第7話 家族の在り方
9月3日“結婚生活”2日目だ。学校授業終了後に高取さんがロールスロイスに乗って校門で待っていた。
正直なところかなり恥ずかしい。いきなり送り迎えされているみたいで全然慣れてない。
「今日も協力を取り付けに行くわよ」
高取さんはとにかくマイペースなのか周りのことをあまり意に介していないようだ。
黙々と本を読んでいる。というか、いつも時間があれば本を読んでいる気がする。
今日はなんと英文の本だがパラパラとめくるスピードも速い。
この車には小さい本棚も備え付けられており、昨日と違う本が並んでいた。
「一体何冊本持ってるんですか?」
「私はほとんど1回読めばそれで満足するからすぐに古本屋か、高いのはネットオークションに流しちゃうわ。ほとんど新品で高く売れるのが救いだけども。
だから、そんなに手持ちの本は無いわね。20冊~30冊ぐらいかしら?」
そりゃ1回しか読んでないし、高取さんの手は綺麗だから新品同様だろう。
「お金持ちなのに古本屋とか行くんですね……」
「あぁ、私は行かないわよ。綾音とか弁護士事務所の人が毎日本を郵送くれるわ。
ただ普通の人と比べてもそんなに無駄遣いしてないわよ。
確かに人より稼ぐ不動産や事業を私は相続しているのかもしれないわ。
でも、お金を大事、物を大事にしているからお金が貯まっているの」
「だからストラップがちょっと古いんだ」
僕は制服のポケットから顔を見せているウサギのストラップを指さした。
この間から気になっていた高取さんとは不釣り合いなものだ。
「……これはお母さんの形見なの」
「え?」
「お母さんと最後に動物園に行ったときにお揃いで買ったの。
数少ないお母さんの休みの日に思いっきり遊んで楽しかったな。
一緒にウサギさんを抱いたときの暖かい感触忘れないな……。
もうあの日が来ないかと思うと――」
高取さんは顔を手で覆い涙がそこから溢れ出ていた……。
「ゴメン、あまりにも不躾な質問だったよ……」
「気にしないで。あらやだ。涙なんか落としたら本の価値が下がるわ」
高取さんは涙をハンカチで拭き取り始めた。
しかし、大人っぽい高取さんに不釣り合いなストラップだと思ったらそういう理由だったんだ……とても悪いことを聞いてしまった。
「佐久間様、実はお嬢様の部屋にはたくさん――」
「綾音、余計なこと言わないの。クビにするわよ?」
間髪入れずに高取さんが言った。声は冷え切っていてとても怖い。
目も真っ赤になっている……。
「し、失礼しました。佐久間さん忘れてください」
一体高取さんの部屋には何がいっぱいあるというのだろう……。
それを知った時、僕の命は果たしてあるのだろうか……。
知りたいような、知りたくないような複雑な気分だ……。
「そ、それより今日はなんという団体に行くんですか?」
「LGBT推進団体よ。今日はかなり楽だから多分すぐ終わると思うんだけど」
「そうなんですか?」
「元々、ほとんどが反対の立場だからね。
ほら、この法律では実質的に“男女が強制的に結婚“ということになっているからね。
彼らにとっては人権侵害に近いのよ。
一応書類を出せば現時点では違う性別同士でも結婚はできるけど、
将来世代はそうはいかなくなるだろうからね」
「そういうことでしたか」
すごく合点がいった。確かに将来はほぼ異性同士の結婚しか強制されないようだから、
全員が結婚強制法に対して反対だろうな。
◇
今日は団体の施設というわけではなく、市民ホールだった。
確かこの町では一番大きな収容施設で500人は入る。
そんなホールが今日は埋め尽くされている。有名な劇団が来ても中々埋まらないそうなのに、凄い熱気に満ち溢れている。
「それでは、私たちの恩人でもある聡子先生の娘さんでもあり、
高校生2年生で司法試験を突破されました! 高取涼子先生のご登場です!」
視界に紹介されると、割れんばかりの大拍手に包まれながら高取さんが現れる。
僕は“付添人“ということで、綾音さんと一緒に一番前の席に座らせてもらっている。
「ご紹介いただきました。高取涼子でございます。
今、私たちの基本的人権は危機に瀕しています! それは結婚する自由です!
特に今回の法案で政府の押し付けてくる価値観は男女同士の婚姻という旧来のものであり、様々な結婚の可能性を摘んでいます。
将来は子供を産めないカップル同士を認めない? どう見てもおかしいではありませんか!
人間同士で愛さえあれば誰とでも結婚が許されるべきです!」
昨日とは違って威勢のいい感じの話し方だった。
マシンガントークに迫力を増したような雰囲気で会場の熱気に対してマッチしている。
「政治家はいつも私たちのことを聞いてくれません!
