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クモをつつくような話 2023 その1

作者: 山崎 あきら

 2023年、1月3日、午後2時。

 今日もリハビリサイクリング。

 光源氏ポイントの近くにはジョロウグモが2匹いた。おそらくまだ産卵していない子だと思う。

 先月の25日に卵囊に覆い被さっていたジョロウグモは少し斜めになっていた。念のために脚先をツンツンしてみたのだが、やはり反応はなかった。合掌。


 1月4日、午前11時。

 ヒメグモ母さんの枯れ葉の中に子グモらしい丸いものがいた(コンパクトカメラで撮った画像なので細部まではわからない)。越冬用の住居にするつもりなのかもしれない。


 午後4時。

 リヤタイヤを交換した。4週間も入院していたので、ゴムのひび割れからコード(ゴムの下にある布の層)が見えるという状態だったのだ。高価なタイヤなので長持ちしないのである。


 1月8日、午後2時。

 小春日和なので体長2ミリ以下の羽虫が何匹か飛んでいた。

 生き残っていたジョロウグモ2匹のうち1匹が力尽きていた。もう1匹の姿は見えない。


 午後3時。

 体長1.5ミリほどの子グモが道路を歩いていたので、その前に指を置いてみたら乗ってくれた。

「こいつぁ春から縁起がいいわえ」


 1月11日、午後2時。

 光源氏ポイントでは見覚えのない卵囊が1個増えていた。ほぼ長卵形で両端から糸を伸ばしてツタの茎に固定してある。むき出しだが、季節と内部の卵が透けて見えることから考えてジョロウグモのものだと思う。この寒さでは産卵場所を選んだり、卵囊をカモフラージュする余裕もなく、とにかく産卵だけはしたというところだろう。やれやれ「ジョロウグモは負の曲面に産卵する」という仮説が成立しなくなってしまった。逆に言えば、それだけ柔軟な対応ができるということでもある。

※2024年にはスギの葉に取り付けられたジョロウグモの卵囊を5個見つけた。「糸を張りやすい場所に産卵する」ということなのかもしれない。


 枯れ葉に包まれたジョロウグモの卵囊もチェックするつもりでいたのだが、筒状に丸められた枯れ葉2枚の中から体長10ミリほどのアシナガグモの仲間らしいクモが飛び出してきたので中止した。おそらく越冬用の住居だったんだろう。悪いことをしてしまった。


 1月19日、午後2時。

 光源氏ポイントの近くで常緑広葉樹の葉2枚で包まれた卵囊らしいものを2個見つけた。葉を綴り合わせてある糸の様子から判断して、少なくとも1個はジョロウグモの卵囊だろうと思う。

 その近くには筒状に丸まった1枚の枯れ葉で包まれたものもあった。


 1月29日、午前11時。

 ヒメグモ母さんの枯れ葉の角度が変わっていて、ヒメグモ母さんのミイラのような物が見えていた。お尻が干からびて頭胸部よりも小さくなっているが、脚が何本か見える。改めて合掌。


 2月1日、午後2時。

 咲き始めた梅を見ながらリハビリサイクリング。

 光源氏ポイントには直径10ミリほどのナガコガネグモの卵囊があった。直径2ミリほどの穴が開いているから出囊済みだと思う。回収してコレクションに加えることにする。ただし、子グモが残っていた場合は部屋の中の暖かさで「春が来た」と判断して出囊してくる可能性はある。まあ、そうなったらなったで何とかしよう。

※数日間様子を見ていたのだが、子グモは出てこなかった。


 2月28日、午後10時。

 ユニットバスの中に体長3ミリほどのクモがいた。今日の最高気温は18度Cだったらしいので、つい外に出てしまったんだろう。


   クモの子に

    湯船取られて

     シャワー浴び

            あきら

〔……「蜘蛛の子」なら夏の季語なんだが……〕


 3月3日、午後3時。

 今日はももの節句。女の子の健康的な太腿を愛でる日である。〔「桃の節句」だ! それ以前にセクハラだぞ〕

 枯れ葉の上に体長20ミリほどで、怒り肩に見える黒と黒褐色のガを拾った……と思ったら、この子は作者の指にしがみついてきた! 成虫で越冬するタイプのガだったようだ。撮影してから枯れ葉を1枚かけてあげた。もうすぐ春だ。それまで元気でいて欲しい。

 

 3月15日、午後2時。

 暖かいので、冬の間2枚重ねにしていたウインドブレーカーを1枚にした。

 種名はわからないが、濃いピンク色の桜が1本見頃になっていた。アスファルトの継ぎ目から生えているスミレも花を咲かせ始めている。

 光源氏ポイントでは体長2ミリから3ミリくらいの8匹のゴミグモが網を張っていた。

 少し離れた所では体長3ミリほどの赤いクモが3匹、糸を引いて30センチほどぶら下がってからまた戻るというのを繰り返していた。その上の方には不規則網もあるからクサグモの幼体だろう。


 3月23日、午前10時。

 行きつけのスーパーの東側に体長7ミリほどのオニグモが現れた。休眠明けで空腹なのだろうということで、そこらにいた体長5ミリほどのアリをあげておく。オニグモなので、できればガをあげたいところだ。


 3月24日、午前10時。

 作者の自宅付近にも体長7ミリほどのオニグモが現れた。この子にも体長5ミリほどのアリをあげておく。

 スーパーの東側のオニグモ(今年の「春子ちゃん」にしよう)も残業していたので、体長5ミリほどのアリをあげる。何匹のアリを食べたら残業しなくなるのかを観察するのも面白そうだ。


 午後1時。

 オオシマザクラ、コブシ、モクレン、レンギョウが咲いてしまっていた。

 半袖ではまだ寒いのだが、春が来たのだなあ。

 光源氏ポイントでは体長5ミリから10ミリくらいのアシナガグモの仲間らしいクモが数匹、円網を張っていた。休眠は終えたらしい。

 体長5ミリほどで、頭胸部と長い第一第二脚が茶褐色、お尻はライムグリーンの地に黒っぽいボケまだらが左右対称にいくつかというクモがカのような昆虫を食べていた。これは多分カニグモ科のハナグモの雄だろう。

 テントウムシの幼虫も3匹見かけた。


 3月25日、午前10時。

 アリをあげたオニグモの春子ちゃんと近所のオニグモの姿はなかった。気温が下がったせいか、あるいは雨だから二度寝しているのかもしれない。野外観察だと条件を整えることができないので厄介だ。


 3月26日、午前11時。

 スーパーの東側に春子ちゃんのものらしい直径30センチほどの円網が残されていた。食欲があるのはいいことだ。


 3月27日、午前4時。

 近所のオニグモが円網を張っていたので冷蔵庫の中で力尽きていた体長8ミリほどのアリをあげたのだが、飛びついてこない。そこで久しぶりに必殺のツンツン攻撃をしたのだが、捕帯を巻きつけてくれるまでしばらくかかった。気温も低いことだし、今週はもう獲物をあげないことにしようかと思う。

 オニグモの春子ちゃんは横糸を張っているところだった。もうすぐ夜明けなんだが……休眠明けだと夜になるまで待てないということなのかもしれない。

 横糸を張り終えるまで閑なのでスーパーの南側へまわってみると、体長7ミリほどのオニグモが縦糸を張っているところだった。その近くにいた体長4ミリほどの子は網を回収しようとしている。

 スーパーの北側へも行ってみると、体長4ミリから6ミリほどのオニグモが3匹いた。オニグモのシーズンが始まったようだ。


 午前4時30分。

 春子ちゃんが横糸を張り終えたようなので、冷蔵庫の中で力尽きていた体長5ミリほどのハエをあげると飛びついてきた。食欲旺盛である。

 スーパーの南側の体長7ミリほどのオニグモ(「南ちゃん」と呼ぶことにしよう)は縦糸を張り終えた所で休憩に入ってしまった。寒くて動けないのだろう。


 午前10時。

 オニグモたちは全員住居に戻ったらしかった。

 南ちゃんは縦糸を残したままにしているが、多分休眠から覚めたばかりで調子が戻っていないんだろう。春先のオニグモには異常な行動をする子が多いので気にしない。


 3月29日、午後2時。

 光源氏ポイントではアシナガグモの仲間たちの姿が消えていた。見かけたのは用水路から3メートルほどの草の間に2匹だけだ。

 アシナガグモの仲間は本来、水辺に水平円網を張るクモなので、巻いた広葉樹の葉の中にいるのは越冬中だけなのかもしれない。この木は用水路から直線距離で約10メートルの位置に生えているのだが、越冬するために水辺から引っ越して来たんだろうか? 筒状の枯れ葉では風が通り抜けてしまうから、さほど暖かいようには見えないのだけどなあ……。

 体長5ミリほどのナカムラオニグモもいた。糸で造った袋状の住居から出て縦15センチ、横20センチほどの網の係留糸の上を行ったり来たりしている。なお、ナカムラオニグモの成体は一年中見られるんだそうだ。


 3月30日、午前10時。

 近所のオニグモと春子ちゃんの円網が残っていた。それぞれカのような獲物が1匹ずつかかっている。この季節だと獲物が飛ぶのは気温が高い昼間だけだろう。夜間だけ網を張っても意味はないとわかっていて張りっぱなしにしている可能性もあるかもしれない。

 南ちゃんが縦糸だけを張っていた場所から斜め下に50センチほどの位置に円網が残っていた。直径30センチ弱だから南ちゃんのものだろうと思うのだが、獲物がかからなかったから引っ越したんだろうか? 粘球が付いている横糸を張っていないのだから獲物がかかるはずはないのだが、そこまで論理的な考え方はできないのか、あるいは、寝起きなので頭胸部がまともに働かないということなのかもしれない。いい機会だから、このまま獲物を与えないで観察し続けようかと思う。


 午後5時。

 日没前だというのに春子ちゃんが円網で待機していた。まだ明るいのでよくわかったのだが、この子のお尻にはやや黒っぽい葉状班と言われる模様らしいものがあった。というわけで、この子はナカムラオニグモかもしれない。ナカムラオニグモは北方系のクモなんだそうだ。気温が低くても食欲旺盛なのはそのせいだろう。体長5ミリほどのアリをあげておく。


 3月31日、午前5時。

 近所のオニグモ(「チカちゃん」と呼ぶことにしよう)とナカムラオニグモの春子ちゃんが円網を張り替えていた。南ちゃんも横糸6本だけの網を張っていたので、体長6ミリほどのワラジムシをくっつけておく。

 横糸がきれいだから3匹とも夜明け前くらいの時間に網を張り替えて住居に戻ったんだろう。この時期、夜は気温が下がるので、ほとんどの飛行性昆虫は活動しない。粘球は時間が経つにつれて劣化するので、昼間に獲物がかかるようにするのには早朝に張り替えるのが有効だ。つまり夜行性のクモが春先に獲物を補食しようとするのならこのやり方が合理的なのである。おそらく夜間の気温が昆虫が飛べるくらいまで高くなったら日没後に張り替えるようになるんじゃないかと思う。


 午前10時。

 春子ちゃんがホームポジションでアリを食べていた。ナガコガネグモのような24時間営業ではないが、1日16時間か20時間くらいは営業しているようだ。「オニグモとは違うのだよ、オニグモとは!」と言われているようだなあ。

 なお、春子ちゃんの円網の周辺にはナカムラオニグモ特有の袋状住居が見当たらない。もしかすると、ただ単に食いしん坊のオニグモだったという可能性もないとは言えないかもしれない。〔「ない」が多いぞ〕


