かつて魔法少女になりたかった君へ
私がこの物語の語り部としてふさわしいかはともかくとして、この物語の傍観者、観測者ではあった鳥(白鳩)である私が、大切に見ていた物語を語ろう。
その学校は至って普通の私立校で、偏差値がいいかと言われると、さほどそうでもなかった。普通である。
その普通の学校のとあるクラスに、一人教室の隅でガリガリとスケッチブックに絵を描いている少女がいた。
彼女の名前は柳林檎。私が幼い頃から見てきた人間で、彼女はあまり頭がよろしくない。
「…………」
何故ならクラスの人間と関わりを断ち群れる事を嫌い、スケッチブックに微妙に上手く下手くそな、同じ向きの多い魔法少女だと言わんばかりの、美少女を描いているからだ。勿論それだけではない。彼女の生半可に愛されて育った性格上、他人に興味を持ってほしくても、自分から行くという手段はなかなか捻りだせないからである。
捻りだせたところで、なのがこのできあがった教室なのである。
私の鳥かご時代によく似ている。
相手に興味を持たれないと分かっていながら、愛してほしくてたまらない、従順に人に言われるのを待つ、必要最低限の会話ですら嬉しくなってしまう、そんな病。
ーーだから私は彼女を魔法少女には選ばなかった。
「絵、可愛いね」
「えっ」
一人の優等生が、柳林檎に話しかける。
「あっ、ありがとう」
柳林檎は嬉しかったが、素直にその優等生の顔を見る事はできなかった。
「ふふっ、それだけー」
こんな他愛のない会話でも、柳林檎は傷ついてしまうのだろう。あの顔を見れば分かる。納得のいっていない、惨めな気分になった様な顔。
私は見てられないのでしばらく校内をうろつく事にした。
◆◆◆◆◆◆◆
昼休み、誰もが飯にありつけるとは限らない。それは、魔法少女も同じだ。
「変身」
誰もいない中庭の柱の下にて、変身と呟いたのは、朝、柳林檎に話しかけた優等生、関柘榴である。
関柘榴は成績優秀で、普通科ではトップと言ってもいい。彼女の自称によるものだが、成績優秀、眉目秀麗、程よい距離感を保ち、皆のリーダー及び仲介者でいる事を良しとしているらしい。
彼女、関柘榴は私の選んだ魔法少女である。
私は鳥一倍賢いと言うだけで、神の使いに選ばれ、頼まれ、魔法少女を選ぶ権利をもらった。
そして選んだ、というよりかは選ばざるをえなかったという方が正しい。
「ふー、で、今日は何をすればいいの? 鳥さん」
「今日も異世界に行く」
フリフリのリボン等に包まれた優等生は儚げに言う。
「また異世界? まあこの世界の異物はほとんど排除しちゃったもんね、はー頑張った」
「君の行いが正しいか悪いかはおいといて、よく頑張ったのは否定しない。だから、別に今日は休んでくれても構わない」
「そう、じゃあ変身したの意味なかったか」
魔法少女というのは、あくまで人間を喜ばせるアクセサリーに過ぎなくて、本当の名称は世界保安維持・異物対処課と言うらしい。関柘榴が喜んでいるかは知らないが。
神々は私に一つの小さな石を渡した。私はその石をくちばしで持って様々な人間を見てきた。
見てきた中で、関柘榴を選んだ。
関柘榴は普通の、普通に良い家庭で、本来あるべき日本の中の上の家庭を描いた様なものだった。そして、関柘榴本人は、その出来すぎた普通さの中に闇があった。
いじめを黙認し、ただしやり過ぎな事には介入し、しかし一人の生徒には気軽に話しかける、そして嫌いな親戚からもらったお菓子は一切手をつけない、変に自分を持っている少女だった。
独断と偏見で、彼女はもしかすると毒親になると、思った。関柘榴の将来設計には興味ないが、確かにそれに近い闇になると思った。それ以前に彼女に夢を見させたいとも思った。
この鳥の姿で話しかけても、食らいつく様な目で受けいれたからだった。
「鳥さんはさ、何で私を魔法少女にしようと思ったの」
