第5話 ゼンヨウとの連携
「ところで、これから行くゼンヨウとはどういう組織なんですか?」
「全国私立幼稚園連合会の略称よ。
急速な少子化により一時増えた幼稚園や保育園は続々と財政難で潰れるか開店休業状態になって保育士さんが辞めていったの。
彼らとしては結婚強制法により急に子供が増えることを懸念しているわけ。
一度辞めた保育士さんはもう次の職業に就職しているから戻ってきてくれるとは限らないからね」
「確かに、魔法やゲームのようにあっちいったりこっち行ったりすぐに配置されるわけじゃないですからね……」
「政府も一応はこの対策のために補助金を出して園の存続と、
保育士を支えようとしているみたいだけど、やっと他の業種の仕事が慣れたりしてきた状況で保育士の復職するのは難しいのよ。
そうなると幼稚園や保育園の受け入れ先が人が足りないことで成立しなくなってしまうのよ」
「なるほど、お金を流すだけでは解決する問題ではないですね」
「そうなの。結構保育士の仕事も激務で責任があるからね。
もう戻りたくないと思っている元保育士の方も多いみたいなの。
国が一側面しか見ないで、後先考えずにやっているからこんなことになるのよ」
「だから全幼の人達の支持を取り付けるわけですか」
「ただ同時に、“子供の数は収入源”であることも否定できないからね。
賛成に回るか反対に回るか微妙なラインなのも間違いないの。
だからこそ私の腕の見せ所と言うわけ」
「なるほど……」
「ちなみに以前から話を持ち掛けているから、
今日の会合での私のプレゼンを聞いて最終結論を出すというところよ。
先方にも初動の段階が大事だと伝えてあるから」
「いきなり僕は凄い場面に立ち会うことになるんですね……。
もしかしたら、これから毎日のように色々な団体と会うわけなんですかね?」
「察しが良いじゃない。流石私の“夫的ポジション”なだけはあるわね」
「褒めていただき光栄です……」
こんな話をしているとゼンヨウ――全国私立幼稚園連合会の入っているスタイリッシュで洗練されたビルが見えてきた。
◇
ゼンヨウの代表者の方々はオーラのある、いわゆる“オバサマ方”だった。
眼鏡をかけたいかにもインテリそうな人や、貫禄のある人が多数座っている
ただ、高級ブランド品をつけている人はいない。
贅沢をするより経営を重視する方たちなのだろう。
幼稚園だけでなく保育園の関係者も来ているようだった。
僕の仕事は高取さんの撮影を行うことだった。
しっかりと記録しておいて、動画サイトに綾音さんが後ほどアップするのだ。
チャンネル名は『高取涼子 結婚強制法廃案プロジェクト』だ。
機材に関しては物凄く良い性能で三脚もあるのでブレも少ない。ちゃんと映っているのか確認するだけだ。
「高取先生――聡子先生は私たちのために色々と動いてくださいました。
保育士の権利の保障、保護者からのモラハラ対策、補助金を優先的に受け取れる方法などです。
ですが私たちの収入源は子供たちであることも間違いないんです」
ただ、ここにいる人たちはあまり高取さんのことは口で言うよりも良く思っていないようだ。
高取さんに対して睨みつけ、刺すような視線を向けているような気がする……。
僕に直接向けられていないとはいえ思わず肩がすくむほどだった。
「おっしゃりたいことはよく理解しております。
前年の出生率は0.98、出生数は52万人でした。
経営難の事情も良く把握しております。幼稚園の倒産件数は過去最多を去年記録しています。
ただ、厚生労働省の試算によりますと、3年後にはこの結婚強制法により一気に子供の数はここから50万人増えることが予想されています。
今は経営に苦しんでいるのは本当にわかりますが、
3年後には人材確保と敷地確保、そしてあまりの過密性によるストレスに運営側もお子さんも悩まされることになります。
現状政府にとって必要なことは強制的に結婚数を増やすのではないと考えています。
本来やるべきことは経済的事情により結婚を忌避していた若者の懐事情を改善するための減税策、社会保障費の減額です。
今の経済状況で強制的に結婚をしてしまうと貧困家庭が増加し、
奨学金などの負担により“貧困の再生産”が巻き起こってしまいます。
かといって高卒以下では大卒に比べて給料が少なくなってしまう現状もあります。
このような八方塞の状況になってしまうことは本当に国にとっていいことなのでしょうか?」
高取さんはそんな視線をも意に介さず堂々と話している。
それもいつものマシンガントークではなく、落ち着いて説得させるような演説だ。
よく思い出してみれば、生徒会長としての高取さんの話をよく聞いていなかったけど、こんな話し方だった気がした。
僕に対しても少しは遠慮をして欲しいところだけど……。
「高取先生のおっしゃりたいことはよくわかりますが、私たちは経営改善のための組織です。
やはり、今の苦境を打開するためにはむしろ子供に増えてもらわないと困ります」
グレーヘアーの女性が眼鏡を光らせながら高取さんを睨むようにして威圧した。
「それは私もよく承知しております。
やはり保育園あってこその子供たちであることも強く認識しております。
ですが、そもそも愛あっての結婚だと思うのに、強制的に結婚させることが異常だと思います。
愛無き結婚から産まれた子供は果たして幸せなのでしょうか?
そんな子供が溢れた幼稚園は幸せな空間なのでしょうか?
私はそうは思いません!」
高取さんがこぶしを振ったりしながら懸命にアピールを続けている。
その必死さからか、オバサマ方も徐々に話を聞き入っているのがわかった。
「全国私立幼稚園連合会は幼稚園の経営改善のための施策を打ち出すとともに、“保育の質”を向上させるための団体だと私は認識しています。
そのような崇高な理念をお持ちの団体が不幸な子供たちが増えていくことを許してはいけないと思います。
真の“保育の質“とは保育を担う者、保護者、お子さんの3者が笑顔でいられる瞬間だと思うのです!
今のままでは保護者は経済活動に疲弊し、子供たちから笑顔が失われてしまいます。
私と一緒に協力してください。よろしくおねがいします!」
高取さんは頭を下げた。
僕が一番驚いたのは法律だのなんだの言っている高取さんが「愛」を語ったことだった。
でも、よく考えれば亡くなったお母さんのことを今でも慕っており、
それが最大の原動力になっている。
誰よりも「愛」がある法律家なのかもしれない。
パラパラと拍手が巻き起こり、次第にほぼ全員が拍手した。僕も当然拍手した一人だ。
「分かりました。私たちは高取先生に協力します。お母さんに散々お世話になっていたのに、こんな若くて素晴らしい後継者を支えないわけにはいかないものね。
デモ活動など人員動員に関しては特にお任せください!」
「ありがとうございます。必ず結果を出して見せます。
未来の子供たちを幸福にするためにも必ず。
皆さんの経営に関しては補助金を勝ち取るための活動を母から引き継いでいきたいと思います」
高取さんは全国私立幼稚園連合会の人達に両手で握手していった。
その眼には光るものがあった。
最初はちょっと冷たい人かなと思ったけど、誰よりも熱いハートを持っている。
お母さんの無念を晴らそうとしているところや、遺志を継いで結婚強制法を廃止しようとしている姿勢は誰よりもお母さんのことを愛している。
「愛のある法律家」が高取さんの真の姿なのかもしれない。
僕も”夫的ポジション“である限り全力で支えたい。そう思った。