異形の影
洞窟の中で一夜を過ごした二人だったが、やはりというべきか疲れは残り
空腹と喉の渇きが次第に彼らを苦しめ始めていた。
朝になり、洞窟を出た瞬間、カイは胃がぎゅっと縮むような感覚に襲われた。
昨夜から何も食べていないことに気づき、焦燥感が胸を圧迫する。
「ユノさん…水とか、食料を探さないとまずいですね…」
カイは胃の痛みに耐えながら、ユノに話しかけた。
彼女も顔色が優れず、疲れがまだ残っている様子だった。
「そうですわね…。昨日から何も食べていませんし…」
ユノもまた、喉の渇きが限界に近づいているのか、声がかすれていた。
カイは一刻も早く食料や水を見つけなければならないという思いに駆られていたが
どこを探せばいいのか、探す検討もつかなかった。
「ここがどこなのかもわからないけど…どこか人の住む村や街を探しましょう。
街に出れば自販機でも何でもあるかもしれないし…」
カイは自分で言いながらも、その言葉に少し違和感を覚えた。
もし仮にここが自分たちが居た国であり、地球であるならば
少なくとも人の気配や人工物があってもおかしくないはずだ。
しかし、見渡す限り、ただ荒れた岩壁地帯しか広がっていない。
カイは内心不安を感じながらも、それを振り払おうとユノに微笑みかけた。
「大丈夫、きっと何か見つかる」と自分に言い聞かせるように。
「そうですね…どこかに水があれば…」
ユノも疲れた声で応じた。彼女はカイに少し頼るように歩き出した。
二人は岩壁地帯を慎重に歩きながら、地面や岩の隙間に何かないか探していた。
空腹が二人の体力を奪い、喉の渇きが次第に耐えがたいものになっていた。
時間が経つにつれて、二人の動きは次第に鈍くなっていった。
カイはふと足を止め、胸に手を当てて深く息を吸い込んだ。
頭がぼんやりして、体が軽く浮くような感覚に襲われていた。
「くそ…こんなところで…」
カイは小さく呟き、胃の奥から湧き上がる空腹感に苛立ちを覚えた。
街どころか、水一滴すら見つからない。
このまま歩き続けても無駄かもしれないという考えが頭をよぎるが
そんなことを認めるわけにはいかないと自分に言い聞かせた。
ユノも同様に、足元がふらつき始めていた。
「カイさん…私…もう、あまり歩けないかもしれません…」
ユノの声は弱々しく、彼女は必死に強がろうとしているようだった。
しかし、彼女の表情からは限界が近いことが明らかだった。
カイは、何もできない自分に苛立ちを感じながら、ユノに声をかけた。
「わかりました…。ここで少し休みましょう…」
カイは近くの岩に腰を下ろし、疲れた表情で空を見上げた。
日差しが強く、乾燥した空気がさらに彼らの体力を奪っていた。
「どうして…こんなことに…。こんなに何もない場所って…どこなんだろう…」
カイは自分自身に問いかけるように呟いた。
街に出れば何とかなるという希望は、今や薄れていた。
ここが地球だと信じたいが、すべてが異様に感じていた。
「いや、きっとどこか外国の砂漠地帯のはすだ…」
カイは思考を巡らせながらも、状況が一向に改善しないことに焦りを感じていた。
何か行動を起こしたいが、何もできない無力さに押しつぶされそうになっていた。
カイとユノが疲れた身体を引きずるようにして
岩壁地帯を進んでいると、ふとユノが何かに気づいた。
「カイさん、あそこ…誰か、いるみたいですわ。」
ユノはかすれた声で言いながら、遠くを指さした。
カイもその方向を見つめる。岩の間に、かすかに動く人影が見えた。
最初は人かもしれないと思ったカイの心に、一瞬希望が広がった。
「誰か…?」
カイは目を細めてその影を見つめた。見えにくいが、確かに動いている。
助けが得られるかもしれないという考えが一瞬頭をよぎった。
今は何よりも食べ物や水が必要だ。事情を話せば、分けてもらえるかもしれない。
「行ってみましょう、もしかしたら助けてもらえるかも…」
ユノはカイにそう言って、ふらつきながらも少し足を速めた。
だが、カイはその瞬間、何か妙な違和感を感じた。
その影は何かを持っているように見えた。カイは目を凝らし、その形状を確認した。
長い筒のような形をしている。光が差し込み影がはっきりと見えたその輪郭に
カイは強烈な既視感を覚えた。それは、ゲームセンターでよく見かける銃の形だった。
「待って、ユノさん!」
カイは慌ててユノの腕を引き、立ち止まらせた。彼の声には警戒心がはっきりと出ていた。
「どうして?あの人たち、助けてくれるかもしれませんわ。」
ユノは困惑した様子でカイを見つめたが、カイはすでに影を凝視していた。
「見てください、あの人たち…銃を持ってる。銃ですよ。
僕たちの国で、銃を持った人間なんて普通じゃない。
もしモデルガンだったとしてもあんなに大人数で堂々と持ち歩いたりなんてしない。
なにかやばい気がします!一旦隠れましょう」
カイは焦りを押し殺しながら、冷静にユノを説得した。
