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第9話 「全科目満点」の裏側

 学校に登校すると今日は柴藤がいた。 柴藤は昨日休んだので2日前の放課後以来だ。


 僕は柴藤の目の前に立つ。突っ伏しながら顔だけこっちに向けてくれた。


「昨日はどうしたの? 大丈夫?」


「あー、昨日はちょっと体調悪くてさぁ。39度あった。今日も微熱があってマジでダルイ……」


「そりゃ大変だ」


 僕もこの2日間違った意味で大変だったけどね……。


「お前はもう3人の候補の中から誰かに選んでもらえたのか?」


「僕は高取さんと結婚したよ。その日のうちに婚姻届けを市役所に提出した」


「えっ! 候補にいたのは知っていたけどマジかよ……」


 突然、柴藤がガバッと起き上がる。目が血走っていた……。熱がある以上の“何か”を感じた。


「ぼ、僕も信じられないんだけどね。高取さんの方から言ってきたんだ」


 ホント信じたくないよ。親子揃って仮面夫婦。

 今は成り行きで結婚強制法廃止に向けて活動しているだなんて……。

 

「いやぁ、良かったなぁ。

 俺なんて何と2日目にして全員相手が俺以外の結婚相手を見つけちまってどうしようもねぇんだ」


「え……柴藤が? 信じられない……」


 僕なんかとは比べ物にならないぐらいにモテているはずなのに……。


「まぁ、しばらくすればまた新しくマッチングしてくれるんだろ?

 別に焦ることはないだろ」


 柴藤は笑顔だが何か張り付けたような妙な笑顔をしている。

 本当に意中の相手がいるのだろうか……その人とマッチングするまでの間断り続ける方法を考えているとか?

 理由は分からないが、僕が立ち入っていい話ではなさそうだった。


「そう……なんだ」


「でもホント意外だなぁ。

一昨日の朝のホームルームの時点じゃ高取さんのこと“親の仇”みたいに高取さんのこと言ってたのにさ」


「本当に人生分からないものだよね……」


 せめて婚姻届けにハンコを押す前に“仮面夫婦“について説明して欲しかった――いや、説明を受けたところで拒否したのか? 

 あれだけ美人で勉強もできる相手、かなり癖が強いとはいえ、そうそういるものではない……。


 うーん、やっぱり結局のところハンコ押しちゃっていたんじゃないか? そうなることは運命なのだろうか……。いいように高取さんにこき使われる運命が……。


「ど、どうしたいきなり難しい顔しちゃってさ」


「い、いや何でもないよ」


 柴藤が目の前にいるのを忘れていた……。親友を前にすっかり自分の世界に飛んで行っちゃってたよ……。


「ま、色々そっちも楽じゃなさそうってことは分かったよ」


「え!? 何も言ってないけど!?」


「いや、高取の名前を出してからずっと苦悶の表情してたぞ」


「そ、そうかな。アハハ……」


 僕、そんなに顔に出やすいんだろうか……。


「ま、アイツかなり独特だからな。色々と頑張れよ」


「え?」


「おーい! ホームルーム始めるぞ!」


 どうして知ってるの? と、聞き返そうとしたら担任の高橋先生が入ってきて急いで席に着く。

 色々なことを考えていたし、この質問をすること自体を忘れてしまった。

 そして、その答えに気づくのはずっと先のことだった。





 昇降口のところで背筋を伸ばして歩いている見慣れた人影があった。

 

