入れ替わり
「なるほど、今世でのそちの名は、『ヤマトタケル』か……良い名じゃ。まあ、『日向子』の記憶で分かっておったが」
「……覚えててくれたか……でも、おまえは、日向子……だよな?」
「妾は、日向子に宿ったもう一つの意識、ヒミコじゃ。魂としては同一。元々生まれ変わってきた身じゃからのう……これも宿命じゃ。本来、生まれ変わったら前世の記憶は失うものよ。今のそちのようにのう。けれど、妾は妖の根源たる『邪鬼王』を追ってこの時代の自身の魂に、意識と記憶を転移させたのじゃ」
なんとか俺に説明しようとする、自称ヒミコ。だが、聞けば聞くほど、俺の感情は悲愴なものになっていく。
「……この時代は物の怪も妖術、呪術の類いもほとんど残っていないようじゃのう。幸い、転移してきたはずの邪鬼たちの気配も感じられぬ。そちがそんな顔になることも、我が意識の下で怯える『日向子』も、我が本意では無く、想うに忍びない。それに……妾も『転魂』の儀式で疲れておる……しばらく休むから、もう一人の妾のこと、頼んだぞ」
自称・ヒミコは、そう言うとベッドから上半身を起こした体勢のまま目を閉じた。
刹那、ガクン、と一瞬その体が揺れて、しかし倒れることはなくベッドの後方に両手を付き、彼女は目を大きく開いた。
そしてしばらく、俺のことをじっと見つめて、すぐに涙目になった。
「……武流……武流よね?」
「あ、ああ……日向子……だよな」
「うん、そう……でも……なにか、別の誰かに取り憑かれて……ううん、もう一人の私に乗っ取られて……武流と話、してたのは分かってるんだけど、今の私がどうしてもしゃべれないし、体も動かせなくて……怖いよ……」
彼女は、そう言うと体をガタガタと震えさせ始めた。
「日向子……よかった、完全に戻ったんだな……大丈夫、俺が付いてる」
「うん……他の二人は?」
日向子が室内を見渡す。
すると、彼女と同様に、検査着を纏った陽菜さん、空良も、俺たちを見て泣きそうな顔になりながら、
「私も戻ったから……怖かった」
「私もだよ……なんだったのかな……私が私じゃなかった……」
と話した。
みんな、元の状態に戻ったようだ。
「良かった……一時はどうなるかと……」
俺も思わず、涙を浮かべていた。
それを見た日向子が、
「……武流……一つだけお願い……少しだけ、抱きついてもいい?」
今まで、双子のきょうだいのように過ごしてきた俺たちは、そんなふうにしたことはなかったのだが……今だけは事情が別だ。
「ああ……俺で良ければ頼ってくれ」
そう言って、彼女のすぐ側、ベッドの縁に座る。
「うん、ありがと……怖かった……」
涙を溢れさせながら、俺に抱きついてきた日向子。
長い黒髪、澄んだ瞳、通った鼻筋に小さな唇。
自分が密かに思いを寄せていた美少女に頼られていること、抱きつかれたこと……そして彼女の意識が完全に元に戻ったことに、感情がぐちゃぐちゃになりながら、俺も日向子を抱きしめた。
と、そのとき、病室のドアが開き、入って来たのは、日向子達の両親と、俺の両親だった。
――数秒間、病室の空気が固まった。
「……えっと……お邪魔だったかしら?」
少し嬉しそうに口を開いたのは、日向子の母親だった。
「ち、違うの! これは別だから! そういうんじゃないの!」
真っ赤になりながら弁明する日向子。
俺も、自分たちのことを勝手に「許嫁」などと決めていたお互いの両親に、この状況をどう言い訳するか、少しだけ頭が痛くなった。