 午後6時。

 春子ちゃんの円網が壊されていた。オニグモの仲間が営業時間を長くするのは危険なのだ。

 チカちゃんは住居から出てきたところだった。ただし、網を張り替える様子はない。


 午後10時。

 チカちゃんは円網の三分の二を回収していた。

 春子ちゃんは配電ボックスからしおり糸を引いてぶら下がっている。

 南ちゃんは姿を見せていない。


 4月1日、午前0時。

 オニグモのチカちゃんは円網のほとんどを回収して姿を消していた。

 ナカムラオニグモの春子ちゃんは住居から出たところでぶら下がったまま。

 南ちゃんが姿を見せていたので、ワラジムシをツンツンしてみた。何度もツンツンしていると、南ちゃんはいかにもやる気がなさそうな様子でワラジムシにゆっくり近寄ると、捕帯を巻きつけずにいきなり牙を打ち込んだ。「ジョロウグモかよ!」と言いたいところだが、おそらく死んでいるワラジムシは獲物ではなく、餌だという認識なのだろう。捕帯を使わなくても逃げられる心配はないわけである。これで「しばらくはここにいましょう」という気になってくれればいいのだが……。


 午前3時。

 チカちゃんが横糸を張り終えていたので、体長7ミリほどのワラジムシをあげた。すると、チカちゃんもいきなり牙を打ち込んだのだった。もしかして、気温が低い時には捕帯を使わずに牙を打ち込むのがオニグモ流ということなんだろうか? いやいや、ワラジムシは昆虫のように暴れないせいかもしれない。


 午前5時。

 春子ちゃんは横糸を張っている最中だった。やはり夜明け前に張り替えるのらしい。

 チカちゃんと南ちゃんの姿は見えなかった。住居へ戻ったんだろう。

 やはりこの季節のオニグモは夜間には獲物がかからないということを知っているようだ。進化論的な表現をすれば「気温が下がっていく日没後に円網を張り替える個体は淘汰されやすかったのだろう」というところか。 

 これで今夜の観察は終わり。少し寝よう。


 4月2日、午前1時。

 チカちゃんと春子ちゃんは円網を張り替えていた。この時間に張り替えるというのは、食欲がないというサインだと思っていいんだろうかなあ。しばらくの間は獲物をあげないようにするべきかもしれない。

 南ちゃんは残っていた糸のほとんどを回収していた。引っ越しするつもりなんだろうか? クモたちには獲物を食べた後に引っ越しというパターンがありそうなのだよなあ。長い間獲物を食べられずにいた後に獲物がかかった場合には「引っ越しのためのエネルギー充填120パーセント!」ということになるのかもしれない。〔古いぞ〕


 午前10時。

 オニグモたちは円網だけを残していた。越冬後の空腹期は終わったようだ。

 南ちゃんについては、越冬前に十分な量の獲物を食べられたということなのか、越冬向きの温度環境の場所にいたのでエネルギーの消費量が少なかったのかだろう。ああっと、もともと食の細い子だったという可能性もあるかもしれない。いずれにせよ、もう徹夜で観察する必要はないと思う。


 4月3日、午前8時。

 チカちゃんと春子ちゃんは円網を張り替えていなかった。食べさせすぎたようだ。クモは食べられる時に食い溜めしておくという生き方をするので難しい。データを集めれば1週間に体重の何分の一という基準を作ることもできるはずだが、今のところは見た目の大きさと網の張り方から判断するしかないのだ。

 南ちゃんは円網を残していた。中心部辺りには横糸がないのだが、体長5ミリほどのアリをくっつけておく。


 午後3時。

 光源氏ポイントのクズの茎の間に、体長5ミリクラスのコガネグモ体型のクモ3匹と右下の隠れ帯だけが付けられた円網を見つけた。この辺りはコガネグモに人気のスポットなので、おそらくコガネグモの幼体だろう。クズの葉はコガネムシの成虫はもちろん、ツチイナゴ、カメムシ、ガの幼虫などにも食草として人気があるのだ。

 クズも含めてマメ科植物は窒素固定細菌を根の部分に共生させることで窒素肥料を自給できる。そういう面で他の植物に対してアドバンテージを持っているので毒を産生してまで身を守る必要がないのらしい。イネ科植物と並んで「いいのよ、あなたになら食べられても」というタイプの植物群なのである。〔こらこら〕

 ああっと、いいことを思いついたぞ。麦やジャガイモなどに遺伝子操作を加えて根に窒素固定細菌を共生させたらどうだろう? 窒素肥料だけでも減らすことができれば、その分コストを下げられるはずだ。ただし「遺伝子操作は穴2つ」ということわざもあるから……。〔んなものはない!〕

 ある程度のリスクは覚悟する必要はあるだろうな。


 4月4日、午後8時。

 3月3日は女の子の節句。5月5日は男の子の節句。というわけで、4月4日はトランスジェンダーの子の節句である。〔んなものはない!〕

 機会があったら英語圏の人に「Ther are many secks in Japan」というジョークをかましてみたいものだな。〔やめんかい!〕

 春子ちゃんと南ちゃんが住居から出ていた。ただ、網を張る様子はない。獲物をあげる必要はなさそうだ。


 4月5日、午前8時。

 春子ちゃんと南ちゃんは網を張り替えなかったようだ。住居から出たところで空腹ではないことを思い出したんだろう。元気で何よりだ。


 4月7日、午前6時。

 南ちゃんの円網が残っていたので、とりあえず体長5ミリほどのアリをくっつけておく。オニグモは基本的に夜行性なので観察も大変だ。


 4月9日、午前11時。

 南ちゃんは縦糸だけを残していた。これはこの子の個性なのかもしれない。


 4月10日、午前10時。

 南ちゃんは左右のツツジに固定してある係留糸を構成する糸の本数を増やして太くしていた。当面はここにいるつもりなんじゃないかと思う。

 チカちゃんと春子ちゃんは相変わらず住居にこもっている。食べさせすぎたようだ。多分、体格と1日の平均気温と越冬の直前・直後かどうかなどで最適な獲物の量を推測できるはずだが、今のところは無理だなあ。


 午後2時。

 光源氏ポイントに体長7ミリクラスのゴミグモたちが現れていた。その中の1匹の近くには体長6ミリほどでお尻の背面が黒っぽい個体もいた。この子はもしかすると雄かもしれない。

 体長17ミリほどで、翅がごく短い蜂のような体型の昆虫もいた。脱皮したばかりで翅が伸びていないんだろう。


 4月11日、午後10時。

 南ちゃんが円網で待機していた。ただし、張り替える様子はないから、夜中過ぎに張り替えて回収せずに住居へ戻るつもりなんだろう。つまり、あまり空腹ではないということだ。


 4月12日、午前6時。

 南ちゃんが円網を張り替えていた……のだが、直径約30センチの網の横糸の間隔がジョロウグモの円網のように狭い。オニグモの網としては異常だ。何を考えているのかわからないが、とりあえず体長10ミリほどのアリをくっつけておく。


 4月13日、午前10時。

 南ちゃんは円網をほとんどそのままにしてアリだけを食べたか、住居へ持ち帰ったかしたらしかった。何というか、ものぐさ……もとい、あまり積極的ではない子のようだ。


 午後2時。

 桜の季節はほぼ終わったようだ。見頃になっているのは八重桜くらいになっている。代わって薄紫のフジが咲き始めていた。

 ウィキペディアによると「八重桜は一つの品種ではなく、八重咲きに花を付けるサクラの総称である」「多くはソメイヨシノに比べて開花期が1~2週間ほど遅く、ちょうどソメイヨシノが散るのと同じ時期に開花を始める」のだそうだ。

 光源氏ポイントにいたコガネグモの幼体たちは姿を消していた。成体になってから戻ってくるつもりなのだろうと思うのだが、それまでどこにいて、何を食べているだろう?


 午後6時。

 台所にいた体長3ミリほどのヒメグモの仲間らしいクモがアシナガグモ体型になってしまっていた。〔んなわけあるかい!〕

 実際のところは他のクモによって不規則網を乗っ取られたんだろうと思う。となると、乗っ取ったのは何グモかということが問題になるわけだが……今のところ、一番可能性が高いのはチリイソウロウグモの幼体だろうかなあ……。チリイソウロウグモについては新海栄一著『日本のクモ』に「クサグモ類、スズミグモ類、サラグモ類、ヒメグモ類などの網の上部の不規則網の部分に侵入して居候生活をし、網の主の食べない小昆虫を捕らえたり、網の主の捉えた獲物を略奪して生活。時には網の主を襲うこともある」という記述がある。


 4月14日、午前10時。

 民家の庭先の藤棚の近くでクマバチがパトロールしていた。花の数が多いのでいい縄張りになるんだろう。ちなみに、かなり大型の蜂だが、巣を守るために集団で攻撃してくるスズメバチのように危険な存在ではない。

 体長10ミリほどのガを捕まえたので、スーパーの東側にいる体長7ミリほどのゴミグモの円網に放り込んでみた。ガは鱗粉のせいで粘球の効きが悪い。このゴミグモは円網の表面を転がり落ちていくガを追いかけて牙を打ち込んでいた。

 何かが飛んできて右足に衝突したと思ったら体長12ミリほどのコガネムシ体型の甲虫だった。多分マメコガネだろう。「マメコガネも飛べば人間に当たる」である。〔ことわざをねつ造するんじゃない!〕


 午後8時。

 台所にいた脚の長いクモが居なくなっていた。やはりクモを襲うタイプのクモだったんだろう。


 4月16日、午前10時。

 春子ちゃんが横糸を張っているところだった。昨夜は夜中過ぎまで雨だったのでそのせいかもしれない。体長4ミリほどのアリをあげておく。

 南ちゃんは横糸の間隔が広い円網を残していた。気温が低い時期には横糸の間隔で獲物の量を調節するという手も有効なのだろう。


 午後1時。

 光源氏ポイントで体長5ミリほどのコガネグモの幼体らしいクモを2匹見つけた。脱皮するために住居にこもっていただけだったのかもしれない。

 体長7ミリほどのナカムラオニグモの幼体らしいクモも現れた。オトナに近いクモほど春の目覚めが遅くなるような気がする。〔「休眠明け」と言え!〕


 午後3時。

 油断していたら雨が降ってきた。急いで帰ることにする。


 4月17日、午前3時。

 春子ちゃんと南ちゃんが円網で待機していた。

 南ちゃんの網はまた横糸の間隔が狭くなっている。もしかして、横糸の間隔を変えるのはただの気まぐれなんだろうかなあ……。


 午後8時。

 春子ちゃんが電源ボックスの蓋の下から顔を出していた。気温が低いのだが、ここから網を張り替えるまで何時間かかるんだろう? 


