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この完璧な人生設計に邪魔な婚約者だけが嫌だから糸をガチガチに巻きつけて人形にしてしまおうと伯爵令嬢はワインを掲げた

作者: リーシャ

 静かに閉じたカーテンの向こう、午後の柔らかな光が差し込む執務室にいた。


 目の前には、数枚の報告書が広げられている一枚は、幼馴染タンタダの騎士爵領の財務状況、もう一枚は彼が通う酒場の名簿、もう一枚は、彼が夜な夜な逢瀬を重ねているという若い女、ヘルミルナの個人情報。


(まったく、前世の私も見る目がなかったけれど、この世界の私も大概)


 転生者として伯爵令嬢パーシバルリア・ヴァルデマーの肉体を得て早数年。

 世界の常識にも慣れ、貴族としての振る舞いも完璧にこなせるようになったが、たった一つ、気に食わないことがあった。

 婚約者であるタンタダ・エルモント騎士爵の軽薄な浮気癖だ。


 以前なら、直接的な破滅を望んだだろうが、パーシバルリアは学んだ。肉体的な苦痛や財産の略奪だけでは、真の復讐にはならない。

 もっと深く、魂の奥底まで浸透するような、甘く、確実に破滅へと導く毒を仕込むべきだと唇に、薄く笑みが浮かんだ。

 どろりとした、夜の闇に咲く毒の花のように、美しくも恐ろしい。


 パーシバルリアは早速、タンタダをヴァルデマー邸に招いたら、いつものように、何の疑いもなくパーシバルリアの元へとやってくる。


「パーシバルリア!君が僕を呼ぶなんて、嬉しいよ!」


 満面の笑みで抱きついてくるタンタダを、パーシバルリアは冷ややかに受け流した。


「ええ、あなたに相談したいことがあって」


 パーシバルリアがタンタダを自室に招き入れた部屋には、使用人が用意したティーセットが置かれている。


「相談とは、なんだい?僕にできることなら、何でも言ってくれ」


 タンタダは、気前よく答えた。


「はい。実は、最近、騎士爵領の財政が芳しくないと、父上が大変心配なさっているのです。特に、領地からの特産品であるワインの売上が、ここ数ヶ月、異常なほどに落ち込んでいると」


 パーシバルリアは、優雅にカップを口に運びながら言ったら、タンタダは、眉をひそめた。


「ワインの売上が?まさか」


「ええ。そこで、密かに調べてみたのですが。どうやら、あなたの騎士爵領のワインが、市場で不当な価格で取引されているようなのです」


 パーシバルリアは、一枚の報告書をタンタダの目の前に置く。


 それには、領地のワインが流通業者によって大幅に買い叩かれ、さらに粗悪な偽物が混ざって市場に出回っているという詳細なデータが記されていた。


「こ、これは!ビクシズめ」


 タンタダは、執事ビクシズの名を呟いた。

 以前のパーシバルリアの報復では、不正を暴いたが、今回はより複雑な流通における策略を作り上げたのだ。


 これは、ビクシズ一人の仕業ではなく、複数の商人が絡んだ巧妙な詐欺。


「ご安心ください。すでに私の方で、不当な取引に関わっていた商人たちの情報を把握しております」


 パーシバルリアの言葉に、タンタダは驚きの表情を浮かべた。

 喉が動くのが鳴り響く。


「なぜ、君がそんなものを」


「ええ。あなたの留守中に、使用人たちからワインの評判が落ちていると聞きまして。それで、直接彼らの話を聞き、調査を行ったのです」


 パーシバルリアは、涼しい顔で答えた。


「このままでは、領の評判も財政も、地に落ちてしまうでしょう。そこで、お手伝いしましょう。これらの悪徳商人たちを法的に追い詰め、領地の名誉と利益を取り戻すために」


 パーシバルリアは、タンタダの手を握った。

 手は、冷たく、力強い。


「もちろん、対価が必要です」


「た、対価?」


「ええ。あなたには忠実な協力者となってもらう。私が指示した通りに動き、計画に協力する。そうすれば 財政を立て直し、名誉を回復させてあげましょう」


 タンタダは、迷いを見せたが、領地の財政危機と名誉失墜は何よりも恐ろしいことなのだ。


「分かった。パーシバルリア。き、君の言う通りにする」


 タンタダはの絞り出す声と心には、パーシバルリアへの感謝と、底知れぬ恐怖が入り混じる。

 数週間後、パーシバルリアの計画は着実に進み、裏で悪徳商人たちの弱みを握り次々と潰していった。

 表向きは、タンタダがパーシバルリアの助言を受けて、自力で不正を暴き、領地の名誉を取り戻したように見せかけので、民衆はタンタダを賢明な騎士と称賛していき評判はみるみる上がる。


