美少女モデル姫川佳乃のおたく彼氏探し
私は、容姿端麗、眉目秀麗な美少女だ。
中学の時に街頭でスカウトされてファッション雑誌のモデルをやっている。
高校2年生になったが、お付き合いしている彼氏はいない。
今まで、同じ学校の生徒から他校の生徒まで、多数の男子から告られているが、すべてお付き合いは断っている。
告ってきた男子はみんな良さげな人なんだけれども、みんないまいちって感じなのである。
モデルをしていると、容姿端麗、眉目秀麗な男子モデルといっしょに仕事をしたりするわけなのだが、こうした容姿端麗、眉目秀麗な男子モデル達もなんだかいまいちって感じだ。
たとえば、モデルの世界で絶大な人気を誇る聖すばる君は、仕事帰りに食事とかカラオケとかに誘ってくれたり、なにかと私に優しくしてくれて、私のことが好きなんじゃないかと疑うこともあった。
でも、彼のこうしたアプローチにのぼせ上らずに、冷静にまわりを見てみると、彼は私にだけじゃなくてみんなにそうみたいなのである。
みんなにそうだから、すばる君はモデルの間でもあっちこっちから彼氏にしたいという声が聞こえてきて大人気なわけなのだが、私的には誰にでも優しいっていうのはなんだかちゃらい男に感じられるのである。
そのうえ、頭が悪そう。
「アインシュタイン?なんだっけ?そうだ、ドイツの鍋料理だ」
とか言ってたし。
大学生なら相対性理論くらいは知っていて欲しいわ。
ドイツの鍋料理はアイスバインよ。
見た目がよくて優しくても、これはちょっといただけないと思うのである。
そんなわけで、絶大な人気のモデルのすばる君をはじめとする容姿端麗、眉目秀麗な男子モデルたちも、見栄えがよくても中身がないような感じがして、彼氏にするには物足りないと思うのである。
「ねえ、ねえ、ヨッシー。また聖すばる君といっしょに仕事することってあるかな?」
学校の昼休みに、親友のヨーコこと安田陽子と一緒にお弁当を食べていると、彼女が申し訳なさそうに言った。
「もしあったら、サインをもらってくれないかな」
「はぁ?この前もらってきたじゃん」
「あれ、おばさんに取られた」
「ああ、あのおばさんか……それじゃあ仕方ないわね」
とか話していると、頭の上から声がする。
「サインなら俺のをやろうか」
「お前のサインなんか、いらんわ」
いつの間にか近くに立っていた大山君にヨーコがすぐに突っ込んだ。
「じゃあ、姫川さんは?」
「ずいぶん昔にもらったけど」
私が答えるとヨーコが続ける。
「今頃は、ゴミとして燃やされて、煙になって空の上、天国に行ってんじゃない。アーメン」
大山君はちょっと笑うとヨーコに言った。
「それはそうとして、今度の日曜、応援に来るだろ」
「はぁ、今度の日曜は快晴で気温も急上昇でしょ。炎天下のスタンドで日に焼けちゃうし、応援団の指示で大声出したり手拍子したり、やってられんわ」
ここで私が一言。
「私、暇だから行こうかな」
「はぁ、ヨッシー、行くの?」
「一緒に行こうよ。日焼けについては心配無用よ。完璧な日焼け対策をしっかり教えてあげる。それから、ネット裏で観れば応援団とは離れるし、大山君のピッチングもよく見えるよ」
「うーむ、そこまで言われると仕方ないか」
というわけで、今度の日曜は、大山君の投げる甲子園の予選をヨーコとふたりで観に行くことになるのである。
「姫川さん、ありがとね。こいつ素直じゃないから」
「勝つんでしょうね。負け試合には行かないわよ」
「おう、まかしとけ」
ヨーコはほんとに素直じゃない。でも、大山君はヨーコにべた惚れだよね。
身近でこういう風にイチャイチャしているバカップルをみていると、私も彼氏が欲しいなぁと思うわけなのである。
だが、私は、容姿端麗、眉目秀麗な美少女で、成績だって上位の方だ。
決して安売りはしたくない。
自分で十分納得できるいい男を捕まえたいのである。
モデルの仕事はアイドルじゃないから恋愛禁止ではない。相手によっては人気が下がるみたいだけれども、私はそんなに人気があるわけじゃないし、私が十分納得できるいい彼氏なら問題はないでしょう。
そんなわけで、私が心をときめかせるようないい彼氏ってのはどんな男なんだろうか、と考える日々なのである。
いい男と言えば、たとえば、我が校には、容姿端麗、眉目秀麗、3年生で成績トップ、有名大学合格間違いなしの生徒会長がいる。
全校の女子生徒の人気の的で、趣味はどうとか、今日は機嫌が悪いとか、昼食は何を食べたとか、今日も誰かに告白されてそれを振ったとか、いろいろなうわさ話が次々と伝わってくる。
まだ決まった彼女はいないらしい。
でも、見た目が良くて人気者と言うと、いつも見ている男性モデルの人たちと同じなんじゃないかなと思うのである。
テストの点はいいから頭の出来は少しは違うかも知れないけれど。
「美男美女のカップルが私の友達にいるのは素敵だと思うんだ。ヨッシー、どう?狙ってみない?」
とかヨーコが言うんだけれども、私はこの生徒会長にはまったく興味は沸かないのである。
次に、女子の間で人気なのが運動部のキャプテンとかエースとかである。ただしイケメンに限るってやつね。
まあ、運動部の男子は一般的に部活動に時間を取られて彼女のことをかまう時間はなさそうだし、彼女のことを気にして練習をおろそかにするような人はどうかと思うし。
