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第1話 結婚相手決定

「今日、夏休み明け最初ホームルームだが、夏休みの宿題を集める前に、

 お前たちの人生を決める重大なことを伝えなくてはいけない。


 結婚強制法により30年4月時点で16歳以上のお前たち全員は今日からこの学校内で適性が高い人物3人の中から1か月以内に結婚しなければならないことになった。


 この法律に反する者は罰金1000万円以下か拘禁刑20年以下。

 その上に氏名が「非生産者」として総務省によって公表される。

 この公表は殺人や強盗などと同じように掲載されるために「社会的死」をも意味する。

 必ず、候補者3人の中から1か月以内に入籍するように」


 担任の高橋先生がプリントを読み上げながらそう言った。

 マジかよ、信じられねぇと教室中から口々に声が上がる。ブーイングすら出た。


 結婚強制法――毎年4月時点で16歳以上40歳未満の未婚者は遺伝子的に子供が残しやすいとマッチングAIが決めた候補者3人の中から1人と、1か月以内に結婚しなければならない。

 これが2030年9月2日月曜日、本日から施行されたとんでもない法案だ。

 

 年齢が低めに設定されたのは単純に若ければ若いほど子供ができやすいからであり、

 かつては15歳で元服、そしてその前後での結婚だったために早くはないというのが政府の言い分だった。


 自由恋愛を渇望し、お金に余裕のある人たちは“国外脱出”を図り、

 むしろ今年は人口減少が加速するのでは? と言われている。

 ただ、政府はそれをも先回りし、国外への財産を移す場合には資産が少ない者は罰金1000万円、資産額が多い者は50%の資産課税まで図るようだ。

 ついに、自由恋愛にすらお金がかかる世界になったのだ。


「えー、みんな静かに!

 いきなり結婚と言われても、不満や不安はあるかもしれないが、こんなところで人生を棒に振るわけにもいかないだろう?


 何とか受け入れてほしい。

 今後学校側としても、お前たちを全力でサポートするプログラムを考案している。

 ただ、まだ日程が決まっていないので追って伝えていこうと思う。


 では、政府が認めたパートナー候補のプロフィールを1人ずつ渡していくから名前を読んだら取りに来るように! 

その時に一緒に夏休みの宿題を持ってくるのを忘れるな!」


 先生の声に教室中は、夏休み終了も相まって“げんなり”と言った感じだ。

 この学校は男子と女子でクラスが別なので、この2―B男子クラスは“鬱”と言っていいほどの空気になっている。


 きっと女子クラスだって“葬式“みたいな感じに違いない。

 先生の宣言が喪主挨拶みたいなものだ。

葬式と違うのはお坊さんが来ていないことぐらいだろう。


「いきなり高校生で強制的に結婚ってどうかしてないかい? 