 4月19日、午前10時。

 昨夜は雨だったのだが、今は路面もほぼ乾いている。

 春子ちゃんが獲物に捕帯を巻きつけている最中だった。日中でも補食するところはナカムラオニグモらしい。

 南ちゃんも円網を張り替えたらしかった。


 午後2時。

 道端の日陰でオドリコソウが咲き始めていた。

 光源氏ポイントのナカムラオニグモは数十センチ引っ越したらしかった。とは言っても、作者にクモの個体識別はできないので、同一のクモであると断言はできない。

 ホームポジションに楕円形の隠れ帯を取り付けている体長5ミリほどのゴミグモもいた。目覚めたばかりでゴミが手元にないんだろう。このタイプの隠れ帯はクモを隠蔽する効果があるという研究者もいるのだが、楕円形の隠れ帯を付けるようなクモは隠れ帯に腹面を向けて、草や壁がない方向に背面を向けている。隠蔽できてないじゃないか。研究者という人種は自分が見たいものはそこにないものまで見えるくせに、都合の悪いものは何も見えない眼を持っていることが多いから油断できない。

 その他にも体長8ミリほどのオニグモ体型のクモが何か獲物を咥えていた。暖かくなると一気に賑やかになるねえ。


 午後10時。

 血圧が110の72になってしまった。昨日の朝は166の98だったのに……。


 4月20日、午前4時。

 春子ちゃんは横糸の間隔が狭い円網で待機していた。しょうがないのでそこらにいた体長8ミリほどのワラジムシをあげておく。ゆっくり歩み寄った東子ちゃんは牙を打ち込んでから捕帯を巻きつけていた。

 体長10ミリほどになっていた南ちゃんも網で待機していたので、そこらにいた体長3ミリほどのゴキブリ体型の甲虫をあげておく。引っ越しされると困るのだ。


 午前11時。

 春子ちゃんが獲物をもぐもぐしていた。働き者だなあ。それにしては南ちゃんより成長が遅いのだが……。

 南ちゃんの円網には上から下まで鱗粉が帯状に付いていた。円網で待機していなければガを補食するのは難しいのである。さてさて、この結果に対して、南ちゃんはどういう対応をするんだろうか?


 午後2時

 光源氏ポイントでオナガグモを見つけた。全身緑色で体長約20ミリに対して直径は約1ミリ。そう珍しいクモではないらしいのだが、パッと見て「クモだ」と見破るのは難しい。クモの神様の加護を受けている作者には通じないのだがね。〔嘘つくな!〕


 4月21日、午前3時。

 春子ちゃんは縦糸を張っているところだった。

 南ちゃんは張り替えていない網で待機している。

 スーパーの北側にいるオニグモの幼体2匹も円網を張り替えている最中だ。

 血圧は120の80。その代わり、脈拍が約16パーセント増し。その上、全身筋肉痛。元気な時は血圧が高くなり、疲れると低くなるということなのかもしれない。


 午前11時。

 春子ちゃんが円網で待機していた。食欲旺盛である。これを見て見ぬ振りはできない。そこらで捕まえた体長10ミリほどのガをあげる。

 南ちゃんは枠糸1本だけを残して住居へ戻ったらしかった。


 午後6時。

 春子ちゃんはホームポジションで獲物を食べていた。この子の前世はナガコガネグモなのかもしれない。〔んなわけあるかい!〕


 4月22日、午前3時。

 夜明け前の散歩に出る。

 しかし、春子ちゃんの姿はなかった。残っていたのはボロボロの円網だけだ。昨日までの食欲はなんだったんだよ! もしかすると、残業までして食べ過ぎるほど食べ、その後は消化に専念するというのがナカムラオニグモの生き方なんだろうか? あるいはこの子の個性か。いずれにせよ、クモは人間とは違う生き方をする生物なのだ。だからこそクモ観察は面白い。

 南ちゃんは1本だけ残していた枠糸の端に乗っていた。夜明けまでの時間で張り替えるのかどうかはわからない。


 午前4時。

 春子ちゃんの円網から2メートルほどのところで体長6ミリほどのオニグモの幼体(「夏子ちゃん」と呼ぶことにしよう)が網の回収を始めていた。オニグモとしては正しい行動なんだが……この季節の夜間に網を張っていても獲物なんかかからないだろうに。とりあえず挨拶代わりに体長6ミリほどのアリをあげておく。


 4月23日、午前11時。

 スーパーの東側に体長4ミリほどのコガネグモの幼体が現れた。その円網には右上と左下に隠れ帯を付けられている。どうでもいいことなのだが、これくらいの幼体だと2本目の隠れ帯を1本目の斜め上に付ける子が多いような気がする。ところが、成体になると2本目は下側に逆V字形になるように付ける子が多いようなのだ。これは何故なんだろう? 単なる偶然で片付けてしまっていいんだろうかなあ……。 


 4月25日、午前6時。

 スーパーの東側のコガネグモは円網(隠れ帯は右下1本)を残して姿を消していた。寒いので、少しでも暖かいところにこもっているのかもしれない。

 オニグモたちの姿も見えなかった。


 午前11時。

 光源氏ポイントにいるゴミグモたちは育ちがいい。もう体長12ミリクラスの子が現れ始めている。スーパーの周辺とは獲物の量がだいぶ違うようだ。


 午後2時。

 スーパーの東側にコガネグモの幼体が戻ってきた。気温が低い時間帯に円網で待機していても無駄だとわかっているような行動だ。どうにもコガネグモというのは、コガネムシを補食する時以外は今ひとつやる気が感じられないクモなのだよなあ。


 4月26日、午前10時。

 春子ちゃんは縦糸と足場糸(横糸を張る前に広い間隔でらせん状に張る糸)だけを残して住居に戻ったらしかった。横糸を張る前に雨が降り出したのかもしれない。

 

 午後8時。

 今、うちの台所には体長18ミリほどのガとルリチュウレンジらしい昆虫が1匹ずついる。オニグモはガ狙いのクモだということはほぼ間違いないのだが、さてどうしたものやら……。いっそのこと、明日の朝までにいなくなってくれれば話は簡単なのだけどなあ。


 4月27日、午前3時。

 スーパーの東側のコガネグモ(今年の「コガネちゃん」としよう)が横糸を張っているところだった。途中で休憩しながら張っていくつもりらしい。寒いしな。

 春子ちゃんは横糸の間隔が狭い円網を張っていた。それはもう「狭い! 通常の3分の1です!」と言ってしまいたくなるような狭さだ。台所にいたガを捕まえてきてその円網に放り込んでみると、春子ちゃんはすぐさまガに飛びついて胸部に牙を打ち込んだ。そして数分後には棒状に成形したガをぶら下げて住居へ戻っていった。

 南ちゃんの円網があった場所には糸1本すら残っていなかった。雨で切れてしまったのか、それとも引っ越したのかはわからない。


 午前10時。

 春子ちゃんは電源ボックスの蓋の下でガを食べている。その中の住居に持ち込むのには大きすぎたんだろう。


 4月28日、午後2時。

 オダマキとレンゲツツジが咲き始めている。ツバメも1羽飛んでいた。

 光源氏ポイントでは2匹のゴミグモの雄が1匹の雌亜成体の方に頭胸部を向けていた。修羅場の予感がするなあ。〔クモの不幸を願うんじゃない!〕

新海栄一著『日本のクモ』によると、ゴミグモの成体の出現期は「4~9月」だそうだ。そろそろ産卵する子も現れるかもしれない。


 4月29日、午前1時。

 春子ちゃんが円網で待機していた。いつ張り替えたのかは確認していないが、気温も上がってきたことだし、夜明け前に回収するようなら夜行性に移行するつもりなのかもしれない。


 5月1日、午前10時。

 スーパーの東側にゴミグモの雄らしい子が2匹現れた。まだホームポジション(正式には「こしき」と言うらしい)の部分だけに横糸を張ったような網にいるが、準備ができたら雌を訪ねて三千里の旅に出るのだろう。あるいは数メートル先にいる雌の亜成体2匹がオトナになるまで待機するつもりでいるのかもしれない。


 5月2日、午前2時。

 春子ちゃんは電源ボックスの下にぶら下がっている。

 体長10ミリほどまで成長した夏子ちゃんは横糸の間隔が5センチ近いボロボロの円網を張っていた。これは日没後に張り替えたものかもしれない。


 5月4日、午前6時。

 スーパーの東側で体長7ミリほどのオニグモの仲間が残業していた。腹面しか見えないので体長5ミリほどのアリをあげると、お尻に左右対称に付いている濃い色の三角模様と頭胸部の近くに銀色の点が見えた。これはオニグモの幼体だろう。


 午前10時。

 オニグモの7ミリちゃんはまだ円網で待機していた。おそらく休眠明けなんだろう。アリのお代わりをあげたのだが、捕帯を巻きつけただけで食べようとしない。惰性で24時間営業をしてしまっているということなのかもしれない。


 午後8時。

 チカちゃんらしいオニグモの幼体が現れた。ただし、円網の位置はチカちゃんがいた場所から3メートルくらい離れている。もともとチカちゃんがいた場所にはマルゴミグモが住みついていたので、先住権を主張されてしまったのかもしれない。まだ気温が低いからと二度寝したりすると、こういうリスクもあるのだろう。

 春子ちゃんは電源ボックスの下にぶら下がっている。そして、電柱を挟んで反対側にも新たなオニグモが現れた。体長は春子ちゃんと同じくらいだ。成長した夏子ちゃんかもしれない。ゴミグモはせいぜい数十センチの引っ越ししかしないのだが、オニグモやナガコガネグモなどは十数メートルの引っ越しをすることもあるので厄介だ。

 7ミリちゃんは住居に戻ったようだった。


 午後11時。

 春子ちゃんのお隣さんは横糸を張っているところだった。もしかしたら東子ちゃんは雄で、お隣ちゃんは確実に交接するために引っ越して来た雌なのかもしれない。これは……「春夫君」に改名することまで考えに入れておく必要があるかもしれないなあ。

 なお、新海栄一著『日本のクモ』によると、オニグモの雌成体の体長は「20~30ミリ」、雄は「15~20ミリ」で、出現期は「6~10月」だそうだ。


 5月5日、午前3時。

 今日はタンゴの節句。男の子の健やかな成長を願って、ちまきを食べながらタンゴを踊る日である。〔「端午の節句」だ!〕

 オニグモのチカちゃんは横糸を張っているところだった。夜中まで張りっぱなしにするつもりだろう。


 午後10時。

 チカちゃんは網を回収し終えて、1本だけ残した糸の下にぶら下がっている。今夜も夜明け前までに張り替えて、明るい間に円網にかかった獲物を暗くなってから食べるつもりでいるんだろう。

 春子ちゃんは今日もぶら下がっている。食べ過ぎなのか、オトナになってしまった雄なのか、それとも来年の夏にオトナになるためにあえて絶食しているのか……。あり得る可能性としてはそんなところだろうな。

 春子ちゃんのお隣さん(「さつきちゃん」と呼ぶことにしよう)は、もう円網を張り替えていた。体長5ミリほどのアリと7ミリほどのワラジムシをあげておく。さつきちゃんの円網は地上から約2メートルの高さにあるので、獲物を投げ込む時に狙いが外れてしまいやすいのだが、「獲物を食べたい」と意思表示されたのでは何とかしないわけにはいかないのだ。


 おっおっおー、おーにぐもー

 獲物が欲しいか、そらやるぞー

 ひとりでぜーんぶ食べちまえー


 5月6日、午前7時。曇り。

 困ったことになった。かつてチカちゃんがいた場所の近くにも円網が残されていたのだ。もしかすると、これを張った子こそが真のチカちゃんで、いままで観察してきた子は別の個体だったのかもしれない。よく考えてみれば、脱皮したにしても大きくなりすぎだったんだよなあ。春のオニグモは二度寝することがあるから厄介だ。また、この2匹もカップルであるかもしれない。その時は「チカ子ちゃん」と「チカ夫君」ということにしよう。

 光源氏ポイントから持ち帰ったジョロウグモの卵囊2個から子グモたちが出囊してまどいを形成していた。沖縄以外のジョロウグモは一生に一度しか産卵できないらしいから、別の母親から生まれた子たちのはずだし、あえて100メートルほど離れた場所に固定しておいたのだが、完全にシンクロしている。