「いきなりの質問だね。今まで従順だったのに」
「なんか今まで可愛い衣装に浮かれてたけど、ちょっと冷静になってきてさ」
「単純に、夢を見せたかったからだよ」
「夢ぇ?」
その表情は優等生らしからぬ歪んだもので、少々面白かった。
「鳥さんって時々気持ち悪いよね。夢を見せようとしてきた無責任な親が、これまで何人のモンスターを産んできたか知らないでしょ」
私の前だけ口が悪くなるのは慣れた。
「モンスターと言えば、鳥さん、何でこの学校に居座っておきながら、何で柳さんを魔法少女に任命しなかったの? あの子が一番こういうのしたがってるの、知ってるんでしょ?」
「それは簡単な話さ。彼女には追いかける夢があって、その邪魔をする訳にはいかないからさ」
「夢って……ああ、漫画家だっけ」
「柘榴、君は彼女の夢を知っていたのかい?」
「うん。自己紹介で言ってたから。ノートの絵の実力もあって、そのせいで浮いちゃったけど。あれは林檎さんも悪いよね」
「そうかい」
「あ、今日いつもの本屋行きたいから、何かあったら来てねん」
「分かったよ」
私は興味のあった事を聞けなかった、彼女の夢を応援しているのか、はたまた嘲笑っている奴らと同等なのか。いや、あの一言で、言わずともそういう事なのだろう。
◆◆◆◆◆◆◆
放課後、関柘榴は近所のショッピングモールの本屋さんに行った。そこでは普段仕入れない様な本から王道の本までがある。関柘榴は、あるコーナーへ一直線だった。私は何かあったら上(神々の領域)から連絡が来るので、とりあえず関柘榴をストーキングする事にした。二年間彼女を見ていて、それが癖なのである。
「あ、あ……」
「……えっ!? 林檎さん!?」
「奇遇だね……」
関柘榴は柳林檎に意外にも話しかけられ、動揺を隠せなかった。関柘榴は急いで絵本を棚に戻す。目をどこに置くか悩んでいた。
「絵本、好きなの……?」
「あ……うん。好きなの」
「絵本の、どういうところが好き?」
「え……どういうところ? 絵とか、癒されるし」
「うん、かわいいよね。内容も面白いの多いし」
柳林檎はいつもより高揚して自分から話しかけていた。
「林檎さんは、どういう絵本が好きなの?」
「えっと、私は単純に絵で見ちゃう癖があるから、大体表紙見て決めるかな。たまに内容重視なのも挑戦して好きになってみたり」
「あー分かる。私は内容重視だけどーーって、ごめんね、何か見るところあるんだよね?」
「ううん、いいの。私から話しかけたから。」
「…………そうなの」
関柘榴は笑って何か誤魔化している風だった。
「関さんは、私の事、たまに話しかけてくれるけど……ああいう事、なんでするの?」
「……何でって、たまたま話したいと思ったからだよ」
「だったら、無理にとは、言わないけど……嫌いじゃないなら、私、関さんの事もっと知りたい。関さんと、仲良くなりたいな」
関柘榴は無言で何か思っているのか、また何を考えているか分からない表情をするのみで、柳林檎の次の言葉を待っている様子だった。
「もし嫌われてないなら、なんだけど……」
その純粋に素直ともひねくれともとらえられる彼女にとって大胆な試みは、果たして優等生にどう映ったか見物である。
「そんな風に思ってくれてたんだ、ありがとう」
「じゃあ……」
「でも、林檎さんはもう友達だよ。クラスメイトじゃん」
その回答は柳林檎の求めるそれではない。しかし関柘榴にとっては光の様な回答で、これがお互いにとって最善だと思っているのだろう。しかしその光は柳林檎にとっては闇でしかなく、余計に絶望的な日常の一欠片だったのだ。
「そう、いう事じゃなくて……今度二人で話したり、一緒に帰ったりしたいな、なんて」
「でも家逆方向だよ、話すのは別にいいけど、私も緊張しちゃうから、他の子も呼んでいい? 仲良い子だと檸檬とか」
「檸檬ちゃんは、私の事、あんまり良く思ってないみたいだから……」
