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第2話 婚姻届

 僕は放課後、浮足立ちながら理科室に向かう。こけないようにするのが大変だ。


 高取――いや、高取涼子さんは学園の「高嶺の花」とも言われるような存在だ。

 無理もない。生徒会長でありながら常に全てのテストは満点。

 家はお金持ちでこの街を見下ろすような高台に豪邸を構えている。


 それでいて、女子生徒もうらやむほどの美貌を持っているのだから、まるで『絵にかいたような人物』だ。


 そんな高取さんから理科室に一人で来て欲しいと言われたのだ。

 

 まったく、さっきまでテストの得点で負け続けていることを「親の仇」みたいに思っていた。

 それなのにこんなにも浮かれきっているのは、本当に現金な奴だと自分自身でも思えた。


 呼ばれた理科室の扉の前で花弁が数枚落ちていたのでそれを拾ってポケットの中に入れた。

 あとでゴミ箱に捨てておこう。


「し、失礼します……」


 僕は数十年前のロボットのようなぎこちない動きで教室に入る。


「あら、佐久間君。来てくれたのね。嬉しいわ」


 パタリと読んでいた本を閉じ立ち上がると高取さんは薄く笑いかける。


 落ち着いた凛とした声は耳に心地よく、聞いているだけで心が鷲摑みにされそうだ。

 そして初めて高取さんの眼を見たが青い宝石のように輝いており、吸い込まれそうなほどに美しく、一挙手一投足に品があった。


「よ、よろしくお願いします」


 あまりの美しさにまともに目線を合わせることすらできない……。


「はい、ここにハンコ押して? 私のは既に押してあるから」


 そんな高取さんは美しく長い髪をかき上げながら、サッと婚姻届を僕に渡してくる。

 メガネが何か違ったものを映しているのかと思って拭きなおすが、

 確かに高取さんの名前が書いてある……。


 候補は適正率を考慮してぞれぞれ3人ずつ選出され、その中から結婚しなければいけない。

仮に全ての候補が結婚してしまった場合には早急に再抽選され、結婚が強制される日程も延びる。

 僕は「無限に売れ残る」のではないかと実は懸念していたんだがまさかの初日にこの用紙を目にすることになるとは……。


「ぼ、僕なんかで本当に良いの? 他の2人よりも劣ると思うんだけど?」


 高取さんはこの学校の中でどう見ても“選ぶ側の人間”だ。

 それなのに“売れ残り”濃厚だと思っていた僕を真っ先に呼んだのは謎過ぎた。


「問題ないわ。間違いなく私の意思よ」


 ニコリと高取さんは笑う。恐ろしいほど美しく何か魔法にでもかけられたようだ。


 高取さんの綺麗な字になるべく見劣りしないように僕は人生で一番ぐらい丁寧に自分の名前を書いたつもりだったが――それでも見劣りしている。


 そして、僕は震えながらハンコを取り出したが、何とか歪まずに押すことが出来た。

 決められた相手と結婚するまでの猶予はあったが、

 やはり今日のうちに決まる可能性も考慮して多くの生徒はハンコを持参していた。


 ゆ、夢みたいだ。あ、あの高取さんと付き合うどころか入籍できるだなんて!


「むしろ、あなたがパートナーでなければならないの。

 あなた女の子に興味が無さそうだから“仮面婚姻”が成立するじゃない。

 結婚強制法廃案を目指して頑張りましょう?」


「え……」


 ハンコを押して浮かれているときに、衝撃的な言葉の前に僕は固まる。

 仮面結婚? 仮面〇イダーの親戚か何か?


「絶対に許せないのよね。国民の権利を平気で踏みにじる政府が。

 誰でも結婚相手を自由に選べなくてどうするの?

 こんなの国のやって良い事ではないわ。いったいどういう神経をしているのかしら。

 佐久間君もそう思うわよね?」


「そ、そうですね……」

 

 僕の婚姻相手となったハズの方は一人でまくしたてるように話していたので圧倒された。

 そうか……そういう理由で僕を選んだのか。

そ、そうだよな。こんなガリベンでデブの眼鏡。

そして勉強以外他に何も特技の無い奴をわざわざ指名したりしない。


「しかも、政府が“子供が減っている”とかいう海外に対する体裁を保つためだけの自己中心的な発想じゃない。

 私たちの目線に全く立っていないのよ。

 社会保障費だなんて税金で取ろうとするから破綻しているのであってさっさと国債を発行しちゃえばいくらでも少子化なんて進行していいの。

 むしろ、減税して若者世代を楽にしたほうがよっぽど少子化対策になるわ。

 強引に結婚させるだなんて政治家は頭のネジをどこかに置いてきているに違いないわ。

 こんなことどう見ても異常よ。ね?」


「ええ……そうですよね」


 ようやく一区切りついたところで心の中で盛大にため息を吐いた。

つまり、法案廃止に向けて一緒に働けということだろう。


 ハッキリは言っていないが、今の高取さんに意中の相手はいないが、

 理想の相手が出てくるまでの間、僕は仮の結婚相手になれと言うことなのだろう。

 馬鹿みたいに浮かれていたのがだんだんと落ち着いてきて、冷静に物事が見られるようになってきた。


 このまま話を永遠と聞かされてもどうにもならないので、ちょっとこれまで気になっていたことを聞いてみようと思った


「ところで、高取さんはどういう勉強方法をしているんですか?