「あ、高取さん。ここで会えましたね。今日はどういった団体と会う予定なんですか?」


「今日は女性の権利を守る団体よ。今日も比較的受け入れてもらえる場所だから昨日みたいに大丈夫――」


 そう言った瞬間、高取さんの体が大きく揺らいだ。急いで体を支える。羽毛布団のように軽かった。


「ほ、保健室に行こうか?」


「だ、大丈夫。いつものことだから綾音のところへ……」


「わ、分かった。折角だから僕の背中に捕まってよ」


 高取さんはかなり戸惑っていたが、足取りがおぼつかない中、僕の背中に捕まった。


「最近緊張感が張り詰める瞬間が多かったかしら……。

 もともとあんまり体強くないしね……」


「高取さん。体弱いんだね。意外だな……体育の点数も100点だった気がしたけど」


 高取さんは思ったよりも細く、ほとんど何も鍛えていない僕でも背負うことができるほどだった。

 見た目はそんなに痩せこけている印象は無かったけど――女の子に言うのは失礼かもしれないけど骨ばった感じがする。


「実を言うと私、胃があまり強くなくて食べられないのよ。

 ただ運がいいことに高校1年の最初の時に体育の休みについて

 得点を判断する体育主任と話している時に付け爪が取れちゃってね。

 それを“定期的にくれないか?”と言われたので点数と引き換えに交渉したのよ。

 女子クラスを直接担任しているのは女性教師なんだけど、裁量権はその男性教師だからそれ以来ずっと“100点”になったわ。

 正直、私はそんなに評定は関係ないのだけれども“見栄え”があまり良くないからね。

 評定が高い事に越したことは無いからね」


「そ、そうなんだ……」


 凄い趣味の体育教師もいるもんだなと思った。

 だが、高取さんほどの美人なら例え「付け爪」だったとしても人気なのかもしれない。


 そして、完璧主義者っぽい高取さんとしては僅かな点数の綻びも許さないのだろう。


「情けないけど、ちょっと走っただけでも吐きそうになるぐらい体力が無いの。

 こんなんじゃ、本当は体育で赤点でもおかしくは無いわ。

 ただ“不正”は2-Aの女子クラスの中では明らかだから、

 他の女友達に対しては上手い事お菓子とかを包んで僻まれないように努力しているの」


「確かに女の子同士ってどこかギスギスしているよね……」


「結構陰湿なイジメも多いからね。それを回避するための“ケア”は怠らないようにしているの。

だから生徒会長になって色々な部にお金を配分する“権限“を持つことにもしたってわけ」


「高取さんは視野が広いねぇ……」


「その代わりこんなに体力が無くて佐久間君に頼っているけど……」


「一応“書類上は夫”と言うことになっている身だから頼って欲しいな。

 基本的に高取さんしかできないことが多いんだから、

 僕にできるだけのことはやるよ。結婚強制法廃案までは全力でね」

 

「――あなたが本当――なら良いのに」


 かき消えそうな声で何か高取さんが言ったような気がした。


「え、何?」


「ううん。何でもない」


 そんな会話をしているとロールスロイスに辿り着いた。


「ちなみにお嬢様は体育だけでなく、家庭科や美術も得意ではありませんよ」


 綾音さんがニヤニヤした笑顔でそんなことを言う。


「綾音、余計なこと言わないでよね……」


「え……その先生にも“付け爪配り”してるの?」


「流石にそんな変った趣味の方はそんなに多くないわよ

 私は法律の知識が豊富だから法律相談に無料で乗ってあげたりしているの。

 相続、隣地問題、慰謝料請求――結構皆色々な問題を抱えているのね」


「現代人は色々な問題を抱えていますからね……。

 しかし驚いたよ“全科目満点”にそんな裏側があるだなんて」


「客観的にテストだけで評価されているものは問題無いのだけれども。

 主観が入るものに関しては“技”を使わせてもらっているのよ」


「へぇ~」


「この体だし、色々やらなくちゃいけないことも多いから体調と日程を考えて出席日数を計算しているのよ。

 文部科学省の規定によると、3分の2以上出席しなくてはいけないの。

 私たちの学校の総授業日数は200日だから133日は出席しなくちゃいけないの。

 でも逆に言うなら、67日“も”休めるともとれるわけ」


「そんな風に考えたことは一度も無かったな……。

 僕はこれまで全て皆勤だよ」


 勉強できないと僕のアイデンティティが無いからな……。

 指定校推薦も視野に入れていたから無駄な欠席はできなかった。

 高取さんは海外の超一流大学にすらいけそうなぐらいの実力があるからそんなことは全く関係ないのだろう。


「もっとも“休みにならない休み“も最大に現活用しているわ」


「え、具体的には?」


「例えば、司法修習で学校の日程と被ってしまった場合などは“出席カウント”させてもらっているの。

 私の担任が家庭科の先生だから例によって法律相談でねんごろの間柄だけどね」


 天才は天才なりに色々と工夫をしなくては行けないのだなと、とくと思わされた……。


「僕はここまで来たら皆勤したいんで……もしかしたら付いていけない日もあるかもしれません」


「佐久間君、あなたのクラスの担任確か国語の高橋先生よね?」


「ええ……そうですけど……」


「確か高橋先生は隣地との境界線について問題を抱えていたはずだわ。

 私の事務所が慰謝料をなるべく少なくして “日数”を引き出させてあげるわ

 所詮、休みかそうでないかは“裁量”で決まるのだからね」


「あ……ありがとう」


 法律って強すぎるだろ……。

 でもよく考えてみれば、僕のためにそこまでしてくれるのは、存在が高取さんから認められつつあるのかも……? と思うとちょっと嬉しかった。

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