御者と冒険者と盗賊
馬の蹄が地面に突き刺さり、荷室のタイヤが甲高いブレーキ音を奏でる。
「ここが冒険者の街、アドベニアですか」
王都近郊の街、アドベニア。その一角にある厩舎の前に、一台の馬車が到着した。
御者台に座る男の名は、ウィンズ。愛馬のマキバと共に、地元で造られた酒を王都へと運ぶ旅路の途中であった。
しかし「王都周辺で盗賊が出没するらしい」という噂を耳にしたウィンズは、護衛を雇う為この街の冒険者ギルドへと立ち寄る事にしたのだ。
「すみません。王都まで馬車の護衛を一人、紹介していただけませんか?」
ウィンズはギルドに着くやいなや、手が空いている受付嬢に声をかけた。
「はい、護衛ですね。ご要望のランクはございますでしょうか?」
冒険者のランクはFからAまで存在する。
言うまでもないかもしれないが、Aランクに近づくほど実力が高いとされている。
「盗賊が複数襲ってきても確実に追っ払えるか、逃げ切れるかくらいの実力は最低限欲しいのですが」
「でしたら、Bランク以上ですね。ランクが高い分依頼料も跳ね上がりますが、宜しいでしょうか?」
「ええ、お金に糸目はつけません。出来るだけ優秀な方をお願いします」
「かしこまりました。お急ぎでしょうか?」
「ええ。できれば、明日には街を出たいと思っております」
「なるほど。少々お待ちください」
しばらくして、受付嬢はウィンズに一枚の履歴書を手渡した。
「こちらの冒険者は如何でしょうか?」
次の日、紹介された冒険者と厩舎の前で待ち合わせる事になった。
「Bランク冒険者のエリーナよ。武器は短剣を2本、魔法は炎魔法を少し使えるわ」
ウィンズの前に現れたのは、腰の両端に小刀を携えた小柄な少女。
エリーナはあくまで事務的に、淡々と自己紹介を済ませた。
「ウィンズです。今日はよろしくお願いします」
ウィンズが人当たりの良さそうな笑みを返すも、彼女の表情が変わる事はなかった。エリーナは挨拶を交わすと直ぐに、荷室へと乗り込んだ。
御者台と荷室を隔てるのは白い布一枚。しかし道中お互いに言葉を発する事なく、ニ時間程が経過した。
そんな沈黙を破ったのは、意外にもエリーナの方であった。
「......あなたは、なんで御者なんかやってるの?」
不意に飛んできた質問にウィンズは内心驚いたが、せっかくの会話の機会だと思い冷静を装う。
「父が御者をやっていて、その流れでなんとなくですね」
「ふーん、恵まれてるのね」
ウィンズは、その言葉から皮肉というより羨望のようなものを感じ取った。
再び沈黙の中、馬車は順調に進んでいく。
しばらくして、前方に一台の馬車らしきものが止まっているのが見えた。
馬車らしきもの、と表現したのは肝心の"馬"が見当たらなかったからだ。
「これは」
「酷い有様ね」
そこには言葉では表し難い凄惨な光景が広がっていた。
「護衛らしき人も殺されていますね。ここの盗賊は相当な手練れ、という事でしょうか?」
「......どうでしょうね」
再び移動を開始する時、なぜかエリーナは荷室の方ではなく御者台にいるウィンズの隣に腰を下ろした。
「......どういうつもりですか?」
「あら、護衛対象の近くにいるのは何も不思議なことではないでしょう?」
「守って欲しいのは私ではなく、荷物の方です。それと、私が聞いているのはあなたが私の首に当てている短剣についてです」
いつの間にかエリーナの腰から抜かれた短剣の刃先は、ウィンズの首に向けられていた。
「お酒、金になるんでしょ? 奪わない理由なんて無いじゃない」
「あなたがそんな人だとは思いませんでした」
「私だって!! ......私がこんな人間だなんて、思わなかったわ。殺されたくないなら、早く馬車を出して」
ウィンズは言われた通り、愛馬に鞭を打ち走らせる。ちらりとエリーナに目を向けると、ウィンズはある事に気づいた。
「手、震えていますよ」
「っ、馬車が揺れてるんだから当たり前でしょ」
「揺れてるのは馬車だけでしょうかね?」
「黙って!!」
緊張状態の中、馬車は順調に歩みを進めていく。そんな折、不意に何かが風を切る音がする。
直後、馬車が大きく縦に揺れた。
「なにっ!?」
「何とも間が悪い......」
何が起きたのかを悟ったウィンズは愛馬を停止させ、両手を頭の上に挙げた。
野太い声が辺りに響き渡る。
「持ってるもん、全部置いて行きやがれ!!」
土埃が収まり周りがはっきり見えた頃には、既に盗賊の一味が馬車を取り囲んでいる状態であった。
「リーダー!! この馬車、酒がいっぱい乗ってますぜ!!」
いつのまにか荷室に乗り込んでいた盗賊の一人が、一味の首領らしき大柄の男に報告をする。
ウィンズとエリーナは御者台から降ろされ、両手を縛られた状態で座らされていた。
「今度は当たりみてえだな。さっきは、しけたもんしか乗ってなかったからなぁ」
ウィンズが噂で聞いた盗賊の一味はこの男達で間違いないようだ。
「あんた達は、なんで盗賊をやってるの?」
エリーナは俯いたまま、盗賊の首領にウィンズにしたのと同じような質問を投げかける。
「んなもん、生きるために決まってんだろ?」
「自分が生きるために、人を殺すの?」
「あぁ? 他人の生死に心を動かす余裕があんなら、こんな事やってねえんだよ!!」
「ぐっ!?」
質問が逆鱗に触れたのか、首領はエリーナの顔を蹴り飛ばした。
「ちょうど良い。さっき攫ったお嬢様と一緒にてめえらもぶち殺してやるよ」
「さっき攫ったお嬢様、ですか?」
「ああ。どっかのご貴族さまみてえだったから、ガキ人質にしてお金ゆすってやろうかと思ったんだけどよぉ。あのガキなかなか口を割らねえんだよ」
どうやら、さっき見た馬車にはもう一人乗っていたらしい。
「なるほど。人質がいたから、護衛の方は抵抗できず殺されたという訳ですか」
ウィンズはエリーナの肩が小刻みに揺れているのが分かった。
「ここは、馬車の上じゃないですよ」
「何言ってんだおま、っ!? 何だぁ!?」
瞬間、辺り一面に熱が広がる。




