授かった御業
本殿の脇を通り過ぎ、さらに二百メートルほど奥へと進むと、小さな祠、末社が存在する。そこも通り過ぎると、木々が点在する自然林に到達する。さすがにここまで来ると、滅多に人が来ないし、防犯カメラも設置されていない。
「……なるほど、ここならお互いにどんな御業を習得したのか、披露しあえるわね」
陽菜さんがそう言って笑みを浮かべる。かなり自信があるのだろうか。
「じゃあ、私からいくねー!」
元気にそう声を上げたのは、末っ子の空良だった。
彼女も、拝殿でお祈りをするまでとはうって変わって元気いっぱいだ。
そんな彼女が両手を合わせ、祈りを捧げるように僅かに目を閉じる。
刹那、彼女の左手の指輪が光ったかと思うと、髪の毛が逆立ち……バチバチッという音と共に、全身から幾本もの紫電がほとばしった。
その長さは、1~2メートルほどにも達する。
「危ないから触らないでねっ! 普通の人なら一瞬で気絶するぐらいの威力はあるからっ!」
まだ中学三年生の女の子が、微笑みながらそんな物騒なことを言う。
「それって、空良自身の力なの?」
陽菜さんが、少し驚いたように問いかける。
「ううん、もちろん神器の力ではあるんだけど……簡単に言うと、神器を使って天気やそれに伴う自然現象を操る力。これは雷を小さくしたもので……あと、風とかも……こんなふうにっ!」
そう言って彼女が左手を一度上に上げ、激しく振り下ろすと、林の中を激しい突風が吹き荒れた。
思わず目を閉じ、身構えるほどの強風だが、その中心にいる空良は平然としている。
俺たちももちろん驚いたが、木々に止まって鳴いていた周囲の鳥たちはもっと驚いたようで、数十羽が一斉に飛び立ってしまった。
「……もう、ダメじゃない、生き物を怖がらせたら……」
陽菜さんが、相変わらず笑みを浮かべたまま空良を軽く注意する。
「ご、ごめんなさい、鳥さん……」
空良は半べそだが、それは今までのように何かに怯えて、ではなく、鳥たちを怖がらせた後悔のように見えた。
「大丈夫、私に任せなさい」
陽菜さんはそう言うと、先ほどの空良と同じように両手を組み、静かに祈りを捧げた。
すると、やはり彼女の右手の指輪がキラリと光り……一瞬の後、陽菜さん自身が柔らかな光に包まれたように見えた。
……チチチッ、という囀りが聞こえる。
少し遅れて、どこからともなく小鳥たちがその姿を現し、そして陽菜さんの周囲に集まり、さらには彼女の体に止まり始めた。
やがてそれらは数十羽にもなり、彼女の周囲を旋回するように飛翔する。
それはまるで、小鳥たちが天女と遊んでいるかのように幻想的な光景だった。
だが、陽菜さんがキッと眼を吊り上げると、それら小鳥たちは驚いたように逃げて行った。
「……ごめんなさい、これから行う秘術は、みんなを巻き込んじゃうかもしれないから……」
陽菜さんの表情は、先ほどとは別人のように真剣だ。
そしてさっき空良が実行したように、陽菜さんも指輪を嵌めた右手を振り下ろした。
その直後、彼女の前方十メートルほどの場所に、宙に浮く幅五センチ、高さ十センチほどの火の玉が現われた。
「ひ……人魂っ!」
日中だというのにはっきりと見える火の玉。さすがにこれには、日向子も空良も驚愕の声を上げ、俺も鳥肌が立つのを感じた。
「ふふっ……そんな怖い物じゃないわ。火の精霊を召喚したの。私の授かった力は、太陽エネルギーを源とするとする召喚術。鳥や獣、そして普段は目に見えない精霊達をも、こうやって姿を見せてくれるように操ることができるの。もっともっと、力を加えると……」
陽菜さんがそう呟いてさらに腕を大きく動かすと、火の玉は徐々に大きくなっていき、やがて炎のつむじ風となって数メートルの高さまで立ち上った。
呆然とそれを見つめる俺たち。
「……大きくなりすぎると、維持するのはまだ難しいわね……」
汗だくになりながら彼女が緊張を緩めると、炎の柱はゆっくりと消えていった。
「……二人とも、凄いね……こんな複雑な御業を授かるなんて……」
「何言ってるの、日向子の方がもっとすごい秘術を受け継いでるはずでしょ?」
「そうだよ、ひな姉の本気を見せてっ!」
日向子の姉、妹がそんなふうにはやし立てる。
いや、二人ともぶっちゃけ十分凄かった。剣山での野犬やイノシシにも対抗できるんじゃないだろうか?
「ううん、私のはそんなに複雑じゃなくて……」
日向子はそう言うと、指輪を使い、さっきのドーム型の防御結界を展開する。
「この中からでも、神器に蓄えられた太陽の力で攻撃できるだけ」
彼女はそう言うと、右手を前方に突きだした。
するとその薬指に嵌めたシルバーリングから、一筋の強烈な光が放たれた。
そしてそれは防御結界を貫通し、すぐ目の前にあった大木の幹をも貫いた。
驚くべき事に、さらにその後ろの大岩に当たり、深い穴を穿っていた。
「凄い……何て威力……」
陽菜さんが感嘆の声を上げる。
「さすが、ひな姉……」
空良も、目をまん丸にして驚いている。
「……それって、防御結界を貫いているのか?」
俺は思った疑問を素直に言葉にした。
「ううん、そうじゃなくて、貫いたように見えた瞬間、そこに穴が空いて通り道を作っているの。万分の一秒とか、そういう次元の話だから、分かりづらいとは思うけど……」
とんでもなく高度な技術を、さらりとこなしているであろうことだけは、なんとなく理解した。