ミナ
ミナにとって、ユノは特別な存在だった。
彼女はクラスの人気者で、誰もが彼女に憧れ、周りに人が絶えない存在だ。
しかし、ミナだけは知っていた。ユノがいつも明るい笑顔の裏で
自分らしさを失いかけていることを。
「ユノ、無理してない?」
ミナはよくそう問いかけた。誰にでも優しく、完璧に見えるユノだからこそ
彼女が抱える葛藤や苦しさがあった。
ユノはクラスの中で完璧に振る舞っていたが
それは本当の自分を見せることに対する不安からくるもの。
ユノの心の内を知ることができるのは、ミナだけだった。
「大丈夫よ、ミナ。でも…ありがとうね。」
ユノはそう言って笑うことが多かったが、ミナはその笑顔が時折
心の底からの笑顔ではないことを知っていた。そんなとき、ミナはユノにいつも言葉をかける。
「無理しなくていいんだから。私に何でも話してよ。ユノのことはわかってるから。」
ユノが誰にも見せない一面を、ミナだけには見せることができた。
それが二人の特別な関係だった。
明るく活発なミナは、ユノにとって唯一心を開ける相手だったのだ。
放課後、ミナはよくユノと一緒に帰ることが多かった。
二人で並んで話していると、ユノは少しずつ本来の自分を取り戻すように感じられた。
その時間がユノにとって、安心する瞬間でもあった。
「ミナ、今日はどこに行こうか?」
ユノが軽やかに声をかける。
クラスメイトたちが去った後、二人だけで過ごす時間が
ユノにとって唯一気を張らない瞬間だった。
「うーん、カフェでも行く?それともゲーセンでストレス発散しちゃおうか!」
ミナはいつも明るく、ユノに対して遠慮なく提案をする。
そんな彼女の姿に、ユノは自然と笑顔を浮かべることができた。
ミナは、ユノが無理をしているときほど、明るく元気に振る舞うようにしていた。
それが、ユノの心のガスを抜く方法だと知っていたからだ。
「本当にミナは元気ね。あなたがいてくれてよかったわ。」
ユノはいつもそう言って、心から感謝している様子を見せた。
ミナはその言葉を聞くたびに、彼女の笑顔が少しでも本物に近づくことを願っていた。
その日も、放課後の一時を楽しんでいたミナとユノ。
二人はいつものように話しながら帰路につき、次にどこへ遊びに行こうかと計画を立てていた。
しかし、その時だった。
突然、足元が揺れたかのような感覚に襲われ、周囲の景色が歪み始めた。
「なに…これ…?」
ミナは驚きの声を上げ、立っている場所が揺れるような不安定な感覚に襲われた。
隣にいるユノの顔が、不安そうにこちらを見つめている。
「ミナ…何が…?」
ユノが言葉を発する間もなく、視界が暗くなり、周囲の音が次第に遠ざかっていく。
ミナは恐怖と混乱の中、何が起きているのか理解できず
ただ必死に何かを掴もうと手を伸ばしたが、何も掴めない。
「ユノ、どこにいるの!?」
ミナは叫び声を上げるが、もう声も届かない。
次の瞬間、彼女の体は宙に浮かんでいるかのような感覚に包まれ
世界が完全に暗闇に閉ざされた。
ミナは、ふと土の感触と木々のざわめきで目を覚ました。
目の前に広がるのは見知らぬ森だった。
風が木々を揺らし、鳥の声が遠くで聞こえる。
しかし、そんな穏やかな風景にもかかわらず、ミナの心は恐怖と不安が広がった。
「ここ…どこ…?」
立ち上がると、周囲を見渡す。見慣れない風景。
ユノの姿も、周りの人通りも見当たらない。彼女は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
「ユノ!? ユノ、どこなの!?」
ミナは叫びながら、森の中を駆け出した。
ユノの姿を探し、木々の間を必死にかき分ける。
何が起こったのか、どこにいるのか、全く理解できない。
ただ、親友の姿を探すためだけに、身体が動いていた。
「ユノ、返事して!」
呼びかけても、返事はない。木々が揺れ、風が吹き抜けるだけの静寂が返ってくる。
何度も、何度もユノの名前を呼びながら、ミナは森の中を走り続けた。
しかし、ユノの姿は見つからない。
やがて、ミナの足は止まった。息を切らし、全身から汗がにじみ出ている。
喉は渇き、呼吸が苦しい。ユノを探して森を駆け回ったものの
影一つ見つけられなかった。その現実が徐々にミナの心に重くのしかかってきた。
「……なんで、こんなことに……」
ミナは力なくつぶやき、その場に崩れ落ちた。