 午前9時。

 道端のマーガレットが満開になっていた。

 光源氏ポイントでもジョロウグモの子グモたちのまどいを6個確認した。もう若葉が茂っているのでそれ以上は見つけられなかったが、ちゃんと調べればまだまだ見つかるかもしれない。もしかして、この時期に出囊するのには捕食者対策という意味もあるのかもしれない。それならやはり、広葉樹の枝に付いている葉に産み付けるのがベストのはずだ。木の幹などにむき出しで産み付けるのは、適当な産卵場所を探せるほどの体力が残っていなかったということなんじゃないかなあ……。


 午後11時。

 小さい方のチカちゃん(性別はまだわからないから「小チカちゃん」と呼ぶことにしよう)が円網を張っていた。体長5ミリほどのアリをあげておく。

 さつきちゃんは昨日の獲物をもぐもぐしているようだった。円網は張り替えていない。

 

 5月9日、午前7時。

 雨は36時間くらい降り続けたらしい。

 スーパーの東側に固定したジョロウグモの卵囊Aの子グモたちは姿を消していた。

 卵囊Bの方は握り拳よりも小さいくらいまで間隔が広くなったまどいになっていた。こちらはもうすぐ旅立つのかもしれない。


 午後2時。

 光源氏ポイントでは指先サイズの密集したジョロウグモのまどいを5個確認した。

 産卵したらしいゴミグモも2匹いた。


 午後9時。

 大変なことになった。体長17ミリほどになった春子ちゃんが住居から出ていたのだが、その触肢に丸い部分があったのだ。これは雄成体の特徴である。しかもこの体長で雄ならナカムラオニグモということはない。オニグモの雄だ。つまり、春子ちゃんは実は春夫君で、おそらくさつきちゃんは雌なのだろう。さあ大変だ。急いでさつきちゃんをオトナにしてしまわなければ……とは言っても、今日はまだ網を張り替えてくれていないから何もできない。困ったな。

 そして、小チカちゃんも雄で大チカちゃんは雌という可能性もあるかもしれない。

 さらに、オニグモはパートナーと出会ってから、少し離れた場所で一緒に休眠に入って、春になったら雄の方が先に目覚めるという可能性もあるだろう。うかつなことを言ってはいけないのだな。


 5月10日、午前1時。

 ジョロウグモのまどいBに体長2ミリほどの緑色のクモが2匹侵入して子グモたちを食べている。


 午後2時。

 光源氏ポイントで新たなジョロウグモのまどいを3個見つけた。まどいのサイズは小指の爪先くらいから人差し指の第一関節くらいまでの幅がある。卵囊の大きさにはそれほどの差はないような気がするのだが、まどいが合体したり分裂したりということもあるんだろうか?


 5月11日、午前10時。

 ジョロウグモの卵囊Bのまどいは4つの密集したグループに分かれていた。いつものことだが、クモが何を考えているのかはまったくわからない。


 午後2時。

 光源氏ポイントではジョロウグモのまどいがいくつか増えていた。

 もういいだろうと判断して、広葉樹の葉で包まれた卵囊を2個、水を捨てたボトルに入れて持ち帰る(枯れ葉で包まれているのでポケットに入れると壊れてしまう)。出囊前だとまずいので、しばらくの間はベランダのハンガーに吊しておくことにする。

 ここには直径五センチほどの円網も2個あった。網の主はジョロウグモの幼体らしい。やはりバルーニングに参加しない子がいるようだ。


 5月12日、午前7時。

 ジョロウグモの卵囊Bのまどいがまたばらけていた。個体数も減っているような気がするのだが、少しずつ旅立っているということなのか、あるいは捕食者に食われてしまったのかはわからない。


 午前10時。

 春夫君は円網を2メートルほど離れた位置に移したらしかった。ライトの光を当てられるのが嫌だったのかもしれない。


 午後3時

 また失敗した。11日に持ち帰ったジョロウグモの卵囊の片方から出囊した子グモたちが小指の先ほどのまどいを形成していたのだ。トルメキア軍の参謀風に表現すれば「早すぎたんだ。出囊してやがる」である。まあ、わざわざ出掛けなくても、サッシを開けるだけで観察できるというメリットはあるわけだが。ああっと、しばらくの間は洗濯物を干し難くなってしまうな。


 5月13日、午前3時。

 ベランダの子グモたちは握り拳よりも小さいサイズの不規則網のようなものを作って、密集していないまどいを形成していた。これは本当に楽だわ。


 午前7時。

 ベランダの子グモたちはほとんどがハンガーの下に移動していた。卵囊の近くにいる子は5匹だけだ。


 午前8時。

 ベランダの子グモたちの半分くらいがハンガーのフックの根元部分まで移動していた。木の枝ほど安定していないせいか、積極的に移動するようだ。


 午前10時。

 ほとんどの子グモたちはハンガーを物干し竿に固定しているタイラップの下にいる。その他にハンガーの下面に5匹と卵囊に1匹。


 午前11時。

 子グモたちの群れはまるで粘菌のように高い所を目指して流れていく。卵囊の側にいた子の姿は見えない。

 いままで観察してきたジョロウグモの子グモたちは出囊した場所のすぐ近くで脱皮してから歩いて移動していったのだが、この子たちは脱皮よりも移動を優先しているようだ。理由はわからない。


 午後1時。

 ほとんどの子グモがタイラップのてっぺん付近で密集したまどいを形成している。数匹の鈍くさい子は低めのタイラップの先端付近にいる。頂上はまだ上だということに気が付いていないんじゃないかと思う。


 5月14日、午前5時。

 ベランダの子グモたちは上向きになったタイラップの先端でまどいを形成している。まどいごと卵囊から離れた場所へ移動するのはジョロウグモでは一般的な行動らしい。旅立つ前にもう一度脱皮したいということなのかもしれない。


 午前9時。

 出囊済みの卵囊を回収した。子グモたちに動きはない。


 午前10時。

 スーパーの東側の卵囊Bのまどいに体長5ミリほどのアリが侵入しようとして苦労しているようだった。不規則網に包まれたまどいは、少なくともアリに対しては防御力を発揮するのかもしれない。小型のクモなら簡単に侵入できるようだが。


 午後2時。

 光源氏ポイントのジョロウグモのまどいは2個になっていたのだが、どちらも異常に大きい。直径2センチ、長さ5センチほどになっている。もしかすると、複数のまどいが合体して大型化しているんじゃないだろうか。獲物を食べないまどいの時期なら排他的になる必要はないのかもしれないし、大きなまどいの方が生き残る上で有利である可能性もあるだろう。

 どう見ても産卵後のゴミグモの雌の網の近くで待機している雄も2匹見つけた。これはどういうわけなんだろう? 雌も雄も複数回の交接ができるんだろうか? 


 午後10時。

 スーパーの東側で体長15ミリくらいのオニグモを見つけた。ただし、幅3メートルほどの植え込みの中央辺りに円網を張っているので、正確な体長はわからない。交接を済ませたさつきちゃんだと思うのだが、春夫君が実はナカムラオニグモの雌の亜成体だったという可能性もあり得る。

  

 5月15日、午前11時。

 ベランダのジョロウグモのまどいの大きい方は庇の下面に移動してしまっていた。風が吹くと揺れるような場所では脱皮したくないらしい。なお、数匹だけは下側のタイラップの先端から動いていない。積極的に移動する多数派と消極的な少数派がいるようだ。


 午後8時。

 ベランダのまどい(大)は10センチほど移動していた。まどい(小)はそのままだ。

 スーパーの東側のオニグモは円網を回収して住居に戻ってきた。その触肢は太い。うん。謎はすべて解けた。この子は春夫君だ。さつきちゃんにはフラれたんだろう。

 まどいBの子グモたちはまたばらけていた。そして、まどいからそれぞれ15センチほど離れた所にも子グモが1匹ずついる。その気になった子グモから旅立っていくということなのかもしれない。


 5月16日、午前11時。

 卵囊Bのまどいは小さくなっているような気がする。


 5月17日、午前6時。

 ベランダのまどい(大)はばらけていた。何かが起こるのかもしれない。


 午前8時。ベランダのまどい(大)は2つに分れていた。


 午前10時。

 ベランダのまどい(大)はまたひとつになっていた。風が吹いたという程度の刺激にも反応しているのかもしれない。


 午前11時。

 卵囊Bの子グモたちは5匹から7匹くらいのまどい3個を形成していた。その他に直径10センチほどの円網を張っている子が2匹。これは母親が産卵できたほどの恵まれた環境に居着くことを許された「エリート子グモ」の存在を示す証拠になるかもしれない。

 ロードバイクの後輪のタイヤに長さ2センチほどの針金のような金属片が刺さっていた。浅い角度で突き抜けているのでチューブにまで穴が開いていることはなさそうだが、今日中に交換することにしよう。


 午後1時。

 光源氏ポイントにもともとあったジョロウグモのまどいはすべて消えていた。代わって新たなまどいが3個できていた。まどいのシーズンはまだ終わっていないらしい。陽当たりがいい場所だと代謝が向上して、まどいの期間が短くなるというようなこともあるかもしれない。


 5月18日、午前1時。

 卵囊Bのまどいが消えていた。卵囊を縛り付けておいた低木には手のひらサイズの円網を張っているジョロウグモの幼体が7匹いる。糸を引き出して空を飛ぶバルーニングは今回も観察できなかった。


 午後2時。

 光源氏ポイントでは新たなまどいが1個だけ現れていた。出囊シーズンのピークは過ぎたようだ。

  

 午後11時。

 ベランダのまどいは庇に移動した大2個もハンガーに留まっている小1個もばらけていた。何か共通の条件によって同じ行動が起こったように見える。


 5月20日、午前7時。

 6日に出囊した子グモたちのまどいの周囲に脱皮殻のようなものが見える。


 午前11時。

 踏み台を持ち出して庇のまどいを撮影して、その画像を拡大してみた。それで確認できた。今朝観察したのはやはり脱皮殻だ。

 そして、18日に出囊した子グモたちのまどいの周囲にも脱皮殻があった。6日に出囊したまどいからは12日遅れで出囊したのだし、距離も60センチくらい離れているのだが、何かで連絡を取り合ってタイミングを合わせたように見える。もちろん、ただ単に暖かくなるのを待っていただけという可能性もあるが……。

 なお、それらから別れた(取り残された?)少数の子グモ達は脱皮した様子がない。これも何故なのかわからない。まどいの規模が小さいと脱皮が遅くなるのか、あるいは脱皮殻が風で飛ばされてしまっただけなのかもしれない。


 午後4時。

 ハンガーにある8匹のまどいにも脱皮殻が2個あった。出囊済みの子グモたちも春を数えて脱皮のタイミングを計るのかもしれない。


 5月21日、午前1時。

 ベランダのジョロウグモを見ていると、大きなまどいはどんどん脱皮していくのに対して、個体数が少ないまどいだと1匹ずつ脱皮していくような気がする。単なる思いつきだが、ジョロウグモのまどいは体温調節の機能も持っているんじゃないだろうか? クモは変温動物だが、代謝がゼロでない限りは体温が生じるはずだ。密集していた方が早く脱皮できるようになるという可能性はあるだろう。


 5月22日、午前6時。

 庇の大きなまどい2つは1日に20センチくらいのペースで北へ向かって移動しているようだ。当たり前だが、移動する時だけはばらけたまどいになっていて、移動してからまた密集するようだ。ハンガーの十数匹は間隔を開けた状態でまったく移動していない。


