御木場町博物館のご案内
「さて、そろそろキミの仕事について説明しておこうか」
アカネはそう言うと、キョウスケから眼鏡をひったくって自分でかけなおした。
ぼけっとソファに座ったままのキョウスケは、やはりぼけっとした声で「仕事?」と聞き返す。
「なんだい、忘れちゃったのか? キミは今日から、この博物館で働くんだろう」
キョウスケは天井を見上げて、そうだったっけ、と考える。
ここは御木場町博物館。人口四千人に満たない町の縁、人里と山の境目が曖昧になり始める場所に建つ小さな施設だ。
「……バイト、するんでしたっけ」
「そう。キミは私の助手として働くために、この博物館にやってきた」
そう言われると、そんな気がする。キョウスケの思考には靄がかかっていたが、どういうわけだか彼にはアカネの言うことが絶対だと思えた。
「それで僕は、いったい何をすればいいんですか?」
「主に収蔵物の手入れと、館内の掃除かな」
アカネは彼を「助手」として雇うと言ったがその実、業務内容は清掃員のそれだった。
キョウスケは館内を見回してみた。今いるのは博物館のエントランス。色褪せたソファに、封鎖されたチケット売り場、ホコリの溜まったシャンデリア。入って数歩で施設の老朽化ぶりが見てとれる。
壁にはうっすらとヒビが入っていて、床のパネルはワックスが剥がれて黒ずんでいる。スプレーの落書きや割れた窓がないことが、かろうじてこの場所を「廃墟」のレッテルから救っている。
「ここを綺麗に保つのは骨が折れそうです」
「あはは。なにしろ古い施設だからね。ここはもともと地元の民俗資料館でね。以前は地元の小学生たちが社会科見学に来るような施設だったんだ」
「もともとは」「以前は」「だった」と過去形が多様される説明に、キョウスケが「今は違うんですか?」と疑問を口にする。アカネはすぐに「違うよ」と答えた。
そもそもこの施設、「御木場町博物館」などと看板を掲げているが公営でもなんでもない。というより、本来の御木場町博物館はとっくの昔に閉鎖されているのだ。
「もとは町営だったんだけどね。町が運営から手を引いて、残った建物を私が買い取ったんだ。私のコレクションを置くのにちょうどよかったから」
つまりアカネは当時かかっていた「御木場町博物館」の看板をそのまま使っているに過ぎず、この施設の実態は博物館というよりも彼女のコレクションルームだといえる。
しかしこんな寂れた施設でも「博物館」の看板がかかっていれば見物客は来るもので。アカネはそうした物好きたちに、自身のコレクションを披露することをライフワークとしていた。
「アカネさんは、どんなものを集めているんですか?」
この博物館はアカネのコレクションルームである。では、彼女はいったい何をコレクションしているのか。
キョウスケがそのことについて尋ねると、アカネは自身の眼鏡を指して「こういうの」と答えた。それは先ほど会話に挙がっていた"好きな人に会えるメガネ"だった。
「私は異聞譚と、それにまつわる物品を蒐集しているんだよ」
「異聞譚って、つまり怪談とかそういう話ですよね」
「そう。怪談、都市伝説、ネットロア、伝承、噂話……呼び方はいろいろだけど、そういう奇妙な話を集めているのさ」
先に見せられた"好きな人に会えるメガネ"も、まさにそうした蒐集品のひとつだった。
常識では測れない奇妙な物語と、それにまつわるオブジェクト。蒐巳アカネが集めているのはそういうもので、御木場町博物館はそれらを展示・収蔵するための施設なのである。
「なるほど……アカネさんのコレクションを置くのにちょうどいい広さだったから、この施設を買い取ったんですね」
キョウスケがそう言うと、アカネは「いや? 広さはもう少しあってもよかったかな」と答えた。
先ほど「私のコレクションを置くのにちょうどよかったから」この施設を買ったと言っていなかったか? とキョウスケが首をかしげると、アカネは「違う違う」と言う。
「ちょうどよかったのは広さじゃない」
「じゃあ、なにがちょうどよかったんです?」
「この場所の"性質"だよ」
それからアカネは「御木場町博物館」の土地にまつわる話を始めた。
「この町――御木場町という地名は『置き場』からきていると言われている」
「置き場……物を置く場所って意味ですよね?」
「そうだ。なにかを置く場所として利用されていたから、置き場町。しかし縁起がよくないってことで字を当てられて、今の御木場町になったわけさ」
キョウスケは少し不思議に思った。「置き場」という字面に、これといって縁起の悪さを感じなかったからだ。少なくとも、わざわざ当て字をするほどには。
そのことを指摘すると、アカネは「それは当時の人々がこの場所に"何"を置いていたかによるだろう」と答えた。
「『〇〇置き場』っていうのはなかなか面白い日本語でね。そこには大抵『不必要』なのに『捨てられない』ものが入るんだ」
「不必要なのに、捨てられないもの……」
「顕著なのは『ゴミ置き場』という言い回しだね。『ゴミ捨て場』という言葉があるのに、どうして『ゴミ置き場』なんて婉曲的な言葉が存在すると思う?」
