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第6話 仲良し風の仮面家族

 見慣れた家に帰ってくる。今日は本当に色々なことがあった。

 非日常から日常へ。ただ、日常というニックネームが付いた“本場の仮面家族”の家庭なのだけども。


「ただいま~」


「あら、ケンちゃんお帰りなさい。ご飯できてるわよ~」


 母さんにはメールでもう高取さんと一緒に結婚届を出したと伝えたからかやけにご機嫌だ。

 今日はステーキなのだろう、家に入る前から肉の香ばしい匂いがしてきた。

 

「お、健人。一体どういう娘と結婚したんだ?」


 僕は新聞を投げ捨てながら近づいてくる父さんに学校で渡された高取さんのプロフィールを渡す。

 母さんと父さんが2人揃うことはかなり珍しい。

それぐらい息子の結婚に興味があるということだ。


「え……高取涼子さんの家っていえばここら辺の大地主だった家だろ?

 そんなところのお嬢様と結婚したのかよ……」


 父さんは驚きのあまりか咥えていたタバコをポトリと落とした。

火事になるかもしれないからすぐに僕が拾って机の灰皿に押し付ける。


「うん。ちょっと変わっているけど凄く頭がいいよ。

学校の成績は全科目満点で司法試験も突破しているみたい。

 毎日黒塗りのロールスロイスで送り迎えを受けているみたい。よく僕を選んでくれたって感じ」


 本当は変わっているのはちょっとどころじゃないけどね……。

 でもこれだけ喜んでいるのだから、法案を廃止するように強制的に仮面夫婦になるように要求してきたことは伏せておこう……。


「あらあら、そんな方だったのね。

これはきっとケンちゃんの日頃の勉強の頑張りが認められたのよ」


「そ、そうかな……。そうだったらいいんだけど……」


 実際は“女の子に興味がなさそうだから”という悲惨な理由で指名されたに過ぎない。

 高取さんから見たらただの“ビジネスパートナー”であり、今日結婚強制法が廃案になれば明日にでも離婚するに違いない。


「今度私たちも高取さんのお家に挨拶に行かなくちゃね。

 訪問着を新しく仕立てなくちゃいけないわ~。

 ケンちゃんも愛想を尽かされないように頑張って勉強するのよ?」


 この後ろに続く言葉を僕は知っている。お父さんにはもう愛想は尽き果てているわ、と。


 ちなみに結婚強制法施行後に結婚した相手とは、よほどの虐待などが認められない限り離婚することができない。

 ただこの2人はW不倫だからお互いに罵詈雑言を浴びせ続ければ容易に離婚できそうな雰囲気がある。 

 相手次第だが当人たちの年齢からしたら次の再婚相手と結婚できる可能性も高い。


「これで健人も安心だな」


 この後ろに続く言葉も僕は知っている。“俺たちが離婚しても”が続くのだ。

 

 恐らくは僕たちの結婚関係が表向きでもいいから順風だったことを確認したら、

 すぐさま離婚届を取りに行くことだろう。


 この2人はいつ離婚するかしか考えていない。


 ただ、ありがたいことに僕の幸せを望んでいることは分かった。

 こんなにも理想的な結婚相手に諸手を挙げて喜んでいるのだ。


 だが、母さんも父さんも知らない。その喜びが“ぬか喜び”だということを。

 