 午前10時。

 先に出囊したまどいは脱皮した位置から1.2メートルほど移動していた。そろそろ分散するのかもしれない。


 5月23日、午後10時。

 ハンガーに残ったジョロウグモの1匹が手のひらサイズの円網を張っていた。


 5月24日、午前1時。

 ベランダのハンガーにいるジョロウグモの幼体のもう1匹が直径3センチほどの網を張っていた。

 大きなまどいは集団で脱皮した位置から1.5メートルほどのところにいる。あまり移動していないのは寒かったせいかもしれない。


 午後2時。

 光源氏ポイントにはジョロウグモのまどい(脱皮済み)が2個あった。

 さらに1キロほど離れたところにも2個。こちらはまだ脱皮していない。

 体長6ミリと3ミリのコガネグモ体型のクモもいた。隠れ帯は6ミリの子が楕円形に左下1本。3ミリの子はX字形。


 5月25日、午前6時。

 先に出囊した子グモたちは庇の北の端近くまで移動していた。脱皮した位置から約3メートルである。

 それに対して、もうひとつのまどいはほとんど移動していない。この差はなぜ生じるんだろう? そして、なぜバルーニングしないんだろう? 庇の下面という上に向かって開けていない環境のせいだろうか。


 午前10時。

 先に出囊したジョロウグモの子グモたちはとうとう庇の北の端に達して、二つの密集したまどいとその周囲に散らばった個体群に分かれていた。ルートを探しているようにも見える。庇の縁は5センチほど垂れ下がっているから、いったん下に降りてから乗り越えるということはできないのかもしれない。

 出囊が遅れたまどいは密集している。

 ハンガーにあった11匹だけのまどいは脱皮殻だけになっていた。


 午後2時。

 光源氏ポイントにはジョロウグモのまどいが2個あった。

 体長8ミリほどのコガネグモの幼体も現れた。

 ゴミグモの雄は1匹も見つけられなかった。


 午後10時。

 北へ向かったまどいは庇の角の部分でばらけていた。で、その下でオニグモの仲間らしい体長10ミリほどのクモが横糸を張っている。これはまずいぞ。


 5月26日、午前4時。

 北へ向かったまどいは庇の角でばらけたまま。それに対して、もうひとつのまどいは脱皮殻の分布の中心から20センチほどの所で密集したままだ。この積極性の差はどうして生じるんだ? なお、ハンガーにいた子グモたちの姿は見えなくなっていた。これなら卵囊を回収してもよかろう。


 午前9時。

 北へ向かったまどいから子グモが3匹、糸を引いて風に吹かれていた。オニグモの仲間は円網を回収したので、こういうこともできるようになったようだ。しかし、これもバルーニングなんだろうか? それとも、糸が付着したところへ歩いて行くつもりなのか? 


 午後1時。

 光源氏ポイントにはジョロウグモのまどいは見当たらなかった。

 そこから1キロほどのところにいた体長6ミリほどのコガネグモの幼体は横糸をギリギリ第一脚が届くくらいの直径までしか張っていなかった上に、隠れ帯も楕円形プラス上下に幅広のI字形だった。おそらく、ナガコガネグモの霊に憑依されているのだろう。〔んなわけあるかい!〕

 まあ、その程度の変わり者はいてもおかしくない。そして、こういう「獲物さんはご遠慮願います」というサインを出すのは脱皮の準備だろう。多分、3日以内に脱皮するんじゃないかと思う……のだが、晴れるのは明後日までで、その後はしばらく雨が続くのらしい。できれば雨が降り出す前に脱皮して欲しいものだ。


 5月27日、午前5時。

 ベランダのあまり動こうとしなかった方のまどいが脱皮殻だけを残して消えていた。何なんだ、これは? 一斉に脱皮してからバルーニングしたのか? それとも、5センチのオーバーハングを乗り越えて2階の方へ向かったのか? まどいの行動にも個性が出るんだろうかなあ……。

 北へ向かったまどいは庇の北の角でばらけたまどいを形成している。個体数は減ったかもしれない。


 午後1時。

 光源氏ポイントでは体長6ミリほどのナガコガネグモが円網に楕円形の隠れ帯を付けていた。

 昨日見た時には6ミリほどだったコガネグモの体長は7ミリくらいになっていた。やはり脱皮したんだろう。体長は少し長くなっただけだが、脚は1.5倍くらいになったようだ。そして横糸が張られている部分は直径20センチくらいに広げられていて、隠れ帯もなくなっていた。要するに、脱皮前で食欲がない時には隠れ帯を付けて、脱皮したら隠れ帯を外すということなんだと思う。

 この子には脱皮祝いに体長5ミリhほどのアリと4ミリほどのハエをあげておく。コガネグモは比較的大食らいのクモだから、これくらいは食べられるはずだ。


 午後11時。

 庇の角にいる子グモたちは30匹くらいになっていた。分散していったのか、あるいは、その下に円網を張っているオニグモの仲間に食われてしまったのかもしれない。この状況では子グモたちが何匹いるかを数えても意味はないかもしれない。


 5月28日、午前11時。

 ベランダの物干し竿に体長1.5ミリくらいのジョロウグの幼体2匹が円網を張っているのに気が付いた。体長はほとんど同じに見えるのだが、脚の長さに大きな差がある。脱皮回数(「齢」と言う)が違うのだろう。


 午後7時。

 小雨がパラついてきた。

 庇の北の角にいるジョロウグモの幼体は1匹だけしか確認できなかった。後は動かないので脱皮殻なのか幼体なのかわからないものが2個だ。どこへ行ったのか、どうやって移動したのかはわからない。これは……来年以降に24時間体制で毎日観察する必要があるかなあ……。


 5月29日、午前6時。

 物干し竿にいた脚が長い方の子グモがハンガーと物干し竿を円網で繋いでしまった。これでは洗濯物を干すのに支障がある。しょうがないので円網を破壊させてもらう。

 もう1匹の方はお留巣である。脱皮しているのかもしれない。

 

 午前7時。

 アパートの北側の壁に設置されている配電盤の周辺で子グモ2匹を確認した。ルートを見つけられたらしい。体長1.5ミリとしても、その30倍以上の垂れ下がった壁を乗り越えるのは大変だっただろう。ご苦労様。


 5月30日、午前11時。

 スーパーの周辺で直径25センチクラスのオニグモの仲間のものらしい円網を3個見つけた。この大きさだと10ミリ前後の体長だろうと思うのだが、張りっぱなしにする理由がわからない。十分な量の獲物がかからなかったということなのか、あるいは夜中まで雨が降っていたらしいから、そのせいかもしれない。夜の観察を再開するべきかなあ……。


 6月1日、午前10時。

 物干し竿の子グモたちはいなくなっていた。ジョロウグモの幼体にとって良い環境ではなかったのだろう。しょうがない。


 午後3時。

 光源氏ポイントには体長3ミリほどのジョロウグモの幼体が現れていた。直径15センチほどの円網の前後にはバリアーも付けている。

 2ミリクラスの1匹はなんと、クサグモの迷網部に網を張っていた。襲われたりしないんだろうか? 


 6月3日、午後10時。

 気が付いたらロードの後輪のスポークの間に体長2.5ミリほどのジョロウグモの幼体らしいクモが円網を張っていた。多分、光源氏ポイントから連れ帰ってしまったんだろう。コップを使って「森へお帰り」をさせてもらう。


 6月7日、午前10時。

 卵囊Aを取り付けた低木で体長5ミリほどのジョロウグモの幼体2匹が円網を張っているのを見つけた。やはり出囊したジョロウグモの幼体の一部は卵囊の近くに居着くようだ。


 午後2時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモの幼体の最大の個体は体長5ミリほどになっていた。その他はだいたい3ミリクラスだ。

 ふと思いついたので、体長3ミリの子の1匹に体長5ミリほどのアリを身動きできないくらいに弱らせてからあげてみた。すると、ちゃんと食いついてくるんだ、これが。どうやらジョロウグモは小物狙いではなく、弱い獲物を好むということのようだ。ウィキペディアの「ジョロウグモ」のページには「成体になれば、人間が畜肉や魚肉の小片を与えてもこれも食べる」と書かれているのだが、ジョロウグモにとっては死んだ獲物が一番安心できるんだろう。

 体長100ミリほどの明るい茶褐色のナナフシの仲間も見つけた。翅はないようだったが、ナナフシの仲間の場合、翅や飛翔能力を失ったものが多いらしいので成虫なのかまだ若虫なのかはわからない。


 6月8日、午後2時。

 光源氏ポイントにいるナガコガネグモたちはおおむね体長10ミリほどになっていた。そして面白いことに、いろいろな隠れ帯が見られるのだ。この時だけのような気もするのだが、楕円形、I字形、楕円形プラスI字形、1匹だけだがY字形にしていた子もいた。つまずいたり間違えたりしながらオトナになっていくんだろうな。〔…………〕

 ここには体長7ミリほどのサツマノミダマシもいたのだが、若葉の上で堂々と脚を広げていた。確かに腹部の色は若葉と同じなんだが、頭胸部や脚は丸見えだ。サツマノミダマシもオニグモ科のはずなんだが、オニグモのように昼間は隠れているということはないらしい。


 午後9時。

 ユニットバスの換気口付近にユウレイグモの仲間がいた。じゃまになるものでもないのでそのまま入浴していると浴槽の中に落ちてきた。湿ったプラスチックにはしおり糸を固定しにくいのかもしれない。溺れたらかわいそうなので、すくい上げて浴槽の外に出したのだが、脚が細くて長いせいか濡れた状態では動けないのらしい。しょうがないのでコップを使って「森へお帰り」をさせてもらった。


 6月13日、午後2時。

 光源氏ポイントの近くの電柱に体長15ミリほどのコガネグモが現れた。コガネグモの季節が来るんだなあ。挨拶代わりに体長20ミリほどのガガンボをあげておく。

 光源氏ポイントにも体長7ミリほどと5ミリほどのコガネグモがいた(5ミリの子は多分雄だ)。

 体長5ミリほどのジョロウグモの幼体に同じくらいの体長のアリを弱らせてからあげたら、獲物の上の方で円網を大きく切り開いて、それを獲物に被せてから牙を打ち込んだ。より安全に仕留めるためのテクニックだが、ジョロウグモの幼体はめったに使わない。このテクニックを使うか使わないかの判断基準は何なんだろう? 


