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好きな人に会えるメガネ

「このメガネをかけるとね、好きな人に会えるんだ」


彼女の小さな顔には不釣り合いなほど大きくてレトロな丸眼鏡を指して、蒐巳(あつみ)アカネはそう説明した。


「平成初期にとある眼鏡屋が作ったものでね。商品名はそのまんま"好きな人に会えるメガネ"。まぁ、恋愛運アップのお守りみたいなもんさ」


応接室のソファに腰かけた青年は、ぼんやりとした顔でその話を聞いている。

青年はオカルトめいたものにさほど興味がなかった。しかし不思議と、アカネの話はいくらでも聞いていられた。内容よりも、その声に強い魅力を感じていた。


「それでこのメガネは……って、なんだいその眠そうな顔は。意識を保ちたまえ。ちゃんと聞こえているかい? 淵返(ふちべ)キョウスケくん」


名前を呼ばれて、キョウスケはハッと我に返る。アカネの声に包まれて、まどろみ、意識を失う寸前だった。

キョウスケが「聞いていますよ」と返答すると、アカネは嬉しそうに頷いて、続きを話し始めた。


「当時、世間は霊感商法というものに対して今よりも寛容でね。身に着けるだけで宝くじが当たるパワーストーンだとか、部屋に置くだけで嫌いなヤツを呪える人工精霊といったような、見るからに胡散臭い代物が週刊誌の広告欄に普通に掲載されていたりしたんだよ。無論、そのほとんどは詐欺まがいのオモチャだったがね。しかしだ。そういうモノの中にも、ごく稀に、ごくごく稀に、例外があった」


アカネはソファに座るキョウスケを覗き込むような姿勢をとって、メガネをくいっとあげて見せた。

襟元がだらしないTシャツの隙間から胸元が見えそうになり、キョウスケは慌てて目をそらす。そんな彼に構うこともなく、アカネは自慢げに「このメガネが例外だ」と告げた。


「好きな人に会えるメガネ。馬鹿げた商品名だが、こいつにはたしかにその効果があった」


眼鏡のシロマ。昭和50年ごろに創業し、平成7年ごろにひっそりと閉店した個人経営の小さな眼鏡店。

その店主である城間カズトヨという人物こそが、件の"好きな人に会えるメガネ"の制作者であった。


地上波で心霊番組やUFO特番が大真面目な顔をして放送されていた平成初期。眼鏡職人の城間は、その空前のオカルトブームに乗っかって一儲けすることを思いついた。

彼は自身の工房で数本の眼鏡を作り、それを近場の神社に持ち込んで祈祷させた。当時ミサンガやパワーストーンが流行っていたことから、身に着けることで運気を向上させるアイテムが売れると踏んだのだ。


"好きな人に会えるメガネ"と称したのは、祈祷してもらった神社が恋愛運向上で知られていたからだ。そこにこだわりがあったわけではない。

城間は腕のある眼鏡職人だったが、どちらかといえば損得勘定を優先する商売人としての気質が強かった。また、オカルト方面に明るかったわけでもない。

ただ、売れると思ったから作った。それだけだった。本当に"好きな人に会えるメガネ"に運気アップの効果が宿っているのかなんてどうでもよく、とにかくそれが売れればいいという考えだった。


城間の狙い通り、"好きな人に会えるメガネ"は店が始まって以来の大ヒットを記録した。

最初に作った数本は一週間としないうちに完売し、口コミを聞いた客から事前注文が入るほどだった。

購入していくのは主に中学生~高校生の女子生徒たち。恋愛運アップのお守りということで、狙っていた通りの客層に売れていった。


しかし"好きな人に会えるメガネ"が売れれば売れるほど、城間の心には影が落ちていった。

それは罪悪感からだった。なにしろ売れているのは、実際に効果があるかどうかもわからないオカルト商品。あえて悪く言うならば、詐欺まがいの霊感商法だ。

年端もいかない少女たちが目を輝かせて「好きな人にもっと会いたいから」「好きな人と結ばれたいから」と言い、お年玉やなけなしのお小遣いをはたいて"好きな人に会えるメガネ"を買っていく。