つまり、女子の方から彼のためになにかをしてあげるっていう風に献身的に寄っていかないと、お付き合いは始まらないんじゃないかしら。
私はモデルの仕事とか忙しいから、彼のためになにかしてあげて、とかそういう献身的な恋愛はできないと思うのである。
大山君はイケメンではないから女子に人気があるわけではないけれど、いちおう野球部のエースである。
その大山君だが、ヨーコにべた惚れなくせにヨーコにはっきりとその思いを伝えてなさそうで、それにいらつくヨーコに振り回されて、私のサポートがないと応援にも来てもらえない。
そんなへたれな大山君をみていると、運動部男子ってのもいまいちなんじゃないかなと思ったりするのである。
ヨーコは全然献身的じゃないけれど、ヨーコと大山君は幼馴染の腐れ縁というやつなのである。昔からあんな感じでバカップルをやってきてるんだろうと思うし、最終的にはおふたりで末永くお幸せにって感じになるんだろうと思う。
彼らを身近で見ていると、私にも幼馴染の気になる男子とかいればよかったな、とか思うのだが……でも、そんな人はいないので、残念だが仕方がない。
同年代がいまいちならば、年上の素敵なおじさまっていうのも考えた。雑誌のモデルをしていると、年上の男性が周りにいっぱいいるのだが、ちょっと良さげな男性には、必ず愛する奥さんや可愛い子供がいるのである。
そんなある日、ネットを探っていると、ちょっと古めのひとつの論文に行き着いた。
「おたくな男は乙女におすすめ」
おたくが乙女におすすめって、いったいなんのことなんだろう?
論文の結論は、中身のある男、物静かで落ち着いた男、独自の文化を持つ頭脳的な生き物がおたくである、ということなんだけど。
さらにググったら、おたく男を彼氏にするのをすすめる最近の記事も出てきたわ。
おたくって、自分の趣味の狭い世界に没入していて、仲間内ではおたくネタで盛り上がるけど、世間知らずでまともに一般人と話せない、自分の趣味の話をまくしたてて、それを聞かない相手を非難するっていう感じの生き物じゃなかったかしら。
この論文の「おたく」は正確には「geek」っていうらしいんだけど、もしも「中身のある男、物静かで落ち着いた男、独自の文化を持つ頭脳的な生き物」がおたくと呼ばれる男子の中にいるんだったら、そんなおたくは彼氏として検討しても良いかもしれないと思ったのだった。
そこで私は、今まで考えもしなかった「おたく男」に注目してみることにしたのである。
いつも教室の隅で3人で集まっている男子がいる。
耳を澄ますと、いつもアニメや漫画やゲームの話をしているので、「アニメおたく」なんだろうなあと思っていた男子たちである。
おたく男子に興味を持った私は、まず彼らと話してみることにした。
「ねえ、斉藤君、佐山君、三島君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
私が話しかけたら、彼らは驚いて私を見た。
「……」
「……あの……ああの……ひ姫川さんが僕らに聞きたいって」
「……いいったい……ななにを」
でも、すぐ目線をはずすのである。
「実は、最近のアニメのことなんだけど」
「え……アニメのこと?……」
「ひ姫川さんも……アニメを見るの?」
「ば馬鹿、ひ姫川さんがアニメなんか見るわけないだろう」
「見ないから聞きたいに決まってるじゃないか」
「え……でも……今の世にアニメを全く見ないなんて、ありえないんじゃない」
「ひ姫川さんならありえる!」
「うん、聖女様」
「聖女はないだろ、聖女は……」
私を無視して、なに仲間内で話し合ってるんだろう、勝手に聖女とか言ってるし……まず、ちょっとあきれた。
あと、私の名前は「ひひめかわ」じゃなくて「ひめかわ」よ。
「先日『ブライト・キャッスル』ってアニメの衣装を着る仕事があったの。コスプレってやつ。それで……」
「GFでコスプレですか?」
「GFってなんだよ、Gファンタジー?」
「まさかゲーマーズ・フィールド」
「ガガGirl's Fomulaって、ひ姫川さんの出てるファッション誌……」
「お前、そんな雑誌読んでるんか」
「きもいきもい」
「そんな……知ってるだけで、そんな雑誌読んでなんかいないよ」
「なに、顔赤くして弁解してんだ。男ならそんな雑誌、読むんじゃないよ」
「そーだ、そーだ」
女性ファッション誌を読んでる男子はたしかにきもいかもしれないけれど、「そんな雑誌」扱いはちょっとひどいと思った。
「それで、『ブライト・キャッスル』のアニメの評価ってどうなのかを聞きたくて……」
「へ……評価?……あれはなんちゅうか出落ちだな」
「ア……アイタナちゃんが……あんなんなっちゃうなんてな……」
「ああ、あれは許せん」
「はぁ?……あの~、実は私、アイタナちゃんをやったんだけど、彼女ってどうにかなっちゃうの?」
「え……し知らないの?じゃあ……教えてあげ……ない」
「ネタバレはしない」
「ネタバレは……ダメだ」
これでは、なんだか、まともにアニメの話もできなさそうだ。
3人は私の方をちらちら見ながら言った。
「ででも、ひ姫川さんがアイタナちゃんをね……うーむ」
「うーむ」
「うーむ」
「原作に対する冒涜とは言わないけれど、ちょっと違うな」
「いや、冒涜でしょ」
はあ?冒涜?私が冒涜したの?