 午後1時。

 台所に体長6ミリほどの黒いテントウムシの幼虫が現れた……と思ったのだが、どうもおかしい。少し歩いては止まり、また少し歩いては止まるというクモのような歩き方をしているのだ。そして、白い斑点が2対ある黒い腹部には体節がないような気もする。念のために撮影した画像を拡大してみると、脚が8本あった。あらまあ。クモだぞ、この子は。おそらくハエトリグモの仲間だろう。

 新海栄一著『日本のクモ』で調べてみると、この子はどうやらシナノヤハズハエトリの雄らしい。「中部・関東地方高地・岡山県」に分布するらしいから、海岸から7.5キロ、標高30メートルの場所にいてはいけないクモなのだが……迷子のようなものなんだろうかなあ……。


 6月16日、午後2時。

 体長40ミリほどのスズメバチが飛んでいた。

 光源氏ポイントにはコアオハナムグリらしい甲虫が2匹と体長7ミリほどのよくわからない甲虫が1匹いた。コガネムシのシーズンが始まりつつあるようだ。

 お尻が尖っていて触角の先端が二股になっている緑色のイモムシもいた。これはゴマダラチョウかアカボシゴマダラの幼虫のようだ。


 6月17日、午前7時。

 玄関脇に網を張っている体長3ミリほどのジョロウグモ2匹に弱らせた体長4ミリほどのアリをあげた。体長2ミリ以下の羽虫ならそのままでも食べてくれそうなのだが、作者の指では扱いきれないのだ。


 午前11時。

 調子に乗って、スーパーの東側に円網を張っている体長5ミリほどのジョロウグモにも体長5ミリほどのアリをあげてみたのだが、さんざんチョンチョンしてから捨てられてしまった。ジョロウグモの幼体はとにかく慎重派なのだが、この子の場合は「アリは嫌い」というタイプのような気がする。


 6月20日、午後2時。

 光源氏ポイントにいるナガコガネグモたちで最大の個体は体長17ミリほどになっていた。そしてよく見ると、こしき部分にもジグザグの隠れ帯を楕円形に付けている子と、こしき部分だけは雲のようなもやもや型の隠れ帯(?)を付けている子がいる。もしかすると、コガネグモと同じで脱皮前だけはこしき部分の隠れ帯をもやもや型にするのかもしれない。

 ジョロウグモは最大6ミリほどの幼体を2匹見かけた。そして、この体長になると脚が一気に長くなるような気がする。体長5ミリ以下だと、ころんとした丸っこいお尻で短足なのに、6ミリになるとお尻が細くなると同時に脚が1.5倍くらいに伸びて、いかにもジョロウグモという体型になるようなのだ。


 午後5時。

 玄関脇のジョロウグモ2匹はバリアーに脱皮殻を付けていた。体長はそれぞれ3ミリと2.5ミリくらい。光源氏ポイントの子たちと比べると成長が遅いような気がする。獲物が少ないのかもしれない。


 6月23日、午後1時。

 玄関脇のジョロウグモ2匹に体長4ミリほどのアリを弱らせてからあげた。知らん顔をされてしまったが、安全だと判断すれば食べてもらえるだろう。

 

 6月28日、午前11時。

 スーパーへ行く途中で直径約40センチのオニグモのものらしい円網を見つけた。クモは不在だったので、挨拶代わりに体長5ミリほどのアリを1匹、弱らせてから投げ込んでおく。

 買い物を終えてから見ると、体長7ミリほどのオニグモ(多分)がアリを食べていた。獲物がかかった時には感知できるような体勢でいたのらしい。


 午後2時。

 薄紫のオオバギボウシが見頃になっていた。

 光源氏ポイントにはいつの間にかコガネグモが6匹(体長は15ミリから20ミリくらい)、開けた場所に円網を張っていた。観察をサボるとこういうことになる。

 20ミリほどの子は体長40ミリほどのイナゴ体型のバッタとテントウムシを1匹ずつ、捕帯を巻きつけた状態で円網に固定していた。いつも思うのだが、コガネグモが獲物に捕帯を巻きつけた後に休憩を取るのは何故なんだろう? お尻が大きいので体温が下がりにくいのかなあ……。

※クモは一般的に昆虫よりも呼吸能力が低いのらしい。というわけで、酸素欠乏で動けなくなっていたのかもしれない。


 その他に係留糸に体長5ミリほどの雄がしがみついている円網も1個あった。ということは、この網の主はまだオトナになっていないのかもしれない。体長は20ミリ弱なので、オトナであってもおかしくない体格なのだが……。

 ジョロウグモの最大の個体は体長8ミリほどになっていたが、最小の個体はまだ2.5ミリほどでしかない。横2メートル、縦1.5メートル、奥行き0.5メートルの範囲でどうしてこれほどの差が生じてしまうんだろう? とりあえず、体長5ミリ以上の子たちを選んで弱らせたアリをあげておく。すぐに飛びついてくる子に慎重な子、円網に穴を開けてそれを獲物に被せる子や直接牙を打ち込む子もいる。実にややこしいが、それがジョロウグモの魅力の一つではある。

 ナガコガネグモの1匹はこしき部分の隠れ帯の向かって右半分をジグザグ型、左半分をもやもやした雲型にしていた。これは隠れ帯用の糸の束(捕帯用を兼ねる)にテンションをかけた状態で貼り付けると直線的なジグザグになり、ゆるめたままだともやもや型になるということなんじゃないかと思う。


 6月29日、午後11時。

 眠れないので夜の散歩に出た。

 去年、ヒメグモ2匹が現れたツバキの植え込みで体長2.5ミリから2ミリほどのヒメグモ4匹を確認した。2.5ミリの子はシート網付きの不規則網を補修している様子だった。

 玄関の近くに体長5ミリほどの甲虫がいたので捕まえた。後で光源氏ポイントのコガネグモにあげてみようと思う。

 

 6月30日、午前6時。

 光源氏ポイントではコガネグモを4匹見つけた。ほぼ全員引っ越したようだから、2日前の段階ではまだオトナになっていなかったのかもしれない。あるいは、今年はまだコガネムシも現れていないから、より良い環境を求めて引っ越しをしている可能性もあるだろう。

 一番大きな子は体長25ミリほどで、直径約80センチの円網には隠れ帯が下側に2本だけ付けられている。この子に体長7ミリほどのカミキリムシをあげると、真っ白になるほど捕帯を巻きつけたのだが、コガネムシの場合ほど多くはなかったかもしれない。

 続いて、体長20ミリほどの子に体長5ミリほどのコガネムシ体型の甲虫を、同じくらいの体長の別の子には体長40ミリほどのイナゴ体型のバッタをあげた。2匹とも捕帯の量は同じくらいの体長のナガコガネグモよりは多いかなという程度だった。

 というわけで、もしかするとコガネグモは、食欲と獲物の暴れ方で巻きつける捕帯の量を決めているのかもしれない。コガネグモは捕帯を巻きつけた後に休憩を取ることが多いから、コガネムシのような脚力のある獲物に対しては休憩の間に逃げられないように十分な量の捕帯を巻きつけるのだと考えるとつじつまが合うだろう。

 ナガコガネグモのように休憩せずに牙を打ち込んでしまえば捕帯を節約できるんじゃないかという気もするのだが、コガネグモのお尻は大きいから捕帯用の原料タンクも大きくて、無駄遣いする余裕があるということなのかもしれない。さらに、体温が下がりにくいとか、息切れしやすいとかもあり得るな。

 まあ、種を存続させていくことができているのだから環境に対する適応度は十分なのだろう。むしろ完璧に適応してしまうと環境が変化した時に絶滅しかねないという問題が生じるのか、あるいは、作者のコガネグモに対する理解がまだまだ不足しているというだけのことなのかもしれない。

 ジョロウグモは体長8ミリクラスの子が現れ始めていた(ナガコガネグモは体長18ミリほどの子もいる)。これくらいになると、体長5ミリほどのアリでも4分の3殺しにすれば補食してくれるので楽だ。


 7月1日、午前4時。

 玄関先で体長4ミリほどのクモが体長10ミリほどの羽アリを食べていた。不規則網だからヒメグモ科のクモなのは間違いないと思うのだが、調べても何グモなのかわからない。お尻の模様はオオヒメグモのそれに近いのだが、頭胸部が大きすぎるのだ。

 体長7ミリほどの甲虫を2匹捕まえた。


 午前7時。

 玄関口でコガネムシを1匹捕まえた。さらに台所でも1匹。というわけで、それをポケットに入れて光源氏ポイントへ向かう。1匹はかなり衰弱している様子なので、雨が降り出す前にコガネグモたちにあげてしまいたいのだ。


 午前8時。

 光源氏ポイントでもコガネムシを3匹見つけた。コガネムシが羽化し始める直前にコガネグモたちがオトナになったわけだ。……狙ったんだろうか? 

 体長25ミリほどのコガネグモ(今シーズンの「コガネ関」としよう)はツチイナゴらしいバッタを食べているところだった。さらに捕帯でグルグル巻きにされたコガネムシらしい獲物も円網に取り付けてある。しょうがないのでコガネムシは体長20ミリクラスの子たちにあげることにする。なお、今回はストップウォッチも持ってきている。

 衰弱しているコガネムシをあげた子は10秒くらい捕帯を巻きつけた後、獲物の下で円網の糸を切ってその穴に入り込み、さらに45秒くらい捕帯を巻きつけた。コガネムシに捕帯を巻きつける時には円網に穴を開けるのがコガネグモの一般的な狩りのようだ。そして、何回か捕帯を巻きつけるのを中断して獲物に近寄っていたから、この時に牙を打ち込んでいたのかもしれない。

 活きのいいコガネムシをあげた子は断続的に合計150秒くらい捕帯を巻きつけていた。その場で捕まえたコガネムシをあげた別の子の巻きつけ時間は合計90秒くらい。そして、体長10ミリほどの甲虫をあげた子は45秒くらいだった。というわけで、捕帯の量が足りないと判断した場合には追加するということなのかもしれない。

 その他に体長20ミリほどのガをあげた子はオニグモのように素早く飛びついて、翅を抱え込みながら牙を打ち込んでいた。この辺りは垂直円網を張るクモに共通のやり方のようだ。。

 さすがにオトナになっているナガコガネグモはいなかったので、体長15ミリほどの幼体2匹に10ミリほどのワラジムシをあげてみた。すると、捕帯を巻きつける時間はどちらも15秒くらい、別の15ミリほどの子に10ミリの甲虫をあげた場合も15秒くらいだった。

 オトナのナガコガネグモが現れたらコガネムシでも追試をするつもりだが、去年、ナガコガネグモにコガネムシをあげた時も必要最小限の捕帯を巻きつけた後、すぐに牙を打ち込んで仕留めていたから、コガネグモがコガネムシに巻きつける捕帯の量は明らかにナガコガネグモやオニグモよりも多いようだ。


 7月2日、午前11時。

 玄関脇のジョロウグモ2匹は円網を張り替えていなかった。さすがに食べさせすぎたかもしれない。

 ツバキの植え込みにいるヒメグモのうちの2匹が雄と同居していた。世の中はうまくいくようになっているのだなあ。あくまでも「クモの世の中」の話だが。


 午後3時。

 光源氏ポイント近くの水田の脇でコガネグモを10匹見つけた。水田の近くということはイナゴなどを狙っているのかもしれない。限られた量のコガネムシを奪い合うくらいなら他の獲物を狙った方がいいという判断だろう。オトナのナガコガネグモもまだ現れていないこの時期ならイナゴも食べ放題……いやいや、イナゴの成虫もいないはずだなあ……。水田の近くには昆虫が多いのは間違いないだろうが。

 光源氏ポイントでは体長2ミリほどのジョロウグモの幼体を見つけた。いつ出囊した子なんだろう? ちなみに最大の個体は体長10ミリ弱くらいだった。


 午後4時。

 帰る途中で体長20ミリほどのよく太ったガを捕まえた。後で誰かにあげよう。


 7月3日、午前5時。

 スーパーの東南の角の植え込みにコガネムシが2匹いた。もう少し増えるようなら何匹か捕まえてコガネグモにあげることにしよう。

 体長7ミリほどのオニグモの幼体に15ミリほどのワラジムシをあげてみたら、さかんに脚でチョンチョン、触肢でもしょもしょしてからホームポジションに戻ってしまった。

 その後、ワラジムシが脚を動かし始めると、また近寄って捕帯を巻きつけた。体長で二倍というのは大きすぎたのだろう。ごめんね。


 午前11時。

 光源氏ポイントのコガネ関は円網に隠れ帯を付けていなかった。2日前にツチイナゴとコガネムシを1匹ずつ食べたきりなのかもしれない。

 そこらにいたコガネムシを円網に放り込んであげると、コガネ関は途中で牙を打ち込んだりしながら、合計で約90秒間、捕帯を巻きつけた。ただし、第四脚は確かに捕帯を巻きつけるような動きをしてはいるものの、途中で原料切れのように捕帯が薄くなることが何回かあった。

