。それはな、ただの石だ」

「は?」

「ただの石」


キョウスケは内心「馬鹿にされているんだろうか」と思った。そんな彼の心を見透かしたように、アカネは「ごめんごめん」と笑う。


「ただの石だけどな。ちゃんと面白い話があるんだよ。それはな、"由緒あるただの石"なんだ」

「……ただの石に由緒も何もありますか?」


そうしてアカネは"由緒あるただの石"について話し始めた。


この石の産出地はフランス・アテキーヌ地方の片田舎。

直径2~3センチ。角の取れた四角に近い形状で、やや茶色みがかった白色。成分的には、石灰岩に分類される。

フランスにはどこにでもある……というか、日本でも同質の石がその辺に転がっているような代物だ。ハッキリ言って、宝石的な価値はまったくない。正真正銘、ただの石である。


「でもこの石な、とあるフランスの地方貴族の家系で"家宝"として受け継がれていたんだよ」

「は? でもコレ、ただの石なんですよね?」

「うん。ただの石」


事の発端は十三世紀ごろ。エドマンド・ド・モントリオルという地方貴族が、息子たちに財産を相続しようとしていた。

彼には三人の息子がいた。長男のアンリ。次男のギヨーム。三男のロベール。しかし三男のロベールは若くして国境戦争で命を落としてしまっていたため、財産は長男と次男に分配されることとなった。


モントリオル卿は長男のアンリを正統後継者とし、主要な土地のほとんどをアンリに相続させた。

次に、モントリオル卿は次男のギヨームに飛び地を与えた。ギヨームはその土地に移り住み、一族の支流をつくって独立していった。

残った財産も大部分をアンリとギヨームに分配し、モントリオル卿は残り僅かな財産のみをもって隠居。残りわずかな余生を、静かにつつましく暮らすことにしたのである。


……が、モントリオル卿が隠居してから数年後に問題が起こった。なんと戦死したと考えられていた三男のロベールが領地に突然戻ってきたのだ。

ロベールが戦場で命にかかわる重症を負ったのは事実だが、「戦死した」というのは誤報だった。彼は仲間の助けを借りて前線を脱出し、かろうじて生き残っていたのである。

その後、ロベールは移送された村で治療を受けたが、まともに歩けるようになるまでに数年かかってしまった。しかしなんとか回復した彼は、自らの無事を伝えるために必死で故郷に戻ってきたのだった。


実に奇跡的で、感動的な話である。モントリオル卿も当然、涙を流して息子との再会を喜んだ。

しかしながら、困ってしまったのは相続の件である。財産の大部分はすでに長男と次男に分配されており、モントリオル卿の手元にはわずかな老後資金しかなかった。

次男はすでに分家を作って出ていってしまったし、かといって今さら長男の財産だけを引いて三男に渡すというのも難しい。


そこでモントリオル卿は苦し紛れに「私の家から好きなものを好きなだけ持っていくといい」と提案した。

隠居した晩年のモントリオル卿は、ハッキリ言って平民と大差ない暮らしを送っていた。当然、彼の住処にも大したものはない。

あるのは老人が一人暮らしするのにちょうどいい小さな家と、その周囲の小さな土地。あとは売っても二束三文にしかならないような家財道具と、鶏やヤギなどの家畜が少し。


「どれも貴族の財産と呼べるようなものではないですね」

「モントリオル家は貴族といっても裕福なほうではなかったらしい。そのご隠居が平民に交じって余生を過ごす家なんだから、大した価値のあるものはなかっただろうね」


土地や家をとればモントリオル卿の住む場所がなくなる。家財道具をとればモントリオル卿の生活が立ち行かなくなる。家畜をとればモントリオル卿が食うに困る。

三男のロベールが何を相続しようとも、モントリオル卿の老後が厳しくなるのは目に見えていた。親思いのロベールはそれを望まず、モントリオル卿の家の庭から小石を一個拾い上げてこう言った。


『では私は、土地の一部をもらい受けましょう』


ロベールが拾い上げたのは、正真正銘ただの石だった。しかし彼はそれを、モンマルトル家が代々に渡って相続してきた「土地の一部」と表現したのだ。

こうしてモンマルトル卿は、長男に"土地の大部分"を、次男に"飛び地"を、三男に"土地の一部"を相続したことになった。


「……そう聞くと、まるで公平に土地を分配したみたいですね」

「あくまで字面だけだけどね。三男のロベールがただの小石を"土地の一部"と呼んだのは曲解というか屁理屈というか、あくまで言葉遊びのようなものだから」


その後まもなくしてロベールは領地を出ていった。実はロベールは傷を癒すために滞在していた村で妻を迎えており、その村で余生を過ごすことを決めていたのだ。

貴族の生まれとはいえ、価値ある財産を相続できなかったロベールの暮らしは、やはり平民と大差ないものだった。しかし彼がモンマルトル卿から"土地の一部"を相続したという事実は、その後も彼を貴族たらしめる証明となったという。


モンマルトル領の土地の一部である"ただの石"はやがてロベールから、その息子のマチューへと相続された。

数十年後にはさらにその息子へ、またその息子へ……と受け継がれていき、庭に落ちていただけの"ただの石"は代々受け継がれ、時を経て"由緒あるただの石"になっていった。


「なんだか昔話みたいな話ですね」

「まぁ実際に昔話なんだが。こういうのも異聞譚のひとつだよ」


キョウスケがここへ来てから聞かされた異聞譚は、どれも物騒だったり、不気味な要素を備えていた。

しかし"由緒あるただの石"にまつわる話は怖くも危なくもない。こんな無害な異聞譚もあるのかと思うと同時に、キョウスケは「あ、だから無害の部屋なのか」とあらためて思う。

無害ではあるが、"由緒あるただの石"の物語はハッピーエンドだった。キョウスケはどこか心に温かいものを感じつつ、ひとつ疑問に思ったことを聞いてみる。


「……ところでその"由緒あるただの石"、どうしてアカネさんが持っているんですか? その話が本当なら、お貴族さまの子孫が受け継いでいるべきものでは?」

「ん? ああ、モンマルトル家は本家も支流もとっくの昔に没落したからな。この石は鑑定書付きの面白骨董品くらいの感じで、二束三文で売られていたのを買ったんだよ」


なんだか全部台無しだな、とキョウスケは今の質問を後悔した。

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