柳林檎は変なところでメンタルが強く、遠回しに拒否されている事実に気付こうとしなかった。ますます雰囲気は悪くなり、ついに関柘榴は闇を持ち寄り突き刺した。
「あー……そもそも林檎さんに興味ないよ私」
その後の言葉はあまり覚えていない。柳林檎は粘着質の様にずっと頭から離れないだろう。気の毒だった。私が都合良く鳥頭だったから忘れられたが、あの後の空気は人間にとっては鬱屈そのものだろう。
ショッピングモールの外に出た関柘榴の機嫌の隙をついて、私はすぐに話しかける。
「柘榴、良かったのか? あんな風に突き放して。柳林檎は君に友好的だった。うわべだけでも、一緒に帰れば良かったじゃないか」
「多分ね、ああいう子って友好関係少なくて重いから、深い関係っていうか、親友になるまでじゃないと満足しないと思う。それこそクラスに革命が起きて、皆が林檎さんに集中的に興味を持たなきゃ変わらないと思う。あの年でこういうのに気付けないあたり、私とは仲良くなれない気がするの」
確かに、正論ではある。ではあるが、彼女には重すぎる。彼女はもともと人間関係にうといが、それでも行動する事をした。それだけで褒めてやる存在が側にいればいいのだが、いないから余計救いようがない。
「……それもそうか」
私は柳林檎について考える事を放棄した。
何故か幼い頃から見守ってきた人間に、愛着でも湧いていたのだろうか。このまま愛されなくなった人間がどうなるか、不謹慎にも興味が湧いたのか。これ以上はどうする事もできない。
「私、頭良いから大学行くけど、その頃には魔法少女辞めるから、ていうか、もうそろそろ潮時じゃないかな?」
「え?」
「ふふっ、えじゃないよ。何歳までさせるつもり? もう世界は十分異物や敵のいない平和な世界……だし、そろそろ辞めたいんだよね。なんか、最初は少しワクワクしたけど、学校と変わらないっていうか、つまんないよ」
「そうか……じゃあ、引退、という事でいいんだね」
「うん。心残り無し。今までありがとう、楽しかったよ。はいこれ」
柘榴石が埋め込まれたコンパクトを彼女が差し出す。それも人間を喜ばせるアクセサリーだが、柘榴石は本物だ。私はそれをうまいことクチバシで受け取り、彼女からマナを吸い取る。
ふと彼女の心の闇が、少し吸い取れた様な気がした。
「今更だが、明日になれば今までの魔法少女だった事を全て忘れる。私の言葉も聞こえなくなる。それまでに聞いておきたい。関柘榴、君はどんな大人になりたい?」
「なんか良い先生みたいな事聞くんだね」
「教えてくれるかい?」
「んー」
関柘榴は少し周りを確認して、考えて、笑顔でこう言った。
「まだ分からない」
◆◆◆◆◆◆◆
あれからして私は世界保安維持・異物対処課に報告し、次の波が来る前にある人物を魔法少女に任命する様に頼まれた。
詳しくは知らされていないが、波という事はまた世界は不安定になるのだろう。
そして、奇しくもその選ばれし人物は柳林檎だった。……予感はしていたが、私だったら絶対選ばない人物に、何故かフォーカスが当たり、仕方なく柳林檎を魔法少女にした。そこで、私は大きな勘違いをしていた事が明らかになる。下校中、柳林檎と歩いていた時の事。
「鳥さんは、以前魔法少女だった子に、なんて言って誘ったの? 私の時みたいに、世界を救おうみたいな、馬鹿げた事を言ったの?」
「まあ、そんなところだ」
「だとしたら、私は鳥さんを軽蔑する。魔法少女なんて聞こえのいい言葉とその誘い文句で、一体歴代の魔法少女達はどれだけ心を踏みにじられて来たと思っているの」
「それはどういう意味かな」
「だって、誰だってこういうのは期待するし、かといって世界の均衡を保つ為にあんな地味だけど精神衛生上よろしくない異物の処理の仕方をするなんて、誰だっておえってなる」