LGBT理解増進法案も当事者である私たちの意見を蔑ろにし、むしろ私たちへの偏見は深まっています。
これ以上彼らの価値観の押し付けを許すわけにはいきません!」
話を時折区切り、拍手を浴びる。そういったことを幾度か繰り返して高取さんの公演は最終盤に向かった。
「今こそ、皆さんで手を取り合って立ち上がる時です!
一人一人の力は小さくても一致団結すれば巨石をも動かせます!
必ずや結婚強制法やそれと同時に成立した法案を廃案に持ち込みましょう!」
「高取先生。お時間ちょうどでした。ありがとうございました。
私たちも全面的に協力させていただきます。
皆さんもそれでよろしいですね!?」
司会がそう叫ぶと、今までで一番大きな拍手が巻き起こる。僕も釣られて拍手していた。
◇
「ふぅ……終わったわ」
流石に語気強く話し続けたためか、背筋が丸まり高取さんの疲労は色濃かった。
「いやぁ凄かったね。まるでコンサートのような熱狂だったよ」
「そう? “役割”を果たすのに必死だったからね」
「しかし、今の時代家族には色々な形があるのにそれを押し付けようだなんてやっぱりおかしいですよね」
「そうよね。一体政治家の人たちはどれだけ私たちの自由を奪えば気が済むのか本当に分からないわ。
私は、同性愛者じゃないから彼らの気持ちはよくわからないのだけども、
一つの偏った考え方に統一することは頂けないわ。
それも一定の数がいるにもかかわらずあまりにも強引に過去の遺物のような家族観を押し付け過ぎよ。
私たちより若い子たちは自由に結婚するためには事実上15歳までに婚姻相手を決めなくてはいけないの。
こんなふざけたこと今まで聞いたこともないわ」
16歳以上の者が1か月以内に結婚しなくてはいけない規定のために、
今年のうちに「非生産者」以外のほとんど全ての人が結婚してしまう。
そのために特例で来年以降に自分の好きな相手と結婚するためには15歳以下同士で結婚しなくてはいけないのだ。
それまでの間に相手を見つけることは至難の業だ。新しいビジネスが出来るのかもしれないけど、未成年では稼げるお金は限られている。
「勝手に家族観を押し付けないで欲しいですよね……」
「家族と言えば、佐久間君のご家庭はどうなっているのかしら?
私の家庭はもう分かっていると思うけど」
「僕の家庭は高取さんと違って両親は揃っていますけど、
3年前からダブル不倫で完全に仮面夫婦状態なんですよ。
もうとうの昔に破綻しているんですけど、
とりあえず僕が大学に行って卒業するまでの間は外見上の関係を保っていてくれているみたいですね」
あまり心配して欲しくないから笑った――つもりだったが、うまく笑えているか分からなかった。
「そうだったのね……」
あまりにも悲しい話だが、親とは別の理由で高取さんと“仮面夫婦”状態だ。
これが僕の“定め”ということなのだろうか……。
「両親が共に僕についての興味がまだ残っているだけ救いですよ。
とりあえず、高校卒業までは関係を保っていてくれるし、
昨日は2人共僕たちの結婚も喜んでいてくれていましたしね。
高取さんは優秀で僕が逆に離婚されないか心配していました。
当人同士は崩壊していますけど、高取さんと違って心配してくれる親がいるだけありがたいことだと思っていますね」
「ごめんなさい。大変失礼なことを聞いてしまったわ」
「いいよ、いいよ。もう慣れっこだからさ」
慣れているとはいえあまりにも虚しかったけど……。
「皆、色々問題を抱えているのね。
弁護士のところに法律相談に来る人たちは特に“係争に発展するかも”と思って来ているからね。
少なくとも当人にとっては一大事なのよね。
私は目標に向かって邁進しているからどんな問題でも小さく見えてしまいがちなんだけど、そういった視点を失ってはいけないわね
特に法律家の卵だからこういったことには注意しなくてはね……」
特に勉強の悩みとかは見ただけで全て覚えてしまう高取さんは理解不能だろうな……。
僕のような凡人は何回も反復して学習しなければほとんど何も覚えられないんだから……。
「高取さんは大天才だからね。
皆は必死に頑張っても高取さんがペラペラ本を読んでいる領域には微塵も届かないということを知っておいた方が良いと思うね」
学年2位の僕ですら雲の上の存在に見えるんだからな……。
「お母さんみたいに皆に寄り添っていけたらと思うわ。
そうね……その手始めとして、あなたのご家族に挨拶に行こうかしら。
無断で結婚してしまったからね。今日この後ちょっと挨拶するぐらい大丈夫かしら?」
「大丈夫だと思いますよ。
ただ、僕は一人っ子で父さんは遅いから、専業主婦の母さんしかいませんけどね。
どういう人が結婚相手なのか、両親はちょっと興味を持っていましたね」
「流石にそうよね。綾音、佐久間君のご自宅へ」
「はっ!」
ロールスロイスは急旋回し始めた。超高級車なのにかなり強引な運転でかなりヒヤリとした……。高取さんも綾音さんも結構強引だから“らしい”と言えばそうなんだけど……。