猫に好かれるペンダント
博物館にやってきたのは、隣県に住む二十代の女性だった。
名前は永橋カオリ。黒髪で小柄で、容姿はどことなくアカネと似ている。
ただしカオリは見るからに気弱そうで、視線を常に斜め下にやってキョドキョドしていた。そういう点では、自信家のアカネとは実に対照的な女性だといえる。
「ようこそ、御木場町博物館へ。私が館長の蒐巳アカネです」
「あ……よ、よろしくおねがいします。永橋カオリ、っていいます」
形式的な挨拶を交わす二人を、キョウスケは少し離れた場所から見守っていた。
仮にも「助手」という肩書を賜っているのだから、本来であればキョウスケが来客の対応をすべきなのだろう。
しかし助手といっても入りたての高校生バイトに過ぎないキョウスケに、いきなり接客対応を任せるのはいささか酷である。アカネが来客のもとに自ら向かったのには、そういう意図があったのかもしれない。
「それで、永橋さん。本日はどのようなご用件で? 見学ですか? それとも……」
カオリが大事そうに抱える風呂敷に、アカネの視線が落ちる。
「……それとも、なにかご相談でしょうか?」
アカネがそう尋ねると、カオリはハッとした顔で「そ、そうです!」と答えた。
御木場町博物館を訪れる客には、大きく分けて二種類いる。ひとつはアカネのコレクションに興味を持ち、見学しにくる客。
そしてもうひとつは……新たな異聞譚を持ち込み、アカネに相談を持ち掛ける客だ。アカネが睨んだ通り、カオリはやはり後者の客だったらしい。
「応接室にご案内いたします。どうぞこちらへ」
アカネは右手で通路の奥を示し、親しみやすい笑顔でカオリを案内した。
この怪しい施設の館長が同年代の女性だったこともあってか、カオリの緊張も少しはほぐれたようだった。
キョウスケはというと、少し悩んで後ろから二人についていった。
来客対応が終わるまでエントランスで待っていようかとも思ったが、アカネが応接室に向かう途中に一度振り向いて「おいで」と手招きをしたので、キョウスケは小走りでそちらに向かったのだった。
まぁ着いていったところで、今のキョウスケに手伝えることは何もない。それでも彼を同席させたのは、新入りの「助手」に来客対応の経験を積ませておこうというアカネなりの配慮だったのかもしれない。
「それで、ご相談というのは?」
応接室のソファにつくと、アカネはさっそく本題に入った。
キョウスケは「お客さんにお茶でも出すべきだろうか……」と考えていたが、そもそもどこに給湯室があるのかもわからなかったので、あきらめてアカネの背後に黙って立っていることにした。
「あの、こちらの博物館では、よくない"いわれ"のあるものを引き取ってくれると聞きまして……」
よくない"謂れ"。不穏な由緒や、悪い噂。つまりはアカネが集める"異聞譚"の一種である。
その言葉が出た時点で、アカネは目を爛々と輝かせて「ええ! ええ! 引き取りますとも!」と食い気味に答えた。
「あ、あの……これ、なんですが……」
興奮するアカネにちょっと引き気味で、カオリはおそるおそる風呂敷包みをといた。
何重もの布でくるまれていたソレは、一見すると大した価値はなさそうなペンダントトップだった。
アカネが素手でそれを持ち上げようとすると、カオリは慌てたように「触らないほうがッ……!」と制止した。
「……なにやら、興味深い話が聞けそうですね」
いったん手をひっこめて、アカネは机の上に置かれたペンダントトップを観察する。
ペンダントとはいっても、宝飾品ではない。枠組みはプラスチック製で、石替わりにはめ込まれているのは色付き硝子。ガラスの中には、レトロな筆致で猫のイラストが挟まれている。
左右に開いた小さな穴は、首にかけるためのチェーンを通すためのものだろう。ただしチェーンは外されており、今はペンダントトップだけが残されているという状況だった。
「……オモチャにしか見えませんね」
キョウスケがぼそっと呟くと、アカネも「だなぁ。見た目はただのオモチャだ」と答える。そのペンダントトップは、いかにも昭和の女の子たちがおままごとで使うようなデザインだったのだ。