……かといってこの学校別に可愛い子そんなにいないしなぁ……」


 隣の席の柴藤に向かって声をかける。柴藤は髪をかきむしながらこっちを向いてきた。


「な? 高校生にして一生が決められちまうみたいで嫌だよな……。

こっちは夏休みが終わってこっちは鬱だってのに、その上でこんな仕打ちあんまりだよ。

“結婚は人生の墓場”とまで言うしな」


「ホント、もう他人の人生を背負わなくちゃいけないかと思うだけで気が滅入るよ。

 女房、子供、家が“男の三大不良債権”とまで言われているもんなぁ。

 政府は人間の結婚を「動物の交配」と勘違いしているんじゃないかな?」


 言葉とは裏腹に僕はウキウキだった。

 むしろ浮ついた気持ちを抑えるために柴藤に声をかけたと言っても良かった。

 かといって“葬式”で浮ついた雰囲気を出すわけにもいかない。


 と言うのも「僕は年齢=彼女いない歴」で、ずっと勉強ばかりしてきた。

 その上で、標準体重を上回るデブ。顔はニキビだらけで、スポーツ音痴で手先は不器用。

 ドの強い丸メガネをかけている僕は女の子にモテる要素なんて何一つ持っていない。


 そんな僕は女の子に声をかける勇気はない。冷たく断られたり無視されたりするのは想像しただけでも辛いのだ。


 こんな“恋愛弱者“である僕としてはこの法案は渡りに船なのだ。


「お前のような奴ばかりだからここまで少子化になっちまったんだろ。

 あーあ、そんなに少子化っていうのならいっそのこと『試験管ベイビー』とかで人口を補充してくんねぇかなぁ」


「あれは倫理的に問題があるからな。結局誰が育てんだって話にもなるし。

 技術的にはとうの昔に実現できているみたいだが、実用化はもっと先だろう。

 また、子宮を通らず帝王切開だと感染症に弱いと言った実験結果もあるから、『試験管ベイビー』はもっと体が弱そうだ。

 遺伝子交配をしていたらそれこそ人間は実験動物になってしまうよ」


 ちなみに、AIが判断する遺伝子情報は健康診断で行う尿検査、血液検査などで情報を得ているらしい。


「流石佐久間、学年2位が指定席になっている奴は言うことや情報量が伊達じゃねぇな」


 柴藤はプログラミングが得意な僕の親友だ。

 お互いに勉強を教え合っていつも高めている間柄だ。

 その上で家も3軒先だから非常に仲が良く、逆に言えば柴藤以外の友達はいないというのが現実だ……。


「1位取れなきゃ意味無いっての。高取が常に全科目満点だからこちとら英語のスペルミスすらできやしない……」


 高取は常に学年1位、それどころか全科目満点が指定席の“化け物”だ。

 僕は本当に勉強しか取り柄が無いので、必死で毎日勉強机に向かっているが、

 勝負できるはずの主要五科目では499点が最高得点。スペルミスが本当に悔やまれる……。

 同率1位にすらなったことが無いのでこれまで全敗だ……。


 体育や家庭科などはお話にならず、それ以外も全科目満点の“化け物”に隙は無い。


「それって嫌味かぁ? 俺なんて最高学年10位だぞ?」


「僕は逆に勉強以外に取り柄が無いからね……。

 柴藤は色々得意あるし、女の子に結構モテてるじゃない?」


「モテても興味のない奴らじゃ意味がねーよ!

 逆に好きな奴がいる人はこの法律をどう思うんだろうな?」


 柴藤は端正な顔立ちで、スポーツもかなりできるし、家もお金持ち。

 バレンタインデーでは毎年机の中や下駄箱がチョコで埋まっているような奴だ。

 それでも何だか嫌な感じはしないし、“親友”という感じがするんだよな。


「それこそ柴藤、贅沢ってもんだよ! それより、その言い方だとまさか好きな子いるわけ?」


「い、いねーよ! ただ、好きな人が適正に高い中にいなかったらどうなるんだって話」


「条文読んだけど、第11条には結婚している人は適正とは関係なく婚姻関係を継続していい事が書いてある。

 更に13条では未婚でも結婚前提の交際なら国に申請すれば良いらしいよ。

 13条2項で同性婚も同じような申請をすれば良いらしい。

ただし、特別な書類を提出して半年以内に籍を入れなければ違法になり、逮捕されちゃうみたいだけど」


「さ、流石佐久間。色々詳しいねぇ……」


 僕は正直この法案が嬉しかった側だったので、条文を貪るように読み込んだ。

 よって、全ての内容が頭に入っている。


「偶然だよ。ただ思うのは結婚を前提とした付き合いじゃないと悲劇が起こりかねないってことだよね。世の中結婚を前提としているお付き合いばかりじゃないからね」


「そりゃそうだ。片想いのやつとかどうすんだって話」


「あ、その顔! 柴藤は誰かやっぱり好きなんだろ? 

僕にだけ教えてくれよぉ。誰にも言わないからさぁ~」


「い、いねぇって……」

 

 柴藤はプイっと顔を背けた。追撃してやろうと肩に手をかけたその時だった。


「おい! 佐久間! お前の番だぞ! 遊んでないで“お相手”のプロフィール気にならないのか?」


 AIの診断は自分の今の所属先と年齢と遺伝子の適正率で総合的に判定される。

 学校に通っている僕の候補はまずこの学校内の女子になる。

 候補3人は誰なんだろう? いきなり手汗が出てきた……。


「す、すみません!」


 僕は手汗をハンカチで拭いながら、急いで夏休みの宿題を持って先生のもとに向かう。

 そして賞状のようにプロフィール一覧表を恭しく受け取る。


 僕は! この結婚で運命を変えるんだっ!


「えーと、高取涼子。遺伝子適正率99.9%」


 そこにはたった今噂していた女のプロフィールが並んでいた。

 身長164センチで体重は――ってそんなところまで書いてあるのか……。

 このデータが悪用されないか心配になってくる。

 ただほとんど適正率100%というのは凄いが、この人は正直僕には手の届きそうのない相手だ。


 他の2人に対して後でアプローチしてみるか……。





 そんなことを考えて残る候補2人の電話番号にかけようかかけまいか迷って、

 結局何もできず放課後になってしまった。


 校庭でサッカー部が練習をしているのを永遠と見ながら何をしているんだろうと思った。

 はぁ……結婚を強制される状況でもどうすることもできない。

 周りの環境が激変しようとしているのに、自分を変えることが出来ないんだ……。


 なんてダメなやつなんだろう。結婚強制法が出来ても一生結婚できない稀有な存在になるか、「非生産者」認定されるかのどちらかの人生なのか……。


 そんな絶望的な気持ちになっていると、見たこともない番号から着信がある。

 一瞬無視してやろうかと思ったが、何となく取らなくてはいけないような気がした。


「もしもし、佐久間ですけど。どちら様でしょうか……?」


「はじめまして。私は高取涼子。まだ結婚相手が決まっていないのならどうかしら?

 私と結婚してみない? 少しでもその気があるのなら是非とも来て欲しいのだけども」


 いきなり電話をかけてきたと思ったら、涼しげな声で何を言っているんだこの人は……。

 まだ残暑厳しい9月2日。蝉がけたたましく鳴いていた。

 そして、心臓の高鳴りはそれ以上に鳴りやまなかった。

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