「その二つでは、ニュアンスが違うような気がします。ゴミ捨て場は言葉の通りゴミを捨てる場所で、ゴミ置き場はいずれ捨てるものの一時的な保管場所というか……」
「その通り! ゴミ置き場にあるのはたしかに『ゴミ』なのだけれど、そこにあるものはまだ捨てられていないんだ。ゴミ置き場はあくまで、ゴミを"保管"する場所なんだよ」
それからアカネは「〇〇置き場」とつく言葉について、いくつかの例を挙げて説明した。
ゴミ置き場と似たような語彙として、廃材置き場、土砂置き場、雪置き場。いずれもいつかは捨てるものを、一時的に保管しておく場所。
日常的に使う言葉として、自転車置き場、荷物置き場、消火器置き場など。これらは捨てる予定のものではないが、いずれも「今すぐには使わないもの」を保管するための場所だ。
「このように〇〇置き場と呼ばれる場所には、多くの場合『不必要』なのに『捨てられない』ものが保管されている。つまりこの御木場町も、かつてはそういうものを保管するための場所だったわけだ」
「じゃあ、この町に保管されているものっていったいなんだったんですか?」
アカネはにっこりと笑い、そして自分自身に人差し指を向けて言った。
「生贄」
キョウスケにはその言葉の意味がすぐにはわからなかった。しかし、なぜだか背筋が凍るような思いだった。
「人知を超えるような出来事に見舞われたとき、昔の人がしばしば『生贄を差し出す』という方法で問題を解決しようとしたのは知っているだろう?」
「……生贄って、必ずしも人間じゃないですよね? 英語で『スケープゴート』って言うくらいですからヤギとか、豚や牛を使うこともあったと聞いたことがあります」
「むしろ世界的にはそちらのほうが主流だろうね。しかし『人柱』『人身御供』という日本語があるように、我が国では少なからず"生きた人間"を生贄に捧げるケースがあった」
悪しき風習だ。しかし神話や昔話を紐解いていけば、生きた人間がなんらかの生贄に捧げられたという逸話は枚挙にいとまがない。
「しかし生きた人間の生贄なんて、当時でもそう簡単に用意できるものではないだろう」
「そりゃそうですよ。誰も自分から生贄になんてなりたくないですし」
「なにかで生贄が必要になるたびに、立候補者を募るなんて非効率的なこともやっていられないしな。……そこでだ」
アカネは人差し指をぴんと立てて、キョウスケに顔を近づける。
「いつでも生贄にできる人材を、一か所にまとめて置いておけば便利だと思わないか?」
ほんの少しだけ声のトーンを下げたアカネの一言に、キョウスケはぞくりとしたものを感じた。
それはあくまで何百年も昔の人々による悪行であって、アカネ自身がそんなつもりで言っていないことはわかっている。
しかしその「便利」という言い回しに、生きた人間を道具のように扱う冷淡さを感じ取ってしまったのだ。
「つまり昔の御木場町には、生贄候補が住まわされていたっていうんですか」
「あくまで一説だけどね。死刑囚や、借金を背負った者、浮浪者や、隔離された病人など……何らかの事情で住処を追われた人々が、この町に"置いておかれた"のだという」
「いつか必要になるかもしれない、生きた人間の生贄を確保しておくために……ですか」
気分の悪い話だ。どれくらいの人が実際に生贄にされてしまったのかは不明だが、町の成り立ちそのものに嫌悪感が否めない。
しばらく頭の中でこの気持ちの悪い歴史を反芻してから、キョウスケはふと思い出す。
「……あれ? 御木場町の名前の由来については理解しましたが、どうしてそれが『コレクションを置くのにちょうどよかった』って話につながるんです?」
そういえばこれは、アカネがこの御木場町博物館をコレクションの置き場所に選んだ理由についての話だったはずだ。
そのことを思い出したキョウスケが尋ねると、アカネは「だからこの場所の"性質"さ」と言った。
「もともと生贄の町だったからなのかな。この町には、とにかく変なモノが寄ってきやすいみたいなんだ」
「……生贄が多いと、どうして変なモノが寄ってくるんです?」
「さぁ? 魚を集めた養殖の生け簀に、サメが寄ってくるようなものじゃない?」
エサを一か所に集めれば捕食者が寄ってくるように。
生贄が集められたこの町には、生贄を必要とする"何か"が集まってくるということなのかもしれない。
「変なモノを集めることが生きがいの私にとって、御木場町ほどに都合のいい街はそうそうないんだよ。なにしろここで待っているだけで、古今東西の変なモノが勝手に集まってくれるんだから」
そんな話をしていると、エントランスのガラス扉がギギギと音を立てて開いた。
ドアの隙間から不安そうに顔を出したのは、二十代前半くらいの黒髪の女性。彼女はアカネの姿を見つけると「あの……今って、営業中ですか……?」と尋ねてきた。
キョウスケはぎょっとして固まっている。その女性が大事そうに抱えている風呂敷包みから、なにかとてつもなく嫌な雰囲気を感じ取ったからだ。
「そうら見ろ、また新しいコレクション候補が集まってきたぞ」




