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第8話 “魔女”の役割

「佐久間君のお母様ですね。私、妻になりました高取涼子と申します。

 私から見ても“お義母様”になります。

 以後末永くよろしくお願いしますっ!」


 そう言って高取さんは手土産を母さんに渡す。


 え? という言葉を飲み込むのがやっとだったというぐらい驚いてしまった。

 高取さんの声色がいつもよりトーンが1オクターブぐらい高い。

 目つきもいつもの何か悟ったような感じや、決意に満ちた赤色では無く、黒色で輝いている。


 これだと普通の可愛らしい女の子みたい。まるで別人だ。

 

「あら、佐久間健人の母、美晴です。こんなに立派な方がウチの嫁に来てくれるだなんて信じられないわ!」


 僕もこんな高取さん信じられないよ……。

 話していないときはクールで、話始めるとマシンガントークを展開する高取さんはいったいどこへ行ってしまったんだ……。


「私も、お母様が信じられないぐらいお若くてお美しくてびっくりしました!」

 

 別に僕の母さんは小太りで丸眼鏡をかけてエプロンをつけている――そこら辺にいくらでもいる同年代のオバさんと大差はない。


 でも高取さんのその発言がお世辞に聞こえない声の張り、抑揚、間の取り方ができるところが高取さんの凄さ――いや恐ろしさと言ってもいいかもしれない


 仮に弁護士で無くなったとしても、ハリウッド女優としてもやっていけるに違いない。

 しかも映画の最優秀賞とかを総なめしていくに違いない。

 

「せっかくだから夕ご飯を食べていく? ――あら、お肉もお野菜もきらしているわ。

 お駄賃あげるからケンちゃん買ってきてくれないかしら?」


「私にも手伝わせてください! ねぇ、一緒に買いに行きましょう?」


 と僕の方に振り向きながら言う。その目はいつもの青い目に戻っていた。

 “分かっているわね? 空気を読むのよ?”と顔には書いてある――気がした。


「い、一緒に行こう。荷物は僕が持つよ」


「二人とももう仲が良くてお母さん嬉しいわ~」


 母さんは高取さんが“女優”であるということを知らなくて平和そうだった。





 高取さんとは車で待ち合わせて移動しているから気づかなかったが、

 正直なところ、高取さんの真横で歩くのは苦痛だということに気づいた。


 だって、女子生徒も羨むような絶対的な美貌とスラリとした手足を持つ高取さんに対し、

 それとほとんど身長が変わらず、デブでチビで丸メガネの僕……どう見ても見劣りする。


 かといって高取さんはこの街についてあまり知らないのか、歩く速度がいつもより遅く、僕と一緒に歩ている。


「何あの男の人、全く釣り合って無くない?」


「女の人は美人なのに。ねぇ?」


 そんなひそひそ声が聞こえてきた。

 形式的には夫であるが実情はそうでないのだから仕方のないことかもしれないが、

 これ以上の苦痛は無かった。


「別にあんな声は気にしなくていいわ。

 佐久間君は佐久間君なりにしっかりと役割を果たしている。

 誇りを持ってもらって構わないわ」


 マイペースな高取さんすらもそれらの声に気づいたようで、

 フォローになっているのか、なっていないのかよくわからない声掛けをしてもらった。


 高取さんから見てみれば誰が隣にいようとも仮面夫婦に協力してくれるのならば

 どうでもいいのかもしれないが、僕としてはこの状況は拷問に近い。


「高取さんは本当に気にならないの?」


「大体よく考えてみなさい。釣り合っているだのとかそういう意見は“他人軸”の考えよ。

 他人の評価をいちいち気にしていたらやっていけないわよ。

 事実、私本人が隣にいることを許しているんだからこれ以上のことはないじゃない?

 見てくれだけが良くても会話が成立しないような相手や、

 私の目的達成のために何も貢献できない結婚相手が隣にいても何も嬉しくないわ」


 またしても励ましかどうかわからない高取さんの言葉だが、彼女らしいと言えばそうだ。

 これは高取さんが直接そう言った目線に晒されてこないからだろう。


 それに高取さんなら誰に何を言われても論破できる絶対的な自信があるだろうし、

 それだけの能力を持っている。


 僕は“相応しくない”と言われて言い返す術も持っていないし、堂々としていられるだけの自信もない。


 やっぱり気になった。

 

 これはもう、せめて見た目だけでもなんとかした方が良いのかな……。

 例えばダイエットすることや髪型を変えるとかはすぐにできそうだし。

 服は――瘦せてから考えた方が効率が良いかも……。


 そんなことを悶々と考えていたが、高取さんはサクサクと買い物を――綾音さんに命じていた。


 高取さんは買い物をしないためかどこに何を売っているのか全く分からないらしい。

 そのために、家を出た瞬間に綾音さんを呼んでいた……。

 高台の家にロールスロイスで送り迎えしてもらっているんだもんな……。


「綾音。よくやってくれたわ。流石、私が認めただけのことはあるわ」


「ありがとうございます。佐久間さんこれをどうぞ」


 ドサリと肉や野菜などがてんこ盛りになった袋とおつりを渡してきた。

 僕たちが雑談をしている間にあっという間に買ってきたのだ。


「済みません。僕も何がどこに売っているかわからなくて……」


「お嬢様の結婚相手のお母様のお願いなのですから当然です」


 最低でも綾音さんがやっていることをやれなきゃ僕が“戦力外”になってしまう日も近いんじゃないか? 