しかしアカネもキョウスケも、オモチャにしか見えない目の前のソレから、なにか異様な雰囲気を感じ取っていた。よくない謂れのある物品には、えてしてこのようなオーラがあるものだ。
「それ、呪いのペンダントなんです」
相談者のカオリは、ペンダントからも、アカネからも目を逸らしながらそう言った。
「ほう。呪いのペンダント」
「あ、あのっ……! 信じてもらえないかもしれませんが……!」
「信じますよ。なにしろ私は、そういったモノを集めるのが趣味ですので」
さらっと「信じる」と言われたことに、カオリはあっけにとられた様子だった。
この現代社会、呪いのペンダントなんて胡乱な話を信じてくれる人はそうそういないだろうと覚悟していたのだ。
「して、そのペンダントにはどんな呪いがかかっているんです?」
「……このペンダントを身に着けると……神隠しに遭うんです」
それからカオリは、堰を切ったように"呪いのペンダント"について話し始めた。
このペンダントは、彼女の母である永橋トキコ氏の持ち物だったのだそうだ。
元を辿ればトキコ氏もその母親――つまりはカオリの祖母からこのペンダントを受け継いだとのことで、カオリは三代目の持ち主ということになる。
「ほう、ご家族で代々受け継いできたペンダントですか。それはさぞ、価値のあるものなのでしょうね」
「あ、いえ、たぶん、売っても二束三文だと思います。古くはあっても、骨董品と呼べるほどのものではありませんから」
ファーストインプレッションでそう感じた通り、このペンダントは「オモチャ」として製造されたものだった。
メーカーや製造年月日は不明だが、最初の持ち主である祖母は「これは戦後の闇市で手に入れたものだ」と語っていたのだという。
宝石がはまっているでもなく、貴金属が使われているでもない。昭和の時代にはそこらじゅうに転がっていたような、質の悪い大量生産品の玩具だ。
「このペンダントは価値があるから受け継がれてきたんじゃなく……単に、形見として受け継がれてきたんです」
「なるほど。おばあ様の形見でしたか」
「祖母と……母親の、形見です」
最初の持ち主である祖母はカオリが生まれる前に、母親であるトキコ氏も三年ほど前に亡くなったそうだ。
ペンダントはお世辞にも大人向けとは言えないデザインだったが、祖母もトキコ氏も、生前は毎日ペンダントを首からさげていたのだという。
「おばあ様とお母さまは、そのペンダントを大切になさっていたのですね。その……日々のファッションに合わせるのに、テクニックが要りそうなデザインですが」
「あはは……言葉を濁さなくて大丈夫ですよ。これ、ダサいですよね。実際、母も服選びには苦労していました」
母親であるトキコ氏も、決してこのペンダントのデザインが気に入っていたわけではなかったらしい。
しかしそれでも、トキコ氏は毎日欠かさずこのペンダントを身に着けていた。それはファッションのためではなく、ちょっとした"おまじない"のためだった。
「母が言うには、このペンダントを着けると猫に好かれるんだそうです」
「猫に?」
世の中には、どういうわけだか動物に嫌われる人がいる。トキコ氏が、まさにその典型だった。
幼少期のトキコ氏は、何もしていないのに動物に逃げられる体質だった。大の猫好きであるトキコ氏は、そのことをいつも嘆いていたのだという。
ところが彼女の母親――カオリから見れば祖母にあたるマツエ氏は、異常なほどに猫に好かれていた。
マツエ氏が町を歩けば、そこらじゅうから猫が寄ってくる。マツエ氏の後ろを何十匹もの猫が追従して歩く様子は、さながら猫の大名行列のようであったと言われている。
しかしそれほどまでに寄ってきた猫の群れも、トキコ氏が近づけば一瞬にして散り散りになってしまう。幼少期のトキコ氏は、どうして自分だけが、とひどく悲しんだ。
猫好きなのに猫に嫌われる。そんな体質の我が娘に、マツエ氏はこんなことを言った。
『実は、私も昔は動物に嫌われるたちだったんだよ。いや、今でも猫以外の動物には嫌われているんだけれどね』
『じゃあ、おかあさんはどうやって猫とお友達になれたの?』
『ふふふ。こいつを肌身離さず着けているおかげさ』
マツエ氏が幼少期、戦後の闇市で手に入れたというペンダント。それがマツエ氏の猫に好かれる秘訣だった。