大繁盛が続くほど、城間は罪悪感で心を病んでいった。彼は利益のためなら多少倫理観に欠けた行動をとれる商売人だったが、詐欺師になれるほどの悪人ではなかった。


しかしすでに看板商品となっていた"好きな人に会えるメガネ"を今さらやめるわけにはいかない。

店の売り上げのためというのも当然あるが、なによりも"好きな人に会えるメガネ"を買ってくれた少女たちをがっかりさせないために。

これだけ売れている商品の取り扱いを突然中止すれば、きっといろいろなことを邪推する声が出るだろう。

「あの眼鏡は詐欺だったらしいよ」なんて噂が立ってしまったら、買ってくれた客に申し訳が立たない。


そこで城間は、せめて少しでも"好きな人に会えるメガネ"の効果を高めようと考えた。

最初は近所の神社で祈祷してもらうだけだった。しかしいつからか高名な霊能者のもとへ赴いて"好きな人に会えるメガネ"に霊力を込めてもらったり、遠方のパワースポットで一晩寝かせたり、オカルト本に書いてあった開運のおまじないをかけてみたり、小動物を生贄にした呪術まがいの工程を試してみたり、いくつかの宗教における浄化の儀式を行ってみたりと……城間は思いつく限り、ありとあらゆるオカルトを"好きな人に会えるメガネ"にかけていった。


素人考えのままめちゃくちゃに重ね掛けした数々の儀式のうちの、どれがどのように効果を発揮したのかはわからない。

しかし事実として、後期の"好きな人に会えるメガネ"には現実離れした力が宿ってしまった。眉唾のラッキーアイテムに過ぎなかった眼鏡は、ある時期を境に"本物"になった。


"好きな人に会えるメガネ"をかけると、意中の人に会える確率が異常なほどに高くなる。

近所のスーパーに足を運べば、ほぼ100%の確率で好きな人に会える。暇つぶしに散歩に出かければ、曲がり角でほぼ100%好きな人にぶつかる。

風邪をひいて病院に行けば、ほぼ100%同じタイミングで好きな人も病院に来ている。知人に見られないように隣町の本屋でエッチな本を買おうとすると、ほぼ100%好きな人に目撃される。

飛行機に乗って数百キロ離れた場所に家族旅行へ行けば、ほぼ100%好きな人と宿泊先がかぶる。家から一歩も出なければ、ほぼ100%いつのまにか好きな人が空き巣に入ってくる。

好きな人から逃げ続ければ、ほぼ100%好きな人に居場所を特定される。なにもかもが嫌になってビルから飛び降りれば、ほぼ100%飛び降りた先に好きな人がいる。


"好きな人に会えるメガネ"の効果は異常だった。

もはや「おまじない」などというかわいらしい表現を超えて、"好きな人に会えるメガネ"は正真正銘の「(まじない)」の品になっていた。

事実を捻じ曲げ、因果律を書き換え、どんな状況下でも装着者の好きな人を目の前に顕現させる。後期作の"好きな人に会えるメガネ"は、そういう傍迷惑で危険な代物だった。


「さて、ここで問題だ」


アカネが人差し指を立てて言う。いつのまにか彼女はキョウスケの隣に座り、馴れ馴れしく彼の肩に手をかけていた。

近い。思春期の青年にはやや刺激の強い香水の香りにどぎまぎしつつ、キョウスケは平静を装って「問題?」と聞き返した。


「自分がどこにいようとも、相手がどんな状況だろうとも、意中の人を引き寄せてしまう"好きな人に会えるメガネ"。では、もしも意中の相手がすでに死亡していた場合はどうなると思う?」