 僕は高校生活のこれまで全てを使っても高取さんと同率1位にすらなったことが無いんですけど……」


 正直言ってここはかなり気になっていた。

全敗していたが、勝手に“ライバル”だと思っていた相手なので参考にしたかった。


「私、基本的に見たら全て記憶できるの――と言うか記憶しないと間に合わないのよ」


「ど、どういうことですか?」


「私、こう見えても天涯孤独なの。

 父は私が3歳の時に早逝してしまって、母も一昨年亡くなったわ。

一刻も早くお母さんの跡を継がなくちゃと思って学校の勉強なんて1回見て全部理解しなくちゃお話にならないのよ」


“瞬間記憶能力”や“カメラアイ”とも呼ばれているものだろうか? 

いずれにせよ気持ちだけで何とかなる能力ではない……。


「高取さんのお母さんはどういうご職業だったんですか?」


「私のお母さんは弁護士よ。色々な権利や人権を守るための活動をしていたわ。

 今回の『結婚強制法』についても全面的に反対していたの。

 でも、一昨年交通事故で――」


 そこで高取さんはハンカチを取り出して目頭の涙をぬぐった。

 しばらく目を逸らして僕は黙っていた。

 落ち着くと高取さんはマシンガントークを再開させる。


「ごめんなさい。その事故がまた不自然だったのよ。

 トラックとの衝突で炎上したのだけれど、衝突する前からお母さんの車が焼けていたことが分かっていたの。

 でも、警察は“普通の事故“として扱ってしまった。

 しかもお母さんの過失として扱われてしまいこっちが賠償金すら払ったんだから本当に腹が立ったわ」


「それはお気の毒な事件でしたね……」


 詳細がわからない以上、それ以外出てくる言葉は無かった。

僕の家庭も大概だがそれでも両親がいるだけマシなんだろう……。


「そこで私は、弁護士事務所を継ぐためにその日から勉強して去年の予備試験を突破し、今年7月の司法試験を合格したの。

 弁護士に正式になったなら弁護士事務所を継ぐつもりよ。

 母のもとで働いていた優秀な職員や他の弁護士はまだ残っているからね」


「なるほど、簡単に言えば“学校の試験ごとき”は眼中に無かったのか……」


 どうりで満点なわけだ。高取さんはお母さんの無念を晴らすため自ら弁護士になって結婚強制法廃止を目指している。目標のレベルが僕とは違い過ぎたんだ。


 僕なんて将来の目標すら無い。

 とりあえず毎日高校に行き、何となくいい大学に入って、流れでどっか名の知れた大企業に就職できたらいいな。

 その過程のどこかで結婚相手が見つかったらいいなと漠然と思っていただけだ。


「勉強法と言えばこんなところね。どう? 参考になった?」


 話を聞いて参考になるどころでは無かった。元の能力も目標も全く違い過ぎたのだ……。

 同じ学校に通っている以外に全く共通点は無いと言ってよかった。


「い、いやぁ、僕には高取さんのようになるのは無理そうかなぁ……」


「今は司法修習を学校の傍ら行ってるわ。これは大体1年ぐらい受けなくてはいけないみたい。だから肩書は『司法修習生』というわけ。

 制度的にすぐに弁護士名乗れないのがまた歯がゆいのだけど」


「凄いね……。尊敬するよ。もう高校生の領域を超えているね」


「この日本では“飛び級”というものが無いからね。

 こうでもしないと“上のランク”にはいけないのよ。

 基本的にロースクールを出ていないと受験できないのだけども、

 予備試験に受験制限がないだけまだ良かったわ」


「そんなレベルの高取さんが、そもそもどうしてウチの学校に通っているのかが謎だよ……」


 僕たちの通っている鷹揚学園は偏差値は低いわけではないが、かといって飛び抜けて高いわけではない。市内でも偏差値が高い学校はいくらでもある。


「単純に私の家から一番近かったからってだけね。

 この町は代々私の家系が地主として持っているし、簡単に離れるわけにもいかないのよ。

 高取家は今や私しかいないわけだしね」


「町全体への責任があるということなんですね……」


「この町のためにも私は必ずお母さんの名誉を挽回するわ。

 そして、この結婚強制法を廃案にして見せる……。

 例えどんな手を使ってもね。……あなたも協力してくれるわね?」


 高取さんの眼の宝石は青から赤に変わっていた。

 ゾッとするような恐怖も感じるが一方で惹き込まれるような魅力があった。

 

「は、はい」


「今はとりあえず、未婚だと投獄か財産没収をされてしまうからそれを阻止するための仮初の間柄よ。分かっているわね?」


「勿論です。高取さんに全面協力します」


 それ以外の回答は、許されなかった。 

 高取涼子さんは『絵にかいたような人物』かもしれないが“かなり癖が強い”ようだ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなにもかけ離れた存在である2人が、どんな風に物語を紡いでいくのが楽しみです! [一言] 更新時間は、毎日更新するなら、ちょっと時間を変えてみたら面白いですよ。 いつも8時に投稿していた…
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