それを手に入れたのはもう何十年も前のことになるから、買ったときに付属していた箱や説明書は紛失している。しかしマツエ氏いわく、箱や説明書にはこんなことが書かれていたらしい。
『猫に好かれるペンダント』
ソファの後ろで黙って話を聞いていたキョウスケが、ぽつりと「これも霊感商法的なやつなのかな……」と呟く。
先ほどまで会話に挙がっていた"好きな人に会えるメガネ"――アカネが着用しているそれも、もとは平成のオカルトブームに乗っかって作られた霊感商法の代物だった。
キョウスケの呟きを聞いてアカネはにっと笑い、「そうだな。昭和はそういうモノが平成以上に多かった」と言った。
「そういうモノ……と言いますと?」
「この"猫に好かれるペンダント"のように、魔法のような効果を謳う製品が普通に売られていたんですよ。一昔前にはね」
昭和の時代には「霊感商法」という枠組みに入れることすらもおこがましいような、ハチャメチャな商品がそこかしこにあった。
頭に巻くだけで天才になれるヘアバンドだとか、かけるだけで万物を透視できるメガネなんてものもあった。無論、その大半は詐欺師が作ったインチキ商品に過ぎなかったわけだが。
「しかしこの"猫に好かれるペンダント"には一定の効果があった……というわけですね?」
アカネがそう尋ねると、カオリはこくりと頷いた。
「少なくとも、祖母と母はそう考えていたようです」
「貴女自身はどう思われますか?」
「……母の周りにはいつもたくさんの猫がいましたから、効果はあったんじゃないかと思います」
いかにも粗悪な大量生産品といった趣のペンダントに、どうして猫寄せの効果が備わってしまったのかはわからない。
ところが現に、このペンダントを着用した永橋家の女性陣は猫に好かれるようになった。その逸話だけでも充分に、アカネが好む"異聞譚"として成立している。
しかし気になるのは、カオリがこのペンダントを「呪いのペンダント」として持ち込んできたことだ。
「……さきほど、このペンダントを着けると『神隠しに遭う』とおっしゃっていましたね」
カオリが最初に語ったのは、これが「呪いのペンダント」であるということ。そしてその呪いが「神隠し」にまつわるということだった。
もとは"猫に好かれるペンダント"として売り出され、愛用されていたはずのものが、どうして神隠しを引き起こす"呪いのペンダント"に変わってしまったのか。
その理由について、カオリは青い顔をしながら話し始めた。
「……そのペンダントの最初の持ち主だった祖母は、私が生まれる前に行方不明になっているんです」
二十五年ほど前。"猫に好かれるペンダント"の持ち主であった永橋マツエ氏が忽然と姿を消した。
マツエ氏は当時八十歳を超えており、近所の商店街へ買い物に行ける程度には健脚だったが、一人で遠方に行けるほどの体力はなかった。
午前中に家を出たきり夕方になっても帰ってこないことに違和感を覚えた家族は、マツエ氏を捜して町中を駆け回った。しかし結局、彼女の姿はどこにもなかった。
「見つかったのは、このペンダントだけだったそうです」
マツエ氏の行方が分からなくなってから数日後、彼女が肌身離さず着用していたはずの"猫に好かれるペンダント"が自宅からほど近い林道で発見された。
これには家族も最悪の事態を覚悟した。警察もマツエ氏がこの付近にいる可能性が高いとみて捜査を行った。ところが、どれだけ捜索しても彼女の遺体が出てくることはなかった。
「でも、うちの母は『あの林道のどこかにいる』って確信していたみたいです」
「ほう。それはどうして?」
「……猫が、見たことがないくらい夥しい数の猫が、あの林道に集まっていたからです」
"猫に好かれるペンダント"が落ちていた林道には、数十ではきかないほど大量の猫が集まっていた。
別段、その林道に普段から多くの猫がいたわけではなかったらしい。マツエ氏が行方不明になった直後、そのときだけ大量の猫が林道を歩き回っていたというのだ。
「ふむ……ペンダントに寄ってきていたんでしょうか」
「母が言うには、ペンダントを回収しても猫たちはしばらく林道に留まっていたそうです」
