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忘却の時魔術師  作者: 東雲潮音
第一章【目覚めた力と旅立ち】
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鬼姫と鬼

 「母さん、不意打ちを教えるのは止めなよ」


 ジン達が帰った後、リクは自分の母親に文句を言っていた。彼女は自分が刺して穴をあけてしまった庭を土で埋めている最中だ。


 「今の実力だと、あの子たちがリクに勝つのは難しいからね」


 「だからって不意打ちは卑怯じゃないの?」


 ミズキは刀術を教える師範だ。そんな人が不意打ちを教えるなどあっていいものなのか。不服そうな顔をしているリクに彼女は振り返る。何故か彼女はうんざりとした顔をしていた。


 「はぁ、リク、あなたって何もわかってないわね。本当の実戦の場で、卑怯も姑息も、何が正しいとか関係ないのよ。負けたら全部終わりなの」


 「っ、だからって子供たちに教えるのは……違うだろ」


 自分の母親が言っていることはリクにも理解ができた。それでも心の、感情の部分では納得がいかない。言葉で言い表すことはできないが、心がもやもやするのだ。


 「こんな世の中だと、いつ実践の場に身を投じるかなんて、誰にも分からないのよ」


 そういったミズキの眼は真剣だった。先程までの雰囲気とは打って変わり、師範としての彼女の眼。


 「今は平和でも、突然明日、もしかしたら今から、世界が一変して死と隣り合わせになるかもしれない。そんな時、隣にいる人を、皆を護ってあげる力があれば後悔なんてすることはないでしょ?私は、あの子たちに後悔をしてほしくないのよ」


 彼女の眼は真剣だったが、どこか愁いを帯びていた。その眼を、雰囲気をリクは今まで何度も見たことがある。


 「……うん、そうだね。俺もそう思うよ」


 静かにリクは同意する。この眼を見てしまっては、彼には何も言うことができなかった。今の彼にはこれ以上、母親の決意を無下にはできない。


 「俺だって、後悔はしたくない」


 仮にその決意に歩み寄ることができる人物がいるとするならば、


 「父さん……そういえば、父さんはどこ?」


 「父さんなら、まだ道場にいるはずよ。声をかけに行くなら、ご飯の時間って伝えておいてね」


 「うん、わかった」


 母親に礼を述べ、リクは庭を進み、道場に向かっていく。そんなリクの背中を見ながらミズキは、


 「自分が一番そうなのに、あの子も苦労するわね」


 独り呟くのだった。



 * * * *



 この家の道場は庭を進んだ先にあるのだが、家よりかも大きい道場は、この村の象徴的な建物となっている。そこの息子というのと、別の要因のせいで、同年代の連中からは、何かとトラブルが多かったりしたが、それは別の話だ。


 「……流石に4度目はないよ、な?」


 道場の入り口に立ったリクは、静かに唾を呑み込む。母親曰く、ここにいるはずなのだが、入り口からは妙に静かな雰囲気が感じ取れる。


 「まあ、一応な?一応だ」


 もしもの事を考え、リクは警戒しながら道場の中へと入って行く。幸いにも4度目の不意打ちは無く、リクは無事に道場内の稽古場へとたどり着く。稽古場の中央で静かに精神統一をしている男性がいた。リクは彼の邪魔にならないように静かに歩み寄っていくが、


 「……リクか」


 「なんだ、気づいてたのかよ」


 背後にいたリクに姿勢を変えずに声をかけたのはリクの父親―レオだ。彼は静かに立ち上がり、リクの方を向く。道着に対して紅い髪の毛に青い眼は違和感があるのかもしれないが、息子のリクからすれば、既に見慣れた格好である。

 リクの黒い髪は母親譲りだが、青い眼は父親譲りだったりする。


 「あれだけ庭で騒いでいれば、嫌でも気付く」


 「言っとくけど、俺は悪くないからな」


 「わかっている。久々に懐かしい殺気を感じた」


 そういったレオは少し嬉しそうだった。殺気とは間違いなくミズキの物なのだろうが、最近はリクも成長したというのもあり。彼女が本気で怒ることも無くなっていた。


 「……懐かしい、か」


 「あぁ、冒険者時代の事を思い出した」


 懐かしそうな顔をする父親を見てリクは、思い出した。彼の両親は、元々は冒険者仲間だったらしく、そこから結婚まで発展したそうだ。だとすれば一緒に旅をすることもあっただろうし、彼女と共に戦闘をすることも多々あっただろう。


 「昔の父さん達は、冒険者だったんでしょ?」


 「ああ、その中でも母さんは別格だった」


 「鬼……だっけ?」


 「いや、正確には鬼姫だ」


 鬼姫という異名は普段の彼女の姿からは想像もできないが、一度でも彼女が殺気をだす姿を見れば、瞬時に理解できる程だ。それ程までに、彼女が本気を出している姿は恐ろしい。


 「それに、鬼は……別にいた」


 「別に?」


 鬼が別にいたというのはリク自身も、今まで聞いた事が無い事だった。母親が鬼姫と呼ばれていたという事は、もしかして鬼と言うのは、


 「もしかして、父さんが鬼?」


 リクの言葉を聞いて、レオは一瞬眼を開くが、すぐに鼻で笑い眼を遠くに向ける。


 「俺なんかじゃ、鬼にはなれんさ。到底な。本当の鬼ってのは……カザネだ」


 「カザネ?」


 カザネ、聞いた事がある名前だった。頻繁に聞くわけではないが、昔こそ、よく聞いた名前だ。

 何度か自身の記憶を探っていると、思い当たる節があったことにリクは気づく。


 「それって、ツバキの……」


 リクの思い出としてはカザネと言う名前は、ツバキの記憶と紐づいていることが多いように感じられた。そこから導き出す答えは、


 「……彼女の父親だ」


 「ツバキの、父親」


 ツバキの父親。ツバキとは幼馴染としてずっと遊んで来たリクだが、彼はあまり彼女の父親の事は覚えていなかった。理由は明白で、リクだけでなく、ツバキ自身も彼女の父親であるカザネと一緒にいた期間は決して長いとは言えなかったからだ。


 「たしか、病気だっけ?」


 「原因不明の病だ。あいつだけでなく、あいつの先祖もそれが原因で短命だったらしい」


 原因不明の病。後に聞いた話によると、肉体的、魔力的にも健康なはずなのに徐々に衰弱していき、最終的に死に至る。同様の症例が全く無いため、治療法も見つかっていないとのことだ。


 「その、カザネさんとは、父さん達は一緒に旅をしてたんだっけ?」


 「そうだ。最高の仲間だった」


 旧友を懐かしむ父親の顔を見て、リクは何も言うことができなかった。ただ思ったのは、自分も将来的には最高と言える友達と思い出を作っていきたいということだ。その為にも、いまいる家族、友達は大切にしていこうと、静かに心の中で誓う。


 「そういえば、母さんがそろそろご飯にするってさ」


 「そうか」

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