 別の体長20ミリほどの子にもコガネムシをあげると、この子は約75秒間捕帯を巻きつけていた。

 雄と同居している子には体長20ミリほどのガをあげた。この子は獲物に飛びついて牙を打ち込み、しばらくしてから捕帯を巻きつけた。

 体長20ミリ弱のナガコガネグモには体長10ミリほどのハエをあげてみた。するとこの子は約10秒間捕帯を巻きつけてから牙を打ち込んだらしかった。おそらく、円網の振動で「ガではない」と判断したのだろう。


 7月4日、午前10時。

 玄関脇のジョロウグモの1匹が脱皮していた。網は潰れて、一部はひも状になっている。もう1匹の姿は見えない。


 7月5日、午前6時。

 玄関脇のジョロウグモ2匹が円網を張っていた。もう1匹も脱皮したらしい。物陰で脱皮するジョロウグモもいるということなのかもしれない。体長4ミリほどの弱らせたアリを1匹ずつあげる。飛びついてきたのは食欲旺盛だからだろう。


 午前7時。

 ツバキの植え込みのヒメグモたちは2匹だけになっていた。昨日の強風で網が吹き飛ばされてしまったのらしい。

 体長4ミリほどのジョロウグモの円網に体長2ミリほどの活きのいいアリを投げ込んでみたのだが、怯えてホームポジションに戻ってしまった。弱らせたアリでやり直しても、バリアーにはね返されてしまう。バリアーの隙間を狙って投げ込む必要があるな。


 7月6日、午前10時。

 クモの網に水滴が付いているのが面白い。


 夏は霧雨。蜘蛛の網に水滴など付きたるはいとおかし。

 女郎蜘蛛の脚などはさらなり。傘など差し掛けてあげたくなるものなり。


 ジョロウグモやオニグモなどの円網を張るタイプのクモの体は水を弾くらしくて、体や脚の表面から生えている細かい毛に水滴ができる。哺乳類のように濡れるタイプの肌だと体温を奪われるとか、気管の開口部を塞いでしまうとかの問題があるのだろう。


 7月7日、午後7時。

 スーパーの東側にいる一番大きなジョロウグモが脱皮していた。


 7月8日、午前11時。

 アリを食べていたヒメグモは体長3.5ミリほどになっていた。他の2匹はまだ2ミリほどだ。

 昨日脱皮したジョロウグモは体長11ミリほどになっていた。さすがにお尻が頭胸部より細い。

 お祝いに同じくらいの体長のアリをあげたのだが、網から外して捨てられてしまった。よく見ると円網そのものも小さめだから、まだ食欲が回復していないのかもしれない。


 午後2時。

 光源氏ポイントのコガネ関とその近くにいた2匹のコガネグモの姿は見えなかった。五日間も観察をサボってはいけないのだな。どうも今年はコガネムシが多くないようだから、そのせいもあるかもしれない。

 ここにいるナガコガネグモの最大の個体は体長20ミリほどになっていた。その係留糸の途中にいる幼体のような体型で脚だけが長いクモは雄だろう。円網を張っていない雄はその他に3匹くらいいた。

 ジョロウグモの最大の個体は体長11ミリほどだった。ナガコガネグモは秋までに産卵する必要があるのに対して、ジョロウグモは1月に産卵することもできるのだ。


 7月10日、午前9時。

 また失敗した。スーパーの壁の溝の中で、ヒメグモ科カガリグモ属らしい体長3.5ミリほどのクモが体長10ミリほどのワラジムシに糸を巻きつけてから牙を打ち込んだらしかったので、ちょっと退いてもらって、うっすらと糸を巻きつけられたワラジムシに触れてみると、わずかに粘ったのだ。

 作者は「ヒメグモ科のクモは、粘球糸を投げかけて餌を攻撃する」という話を信じていなかったのだが、やはり粘球糸を使っていたのらしい。

 とは言っても、第四脚で糸を巻きつける動作はジョロウグモなどとほぼ同じだし、見た目もジョロウグモが獲物に巻きつけた捕帯のようにうっすらとしたものだったから、オナガグモが投げつける粘球糸はもちろん、ジョロウグモなどの横糸よりも小さな粘球が付いた糸なんだろう。もちろん獲物の抵抗を封じるという機能も捕帯と共通であるはずだ。

 ツバキの植え込みのヒメグモの体長3.5ミリの子は体長5ミリほどの甲虫に糸を巻きつけていた。お尻がかなり大きくなっているのだが、その色は薄いオレンジ色だ。どうなっているんだろうかなあ……。


 午後3時。気温31度C。

 ベランダのハンガーに体長10ミリほどの細身のオニグモがいた。触肢が丸く膨らんでいるからオトナの雄だろう。そんな所に雌はいないぞ。というか、オニグモの雄と雌はどうやって出会うんだろう? 


 7月11日、午前7時。

 スーパーの東側でコガネムシを1匹だけ見つけた。その他にルリチュウレンジの幼虫も数匹いた。


 午前11時。

 ヒメグモたちがいたツバキの植え込みが剪定されてしまった。しょうがない。今回はここまでだ。


 午後2時。

 光源氏ポイントにいるコガネグモは1匹だけになっていた。近くで捕まえた体長40ミリほどのツチイナゴをあげると、捕帯を17秒くらい巻きつけてから牙を打ち込んだ。

 体長20ミリほどのナガコガネグモ(雄が近くで待機しているからまだ亜成体だろう)にコガネムシをあげると、25秒くらい捕帯を巻きつけてから牙を打ち込んだ。


 午後3時。

 光源氏ポイントの数キロ先の水田の脇でコガネグモを5匹見つけた。さらにそこから数百メートル先の用水路脇の藪には12匹だ。コガネグモはコガネムシがいた場所と水場の近くを好むということになるかもしれない。

 このコガネグモたちのうちの1匹の円網の端から1メートルくらいのところに卵囊が取り付けられていた。もう産卵したということなのかもしれない。その他にコガネムシらしい獲物を仕留めていた子も1匹。


 午後5時。

 自宅まであと二キロというところで前が見えなくなるほどの雨に降られてしまった。天気予報はチェックしていたんだから、もっと早く帰るべきだったんだなあ。


 7月12日、午前7時。

 スーパーの東側にいる体長11ミリほどのジョロウグモに、昨日の夜捕まえて冷蔵庫に入れておいた体長10ミリほどのガをあげた。もちろん、迷わず飛びついて牙を打ち込んでくれた。

 チョウ目昆虫が円網にかかった場合、クモはすぐに駆け寄って牙を打ち込んでしまうことが多い。それは安全確認したり、捕帯を巻きつけようとしたりすると、鱗粉だけを網に残して逃げられてしまうことが多いからだろう。おそらくは網の振動パターンで「チョウ目だ」と判断しているのだろうと思うのだが、確認はできていない。調べた範囲ではハエにガの翅を移植しての実験も行われていないようだ。遺伝子の分析などよりも手間がかかるせいだろう。日本のクモ研究というのはその程度でしかないのである。

 体長10ミリほどのゴミグモも現れた。円網のホームポジション付近にはゴミの代わりに雑な隠れ帯のようなものを付けている。ツツジの植え込みの反対側にいたゴミグモの姿がないから、昨日の夕立でごみも卵囊も流されてしまったので、体一つで約3メートル引っ越してきたのかもしれない。


 午後1時。

 ハンガーに取り付いていたオニグモは隣のハンガーに引っ越していた。いったい何を考えているんだろう? お嫁さんがやって来るのを待っているのか? 


 7月13日、午前10時。

 ハンガーのオニグモはいなくなっていた。

 玄関脇のジョロウグモは脱皮していた。もう1匹は階段の下へ2メートルくらい引っ越したようだ。

 スーパーの東側の植え込みが剪定されてしまった。最も大きくなっていたジョロウグモの姿は見当たらない。


 7月16日、午前11時。

 ツバキの植え込みにヒメグモが5匹いた。雄が同居している不規則網は3個ある。

 ヒメグモは前だけが開けていて、後ろは茂みという環境を好むクモなのかもしれない。ゴミグモと同じような場所だから同じような獲物を狙っているんだろう。

 そして、この子たちのお尻の色はごく薄いクリーム色からオレンジ色までだった。もしかすると、気温が高い時期にはオリーブ色にまではならないということなのか、あるいは、アリを食べるとオリーブ色になるのかもしれない。ちなみに『むしなび』というサイトの「ヒメグモ」のページにはお尻が鮮やかな緑色の個体の画像も掲載されている。

 なお、最大の個体は体長4ミリほどだった。不規則網の位置から推測すると、小型の甲虫を食べていた子だと思う。


 7月17日、午前4時。

 ツバキの植え込みの体長4ミリほどのヒメグモに5ミリほどのアリをあげてみたのだが、近寄っただけでホームポジションに戻ってしまった。おそらく、大きすぎて危険だと判断したんだろう。獲物が力尽きてから仕留めるつもりだろうと思う。

 体長3ミリほどの子には体長2ミリほどのアリを活きのいいままあげてみた。すると、20秒くらい糸を投げかけてからホームポジションに戻り、しばらくしてからまた近寄って牙を打ち込んだ様子だった。

 コガネムシが1匹、ヨモギの葉の上にいた。食べやすそうな柔らかさだし、低木の若葉と同じという認識なのかもしれない。なお、スーパーの周囲には二種類のツツジが植えられているのだが、コガネムシは葉が柔らかい方のツツジしか食べない。


 午前5時。

 ヒメグモの4ミリちゃんがアリを食べていた。大型の獲物であっても「安全に仕留められる」と判断すれば手を出すのである。

 なお、ここにいるヒメグモたちのお尻の色は全員白っぽいオレンジ色のままである。獲物を食べたかどうか以外にもお尻の色を変える要因があるのかもしれない。


 午前7時。

 光源氏ポイントにいるコガネグモは2匹だけになっていた(近くの水田脇にもう1匹)。

 ジョロウグモは体長15ミリほどの子が現れ始めている。この大きさだと、同じくらいの体長のバッタの子虫ならすぐに飛びついて牙を打ち込んでくれる。

 数キロ先の水田脇にいるコガネグモは5匹で変わりなし。ただ、約1メートルと約2メートル引っ越していた子がそれぞれ1匹いた。道路標識のプレート裏に取り付けられている卵囊が2個あったから産卵した後に引っ越しをしたのかもしれない。

 その先の用水路脇にはコガネグモが12匹いた。ただし、隠れ帯を1本付けていた子は2匹で、2本の子は1匹だけ。そしてコガネムシを仕留めていた子も1匹しかいなかった。やはり今年はコガネムシが少ないらしい。豊漁の年と不漁の年があるのはコガネグモもわかっているのだろう。

「コガネムシがいないのならバッタを食べればいいじゃない」というわけで、種を存続させていくためにトノサマバッタやショウリョウバッタなどの大型のバッタを狙う子もいるということなのかもしれない。

 

 7月18日、午前3時。

 玄関脇のジョロウグモは横糸を張っているところだった。この子は体長6ミリほどなので、体長4ミリほどのワラジムシをあげてみたのだが、網から外して捨てられてしまった。ジョロウグモはダンゴムシやワラジムシが好きではないのか、あるいは、たまたま空腹ではなかっただけかだなあ。


 午前5時。

 ツバキの植え込みのヒメグモたちは2匹が不規則網に枯れ葉を付けていた。好みの枯れ葉というのがありそうなのだが、どうやって手に入れるんだろう? 