「ひ姫川さんが悪いわけ……じゃない。そもそも日本人には無理だ」
「うん、む無理だ」
「無理、無理、無理、無理」
「ででも……ひ姫川さんもつまらない仕事をやらされてるね」
「仕事内容にも気を使ったほうが良い……かも……」
「うん、うん、そう、そう」
なんだか偉そうに、「そんな雑誌」に続いて「つまらない仕事」って言われた。
雑誌でのコスプレ特集は、以前から行なわれていて読者には人気があるらしいんだけれど、今回のアイタナちゃんコスプレに関して彼らアニメおたく達は、私のコスプレ姿を見もしないうちから、否定的なようだ。
こうして、少々話しただけではあるが、この3人はいわゆるjapaneseアニメおたくであり、論文に書いてあったような、geekと言われる、中身のある、物静かで落ち着いた、独自の文化を持つ頭脳的な生き物ではないと、私は判断したのである。
この学校には、中身のある、物静かで落ち着いた、独自の文化を持つ頭脳的なおたくは、はたして存在するのだろうか。
次の狙いは文化部だ。
私と同じクラスに物理部の吉田君というのがいる。
小柄な黒縁眼鏡の地味な男子である。
いつも授業を真面目に聞いている。休み時間は自分の机で本を読んでいることが多い。ブックカバーがかかっているからよくわからないけれど、本のサイズ的にブルーバックスなんじゃないかしら。しかし陰キャというわけではなく、物静かであるが誰とでもよく話している。
物理部で実験を熱心にやっているらしいから、彼は「物理おたく」という範疇にはいる男子なのではないだろうか。
アニメおたくと違って、ものが物理なだけに、彼は物静かで落ち着いた頭脳的なおたくである可能性が高いと思ったのだった。
物理の授業が終わった休み時間に、私は机に座る吉田君に話しかけた。
「ねえ、吉田君。今の授業のことで少し聞いていいかな」
「え、いいけど、いったいなんだい」
いつもあまり話さない私が突然話しかけたから、少し驚いた風だったが、吉田君は普通に笑顔で対応してくれた。
「動摩擦力についてなんだけど、少しわからないことが……」
「あら、美少女モデルの姫川さんが、物理の質問だなんて珍しいわね」
いつの間に近寄ってきていた三田さんが、私の質問を遮るように話しかけてきた。
「動摩擦力なら、修ちゃんの手をわずらわすこともないわ。私が教えてあげましょう」
「え、でも……」
突然の乱入に、私が少々驚くと、彼女は吉田君に確認した。
「修ちゃん、いいわよね」
「ああ、いいけど……そうだ……ケイがちゃんと教えられるか僕が見ていてあげるよ」
「私たちも姫川さんに教えてあげるから」
「修ちゃんが見てる必要はないわ」
「ゆっくり本でも読んでいてください」
やはりいつの間に近寄ってきていた、橋本さん、剣崎さん、蒼井さんが話に加わる。
「そうか、それじゃあ、みんな頼んだよ」
吉田君はそう言うと、机の中から新書本を出して読書を始めた。
「それじゃあ、姫川さん。こちらへどうぞ」
「動摩擦力のどこがわからないの」
「かんたんに、わかりやすく教えてあげるわ」
「物理部におまかせあれ」
こうして私は吉田君から引き離され、物理部の4人娘から動摩擦力についてのていねいなよくわかる解説を受けたのだった。
「今後は修ちゃんに聞かずに、私たちに聞いてね」
と、最後に三田さんに釘を刺された。
つまり、私は吉田君に近づくな、ということのようだ。
吉田君は、たぶん中身のある、物静かで落ち着いた、独自の文化を持つ頭脳的なおたくなのであろう。そして、あの物理部4人娘はそうした彼のおたくぶりを知っていて、彼を狙っているのだ。
彼女らは、私みたいなポッと出の女に彼を取られまいと、一致団結して組織的な妨害工作をしたのであろう。
自分の席に戻ると、ヨーコが寄ってきて言った。
「いやいや、ヨッシー。なかなかすごいものを見せてもらったわ。ありがとう」
「すごいものって何よ?」
「あれが噂の物理部ハーレムね」
「物理部ハーレム?」
「不用意に関わっちゃダメよ。今回は優しく扱われたみたいだけど、次回はどうなるかわからないから。吉田修ちゃんに手を出してボロボロにされた子が何人もいるらしいわよ」
「ボロボロって……噂でしょ」
「まあ、噂は噂だけどね」
「それにしても、あの吉田君がハーレムねぇ」
「本人は自分がモテてて狙われてるなんて思ってないみたいよ。つまり、恋愛音痴の無自覚主人公ってやつ」