体中が疲れ切っていて、もう立ち上がることができなかった。
木の根元に背を預け、膝を抱えて座り込む。
「ユノ……どこに行っちゃったの……?」
ミナの瞳からは自然と涙がこぼれ始めた。
自分だけがここに取り残されている感覚が、恐怖と不安を一層強める。
どうしてこんな場所に来てしまったのか、ユノがどこにいるのか
何一つわからないことが、彼女を押しつぶそうとしていた。
ミナはそのまま、どれだけの時間が過ぎたかわからないほど、涙を流し続けた。
太陽は少しずつ傾き、森の中に影が伸び始める。彼女の周囲には誰もいない。
ユノはどこにも見当たらず、助けを求める声も届かない。
「こんなところで……どうすればいいの……?」
涙をぬぐいながら、ミナはただ呆然と周囲を見渡した。
森の静けさが彼女をさらに孤独に追いやる。
しばらくして、ようやくミナは自分の体が限界に近づいていることに気づき始めた。
空腹感がじわじわと彼女を蝕み、喉は乾ききっていた。
何か行動を起こさなければ、ここで動けなくなってしまう。
「……お腹、空いた……」
ミナは疲労と涙で、気を失うように眠りに落ちてしまっていた。
目を覚ましたとき、朝の光が木々の間から差し込んでいた。
彼女はぼんやりと目をこすり、体を起こす。
まるで悪夢から覚めたような気分だったが
目の前に広がるのは見慣れない森の風景だった。
「……現実・・・・なんだ……」
ミナは小さくつぶやき、昨夜の出来事を思い出した。
ユノの姿が見えないまま、彼女は一人でこの森の中にいる。
胸に再び重たい感情がのしかかってくる。
「ユノ……どこにいるの……?」
彼女は膝を抱えて座り込み、また涙が滲みそうになる。
ユノと一緒にいた時間が頭の中をよぎり
その彼女が今いないことが、ミナをさらに深い悲しみに追いやった。
しかし、次第に別の思いが湧き上がってくる。
ミナは手をぎゅっと握りしめ、自分に言い聞かせた。
「……私が、ユノのそばにいなきゃ。ユノは、私が守らなきゃ……!」
ユノのことを思い、ミナは強く心を奮い立たせ、決意を固めた。
ユノを見つけて、再び一緒にいるために、ここでじっとしているわけにはいかない。
何としても生き延びて、ユノを探し出さなければならない。
ミナは決意を固めると、まずは生き延びるために水と食料を探そうと森の中を歩き出した。
喉の渇きは限界に近づいていた。水が必要だという体の叫びが、今の彼女の行動する理由だった。
「水……どこかに、あるはず……」
ミナは森の中をさまよい、耳を澄ませた。
すると、かすかに水が流れるような音が聞こえた。
彼女はそれに気づき、音のする方向へ足を進めた。
しばらく歩くと、小さな川が目の前に現れた。
清らかに流れる水が、ミナの目に飛び込んでくる。
「……川だ!」
ミナは喜びのあまり、川に駆け寄ると、手で水をすくい上げてそのまま飲んだ。
冷たい水が喉を潤し、彼女の体に少しずつ力が戻ってくる。
「これで、水は大丈夫……」
ミナは安堵の息を漏らしながら、辺りを見回した。
ここにしばらく留まって、拠点にしようと考えた。
川の近くを探していると、ミナの目に一本の大きな木が映った。
その木は非常に太く、根元に大きな隙間があった。
ミナはその隙間を調べてみた。
人がすっぽりと座れるほどの空間があり、外敵や雨風をしのぐには十分な場所だった。
「ここなら、身体を休めて、寝泊まりできるかも……」
ミナはその場所を行動拠点に決め
すぐにその周辺に目印となるような枝や石を置いて、簡単な目印を作った。
「これで、迷わないかな……」
彼女はそう言いながら、自分の拠点をじっと見つめた。
ここを出発点として、まずは生き延びるために必要なものを整えなければならない。
次に、ミナは火を起こすための道具を探し始めた。
森の中にある木の枝や石を集めながら、何とか火を起こす方法を考え始めた。
まだ、火をどうやって起こすのか明確な方法はわからなかったが
何かしなければならないという思いが彼女を突き動かしていた。
「まずは、乾燥した木の枝……それと、火をつけられそうな石とか……」
テレビのサバイバル番組を見た記憶を必死に呼び起こしながらミナは森を歩き回って
目につくものを集めていった。少しでも手がかりを見つけ
火を起こすことができれば、夜の寒さや危険から身を守ることができる。
「絶対に生き延びて、ユノを見つけなきゃ……」
そう心の中でつぶやきながら、ミナはさらに行動を続けた。