第4話 自信満々の押し付け
心が空っぽになるような気分になりながらロールスロイスに戻った。
高取さんの車は周りの車と比べて段違いの存在感だ……。
傷かつかないかとか心配にならないのだろうか……。
そんな無用とも思える心配をしながら車に乗り込んだ。
「お嬢様。全幼との集会場所までは時間を要しますので、お休みになられてはいかがでしょうか」
「そうね――ただ、時間的に前田首相が今回の結婚強制法について会見をするようだからそれを聞いてから休むわ。テレビをつけて」
「はっ」
高取さんと僕の斜め前の見やすい位置にスクリーンがサッと出てくる。
高級車でいつも僕がニュースで見ている映像が映し出されるのは何だかシュールだった。
「前田首相。本日から施行されます結婚強制法について国民から多大な不安があるようですが。それについてはどう対処する予定でしょうか?
あまりにも強硬な手段に対して不満の声も大きいのですが」
どうやらここから質疑応答が始まるタイミングのようだ。すぐに首相が答える。
「昨今の少子化は深刻な問題であり、去年ついに出生率は1.0を割り込み、0.98、出生数も52万人となりました。
我々は“異次元の少子化対策”の失敗を真摯に受け止め、新たな革命的な少子化対策をしていかなくてはなりません。
2050年には生産年齢人口が3000万人を切るといった推計もあります。
現状の社会保障システムや経済を持続可能にしていくためには、出生率を上げていくことが必要であります。
その中で、既婚者の出生率は依然として高いことから、
国民の皆様に強制することは大変心が痛むことではありますが、
国民への結婚を義務付けることを決断いたしました。
それに伴い、結婚強制法を今年の6月に国会で通過させ、断腸の思いで本日施行することに至りました。
また、反対意見もあるとのご意見ですが、1年前からこの法案について丁寧に説明を重ね。国民の皆様に理解と周知をしてまいりました。
今後も国民の声を真摯に聞きいていき、その不安の解消に努めてまいりたいと思っております」
はぁ~と隣の高取さんから大きなため息が聞こえた。ちらりと見ると頭を抱えている。
僕ですらも本当に心を痛めているのなら法案を実行するなと言いたくはなる。
とはいえ癖が強いとはいえ高取さんの隣にいられる合法的な理由をくれた法案は嬉しいけどね。
「AIのマッチングシステムは米国で作られたものであります。
海外産のアルゴリズムも解析できないシステムによって結婚相手を決められてしまうことに対して、
国民に不安感も多くあるようですがそれについては首相はどうお考えでしょうか?」
再び記者から質問があった。
「えー、AIのマッチングシステムについて不安の声も上がっておりますが、
遺伝子レベルの適合率は正確で、夫婦の関係が長続きしやすく、子供も生まれやすいというアメリカのデータが出ております。
また、恋愛をしたくてもすることができない方を救済するためにも、
本法案は必要であると思っております。
反対意見が多く寄せられていることも承知しておりますので、丁寧な説明を関係閣僚と共に重ねていきたいと思っております」
僕は救済された側ではあるのだが、結婚相手が特殊過ぎた――それでもやっぱり嬉しいけどね。
「婚姻を強制する年齢が16歳以上というのは低すぎるのではありませんか?
まだ意思決定もできませんよ。人権侵害にはあたらないのですか?
義務付けをする年齢を30歳以上などにすることは考えられなかったのでしょうか?」
「今の日本の文化、ひいては世界の先進国においては18歳以上の結婚というのが常識になっています。
しかしながら、これは近代以降の常識であり、また新たな価値観にシフトする必要があると思っています。
日本においては人口減少が喫緊の最重要課題です。
最先端のマッチングシステムを活用することで、むしろ若いころから次世代について考えることができ、少子化に対して国民全体で取り組むことが出来るようになるために、リスクよりベネフィットの方が多いと思っております。
日本が率先してこれまでにない革命的な新たな取り組みを行い、
世界のリーダーとして新たな姿を見せていければ良いと考えております」
年齢については僕ですら若すぎる判断と思ったけど、聞いていると“それっぽく聞こえてしまう”のだから堂々とそれっぽいことを話すことに意味があるのだなと思ってしまう。
「結婚強制法に嫌悪し、国外脱出を図るものに対して資産課税や罰金まで行うのはやりすぎではありませんか? 憲法22条にある【居住・移転の自由】の違反ではありませんか?」
「我が国に生まれた国民には、先人たちの築き上げた国家日本を維持繫栄させる責務があります。
そのためには何としても人口を増やしていかなくてはいけない。
私と致しましては首相としてその責務を果たすためのあらゆる手段を講じているということです。
現時点においても、国益を重視して、自衛隊基地や原子力発電所の周辺など居住移転の一定の制限はあるわけです。
ご不満もあるかもわかりませんが、新法案においてもお金を払うことで逆を言えば海外に移住できるわけであります。
ご指摘のような居住移転の自由に違反しないと第三者委員会の審査やアメリカや欧州の許可得ておりますので問題はないと確信しております」
とんでもない開き直りだった……。お墨付きがあればいいという問題でもない気もする……。