「うーむ」
「今、そんな男が実在するなんて信じられないって思ったでしょ」
「思ったけど……でも、うーむ、実在するのかもね」
「うんうん」
これで、わが校にも、中身のある、物静かで落ち着いた、独自の文化を持つ頭脳的なおたくがいることはわかった。
でも、すでにまわりの女子から狙われている吉田君のような男子を、後から参戦する私が強奪できる可能性は低そうだ。
だから、まだ女子に見つかっていない中身のある物静かな頭脳的なおたく男子を探さねばならない。
吉田君のように、部活などで女子と活動しているおたく男子は、すでにまわりの女子に発見されていると考えてよいだろう。
部活に属さない中身のある物静かな頭脳的なおたく男子を探すには、いったいどうしたらいいのだろうか。
さて、その次の日、学校帰りに、となりのクラスのアニメおたく男子に校舎裏に呼び出された。
「姫川さんが実はアニメを好きと聞きました。僕はたいした男じゃありませんが、一生懸命アニメおたくをやっています。もし良かったら僕とお付き合いしてください」
うちのクラスのアニメおたく3人組より好感の持てる男子だった。
でも、いまいちなので、すぐ振った。
「ごめんなさい。あなたとはお付き合いできません」
「わかりました。でも、アニメのことでなにかありましたらご相談ください。アニメのことなら誰よりもお役に立てると思います」
いまいちではあったが、こうした物言いや潔いところは好感を持ったので、高田君という名前だけは覚えておこうと思った。
高田君を振って、校舎裏から体育館のわきを校門に向かって歩いていると、体育館の裏の方から声が聞こえてきた。
朝礼その他でよく聞きなれた生徒会長の声である。
「……残念ながら、君は僕の彼女にはふさわしくない。申し訳ないがお付き合いはできない」
「ぐすん」
これは、生徒会長が女子生徒の告白を受けていて、その子を振っている場面なのであろう。
でも、「君は僕の彼女にはふさわしくない」って、すごい断り方だと思った。
確かに、成績優秀でイケメンでエリート街道まっしぐらの彼にふさわしいのは、私立女子高に通うお金持ちで一流会社の社長とかのご令嬢なんじゃあないだろうか。私も含めこのしがない公立高校に通う女子はみんな庶民の子女であるから、生徒会長はこの学校では、いくら告白されても彼女は作らないってわけなんだろうな、とか推測する私であった。
私は身を隠して、体育館裏から歩み去る女子生徒と、それから少し遅れて出てきた生徒会長を見送った。
生徒会長が校門の方に歩いて行くので、早く見えなくならないかな、と思いながら物陰から眺めていると、生徒会長がズボンのポケットからハンカチか何かを取り出した拍子に、何かがポケットから落ちるのが見えた。
でも、生徒会長は落し物には気づかずに歩いて行く。
まわりを見るが誰もいない。女子生徒でもいれば、人気者の生徒会長だから、彼女たちがすぐ駆け寄って拾うと思ったのだが。
仕方がないので、私は早足で歩いて行って、それを拾った。
それは鍵束であった。
鍵束には、3本の鍵と共に、細長い銀色の長方形のキーホルダーがついていた。片面には赤い綺麗なモザイク模様が、もう片面にはF/A-18の文字が見えた。
「はぁ?」
私は、ちょっと意外な感じがして、驚いた。
私は、このキーホルダーが何なのか、たまたま知っていたのだった。
私は早足で生徒会長を追って、話しかけた。
「生徒会長。今、鍵を落としましたよ」
彼は立ち止まると、こちらを振り向いて、ポケットを探って言った。
「ああ、本当だ、ありがとう、どうもうっかりしたようだ」
「珍しいキーホルダーをお持ちですね」
鍵を渡す時に、つい言ってしまったら、生徒会長が少し驚いたように私を見つめた。
そして言った。
「君も飛行機おたくか?」
「え、いえ、違います」
「じゃあ、どうしてこのキーホルダーのことを知ってるの?」
「えーと、たまたま知り合いが似たのを持っていて、自慢されたので」
「じゃあ、その人が飛行機おたくなんだ」
「いえ、違います。えーと、その人は宇宙好きで、白黒モザイクのISSを自慢してました。F/A-18はよくわからないけど、赤は戦闘機系でしたよね」
「うーむ」
なぜだか唸る生徒会長。
「よーし、わかった」
なにがわかったんだろう?