「なるほど。では猫たちはペンダントそのものに寄ってきていたわけではなく……」
「おそらくは、祖母を捜していたんだと思います」
"猫に好かれるペンダント"を着用するようになってからというもの、マツエ氏の周りにはいつもたくさんの猫が集まっていた。
そんな生前の彼女の姿を知っている者たちは皆、あの林道のどこかにマツエ氏がいる、と林道の猫の群れを見てそう思ったらしい。
「しかしその話では、マツエ氏の行方不明の原因が"神隠し"だという推察には繋がりませんよね」
「……問題はこのあと、母が行方不明になったことなんです」
「お母さまも?」
「はい。母も三年前に……消えました」
「先ほど、お母さまは亡くなったと言っていませんでしたか?」
「亡くなった……はずなんです。でも、消えたんです。母の、遺体が」
マツエ氏の死後、"猫に好かれるペンダント"はマツエ氏の娘である永橋トキコ氏に受け継がれた。
「このペンダントを着けていると猫に好かれる」というマツエ氏の主張は本当で、トキコ氏もペンダントを着用したその日から猫に好かれる体質に変貌した。
町を歩けば野良猫が集まり、家の窓を開けていれば猫が入ってくる。そうして集まった猫たちは他の家族には目もくれず、トキコ氏にすり寄り、ゴロゴロと喉を鳴らし、顔や手足を舐めていたのだという。
そんな彼女が亡くなったのが三年前。トキコ氏は長く心臓を患っており、晩年は入院生活を送っていた。しかし闘病も空しく、病院で息を引き取ったのだった。
トキコ氏の遺体は、葬儀のため一度自宅へと引き取られた。死化粧を施された彼女の胸元には、当然"猫に好かれるペンダント"があった。祖母の形見でもあり、母が大事にしていたそのペンダントを、カオリは母の遺体と共に荼毘に付すつもりでいた。
ところが葬儀の準備でバタバタしていた折、ほんの数十分だけトキコ氏の遺体から家族全員が目を離した時間があった。
そのわずかな時間に、トキコ氏の遺体は"消えた"のだという。
「いつのまにか棺桶の蓋が開けられていて、母の遺体が消えていたんです」
「何者かがお母さまのご遺体を盗んだということでしょうか」
「もちろんその可能性も考えました。でも、そんなことをする意味がわからなくて……」
犯人の動機はともかく、遺体が消えていることに気づいた家族は慌てて周囲を捜索した。駆け付けた警察も捜索にあたったが、遺体は見つからなかった。
「……でも、ひとつ奇妙なことがあったんです」
母親の遺体を探すため、カオリは近所の林道に足を踏み入れた。そこは奇しくも、かつて祖母のマツエ氏が行方を眩ましたとみられるあの林道だった。
そこでカオリが見たのは……夥しい数の猫だった。地面を覆い隠すほどの猫がうじゃうじゃと蠢く様は、あたかも毛虫の群れのようで気味が悪かったとカオリは言う。
「あとでわかったことなんですが、母の遺体を安置していた部屋にもたくさんの猫の毛が落ちていました」
「つまり、お母さまのご遺体を盗んだのは猫だと?」
「……猫たちが、大好きだった母を猫の国へ連れていったんじゃないかって、他の家族は言ってます」
メルヘンというか、ポジティブというか。いや、残された家族にしてみれば、そんなふうに解釈するしかなかったのかもしれない。
生前、異常なほどに猫に好かれていた永橋トキコ氏。その遺体が盗まれ、消えた現場に大量の猫がいたとなれば「猫の国に連れていかれた」なんて考えたくなるのもわからないではない。
「数日ほど経って、猫がいなくなってから林道をもう一度捜索したんですが、やっぱり母の遺体は見つかりませんでした」
けれど、と付け加えてからカオリはテーブルの上の"猫に好かれるペンダント"を指さした。
「林道に、そのペンダントが落ちていたんです」
祖母である永橋マツエ氏と、母である永橋トキコ氏。二人もの肉親が姿を消し、なぜか二人が愛用していたペンダントだけが家に戻ってくる。
いくら形見とはいえ、カオリが"猫に好かれるペンダント"を気味悪がるのも無理のない話だった。なるほど、呪いのペンダントと形容したくなるのも頷ける。
「それで私、思ったんです。祖母と母がいなくなったのは、そのペンダントのせいだったんじゃないかって。それは"猫に好かれるペンダント"なんかじゃなくて、"猫の国に連れ去られるペンダント"だったんじゃないかって」