 タンタダ自身は、全ての裏にパーシバルリアの影があることを知っていたし、指示は巧妙で、自身が動かなければならないように仕向けられていた。

 糸で操られる人形のように。


 その間にもう一つの報復も、同時に行われ、パーシバルリアは浮気相手のヘルミルナへの報復も密かに進行させていた。


 婚約者の浮気相手である、ヘルミルナが働く酒場のオーナーと裏で手を組んだあとにヘルミルナは酒場のオーナーに呼び出される。


「ヘルミルナ。お前に、一つ話がある」


 オーナーは、どこか冷たい目でヘルミルナを見た。


「タンタダ騎士爵との件だ。最近、お前が騎士爵と頻繁に会っていると、妙な噂が流れているな」


 ハッとし、これは、パーシバルリアの仕業だと直感した。

「そ、それは!誤解です」


「誤解だと?お前の噂のせいで、店の評判が落ちているんだ。客足も減った。お前のような騎士爵の浮気相手が、店の顔になっていては、他の客が寄り付かない」


 オーナーの言葉に、ヘルミルナは青ざめた。

「え、そ、そんな」


「そこでだ。お前には、しばらく店を休んでもらう」


 オーナーは、一枚の契約書をヘルミルナの前に置いた。


「契約書にサインしろ。お前の借金は、全額チャラにしてやる。その代わり、お前は今後一切、酒場で働くことはできない。街を出て、二度と戻ってくるな」


 ヘルミルナは、絶望に顔を歪めた。借金がチャラになるのは願ってもないことだったが、街を離れること、酒場で働けなくなることは死活問題だ。

 病弱な母親と幼い妹がいるのに。


「で、でも。家族が、いて」


「安心しろ。お前の家族の面倒は、別の形で見る。ただし契約を破れば、全ては水の泡」


 オーナーの目は、どこか不気味な光を帯び、パーシバルリアの冷徹な意志を映し出している。

 ヘルミルナに選択の余地はなく、震える手で契約書にサインした。

 翌日、ひっそりと街を去ったあと、族の借金が清算され、母親と妹の生活が保障される代わりに、故郷を追われることになったのだ。


 心の中には、パーシバルリアへの拭い去れない恐怖と憎しみが刻み込まれた。


 数週間後、騎士爵領は、パーシバルリアの采配により、見事な復興を遂げ、タンタダは、完全に支配下にあった。

 指示に従い、時には良心に反するような決定すらも下すようになり、彼自身も、自分が何のために動いているのか、分からなくなりつつあるタンタダは、パーシバルリアに呼ばれる。


「タンタダ。あなたはよくやった。約束通り、あなたの領地は回復した」


 パーシバルリアは、微笑んだ。

 微笑は、褒め称えているようでありながら、どこか侮蔑を含んでいる。


「あなたは完璧ではない」


 タンタダは、不安げにパーシバルリアを見上げた。


「最大の弱点。それは浮気癖。あれでは、いくらあなたを立てても、いつか足元をすくわれる」


「そ、それはっ」


 タンタダは、冷や汗をかいた。


「そこで、あなたに一つ、提案がある」


 パーシバルリアは、一枚の書面を差し出した。

 貞節の誓約書と銘打たれたものの内容には、今後、パーシバルリア以外の女性とは一切関係を持たないこと。

 もし破れば、騎士の称号と全ての財産を剥奪するという、極めて厳しい罰則が明記されていた。


「これにサインして、タンタダ」


 パーシバルリアの目は、一切の感情を宿さず、タンタダを射抜く。


「だが、これは」


 タンタダは、震える手で書面を見た。

 これは、人間としての全てを奪うもので、拒否する選択肢がない。


「さあ、早く。これにサインすれば、完全に私だけの騎士になれる。名声は、盤石なものとなる」


 絶望に顔を歪ませながらも、ペンを握り、サインし、パーシバルリアは、満足そうに書面を受け取ると、もう一枚、別の書面を彼に差し出した。


「これは婚姻の誓約書」


「え」


 タンタダは、驚いて顔を上げた。


「私の父上は、最近、あなたの働きぶりを大変評価なさっている。あなたとの婚姻を、正式に推し進めたいと考えているのですって」


「こ、婚姻?」


 タンタダの顔に、血の気が引き、最も恐れていたことになる。

「そ、そんな」


 パーシバルリアに人生を支配されることへの恐怖を、今、改めて痛感した。


「ええ。夫となる。私の完璧な操り人形となるの。今後、指示通りに動き、望むままに生きる。それが裏切った真の罰」


 パーシバルリアは、静かに笑う。

 勝利を確信した女王のように見え、タンタダは、絶望の淵に立たされ、自由は完全に奪われ、人生は、永遠にパーシバルリアの手に握られたのだ。


 街を追われたヘルミルナは、遠く離れた地で、ひっそりと暮らしていた。

 家族は、ヴァルデマー家からの援助を受けて、何不自由なく暮らし、ヘルミルナの心は、常にパーシバルリアへの恐怖と、故郷を追われた屈辱で満たされるまでに。

 パーシバルリアによって与えられた救いが、実は魂の鎖であることに嫌でも気づく。


(いつか、いつか、この屈辱をっ)


 夜空を見上げ、故郷の方角に恨めしげな視線を送ったがパーシバルリアに逆らう力など、どこにもなかった。


「うっ、うっ、寂しい。寂しい」


 愛を裏切った男と、浮気相手に、肉体的な苦痛や財産の略奪以上の、精神的、存在そのものを支配するという、より陰湿で根深い報復を完遂し終えたのだ。


「ふう、さて、美味しいクッキーでも開けよう」


 表向きは幸福に見える檻の中で、永遠に支配を受け続けるだろう。

 氷の微笑は、今後も二人の人生を、冷たい影で覆い続けることを示唆している。

 パーシバルリアはさくりとクッキーを食しながら、やっと完璧な人生になると目を細めた。

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