頼りがい
――ふっと、目の前が明るくなった。
いや、夢から覚めた、という表現が正しいだろうか。
先ほどまでの、無機質で静寂に包まれた世界から一転し、色鮮やかな木々の緑に囲まれ、蝉の大合唱が聞こえる……要するに、元の状態に戻っていた。
拝殿前でお祈りをしていたことを思い出し、先ほどの出来事が本当に夢だったのかと、慌てて周囲を見渡す。
すると、隣で手を合わせていた日向子や空良、陽菜さんも、俺と同じように、驚いた様子で目を見開いて俺や周囲を見渡していた。
「武流……信じられないかも知れないけど、私……多分、現実にはほんの一瞬のうちに……意識の中ではかなりの時間、私の中のヒミコから、特訓を受けていた……」
彼女の言葉に、一瞬驚きはしたが、すぐに理解はできた。
「日向子もか……俺も、俺の中の『タケル』から、武術……いや、妖術? よく分からないけど、そんなものの鍛錬を受けていたんだ……かなりハードだったけどな」
日向子を安心させるように、そして自分自身を落ち着かせるようにそう告げた。
「私も、ソラミちゃんに修行させられてたよー!」
「空良もそうなのね……私も、ハルカから極意を伝授されていたわ」
空良や、陽菜さんも同じようなことを口にした。
「……なるほど、みんな何かしらの、奥義のようなものを伝授されていたんだな……いや、待てよ? 俺の場合はこの体をタケルの魂が乗っ取るかどうかっていう、結構ヤバめな状況だったけど……みんな、そうだったのか?」
そんな俺の問いかけに、隣の日向子が首を横に振った。
「ううん、少なくとも私はそういうんじゃなくて……って、武流、そんなに危ない目に遭ってたの?」
「……えっと、いや……たぶん、単なる脅しだったんだろうけど……そっちはどうだったんだ?」
「私の場合は、本来、危険を察知するとヒミコの魂が出てきてくれるらしいんだけど、長時間出過ぎたり、何かの都合で弱っていたりすると出てこられなくなることがあるらしくて……ある程度、自分の身ぐらい自分の身で守れって言われたの。それに、その……弱すぎる、泣き虫すぎる、武流に頼りすぎるって……」
赤くなりながら、涙目になりながら、それでも、
「ごめん、また泣きそうになってた……そうだよね。あのイベント以来、私、弱虫すぎた。でも、今は大丈夫! 神器の力、ある程度操れるようになったから!」
日向子はそう言うと、右手を握り、拳にして自分の胸元に当てた。
次の瞬間、ほんの僅かに指輪が光ったかと思うと、彼女の周囲三メートルほどに、半球状、半透明の黄金色に輝く薄膜が、彼女の全身を包み、守るように覆った。
「ヒミコから受け継いだ秘術のひとつ、日光を結晶化させた防御結界……薄そうに見えるけど、凄く強度が高いのよ!」
俺には、それがどういう性質のもので、どんな特性なのかが一目で想像できた……俺自身、似たようなものを、鎧として、剣として、身に纏うことができるようになっていたからだ。
「なっ……わ、分かった! けど今は解除してくれ、誰かに見られるかもしれないっ!」
俺は慌てて彼女の術式を解除させた。
「少なくとも見える範囲には、私たち以外に人の気配はしないけど……」
そんなこともできるようになったのか、と想いつつも、
「防犯カメラとかもあるんだ、特にこの拝殿の辺りは常に録画されているから……もっと奥なら、ほとんど人が来なくてカメラもない場所があるから、そこでもっとじっくり見させてくれ」
「そう? うん、わかった!」
笑顔でそう答える日向子に、思わずドキリとさせられる。
そう、この明るく前向きな彼女が、本来の日向子だ。
ヒミコとの特訓で、御業以外に何か得るものがあったのか、あるいは単に吹っ切れただけなのか……。
とにかく、あの一瞬、ヒミコの影はなかった。つまり、日向子単体で技を発動した、ということだ。
おそらく、空良も陽菜さんもそれが可能なのだろう、日向子の技を見ても驚いていなかったし、表情が自信に満ちている。
「……タケル君、すごくカッコ良くなったね。なんていうか、お祈りを始める前と比べて余裕があるっていうか、頼りがいがありそうっていうか……日向子もそうだけど……やっぱりお似合いね」
陽菜さんにそう冷やかされて、少し顔が熱くなるのを感じながら、神社の奥へと急いだ。