自分たちのいた国では、銃を持つ人間は明らかに普通ではない。
それに気づいた瞬間、カイの中で危機感が一気に膨れ上がった。
ユノはカイの言葉に動揺し、もう一度その人影を見た。
彼女にはまだ銃の影をはっきりと見えなかったが
カイの緊張した様子を見て、自分の中でも不安が増していった。
「もし、危険な人たちだったら…」
ユノはつぶやくように言い、カイの提案に従うことを決めた。
カイはユノをそっと引き寄せ、近くの岩陰に身を隠すことにした。
カイとユノは岩陰に身を潜め、影が通り過ぎるのをじっと待っていた。
風が冷たく、乾いた砂が舞い上がり、二人の視界をちらつかせる。
カイの心臓は早鐘のように打ち続け、冷や汗が背中を流れていた。
やがて、その影がはっきりと姿を現した瞬間、カイとユノは息を呑んだ。
それは、明らかに人間ではなかった。
長い腕、鎧のような防具、人間ではない顔の形、そして武器を持つ異形の者たち。
カイの目には、その姿が何か異質で、見慣れないものに映った。
彼らが目の前を通り過ぎる間、カイはじっと息を潜め、ユノの震える手をしっかりと握っていた。
「……何なんだ、あれ…」
カイがつぶやく、ユノの顔も青ざめていた。
二人とも、その存在が地球上の生物ではないと気付いた。
武装した異形の集団がついに視界から消えると、二人はようやく息を吐いた。
だが、その緊張感はまだ完全には消えない。
カイはユノを見て、彼女の動揺がまだ消えていないのを感じた。
「ユノさん、ここは危険すぎる。一旦、もっと安全な場所を探しましょう。」
カイは声を落として言った。ユノは疲れた顔をしていたが、頷いて立ち上がった。
二人は慎重にその場を離れ、静かに進み始めた。
砂や岩が足元に絡みつき、二人の体力を消耗させていく。
まだ心臓が速く鼓動しているのを感じながら
カイはとにかく早く落ち着ける場所を探したかった。
「カイさん、さっきの…あれは…」
ユノが言葉を途切れ途切れに話しかけたその時だった。
突然、ユノが足を滑らせ、岩にぶつかりながら転んでしまった。
「ユノさん!」
カイは急いでユノのもとに駆け寄り、彼女を支え起こした。
ユノは膝をつかんで顔をしかめていたが、大きな怪我はなさそうだった。
「大丈夫ですか?」
カイが尋ねると、ユノは頷いた。
しかし、その時、ユノのポケットから何かが転がり落ちたのを二人は目撃した。
「スマホ…!」
カイが言った。ユノのスマホが地面に転がり、カチャという音を立てて止まった。
二人は同時にその場にしゃがみ込み、スマホを手に取った。
「スマホ…そうだ、私たち、どうしてこれに気づかなかったんでしょう…!」
ユノの声には一瞬、希望が宿った。
彼女はその場でスマホを手に取り、震える指でロック画面を操作し始めた。
「これで誰かに連絡を取れるかも…助けを呼べるかもしれない…!」
ユノの顔にはほんの少し笑みが戻っていた。
カイもその言葉に、一瞬だが胸に希望を抱いた。
スマホがあれば、誰かと連絡を取れる。
もしかしたら、この異常な状況から抜け出す手がかりが得られるかもしれない。
しかし、ユノがスマホのロックを解除した瞬間、彼女の顔からその笑みが消えた。
画面の上部に表示された文字が、彼女の希望を一瞬で打ち砕いた。
「……圏外……」
ユノはその一言を呟き、項垂れた。
画面には「圏外」の表示が、はっきりと映し出されている。
電話もメッセージも、誰にも送ることができない。
カイたちは、完全に孤立した状態だった。
「……だめだ、電波がない……誰も…助けを呼べない……」
ユノの声が震え、再び恐怖が彼女を支配し始めた。スマホが唯一の希望だった。
しかし、圏外という事実が、それを無力にしてしまった。
カイもその画面を見つめ、何も言えなかった。
圏外の文字が、二人の絶望的な状況を実感させるのには十分だった。
「ここは一体…どこなんだ……」
カイはスマホを見つめながら、つぶやいた。
彼らがいるのは、もはや地球のどこかではないのかもしれないという恐怖が
ゆっくりと心に広がっていく。
「カイさん……私たち、本当にどうすれば……」
ユノは涙ぐみながら、カイに問いかけた。
彼女の手はまだスマホを握りしめていたが、それはもはや無力だった。
カイもまた、何も答えられなかった。
自分たちがどこにいるのか、その答えはまだ見つからない。
「……まず、安全な場所を見つけよう。考えるのはそれからだ。
まだ…あいつらに見つかっていないわけだから、逃げることはできる。」
カイは自分を奮い立たせるように言いながら、ユノに手を差し出した。
今は、ただ安全な場所を探すしかない。
何もわからない状況で、まずは生き延びることが最優先だ。
ユノは震えながらも、カイの手を取って立ち上がった。
彼女の顔には絶望が色濃く浮かんでいたが、今はカイの言葉に従うしかない。
「……そうですね。まずは、私たちが安全でいられる場所を……」
ユノは小さく頷き、涙をこらえながら前を向いた。