「人口減少対策ならば外国人労働者を今以上に迎え入れるということは考えておられないのでしょうか? ついこの間まで“外国人は日本の宝”とまでおっしゃっていたと思うのですが?」
「んー、外国人の方々はあくまでも一時的な労働力の補充であります。
目下の労働市場の不足に関して“外国人は日本の宝”と申し上げたのであり、他意はありません。
また、海外の事例では外国人移民が自国民と対立し、深刻な社会的分断を生み出しております。
自国民を何としても増やす。
そのためには国民の皆様にご負担を強いることになりますが、私はこの政策に確信的な自信を持っております。
将来の日本のためにも皆さんのご協力をいただければと思っております」
掌返しをここまで堂々と胸を張って言い切られるとむしろ清々しすらあった――記者の皆さんも絶句しているのが分かった。
そして全員が思った。こういう時に限って“検討使”はどうしたんだと……。
あっという間に強硬的に決めすぎだろう……。
「これからも、子供が増えることが予想されているために子育て支援策などより良い政策の検討を加速させ、国民の皆様の生活の増進を図ることに邁進して――」
高取さんは右親指の爪を噛みながらテレビを見ていたが、そこまで聞いたところで消した。
「そ、そんなに爪噛んでボロボロにならないんですか?」
爪が浮いているように見えたからそう声をかけてしまった。
「本物の爪はとうの昔にはがれちゃったわ。これはもう『付け爪』なの」
パリッと爪が取れた。痛々しい指が出てくる。サッと次の付け爪を取り出して指に着けて元通りになった。とても手馴れていた。
「そ、そうなんだ……」
どれだけ頻繁に嚙んでいるんだと言いたくなったが、高取さんはお母さんが亡くなってから結婚強制法施行までストレスが溜まることばかりだっただろう。
前田首相は、6年前も首相だった。その際にはあまりの低支持率により辞任したものの、後任があまりにも酷すぎて2年後にすぐに返り咲いた。
野党も酷すぎて政権支持率が一桁になっても政権交代が出来ず、
そこから4年間ものらりくらりとやりながらよくわからない政策を進め、
何となく日本が悪くなっていっている気がする。
「こんなに人気のない長期政権は世界でも類を見ないはずよ。
国民にマイナスな政策を強引に推し進めるのとメンタルは世界一なのかもしれないわね。もちろん首相の器ではないけれども」
「それだけ日本が人材難ってことなのかもしれないですね……」
「高学歴な方々のほとんどはお金持ちよ。
お金持ちが庶民の気持ちを分かってくれればいいけれども、
自分の利権の拡大のために無視されてしまっているのよ。
国民がそれを事実上許容して選挙に行くことすら諦めてしまっているのがまた問題ね」
「なるほど……」
「まったく、のらりくらりとしたこの首相の言い方にはいつもイライラするけど、
気持ちが奮い立つから良いのよね。私のやるべきことが明確になるから」
「しかし、相変わらず首相は“良い事をしている感”を出していますよね」
「総務省が公表するようになった“非生産者制度”を作った時もそうだったわね。
あの制度もお母さんは断固として反対したのだけども、“性犯罪者の公表”を名目に始まって次々と公開していく罪の項目を追加してしまったの。
そして今回の結婚強制法で最大限活用するというわけね」
「制度を作っちゃえばあとはホイホイ追加しちゃっているわけですね。
今回の“お題目”はどういうことを注目したらいいんでしょうか?」
「簡単に言ってしまえば“恋愛弱者救済“これが政府の言い分みたいね。
データがどうとか言ってるけど、そんなものはいくらでも都合のいい研究結果を出すことができるわ。
騙して納得させるためなら学者を買収してでもやりかねないんだから」
僕もその“恋愛弱者”の一人なんだけどね……。
だからこそこの法案にも影では賛成していたんだけど……。
「前もそんなこと高取さん言っていましたよね。
具体的にはどういうことなんですか?」
「“科学的検証”というのもアテにならないケースだってあるわ。
現在の科学においては演繹法と帰納法によって論証がなされているの。
この2つの共通点は立てた仮説が間違っていればすべてが破綻してしまうということよ」
「どういうことですか?」
「例えば、洞窟の中で1万個緑の宝石を掘ったとするなら、
1万1個目は何色になると思う?」
「そりゃ緑ですよ。他に何があるっていうんですか?」
「ところがこの宝石は日の当たる場所で見ると青だったのよ。つまり1万1個目は青だわ
もちろんこれまでの1万個も青だったことになるわね」
「えぇ……なんなんですかそれは……」
「このケースは1万回同じ事象が続いても“仮説”が間違っていれば証明が根本から覆ってしまうことを示している例だわ。もちろん極端ではあるけれどもね。
このように“科学的論証”も“色眼鏡“によっても変わってしまうことがあるわけ」
「つまり、『夫婦の関係が長続きしやすく、子供も生まれやすい』と思い込んでデータを集めれば、結果が歪む可能性があるということですか?」
「その可能性は十分あり得るということよ。
これほどの国家プロジェクトを無理やり押し通そうとしているからね。
何かしら裏があると思っていた方がいいと思うの」
高取さんが首相の話を聞いていてため息をついていた理由が分かった。
ただ僕は別の意味でため息をつきたくなった。
あまりにも解決しようとしている課題が大きすぎるからだ。高取さんについていけるのだろうか……。