才能も夢もなかったけど、俺には母さんのカレーがあった
自分には才能が無い。
そう気づいた時、俺はめちゃくちゃショックだった。
えーーーー。
マジかよ。
なんとなく、自分は将来成功すると思ってたし、なぜか金持ちになってると思い込んでたし、幸せな毎日が送れると思ってた。
周りを見れば、
勉強のできるやつ、料理が上手いやつ、仕事ができるやつ。
何か必ず一つは「得意なもの」を持っているやつらが多かった。
俺にはそんなのねえよ⋯⋯。
とりあえず、暇だからゲームをしたり、スマホでネットサーフィンをしたり、あるいはひたすら寝ていたり。
やりたいことなんてなくても、時間はいくらでも潰せてしまう。
だから、この歳になるまで、得意なこともやりたいことも全くなかった。
仕事だって別にやりたくてやっているわけじゃない。
「やりたい仕事」なわけじゃない。
あーあ。
俺って⋯⋯中途半端だなあ。
何にも成し遂げられずに、周りの奴らに「凄え」って言われることもなく、ただ死んでいくのか?
(つまんねえ人生だな。)
(なんだよ、それ。)
(⋯⋯俺はもっと、すごい人間になるはずだったのに⋯⋯)
気力がどんどん落ちていくのを感じた。
やる気が出ない。
ベッドから起き上がることができない。
頭がボーッとする。
体が鉛のように重い。
(⋯⋯気分悪い。最悪だ⋯。)
ベッドの上でうずくまっていると、スマホが鳴った。
画面を開いて見ると、母さんからLINEが来ていた。
『カレーをたくさん作ったから、食べに来なさい!あんた、またカップ麺ばっかり食べてるんじゃないでしょうね!?早く来なさいね。』
⋯母さん。
最近しばらく実家には帰っていなかった。
(父さんとも母さんともーーーしばらく顔を合わせていなかったな。)
冷蔵庫の中には何も入ってないから、カレーを食べさせてもらえるのはありがたい。
(うおぉ、体起こすの辛え⋯⋯)
とにかく身体を起こして出かける準備をする。
電車に乗って、40分。
実家の最寄り駅に降りると、なんだか懐かしい香りがした。
「おかえり。」
「ただいま。」
「あんた、また痩せたんじゃないの?まったく、ちゃんと食べてんの?」
「うっせえ。」
母さんはいつもこんな感じだ。
「父さんは?」
「今日は会社の飲み会。」
どうやら今日は母さんと二人きりらしい。
「⋯⋯なあ、母さん。」
「なによ?」
「母さんから見て、俺に何か特技ってない?」
「特技ぃ?⋯何かしらねえ?学校のテストの点数も平均点ばっかりだったし、少なくとも勉強じゃあないわよねえ。」
⋯それはそのとおりなんだが、他人から言われるとちょっとムカつく。
「得意なことがあったら、それを伸ばして仕事に生かせるかもしれねえじゃん?」
「仕事なんてほどほどでいいわよ。別に頑張らなくても、さ。サボるのはみったくないけど、そこそこにやってれば、仕事なんてそれで十分よ。」
「⋯⋯周りにさ、音楽でそこそこ成功してるやつとか、良い会社で働いて出世しているやつとか、学校の先生になって生徒に慕われてるやつとか、上司に気に入られて仕事頑張ってるやつとか⋯。」
俺は、はーーっと深いため息をついた。
「なんか、みんな、幸せそうに楽しく過ごしてるんだよなあ。俺にはできることなんてなんにもないから、ただただ置いていかれるだけなんだよ。」
それを聞いた母さんは腹を抱えて爆笑した。
「なぁに言ってんのよ、あんたは。馬鹿だねえ。」
ふふふっと口元をほころばせながら、
「あんた、もしかして、『有名人になったら幸せになれる』とか、『お金持ちになったら幸せになれる』とか、『誰かにすごい!と言われたら幸せになれる』とか思ってるの?」
と言ってきた。
まさしく図星で、
「ああ、そうだよ」
と俺はぶっきらぼうに言った。
母さんは、
「私の幸せはね⋯⋯『今ここにいること』。あの人と結婚して、一人息子のあんたが生まれたこと。あんたはねえ、小さい頃から得意なことなんて⋯⋯なかったかもねえ。でもね、私はそれでいいと思ってた。だってそうでしょ?あんたはねえ、それでも幸せになれるよ。別にすごくなくてもいいのよ。あんたを見ているだけで私は幸せになれたし、あんたが不器用なりに頑張っているだけで、私は応援したくなった。」
と言った。
「あのねえ、ゲームして楽しいとか、おいしいもの食べてうまいとか、幸せってそれぐらいでいいのよ。大きな舞台に立つとか、たくさんの人に称賛されるとか、そんなのを大きな幸せって言ってる奴らはね、何でも人の上に立って見下したがるのよ。そういう奴らには一生わからないかもしれないけれど、あんたね、幸せに大きいも小さいも、上も下もないのよ。」
俺は驚いた。母さんがそんな事を言うとは思わなかったからだ。
でも⋯⋯、思えば、俺は母さんに「頑張れ」と言われたことが今まで一度もない。
ダメなことをしたら叱られるけど、運動や勉強の結果が悪くても母さんは俺を責めなかった。
『そんなこともあるわよ。』
そう言って、笑っているだけだった。
ーーーーーこれが、幸せなんじゃないか?
ーーーーー俺は、本当に今まで幸せじゃなかったか?
思い返せば、父は厳しかった。
でも、俺とよくボードゲームで遊んでくれた。
俺と父さんが遊んでいるのを、母さんはいつも笑ってみていた。
俺は友達が少なかった。
大人になって、社会人になると、もうほとんど連絡を取るような友達が残っていなかった。
自分が心底、孤独だと思った。
俺には何もないから、誰も俺と友達でいてくれないのだ、と。
⋯⋯でもーーーーーーー
俺には帰る家があったんだ。
俺がどんなやつでも、あたたかく迎え入れてくれる。
俺がどんなにダメでも笑ってそばにいてくれる。
友達がいない。才能もない。
だけど、俺にはもったいないぐらいの両親がいた。
別に俺んちは金持ちってわけじゃない。
家はローンを組んでるし、父さんは普通のサラリーマンだ。
普通のサラリーマン。
それじゃダメだと思ってた。
すごいやつになって、みんなに尊敬されて、金持ちになって、それでようやく幸せになれるのだと。
そう思っていたのだが。
ーーーーーーそうじゃなかったのか。
俺には何にもなくても、それでも幸せだったらしい。
友達がいなくても幸せになれる。
ちっとも才能がなくったって。
どんだけダメでも、幸せにはなれる。
俺を馬鹿にしてくる奴らはーーそうか、満たされてなかったのか。
もっと、もっと、と承認欲求が高まる。
どこまでも、無限に。
そして、できないやつを馬鹿にする。
⋯⋯俺は、そうじゃないだろ?
俺はできなくても、それがダメだとは思わない。
そして、ダメなやつでも幸せになれるんだ。
今、母さんからそれを学んだ。
大事なことを母さんから教わった。
「さ、食べましょう?」
母さんの作ったカレーを食べた。
どこにでもある普通のカレー。
だけど、「それでもいいよ」と俺に寄り添ってくれる、バーモンドカレーの味だった。
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