「君は2年の姫川さんだろう」
「はい、よくご存知ですね」
「有名人は知ってるよ。それで、君はこれから何か用事はあるかい?」
「特にないですけど」
「じゃあ、鍵を拾ってもらったお礼をしなきゃな」
「え、お礼なんていいですよ」
「お茶とケーキを奢るよ。いい喫茶店を知ってるんだ」
イケメン生徒会長が私に微笑んだ。
「え、ででも……」
「このあと用事はないんだから、時間はあるんだろ。遠慮するな。この鍵束は僕にとって大切なものだから、失くしたら大変だった。だから、ぜひお礼をしたいんだ」
不用意に用事がないと言ってしまったのと、生徒会長にそこまで言われると、この誘いを断わるのは難しいだろうと思った。
普段の私は、興味のない男子とふたりで喫茶店に行くなんてことは絶対にない。どう誘われても、何を言われても、徹底的に断ってきた。
しかし、この時点で私は、この生徒会長はもしかして飛行機関係のおたく男子かもしれないと思ったのだ。そして、その点に少々興味を持ってこの誘いに乗ってみることにしたのだった。
「では、仕方ありません」
こうして、私は、生徒会長に連れられて、いい喫茶店というやつに向かうことになったのである。
高校とは駅の反対側にある住宅地を少しはいったところに、その喫茶店はあった。
住宅地の中にひっそり佇む隠れ家という感じの雰囲気のある喫茶店である。「cafe C63」って看板があった。
店の中は少々暗めで、静かにジャズが流れていた。
「いらっしゃいませ」
小太りの中年男性のマスターがひとりでやっているようだった。
「おや、ギー君が女性を連れてくるなんて珍しいね。じゃあ、こちらの席へどうぞ」
生徒会長は、なじみの客なのだろうか。
ギー君とか呼ばれていたが、私にはそれがgeekに聞こえて一瞬動揺した。飛行機関係おたくかも知れない上に、あだ名がgeekって、これは生徒会長が、中身のある、物静かで落ち着いた、独自の文化を持つ頭脳的なおたくである可能性があるのではないかと思わせるものであった。
生徒会長と向かい合わせで席に着くと、店長が私に言った。
「ねえ、こいつは単なるイケメン生徒会長じゃないんだけど、知ってる?」
「ちょっとマスター、いきなり、なに言ってんですか」
生徒会長がなんだか焦っているようだったが、私はとりあえずマスターに答えることにした。
「なんとなくですが、飛行機おたく……とかそんなんですよね」
「は?それを知ってて着いてきたのかい」
「むむ……」
驚くマスターと、唸る生徒会長。
「えーと、着いてきたというより、無理矢理っぽく連れてこられたんですけど……素敵な喫茶店でよかったです」
「無理矢理っぽく?」
「マスター、聞いてくれよ。彼女は例のキーホルダーがなんだかわかったんだ。飛行機おたくでもないのに」
「え、おたくじゃないのに?」
「それに、僕の誘いを一度は断ったんだよ」
「なるほど」
ふたりは顔を見合わせて、うなずきあった。
いったいなんなのだろう。
マスターは生徒会長からふたり分のケーキセットの注文を受けると席を離れた。
生徒会長が私に言った。
「ところで姫川さん。このキーホルダーのF/A-18って何だと思う?知りたくない?」
「赤だから……たぶん戦闘機かな?」
「そう、F/A-18はアメリカ海軍の戦闘機だ。ノースロップ社がアメリカ空軍向けに開発したYF-17という戦闘機が元になっている。YF-17はF-16に敗れて空軍には採用されなかったんだが、海軍の目に留まって空母艦載機として採用が決まった。しかし、ノースロップ社には艦上機開発の経験がなかったため、マクダネル・ダグラスとの共同開発となり、最終的にはマクダネル・ダグラスが主契約社となって開発された。F-18という戦闘機型とA-18という攻撃機型が別々に生産される計画だったのだが、結局両方の任務をこなせる多目的戦闘機として作られたため、F/A-18という特殊な名前になったのだ。アメリカ空軍には不採用となった機体なのだが、その後、アメリカ以外でカナダ、スペイン、オーストラリア、クウェート、スイス、フィンランド、マレーシアの各国空軍で採用された人気の機体なのである。ちなみにF/A-18の愛称はホーネット、スズメバチだ。その後にボーイング社がマクダネル・ダグラス社を吸収合併したので、現在はF/A-18はボーイング社のブランドとなっている。それでこのボーイングのキーホルダーだ。さて、F/A-18といってもいろいろと改良が加えられたバリエーションがいくつかあるんだよ。まず……」
延々とF/A-18の話が続きそうな気がしたので、生徒会長の説明の区切りがよさそうなところで、私は口をはさんだ。
「よくわかりました。詳しい説明ありがとうございます」
生徒会長も、調子に乗ってしまったのに気づいたようだった。
「いや、失礼。ちょっと長々と話してしまったかもしれないね」
私は、こうした知識ひけらかし的な、一般人には少し迷惑な、おたく特有と思われる話し方から、生徒会長は飛行機おたくだと確信した。
でも、話し過ぎをちゃんと反省しているところに好感をもった。
これまで、生徒会長のうわさ話をいろいろなところからたくさん聞いてきたが、彼が飛行機おたくだという話はまったく聞いたことがなかった。
「ところで、生徒会長は、学校では、飛行機おたくということを隠されているんじゃないかと思うのですが、それはどうしてなのですか」
「いきなりの質問だね。それは、僕が飛行機おたくだと知れたら、今の僕の立場が危うくなるからだよ」