優しくも狂気を孕んだ彼女の声色に、キョウスケはぞくっとしたものを感じる。なにか、深く考えてはいけないような気がした。


「……相手がいないんじゃ、さすがにどうしようもないんじゃないですか?」

「つまり、何も起こらない、と?」


キョウスケがそれを肯定すると、アカネはにっと笑ってこう言った。


「このメガネはね、死者の魂すらこの世に引き戻してしまうんだよ」


ぬるりとした嫌悪感が喉を通って落ちていくような。アカネのその言葉に、キョウスケはそんな得体のしれない何かを感じた。


「……死んだ人を生き返らせるってことですか?」

「さすがにそこまで万能ではないさ。あくまで、このメガネが引き戻すのは死者の魂だけだ」


「肉体も取り戻せたらもっとよかったんだけどね」と、アカネは口惜しそうに言った。

それから彼女は再び、"好きな人に会えるメガネ"の顛末について語り始める。


「眼鏡屋の店主が"好きな人に会えるメガネ"に何重もの(まじない)をかけるようになってから半年ほどしたころ。その地域では奇妙な噂が流れるようになった」


それが、つまり"好きな人に会えるメガネ"で死者に会えるという噂だった。


「このメガネを購入した客の中に、恋人を事故で亡くした女性がいたらしい」

「亡くなった恋人に会いたかったんでしょうか」

「いや、彼女が"好きな人に会えるメガネ"を購入したのは、どちらかといえば辛い思い出を払拭するためだったようだね。死んだ彼氏のことをいつまでも引きずっているわけにもいかないから、"好きな人に会えるメガネ"を使って新しい恋を見つけようとしていたらしい」


その女性が"好きな人に会えるメガネ"を購入したのは、そういう前向きな理由だった。

しかし彼女の意図とは裏腹に、"好きな人に会えるメガネ"は残酷な結果をもたらした。


「"好きな人に会えるメガネ"をかけた彼女の目には、死んだはずの恋人の姿が映った」


悲劇的な恋を吹っ切るために使用した"好きな人に会えるメガネ"で、その女性は過去の恋愛の重さを再確認させられる羽目になった。


「それで、その方はどうしたんです?」

「さぁ? 調べてみたんだけど諸説あってね。彼氏の霊に連れていかれてしまったとか、いないはずの恋人と幸せに暮らしたとか、この噂の結末にはさまざまなバリエーションがあるんだよ」


"好きな人に会えるメガネ"にまつわる逸話は、いわゆる怪談に属するものだ。

怪談には尾ひれはひれがつくもの。どこまでが本当で、どこからが作り話なのか、それはアカネにもわからなかった。


「それでいいのさ。真実がよくわからないからこそ、自分で調べてみたくなる。自分で調べてみたからこそ、物語は深みを増していくんだ」


蒐巳アカネが蒐集しているのは、そういう"よくわからないもの"だ。

世の中にはびこる怪談、奇談、神話に昔話に都市伝説。真偽の不明な怪しい話を集めては、それにまつわる物品を回収し、物語と物品をコレクションしていく。

"好きな人に会えるメガネ"は彼女がもつ膨大なコレクションのほんのひとつに過ぎない。このメガネもまた、彼女がその真偽をその身で確かめるために集めたものなのだ。


「それで結局、その眼鏡の力は本物だったんですか?」

「さて、どうだろうね。キミも実際に確かめてみるといい」


アカネが"好きな人に会えるメガネ"を外し、キョウスケにかけた。

他人の眼鏡をかけたとき特有の視界の歪みは感じない。もともと"好きな人に会えるメガネ"は開運アイテムの一種として売り出されたようだったし、はじめから度数は入っていなかったのかもしれない。


「さて、キミは今"好きな人に会えるメガネ"をかけているわけだが……」


"好きな人に会えるメガネ"に噂通りの力があるならば、まもなくキョウスケの好きな相手がこの場所に現れるはずだ。意中の相手がたとえ、死者であったとしても。

ところが何分待てど、誰かが寄ってくるようなことはなかった。アカネが館長を務めるこの小さな博物館のエントランスは相も変わらず静まり返っており、アカネの息遣いだけが響いている。


「……だぁれも来ないね。その眼鏡が本物なら、キミの意中の人がここへ現れるはずなんだが」


そう言ってからアカネはにひっと笑い、キョウスケの顔を覗き込んだ。


「どうして誰も現れないんだろうね?」


揶揄うような声色。キョウスケはこっぱずかしくなり、強がって「さぁ?壊れてるんじゃないですか」と答えた。

クッキーみたいに分厚いレンズの向こうには、悪戯っぽい笑みを浮かべる蒐巳アカネの姿だけがあった。

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