 次この機会があったら僕がお肉や野菜を買わなくちゃ。そのためには母さんの手伝いもしていかないとな……。





 高取さんはそんなには料理ができないようなことを言っていたが、

 母さんと談笑しながらトントントンっと野菜を捌いていっている。


「こんな気の利いた涼子ちゃんのような子が娘になってくれて嬉しいわ~」


「まぁ! お母様ったら!」


 高取さんの言う“できない”という基準は恐らくは“一流レベルでできない”という意味であって大抵のことはそつなくこなせてしまうに違いない。

 少なくとも“役割”と思うだけでできてしまうんだ。


「さ、肉じゃができたわよ。健人もちょっとは料理ができたらよかったのに~。

 今のままじゃ、足を引っ張るばかりだから何もしてくれない方が良いけどね~」


 勉強については、どう頑張っても高取さんの領域にはいけない。

 東大に行けるわけでも無さそうだし、かと言って私立有名大にはこのままいけば行けそうだ。

 あんまり伸びしろを感じないからもっと他のことにも目を向けた方がいいのかもしれない……。

 

「美味しい! 流石はお母様ですね! お母様の義娘むすめになれてとても嬉しいですっ!」


 高取さんは本当に美味しそうに食べている。

 僕も食べたがいつもの普通の肉じゃがとしか思えないので、どう見ても高取さんの“演技“だ。

 

「ホントいい子ね~。ケンちゃんも愛想を尽かされないように頑張りなさいよ~」


 母さんは何も知らない。


 いや、親子2代で仮面夫婦だなんて知らないでいてくれた方が絶対に良い。

 欺瞞でもいいから安心しているのを邪魔しないであげた方が良いのかなと思った。





 ロールスロイスに戻ると高取さんはやれやれといった感じで自分の肩を叩いている。

 家の周辺にはこの車を止めるだけのスペースが無いのでちょっと歩いたのもあった。


「ふぅ、何とかやり切ったようね。流石に今日は色々あって疲れたわ」


「お疲れさまでした。それにしても高取さん凄過ぎる……。

 さっきの母さんとのやり取りとか、

 いつもと声のトーンすら違ったから女優になれるんじゃないんですか……」


 1日にして高取さんの色々な一面が見れた。まさしく「7変化」と言って良かった。

 目的のためには手段を択ばない――昨日mp高取さんの赤い瞳が思い起こされた。


「私レベルじゃ女優になれないわよ。何となく家の雰囲気を分析したら、こんな感じの嫁が好みなのかなと思って演じただけ。

 それに、あれぐらいやらないとあなたのお母さんも結婚に納得しないでしょう?」


「いやぁ、高取さんほどの美貌と品格と家庭で不満を持つはずはないかと……」

 

 癖は凄くあるけどね……。


「そう、ありがとう。

 あと、さっきも言ったでしょ。私はその場面ごとに適切な役割を果たしているわけ。

 私を決して噓つきだとか魔女とか呼ばないようにね。

 そ こ の 綾 音 み た い に !」


「そ、そんな。魔女だなんて滅相もございません! 魔法のように様変わりされているなと……」


「それは魔女というのとどう違うのかしら?」


「いえ、同じかもしれません……」


「全く仕方のない秘書ね……」


 そう言って本棚から本を選んだ。今度はドイツ語か? 凄い言語能力だ……。


 しかし、高取さんは言葉の内容ほど怒っている感じはしないし、

 綾音さんもまた似たようなことをやってくるだろう。

 高取さんと綾音さんは思ったよりも仲が良さそうだった。


「また明日も放課後にどこかの団体で助力のお願いですか?」


「ええ。佐久間君も付添でお願いね。

 知り合いの顔が一つでも増えると気が楽になるから。」


 そんな感じで高取さんと別れた。

 いるだけで役割を果たせているといえば体が良いが、「見知った顔がいると安心する」程度のレベルだろう。

 

 僕に果たせる役割って何だろう? 高取さんの横に自然にいるためにはどうしたらいいんだろう。

 眼鏡を拭きながらそんなことを考えていた。

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