「え、危うくなる?」
「世の中にはおたくを嫌う人間が多いんだよ。
小学校の時、鉄道おたくの親友とふたりでつるんで、いつもおたくな話で盛り上がっていたんだ。けれども、ふたりともみんなからまともに相手にしてもらえなくて、クラスの中でものすごく浮いていたんだよ。男子たちからはあきれられてたし、女子たちからは白い目で見られてた。女子からはいつも、そんなおたく趣味はやめなさいよ、と余計なことを言われていたよ」
確かに、いくらイケメンでも、おたく趣味を全開にしていつもおたく話をしていたら、まわりの子たちには相手にされないだろう。そうした残念イケメン男子に対して、女子がおたく趣味をやめればいいのにと思うのは理解できた。
「それで、中学になる時にこっちに引っ越して来て、おたく友達もいなくなったので、新しい中学校では飛行機のことは話さないようにしたんだ。
そしたら、まわりからの人気が爆上がり。
そして、今の僕があるんだよ」
過去の黒歴史が原因で、生徒会長はおたく趣味を隠しているということだろうか。でも、ちょっと違うんじゃないかと思って、私は言った。
「立場が危ういっておっしゃいますけど、昔はそうだったかもしれませんが、今や生徒会長は女子に人気絶大ですから、もし生徒会長が飛行機おたくということがまわりの女子に知れたら、学校の女子の少なくとも1/3が新たに飛行機おたくになりますよ」
「は?女子の1/3?」
「おたく仲間が増えるのはいいことじゃないですか」
「姫川さんは面白いことを言うね……でも、それも困るんだよ」
「困るんですか?」
「にわかおたくが生半可な興味や知識でわかったふりして話しかけてくるんだよ。しかも本当に興味があるわけでもなく、僕の機嫌を取ろうとして。
いちいちそうしたわかったちゃんの相手をするのは結構苦痛なんだよ」
「はあ、そんなもんなんですか」
そんな話をしていると、マスターがケーキセットを持ってきた。
生徒会長は、思い出したようにマスターに言った。
「ところでマスター、例の頼まれてたもの出来たよ」
「おお、ありがとう」
生徒会長は、カバンから綴じられた紙の束を取り出して、マスターに渡す。
マスターは、それをパラパラとめくって内容を確認すると、笑顔になって言った。
「いやぁ。よくできた旅程だな。飛行機の乗り継ぎは複雑だけども、観光名所までの陸路もしっかり押さえてあるじゃないか」
「格安航空券で回れるように設定したので、エコノミーで、かつ複雑な行程になりましたが、マスターなら大丈夫ですよね」
「もちろん、これなら大丈夫だ」
「旅に行かれるんですか」
私が聞くと、マスターが答えた。
「ちょっと海外へ観光にね。それで彼に航空便を調べてもらったんだ。飛行機おたくはこういう時に頼りになるんだ」
「たいしたことじゃありませんよ」
生徒会長はそう言うけれど、格安便で乗り継ぐような旅程を作れるような便利な人はなかなかいないと思った。
生徒会長は、単に飛行機の知識が豊富なだけでなく、旅行する時にとても便利な飛行機おたくなようだった。
ケーキセットのケーキはモンブランだった。
「姫川さん、これが今日のおすすめのケーキだよ」
「わぁ、おいしそうですね」
「モンブランは好き?」
「はい」
「じゃあ、断面とかにも興味はあるの」
「は?断面ってなんですか?そういえば、ケーキ屋さんで断面が描いてある店とかありますね」
「いや、断面にこだわったウェッブサイトがいくつかあるから、モンブラン好きはみんなそういうことに興味があるのかと思ってたんだが」
「いえ、私はおいしければそれでいいです。では、この店のモンブランも、断面がどこかに紹介されてたりしているんですか?」
「いや、どこにも紹介されてない隠れた一品ってやつだよ」
「それは楽しみですね」
ケーキの外見やおいしさだけでなく断面にも興味を持つなんて、生徒会長はものの見方が全般におたくっぽいのではないかと思った。
さて、一口食べてわかった。これは、おいしいモンブランである。
ふたりでおいしいケーキを食べながら紅茶を飲んでいると、会話が途切れる。
さて、私はケーキをゆっくりと食べながら、このあと、飛行機おたくと何を話したらいいんだろうかと考えるのである。
下手に飛行機を話題にして詳しい話を延々とされても、私は飛行機そのものには興味はないからついていけないし、退屈そうに話を聞くのは失礼だ。
でも逆に、飛行機以外の話題では、飛行機おたくには退屈なのではなかろうか。
うーむ……そうだ。あのことを話してみようと思いついた。
私は、生徒会長に言った。
「ところで、生徒会長。エフワンセブンティーンってご存じですか?」
「エフ・ワン・セブンティーン(F-117)は、ロッキード社が開発して、1983年から2008年にアメリカ合衆国で実戦配備されたステルス攻撃機だ。目視、レーダー、赤外線、音などから発見されない工夫がいろいろとされており、主に夜間の爆撃に使われたというものだが、そのステルス性には秘密が多く、今だに謎の多い機体なのである」
「はぁ。なるほど……」
やっぱり飛行機のことは詳しいな、と思いながら、長い話にならないようにどうやって本来の話題の方に切り替えようか考えていると、そんな私を見て、生徒会長はニヤリと笑って言った。
「でも、姫川さんの言ったエフ・ワン・セブンティーンは、こっちじゃなくてガールズバンドの方だろう?」
「あっ、はいそうです。ご存じでしたか」