「それで神隠しを引き起こす"呪いのペンダント"だと言ったわけですか」
カオリは深刻そうな顔で俯いている。一方で、アカネは欄欄を目を輝かせてペンダントを観察していた。実に嬉しそうだ。
同じテーマで会話しているとは思えないほど対照的な二人の態度に、キョウスケはどこかそわついた気持ちになった。
「それで、その、ペンダントなんですが……」
「ああ、引き取らせてもらいますよ。そのために持ち込まれたんですよね?」
「あ……! はい! よろしくお願いします!」
そこからは淡々としたもので、アカネが「引き取り証」と書かれた簡素な書類を用意し、カオリがそれにサインをした。
カオリはその薄気味の悪いエピソードのあるペンダントを手放せてホッとした様子だった。その薄気味の悪いエピソードのあるペンダントを手に入れたアカネのほうも、実に満足げな表情である。
最後に「引き取り料金はかかるのか」「必要ない」といったような形式的なやり取りをして、カオリは感謝の言葉を述べて帰っていった。
「……それ、お祓いとかするんですか?」
一連のやり取りをほとんど黙ったまま見守っていたキョウスケは、依頼主が帰ってからアカネにそう尋ねた。
アカネは"猫に好かれるペンダント"をつまんで光にかざし、目を細めながら「しないよ」と返事をする。
「私は坊主でも神主でも牧師でもないからね。たとえこれが本当に呪われたペンダントだとしても、私にできることは何もないよ」
「じゃあなんで引き取ったんです? そんな不気味なもの」
「無論、こういうものを集めるのが私の趣味だからさ」
アカネはあらゆる異聞譚と、それにまつわる物品を集めている。それは決して世界のためだとか、困っている人のためだとかいうような、高尚な理由ではない。
これはあくまで"趣味"であり、単なるコレクションなのだ。これまでに集めたものの中には、人間に害を成す正真正銘の呪物がいくつもあったが、アカネはそれらをおしなべて飾るだけ。
"猫に好かれるペンダント"もまた、アカネのコレクションのひとつとしてこの博物館に飾られることになるのだ。
新たなコレクションを飾る場所を嬉々として選定するアカネの姿を眺めて、キョウスケは「はぁ」とため息をつく。
なんだかとんでもない人の下でバイトをすることになってしまったな、と今さらながらに気づいたのだった。
「ところでアカネさん、このペンダントって結局なんだったんですか?」
「ん? だから"猫に好かれるペンダント"だろう」
「でも神隠しだとか呪いだとか言っていたじゃないですか」
キョウスケが尋ねると、アカネは額縁を探しながら「あー、それな」と反応する。
「たぶん神隠しってのは勘違いで、このペンダントには"猫に好かれる"以上の効果はないよ」
「だとしたら、カオリさんのお母さんとおばあさんはどこに消えたんです?」
「猫の腹の中じゃないか?」
さらっと告げられたえげつない憶測に、キョウスケは背筋が凍るような思いをした。
それはあくまでもアカネの想像であって、証拠はない。けれども、そうか、とキョウスケは妙に納得してしまっている。
「血の一滴も残したくないほど、大好きだったんだろう」
キョウスケは思わず「好き」という日本語の意味を反芻する。
好きな人。好きな食べ物。同じ「好き」でも、意味は大きく違う。
猫たちにとって、このペンダントを着けた人間は実に魅力的な存在だったのだろう。
死ぬほど大好き。死んでも大好き。死体をぺろりと平らげてしまうほど、大好物。
このペンダントには、人間をそういうものに変えてしまう力があるのかもしれない。
「せっかくだからキミも着けてみるかい?」
「……遠慮しておきます。僕はそれほど、猫が好きではないので」
「もしも私が化け猫の類なら、このペンダントを着けるだけで篭絡できるかもしれないよ」
「だとしても、食べられるのはゴメンです」
分厚くて丸い"好きな人に会えるメガネ"を通して、アカネには自分がどんな風に見えているのだろう。
キョウスケはそんなことを思い、彼女の抱く想いがせめて「大好物」でなければいいな、と願ったのだった。




