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そして、寝坊もせずに初登校日の朝を迎えた。
今日の日付は5月28日だ。
せっかくなら、キリの良い6月1日で良かったんじゃないかと朝ごはん中に嘆いてみても、今更そんな意見が通るわけもなく。
「ハンカチ持った?それと、担任の先生の名前ちゃんと覚えてる?心配だから、やっぱりママがついて行こうか?」
「大丈夫だって!学校についたら職員室に行けばいいだけでしょ?時間がないからもう行くからね」
「車に気を付けて!坂道はしっかりブレーキをかけて、ゆっくり降りるのよ!」
「ハイハイ!何回も言わなくったってわかってるって!あの坂でそんな事したら自殺行為でしょ?!遅刻するから出るよ!いってきまーす!」
ついてこようか?なんて言いながら、何の準備も出来てないママなんて待ってたら、初日早々遅刻しちゃう。
いつだって真面目で完璧主義の私が、そんな真似できないわ!
玄関の下駄箱の上に置いている自転車の鍵を颯爽と取り、ドアノブに手をかける。
「あっ!」
「ママー!ママー!弁当忘れちゃった!!机の上にあるから取ってー!」
「ほらー!!もー!本当に抜けてるんだからー!!一体誰に似たのかしらねー!」
迎えてしまえば、いつもと変わらない朝。
「よぉーーーーし!!レッツゴー!!」
心配症のママの手前あー言ったけど、自転車のブレーキを軽く握り、誰も見ていないのをいい事に意気揚々と一直線にビューー!とくだる坂道はペダルを漕ぐ必要はもちろんなく。
全身に風を受け、ポニーテールがなびくのを感じて私は自然と満面の笑みだ。
「おっもしろ~~い!!」
行きは良い良い。
スリル満点病みつきの予感。
学校までは、自転車で30分もかからない。
あの坂道を降ってしまえば、後はもう平坦な道のりで、横目に映る穏やかな海を眺めつつ自転車を走らせる余裕もあるくらい。
田んぼに畦道。
小川に蝶蝶。
通学路は絵に書いたような童謡の世界。
「この街は……平和だな」
180度変わってしまった通学風景に、都会育ちの私は馴染む事が出来るのだろうか。
「ウワッ!!何あれ?!でっかいカエルがいるしー!!どーすんのよー!これじゃ先に進めないじゃん!!だから、車で送ってって言ったのにー!ママのバカー!」
ママの申し出を自分で断っておきながら、本人不在をいいことにここぞとばかりに暴言を吐く。
「これが毎日かぁ」
これからの行く末に若干の不安を抱きつつ、ようやくたどり着いた学校の、校門前で自転車から降りて立ち止まる。
「フゥーーーーーー。大丈夫!大丈夫!頑張れ!私っ!!」
「フ、、、ブハッ!」
「ん?」
どこからか誰かの笑い声がして、辺りをキョロキョロと見ても、私以外誰も立ち止まってなくて。
気のせい……かな?
では、改めて仕切り直し。
自転車を両手で押しながら、校門に足を一歩踏み入れ。
右に左に視線をキョロキョロ。
転入試験でこの学校を訪れた時にはあまりに緊張しすぎて、周りを見る余裕すらなかった。
しかもあの時は、試験が終わって直ぐに引っ越しの準備があるからと急いで戻り、新しく住む家すら見せてもらえず。
だから、初見に近い校舎を見渡す私の目は好奇心で輝いているに違いなく、いつの間にか不安な気持ちはどこへやら。
「ほんと、どこみても緑だらけだな。マイナスイオン半端なっ」
悪まで良い意味。
都会のど真ん中にあった前の学校の校舎は緑なんて殆どなくて、グラウンドもゴム製の造りになっていた。
それは、小さい頃から都会で暮らしていた私には普通の光景だったが、今日から私が通うこの学校は、海からの風避けの為か周りを背の高い木々で囲まれている。
グラウンドには部活の朝練終わりの学生達が校舎へと戻っていこうとしている姿があり、体育会系の部活動が盛んではなかった前の学校と比べると、それもまた新鮮な光景。
「楽しそ~♪」
堅苦しかったセーラー服から、密かに憧れていたブレザーへと変わり、新しく始まりだした高校生活に胸が高鳴らない訳がない。