「飛行機の名前のバンドは今までいくつかあったが、今回は日本のバンドだから、飛行機おたくの間でもちょっと話題になっているんだよ」
知っているかもしれないとは思ったが、まだマイナーなこのバンドのことを本当に知っているとは思わなかった。
「それで、飛行機の方のエフ・ワン・セブンティーンの愛称がナイトホークって言うんだが、ナイトホークは日本語で言うと夜鷹なんだ。
夜鷹と言えば江戸時代の下級遊女だろ。
ガールズバンドで夜鷹で下級遊女って、ちょっとエロいって評判なんだよ。
でも、飛行機のナイトホークはアメリカ夜鷹という鳥で、日本の夜鷹とは違う鳥なんだよね。だから、下級遊女そのものじゃないというずれが、なかなか絶妙なんだよ」
飛行機おたくならではのガールズバンド語りに、私はちょっと感心した。
「そうなんですか、知りませんでした。実は先日、雑誌の仕事でキャシーさんと一緒になって、それでエフワンセブンティーンを知ったんです」
「え、キャシーと会ったの。すごいなぁ。じゃあ、ボーカルのアリスや他のメンバーも来たの?」
「いや、今回はキャシーさんだけでした」
「キャシーは銀髪美女だから、モデルをするなら見てみたいな」
「先日、雑誌で『ブライト・キャッスル』ってアニメのコスプレ企画の撮影がありまして……」
「ブライト・キャッスル!」
「ご存じなんですか?」
「いや、誤解しないでくれ。僕はあくまで飛行機おたくであってアニメおたくじゃないからね。世間でアニメの評判が良いので、ちょっと読んでみたら面白かったんだよ。
それで、コスプレ企画か……じゃあ、姫川さんはアイタナちゃんだな」
「え、そうですけど。どうして?」
「絶世の美少女設定だし、原作のイメージぴったりじゃないかな」
うちのクラスのアニメおたく3人組には冒涜とか言われたのに、生徒会長はイメージぴったりと言ってくれた。
仕事を誉められた私は、ちょっとうれしくなった。
「それで、キャシーも美女だから……召喚した女神様かな?」
「いえ、異邦の魔法使いナタリーです」
「残念、外れたか。でも、ファッション雑誌だろ、ナタリーってボロ服を着てたんじゃなかったっけ」
「ああ、それはボロじゃない感じの服にしてましたよ」
「ふーん、そうか。それは、いろいろと、どんなになるのか、その雑誌を見てみたいものだね」
「雑誌が出たらお見せしますよ」
「ああ、それはありがたい。姫川さんが出てる雑誌を本屋で買うのは、飛行機おたくにはハードルが高くてね。楽しみにしてるよ」
私の出ている雑誌をうちのクラスのアニメおたく3人組は「そんな雑誌、俺たちが読むもんじゃない」扱いしてくれたわけだが、生徒会長は見るのが楽しみとか言ってくれたので、私はまたまたちょっとうれしくなった。
「それから、キャシーさんは真っ赤なギターをかかえてきてたので、軽く演奏してもらったんですよ」
「それはうらやましいな。彼女らがやってる曲は、勢いのあるロックンロールで、僕は結構好きなんだけど、姫川さんもあんな感じのロックが好きなの?」
「いえ、ゆったりした曲でした。それで、それは、ブライト・キャッスル用に作ってる曲なんだって言ってました」
「へー、でも、主題歌はずーっとQQQで行くって話を聞いたような気がしたから、それはエンディングテーマかな」
確かに異世界バトルものの主題歌にするにはゆったり過ぎる曲だった。
生徒会長はアニメおたくではないというのに、なんだかいろいろ詳しいなぁ、と思うのだが、QQQで行くってなんのことだろう。
「あのー、QQQってなんですか?」
「ああ、QQQってのは、主題歌を歌ってるアニメ歌手の名前だよ。で、これがキャシーに負けず劣らずすごい美女なんだ。美女なだけじゃなくて、結構良い曲をいろいろ歌ってるよ」
どうもさっきから、キャシーは美女、QQQは美女って、生徒会長は「美女」に力が入っているような気がした。
生徒会長は、美女が好きなのかな。
美女好きの点について、ちょっと聞いてみることにした。
「生徒会長は美女がお好きなんですか。
ふふふふふ、もしかして、私を誘ったのも私がそうだから?」
冗談っぽく言った私の問いかけに、生徒会長は姿勢を正して真面目な顔をして言った。
「眺めるのは美女が良いけれど、彼女にするのに美女かどうかは関係ないよ」
「彼女にする……?」
「君を誘ったのは、君は、僕の運命の人かもしれないからさ」
「は?運命の人?」
「僕は、姿形とか行動とか僕の表面だけを見て僕のことを好きだという女子をたくさん見てきた。でも、そういうのではなくて、僕の本質をしっかり見てくれる女子を彼女にしたいと思い続けてきたんだ」
「本質って、まさか飛行機おたくってことですか?」
「だが、飛行機おたくとみんなに知れると身の破滅だ。だから、そういう女子を見つけるのは困難を極めていたのだ。
そこで。このキーホルダーだ」
「そのキーホルダーで生徒会長の本質をちらつかせて、飛行機おたくの女子を釣り上げようというわけですか……」
「うん、でも、問題があってね。バリバリの飛行機おたく女子とは彼女として付き合うのは難しいと思うんだ」
「同じ趣味の彼女はダメなんですか?」
「まったく同じ趣味っていうのは、こだわる部分が変に噛み合わなくて気まずくなったり、変なライバル関係になったり、関係が密になると意外とうまくいかないんだよ。
小学校の時の親友は、おたくな点が共通だったが、鉄道おたくだったから内容がかぶらなくて仲良くできたんだよね」