「でも、前回の魔法少女はなんの変哲もなくやりとげたよ」
「それはそういう人もいるからだけど、記憶も消えるからいいけど、良くないよ、本当に。グレーゾーンだよ」
柳林檎は思っていたより打ち解けた者にはお喋りで、何より素直だった。
「私も耐えられるっていうか、気にしない方だから良かったけど、うーん、説明不足な事が多すぎるんだよね」
「それはこちらにも事情がある。神様の都合というやつだ。それに、林檎がこんなに従順でワガママ一つ言わないなんて、驚いたよ」
「私は真面目っていうか、型にはまってるだけなんだよ。実際、その固いせいで友達もできないし」
話してみると、案外いい子で、精神的に不安定なのは学校内だけの様子だった。
「友達がほしいのかい?」
「そりゃあ……でも今は、そんな余裕ないくらいで、鳥さんもいるし、寂しくはないかな」
「今は波がすごいからね、林檎と私にしか見えないあの空の黒点、そろそろ破裂する日がくるだろう。そしたら、頼んだよ」
「頼んだよって、具体的に何をすればいいのか言ってよ」
「またグロテスクな事をすればいいんじゃないかな? 空も飛べる様に上からマナも授かってるし、今の林檎なら余裕じゃないかな」
「だとしたら、事前にあの黒点を潰す事はできないのかな……」
「できるけれど、そうしたらもう林檎の役割はもう来ない事になる」
林檎は分かっているのだろうか。あの黒点を潰す頃には、林檎が大人への準備期間になるという事。学校を卒業するという事。魔法少女も勿論終わりになる。自分で考えた素敵な衣装の数々も、もう着れないという事を。
ここ以前からずっと、私は林檎の側にいたが、林檎は優しくて、素直だ。私もそんな林檎を知ってから一緒に帰るのが楽しいし、正直林檎に魔法少女を辞めてほしくない。
「変身」
「林檎?」
林檎が赤を基調とした衣装を身に纏い、空へびゅん、と飛び立つのを私は見ていたが、追い付けなかった。
「林檎! まだ明らかになっていない黒点に触れるな!」
「でも! もう卒業だし、大人になる前には世界を救っておきたい!」
やはり、こういうところは真面目に馬鹿だった。私はなんとか林檎の肩に追い付くが、林檎は黒点がぶよぶよの個体と認識できる距離まで近づき両手で潰そうとしていた。
「どうなるんだろう」
「分からない。だから冷静に考えてほしい」
「でも、破裂して、わんさか異物が増えるよりはマシだよ。根回し根回し」
そう言って林檎は黒点を両手で勢いよく掴み潰した。
ぶじゅっと気色の悪い破裂音と共に、黒点から大量の黒いどろどろが出てきた。勢いも半端ではなかった。
「林檎!」
「大丈夫! ………なんか、声、みたいなのが聞こえる?」
林檎は耳を澄まして、黒い液状のどろどろしたものをかきわけ、核があると言わんばかりに空を泳ぐ様に中へ中へと手を伸ばす。
「あった!」
それを拒む様にどろどろは林檎の手に指の様な形をしてまとわりつき、林檎はそれを勢いよくぶちぶちっと引きちぎり何かを取り出した。
その林檎の両手から出てきた煌めきは、青黒くドスのきいたドブの輝きをしており、それを獲得した瞬間どろどろは蒸発するかの様に、あるいは破裂するかの様に散った。消えてなくなった。
ゆっくり地面に落ちていく林檎を追って、地面に着陸し、私は林檎の肩に止まった。
「なんだろう、この石」
「それはひょっとしたら、蝕まれているだけで、上の人達に言って濁りを取ってもらえれば、何か分かるかもね」
「そうなんだ。じゃあこれは鳥さんに渡しておくよ」
そう言って林檎は衣装の一部、リボンを引きちぎり、私に石を持たせる為に私の体に優しく巻いた。
「って、黒点が無くなったって事は世界を救えたって事だよね……!?」
「あ、そうだね。お役目ご苦労様」
「えー! そんなあっさりと! まあ、役に立てたなら光栄だけど……」
「大丈夫、この石が何か分かるまで、魔法少女でいられる。2日くらいかな、また私から会いに行くよ」