 現在、親子揃って“仮面夫婦“だということを。


「今日は赤飯にしたの。しかも糯米もちごめで作ったから。とっても美味しいわ

 あとデパートで一番高い黒毛和牛も買ってきたの。大奮発しちゃった!」


 出てきた料理は結婚披露宴についていったときのパーティーでしか見たことが無いような豪華なラインナップだ。

 お母さんとお父さんからしてみたら離婚の道筋がついたためにそれ以上の喜びに匹敵するのだろう……。


「お、良いな。お替りしていいか?」


「ケンちゃんが食べなくてどうするの。お父さんったらもう食い意地が張っちゃって!」


「チッ、ケチだな! 今日ぐらいいいじゃねぇかよ!」


 パシッと母さんがはたくと父さんの箸が地面にパラリと落ちる。

 それを見ると父さんより早く母さんが箸を手にし――


「あら、ごめんなさい。“つい”やってしまったわ」


 母さんは父さんの手の甲に落ちた箸を立てていた。


「おい! ふざけんなよ!」


 父さんは立ち上がって母さんの胸倉を掴む。


「やめてよ、ケンちゃんの前よ……」


 だが目は怯んでいない。むしろ睨み返しているぐらいだ。母さんは強気だった。


「てめぇの方からやってきたくせに。いざというときは子供を盾かよ……。

 性根が腐りきってるじゃねぇか……」


「あら、それはお互い様じゃない? あなたのほうから先にやっていたんだから言い訳できるわけ?」


 父さんは舌打ちをしながら席に着く。


 父さんの最初の浮気が発覚した日は地獄だった。怒鳴り声と金切声、何かが壊れる音が2階の僕の部屋まで聞こえてきた。

 ずっと布団にくるまっていてもその破壊音は聞こえてきた。全く眠れない夜だった。


 翌日、家具が傷だらけになり、朝ご飯はサランラップの上に乗っていた。

 その週末に家具一式買いなおしたが、

 買い換えていない家具や柱には今も“爪痕”が残っている。

 

 でも、その日壊れたのは調度品や家具だけじゃなかった……。

 家族の絆も砕け散ったのだ。


「ケンちゃんごめんなさいね。

 お母さんとお父さんは本当は仲が良いの。ね? お父さん?」


 僕がいる前では基本的に2人は“仲良し風”を装う。

でも、たまに垣間見える互いの“敵意“に僕は耐えられなくなる。


「あ、ああ……今日は祝杯だって聞いたから早く切り上げて仕事が心配なんだ。

 俺たちのことは気にしないでくれよ」


 高取さんと結婚生活が俺たちとは関係なく順調にいってくれよと言いたいのだろう。

 父さんはちなみに普段は定時に会社を出て母さんと違う女の人と毎晩逢っている。

 

 それを“仕事”というのであれば話は変わってくるけどね。


「ふぅん、“仕事”ねぇ……」


 母さんは当然感づいている。

 それに対して母さんは父さん以外の男の人とホテルで週4回は密会しているらしい。


 そんなわけで母さんの作り置きが机にポンと置かれていた日も多くある。


 僕から見たら2人は同罪だ。

 かといってこうして家族3人が揃えばこの地獄絵図が垣間見える。


 本当に心の底から嫌になる家庭だった。


「美味しかったわね~。次は結婚式でディナーを食べましょう?」


「そうだな。健人、涼子ちゃんとの式の日程決めておけよ!」


 父さんがバシバシっと僕の背中を叩いた。


 恐らくその結婚式はウチの“仲良し風家族”の最終日だろう。

 外の体裁だけを取り繕うのだけは得意だからな。うちの両親は。

 幸い結婚式会場は結婚強制法によって数カ月先までどこも埋まっている。

 僕たち家族の最終日はまだ先になりそうではあった。


 しかし、地獄が垣間見えた今、どんなに高級食材も手の込んだ料理も全く味がしなかった。

 何を言っても常に両親の心の中のどす黒い声が後を引いて聞こえてくる。


 両親がいよいよ離婚したら僕はどうするんだろう? どこに住めばいいんだろう? 

 まさか、高取さんの家にお世話になるわけにもいかないし。一人暮らしを始めなくちゃいけないんだろうか……。


 ひたすら考えてもどこにも僕の居場所は無かった。

 なら一人の方がマシかもしれないとすら思いなおした。


 この家には悪意と虚構、欺瞞に満ちていた。

 高取さんとの間も仮面夫婦だし、本当にお先真っ暗だ。

 本当の愛が欲しかった。

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