「はあ、そういうもんなんですか……それでなんで私なんですか?」
「姫川さんは、飛行機おたくじゃないのに、このマニアックなキーホルダーのことを知っていた。つまり、それの意味するところは、この手のものが好きなおたくと話すのを嫌わない人だということだと思ったんだ」
「……」
私はたまたまボーイング社のモザイク・キーホルダーのことを知っていただけなのに。白黒モザイクのISSのキーホルダーを持っていた人物も、おたくじゃなくてちょっと宇宙が好きなだけの普通の中年カメラマンよ。
でも、どうも、そのたまたまによって、生徒会長は私に好意を持ってしまったらしい。
「それから姫川さんは、僕の誘いを最初は断っただろう。それはイケメンだとか生徒会長だとかいう僕には興味がなかったということだ。
それなのに、ここまで着いて来ているのは、僕の本質であるおたく趣味に興味を持ったからだろう」
でも、生徒会長は鋭いことを言ってくる。大当たりだ。
私は元々、このイケメン生徒会長にはまったく興味はなかった。だが、おたく男子を探していたので、生徒会長が飛行機おたくらしいと思ってここに来たわけだ。
私は、生徒会長の外見には興味がなく、その本質に興味があって、その上飛行機おたくじゃない女子ということになる。
つまり、そんな私は、彼の理想の彼女像に合致してしまうのだった。
「それから、僕は、女子を相手に今日みたいに気を許して気楽に話したことって、実はないんだよ」
「はぁ、そうなんですか。いつも周りの女子と楽しく話されていると聞いてましたが」
「まあ、いろいろと、取り繕っていたわけだ」
「それは大変でしたね」
「大変?……おたくのことを気遣うなんて、君みたいな女子ははじめてだよ」
さて、これまでの会話から、生徒会長は「中身のある男、物静かで落ち着いた男、独自の文化を持つ頭脳的なおたく」であると、私は判断した。
それから、生徒会長が気を許して気楽に話せてうれしいと言っていたが、私も生徒会長と話しているとなかなか楽しいと思うのであった。
彼氏として、この男子を逃す手はないと思った。
しかも向こうも私をロックオンしているのである。
私は机の下で思わず拳を握った。
生徒会長が私を見つめて言った。
「ところで、眺めの素敵ないいレストランがあるだけれども、今度一緒にランチに行かない?」
早速のデートのお誘いである。
「今度の日曜日は空いているかい」
「日曜日は予定がありますが」
「仕事かい?」
「なに言ってるんですか。我が校の甲子園の予選ですよ。生徒会長も当然いらっしゃると思っていたのですが」
「姫川さんはあんなものに行くのかい?
今度の日曜は快晴で暑そうだし、ひなたのスタンドだと日に焼けちゃうし、応援団の指示で大声出したり手拍子したり……僕はそういうのは好きじゃないんだ」
どこかで聞いたようなセリフだが、生徒会長がそういうことでいいのだろうか。
「日焼けについては、私は完璧な日焼け対策を知っています。それから、クラスの親友と一緒にネット裏で観ることにしているので、大声出すとか手拍子はなしの予定です。生徒会長も一緒にネット裏で観戦というのはいかがですか」
「だったら僕も行こうかな。でも、一緒に行く親友って女の子だろ。それはちょっと遠慮した方がいいかもしれないな」
生徒会長が、何を心配してるかは察しがついた。ヨーコがイケメン生徒会長にまとわりつくのを心配しているのである。
「彼女なら大丈夫です」
「大丈夫?」
「エースの大山君の彼女なんです。生徒会長に興味も関心もまったくありませんから」
「なるほど、それは大丈夫だ。それでは、つまり、これはダブルデートってやつだな」
「は?ダブルデート?」
突然すごいことを言い出す生徒会長だった。確かにヨーコと大山君は、ネットを挟んでのデート、と言えなくもないかもしれない。
「よし、今度の日曜は一緒に野球観戦といこう」
「はい、よろしくお願いします」
「ところで姫川さん」
「はい、なんですか?」
「応援団と離れて観るなら変装は必要だね」
「変装?」
「君は、うちの応援団の傍若無人ぶりを知らないのか?
奴らが生徒会長の僕やモデルで有名な姫川さんの姿を球場で見かけたら、力づくでベンチの上に立たたせて先頭切って応援させるに違いない」
「それは嫌ですね」
「だから見つからないように変装だ。姫川さんも人気商売なんだから、そういうのは得意だろ」
「はい、私はなんとかなりますが……生徒会長は……?」
「僕も得意だ。飛行機おたくとして活動する時は、ばれないように変装するのは必至なのであるよ」
「なるほど」
変装するとか言い出して、生徒会長は単におたくなだけでなく、なんだか面白い人だと思った。
私は、今度の日曜日が、すごく楽しみになってきたのであった。
[参考ウェブサイト]
おたく男は乙女におすすめ(A Girl's Guide to Geek Guys)
https://cruel.org/freeware/geek.html
モンブラン・スケッチ(断面の元祖)
http://www.jade.dti.ne.jp/motizuki/montblanc.html
まろん・くりーむ ~ウィーンのカフェとモンブランのページです。~(断面の第一人者)
http://www.ops.dti.ne.jp/~mipo16/index.html
キーホルダーについてはGoogleで「ボーイング モザイク キーホルダー」で画像検索。