「そっかぁ、じゃあ、今日はこの衣装で帰ろうかな」
「それは……TPO的にどうなんだい?」
「多様性の押し売りをしては駄目なの?」
「…………」
そしてその日は私と林檎は軽く会釈をして帰る事にした。世界は救われた。柳林檎によって。柳林檎は高校三年生で、もうすぐ卒業式シーズンであるらしく、魔法少女への執着も以前より薄れていたのか、それこそあっさりしていた。
まあ、体力を使う単純な作業内容に飽き飽きしていただけかもしれないが。
とにかく、天界に戻ろう。
◆◆◆◆◆◆◆
2日後私は良い知らせをする為に朝早く林檎のいる学校へ向かった。林檎は朝方で、朝の誰もいない教室に一番早く入る。私はそれを知っていてタイミング良く林檎の教室を見つけて入る。
「林檎!」
「あ、鳥さんおはよう」
「林檎、あの石に入っていた濁り達は詳しくは言えないが、強いて言うなら人間の闇の様なものでもあり、自然的なものでもあるが、とにかく、世界を数百年救った事に変わりはない。君は誇っていい! あはは!」
私は嬉しさのあまり林檎の周りをバサバサと飛び回った。
「え、そうなんだ。通りで今日は風がいい匂いだと思ったんだよ。春みたいで」
「それは分からないが、良い知らせがある」
本題。世界を救ってくれた林檎への、ギフトの様なもの。
「魔法少女を辞める事になるが、何でも願いを一つ叶えてあげられる事になった。私の力で、何だって叶えるよ」
「えーー」
「魔法少女を続けてもいいし、永遠の若さを手に入れてもいいし、漫画家にだってなればいい」
私はこの時林檎の表情を見ていて目は見ていなかったと思う。
「さあ、柳林檎、どうしたい」
「私、は…………魔法少女をーー」
「うん」
「辞める事にする」
「………………」
予感はしていた。けれど、そんなにすっきりした顔で言える林檎に、少し思う所があった。
「その代わりに、一つでも願いを叶えてもらえるなら、勇気が欲しい。人と関わる勇気、発言する勇気、変わる勇気ーー」
「勇気が、ほしいんだね」
「そうなの。それはどうしても手に入らなかったから。鳥さん、お願いします」
正直、魔法少女の衣装で帰宅するくらいの勇気があれば十分だと思ったが、そういう感じの事ではないのだろう。
柳林檎は、人間が、世界が、やっぱり好きだから、好きでいたいからこの結論に至ったのだろう。
「分かった。これで私との記憶も魔法少女だった頃の記憶も二度と戻らないが、叶えるよ」
「……鳥さん」
「それじゃあ、目を瞑って」
「うん」
林檎は目を瞑って、私が人の姿に変身し、手を林檎に向けて暗示をかけるより先に、林檎はこう言った。
「私を魔法少女に選んでくれて、ありがとう」
それは何故だか私の心を台無しにした。
「一緒にいてくれて、ありがとう。またね。ありがとう。さようなら」
私はどうしようもない気持ちになり柳林檎に暗示をかけて、煌めきと共に飛び去って行った。
次に林檎が目を開ける瞬間には、私はもういない。そして、私の事も魔法少女の事も忘れているだろう。
私は飛び去って、とにかく飛び去って、自分の孤独と向き合った。
ーー私は本当は、柳林檎の様な人間を、心のどこかで見下していたのだろう。
悪意に気づけない鈍感さに、兼ね備えた無垢を通り越した馬鹿さに、心のどこかで安心していたのだろう。嘲笑っていたのだろう。
けれど話すと優しいだけで、とくに芯の無い様な性格に、漫画家になりたいだとか言える甘やかされた環境に、痛い目をみて欲しいと思っていた。きっと林檎が今までの人生で軽いストレスの捌け口にされていた理由もそれだろう。
それでも彼女は、素敵な子だった。
あの時嘘でも魔法少女を続けたいとか言ってくれたら、あの時少しでも意地汚さを見せてくれたら、と、彼女もまた屑である一面を見てみたかった。泥沼にでも落とさせたかったのか?
でも、もう関係ない。
地球上でああいう良い部分の側面を知られずネガティブなイメージだけが多い人間は数多く知っている。沢山見てきた。でも皆結局他人が普通か嫌いで自分が一番だし、興味ないし、自分の立ち回りが上手ければ上手い程人脈は増える。
柳林檎はそれができなかった。なりたかった。なる努力をしたけどできなかった。分からなかった。でも、そうだ、そうじゃないか、彼女は最終的に願って欲を見せてくれたじゃないか。
彼女に与えたのは正確には勇気ではなく、それを引き出すのに気づくキッカケの様なものだが。
勇気なんてのは、人間誰にでもある。ただ、出すのが困難な場合が多いだけで。
私はやはり、人間という生き物を見つめ続けたせいで、私も人間がまた、好きで憎くてたまらないのだろう。
どうか、彼女がこれから上手くいきます様に。あるいは、人生を諦める様な事になりません様に。勇気を出すのは怖いけれど、その一歩踏み出せるキッカケは作るから、どうか頑張ってほしい。
私はただ、数年後の彼女の事を見る機会があったらいいなと、そう思った。
◇◇◇◇◇◇◇
「卒業おめでとー!」
「写真撮るべ!」
とある学校の卒業式で、もう式は無事終わり、生徒達が各々の場所で写真を撮ったり、帰ったり、泣いたりしていた。
「檸檬はいいよね大学組なんだからー、うちら就職組は夢追いかける下積みが大変なんだからー。連絡先しなよ? 卒業したらブッチとかなしね!」
「あはは、檸檬ちゃんならありえるけど……」
「ちょっと! 私の評価エグ悪くない?」
「林檎は就職しながら絵本教室通うんだっけ?」
「うん、大変な事ばかりだろうけど、とりあえず今の目標は、画力と表現力を上げる事だから」
林檎と呼ばれた少女は、胸の花をなびかせ、ボーイッシュな黒髪ショートカットになっていた。
「じゃあ檸檬からの提案! 時間が会えば卒業後頻繁に会う事! そして困ったら連絡する事!」
「うちらそんな仲良しだっけ?」
「柘榴ちゃん……台無しだよ!」
そのよく分からない関係性はともかく、林檎は何だか嬉しそうだった。
「あ」
そして三人、特に林檎と柘榴は上を指差し私を見つけた。
「「真っ白な鳥!」」
随分早い形で出会う事になってしまったけれど、二人が少しでも変われて、そこに二人並んでいる事実に、私は胸が踊った。
きっとこうして、私は一人の人間の心を救えたのだろう。
私は溢れた涙を一つ溢す前に、林檎と柘榴を見てから、大きく飛び去って行った。
これからもどうか、とどまらず歩き続ける事を、辞めないでほしい。泣きたくなる日があっても休みたい日があってもいいから、絶対に諦めないで、自分のやりたい様に、生きてほしい。
私は鳩という人生を、残りの人生を、とても良く生きたと、勇気を持って言えるだろう。それはきっと、あの二人も同じになるだろう。