 午前10時。

 近所の物置の壁の地面近くで、体長6ミリほどのやたら脚の長いクモを見つけた。ユウレイグモの仲間だと思うが、種名まではわからない。


 7月19日、午前3時。

 コガネムシを近所のツゲの木で4匹、ヨモギで2匹見つけた。ちょいと遅くなったが、シーズンが始まったのかもしれない。


 午前6時。

 光源氏ポイントから用水路脇までの範囲にいるコガネグモはだいたい20匹くらいだった(道路からカウントしているので、見落としはあると思う)。そのうち、隠れ帯を1本または2本付けていた子は3匹で、コガネムシを仕留めていた子は2匹だけだった。今のところはまだ不漁のようだ。

 用水路脇のコガネグモの卵囊は1個増えていた。


 午前11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんのお尻のオレンジ色にわずかにモスグリーンが混じってきているかもしれない。その他は枯れ葉の下にいるので確認できない子が2匹と、濃い薄いの差はあるにせよ、オレンジ色の子が2匹だ。ついでに言っておくと、体長2ミリ前後の雄たちのお尻は鮮やかなオレンジ色である。


 午後11時。

 ツゲの木には11匹のコガネムシがいた。ツゲは常緑樹だが、若葉は柔らかいので、それを目当てに集まってきているようだ。

 体長3ミリほどの羽アリの群れが現れていたので、ヒメグモの4ミリちゃんに2匹、その隣の体長3ミリほどの子に1匹あげた。他の子にもあげようとしたのだが、風に吹き流されてしまって網に引っ掛からなかった。


 7月20日、午前7時。

 ヒメグモの4ミリちゃんのお尻は黄土色になっていた。時間はかかっているが、モスグリーンの方へ向かっているようだ。

 実は薄緑色のアオバハゴロモ(カメムシ目)を食べたヒメグモのお尻が鮮やかな緑色になったという話がある。「表面が薄緑色の獲物の中身を食べるとお尻が緑色になる」というわけだが、では黒いアリを食べるとモスグリーンになっていくのはどうしてなんだろう? しばらく間を置いて、オレンジ色に戻ってからアオバハゴロモをあげてみるのもいいかなと思う。

 昨夜、寝ぼけてローラー台のプラスチック製の調整ハンドルを蹴飛ばしてしまって、右ふくらはぎの表皮が三センチ×五センチほどの範囲で剥がれている。日焼けすることで表皮の弾力性が失われていたのらしい。まいったね。

 傷には大判の絆創膏を貼った。ハンドルには厚手の靴下を被せておこう。


 午後11時。

 近所のヨモギにはコガネムシが3匹いた。ここにコガネムシが集まるのは、近くにコンビニの明るい看板があるからかもしれない。そしてツゲの木には11匹。

 そのツゲの木の近くには体長20ミリ弱のオニグモが円網を張っていた。いつからここにいたんだろう? 挨拶代わりに体長12ミリほどのアリ(クロオオアリの大型ワーカー?)をあげておく。

 その他に糸を引いてぶら下がっている尺取り虫が2匹と、ブロック塀に取り付いている体長10ミリから20ミリくらいの毛虫が十数匹いた。


 7月21日、午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を張り替えていなかった。よく見ると、小指の先くらいの大きさの肉団子をもぐもぐしている。もしかしたら、コガネムシを捕らえたのかもしれない。食べかけの獲物があるのなら円網を張り替える必要はないわけだ。


 7月22日、午前7時。

 光源氏ポイントに残っている1匹だけのコガネグモの隠れ帯は上側2本が短い不完全なX字形になっていた。少しは獲物が多くなったのかもしれない。

 アオバハゴロモやベッコウハゴロモが増えてきたので、ジョロウグモたちにはこれらの体長10ミリほどの羽虫をあげる。小型の羽虫は捕まえるのに苦労するのだが、アリより積極的に捕食してくれるのだ。

 ナガコガネグモ2匹には同じくらいの体長のハエをあげておく。


 午前8時。

 ピンク色のサルスベリが見頃になっていた。

 水田脇のコガネグモは4匹になっていた。

 用水路脇では釣り人がウナギを釣り上げていた。水田脇の草地には除草剤が撒かれているのだが、食べるつもりなんだろうかねえ……。


 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんが住居から出てきたところだった。あまり食欲はないようだ。

 

 7月23日、午前11時。

 アブラゼミを拾った。羽ばたくことはできないようだが、わずかに脚を動かすので死んではいない。後で誰かにあげよう。

 オニグモの20ミリちゃんの円網の近くにいる体長10ミリほどのジョロウグモが、係留糸の途中から脚をだらーんと下に向けて風に揺られていた。この子は何日か前から網を張り替えていなかったので脱皮するのかなと思って見ていると、脚を曲げた。その後、すぐに頭胸部が上に開いてお辞儀をするような姿勢で頭胸部とお尻を抜き、脚先を上に向けてぶら下がった姿勢で脚を抜いていった。

 脚を曲げ始めてから、完全に脚を抜いて、お尻から引いた糸でぶら下がった姿勢になるまで6分30秒ほどだった。

 係留糸の途中にぶら下がって脱皮するジョロウグモは初めて観察したような気がする。外骨格が硬化するまでは無防備なのだから、せめて前後にバリアーがあるホームポジションで脱皮したらいいだろうに……。


 7月24日、午前2時。

 コンビニの前でコガネムシを4匹拾った。明るさに誘引されてしまうのだろう。後で誰かにあげようと思う。


 午前7時。

 光源氏ポイントにはコガネグモが1匹もいなかった。

 ジョロウグモは体長15ミリクラスの子が現れ始めていたので、特に空腹そうな子を選んで、体長20ミリほどのバッタの子虫を弱らせてからあげてみた。この子は予想通り、円網を切り開いて獲物に被せ、安全確認ををしながら慎重に近寄って牙を打ち込んだ。


 午前8時。

 水田脇にいるコガネグモは4匹になっていた。そのうちの1匹はコガネムシらしい獲物を食べていたので、その隣の子にほとんど身動きしないアブラゼミをあげてみた。体積の割に重い獲物なので網が枠糸の下まで垂れ下がってしまったのだが、この子はそれを追いかけて捕帯を巻きつけていた。

 ここで失敗に気が付いた。今朝拾ったコガネムシ4匹を入れておいたビニール袋が破れていたのだ。コガネムシは強力な脚を持っているのである。しょうがないので、逃げ遅れたらしい1匹は用水路脇にいたコガネグモの中から手が届きやすい子を選んであげてみた。この子はだいたい60秒くらい捕帯を巻きつけていた……のだが、30秒を過ぎた辺りからは捕帯がごく薄くなることが何回かあった。

「ふはははは。フェイントなど効くものかよ」〔…………〕

 どうも確実に仕留めるために捕帯を巻きつけようとしてはいるものの、捕帯用の原料タンクがほとんど空になっているような印象である。完全に止まってしまうわけではないから、まったく無駄な動きということはない。

 なお、水田脇と水路脇のコガネグモの卵囊は3個増えていたが、いずれも円網の外に付けられていた。


 午前9時。

 やや大型のコガネムシを拾ったので、用水路脇まで戻って他のコガネグモにあげた。捕帯巻きつけ時間は70秒くらいだったと思う。

 さらに、ひっくり返ってもがいている雌のカブトムシも拾ったのだが、これほど大型の獲物を捕食できるクモはいそうもないので道端の林に投げ込んでおいた。久しぶりの「森へお帰り」である。


 午前11時。

 ツバキの植え込みにいるヒメグモの1匹がアオバハゴロモを食べていた。で、そのお尻が白っぽい緑色になっている。やはりヒメグモのお尻の色は食べた物によって変化するようだ。人間の世界には「腹黒い」という言葉があるのだが、アオバハゴロモは「腹緑」な昆虫なんだろうか? 

 そして、くやしいことにアオバハゴロモは1匹だけでヒメグモのお尻を薄緑色にしてしまうようだ。アリを何匹食べさせてもまだモスグリーンにもなっていないというのに……。


 7月25日、午前2時。

 ヒメグモの4ミリちゃんが産卵したようだ。不規則網の中に卵囊らしいものがあるし、お尻も一回り小さくなっている。枯れ葉を付ける前に産卵させることになってしまった。明らかに獲物の与えすぎである。ごめんね。


 午前10時。

 ヒメグモたちの不規則網がまた壊されていた。誰かがフェンスと植え込みの間に入り込んでまで剪定したらしい。4ミリちゃんと卵囊はフェンスに引っかかっているし、他のヒメグモたちも一応は無事のようだ。

 

 午前11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんが不規則網の修理を始めていた。

 ルリチュウレンジとアオバハゴロモを1匹ずつ捕まえた。後でヒメグモたちにあげよう。


 午後9時。

 ヒメグモの4ミリちゃんが張っていたごく小規模な不規則網にアオバハゴロモを投げ込んだ。冷蔵庫の中で力尽きていた獲物なのでまったく反応してくれなかったが、気が向いたら食べてくれればそれでいい。

 オニグモの20ミリちゃんが野積みにされているアルミサッシの四角い穴から顔を出していた。〔「頭胸部」と言え!〕

 そこを住居にしているらしい。


 7月26日、午前6時。

 ヒメグモの4ミリちゃんは卵囊ごと、ツバキの植え込みの方へ10センチくらい引っ越していた。お尻はまだ白っぽいオレンジ色のままだ。大きめの体格なのでアオバハゴロモの効果が弱いのかもしれない。


 午前7時。

 いくつかの水田で稲穂が出始めている(この時期だと、まだつぼみかもしれないが)。

 光源氏ポイントにはコガネグモが1匹だけいた。ただ、横糸は張っていない。

 1匹ののナガコガネグモの円網にしっぽの先まで120ミリほどのカナヘビが絡まってしまって逃げられない様子だった。網の主らしい体長10ミリほどのナガコガネグモがたまに寄っていくのだが、仕留めるのには大きすぎるらしくて、逃げ帰っては円網を揺らしている。これは……カナヘビが疲れるか、ナガコガネグモが諦めるかするまでこのままだろうかなあ……。


 午前8時。

 水田脇から用水路脇にかけてのエリアではコガネグモの卵囊が3個増えていた。

 アオバハゴロモを2匹と体長30ミリほどのキリギリス体型のバッタを1匹捕まえた。後で誰かにあげよう。


 午前10時。

 光源氏ポイントのコガネグモはまだ横糸を張っていない。引っ越して来たのか、産卵を終えて戻ってきたのか、いずれにせよ、食欲がないのでは手の出しようがない。


 7月27日、午前3時。

 体長3ミリほどになっているヒメグモの4ミリちゃんが不規則網の下にシート網を取り付けていたのでアオバハゴロモを投げ込んでみた。4ミリちゃんは例によってぽとんとシート網の上に落ちてきたのだが、不規則網部に引っかかっているアオバハゴロモはすでに冷蔵庫の中で力尽きているので、当たり前だが身動きしない。4ミリちゃんは糸を弾きながら見当違いの方向へうろうろしたあげく、また卵囊の側に戻ってしまった。これでは困るので、アオバハゴロモに息を吹きかけて身動きしているように見せかける。これでやっと、4ミリちゃんはちゃんと獲物にたどり着けたのだった。

 ところで、このぽとんと落ちる行動はシート網を取り付けてからでないと意味がないはずである(地面まで落下することになりかねない)。したがって、ヒメグモはシート網を取り付けたことを記憶しているということになるのではないかと思う。

 コフキコガネらしい甲虫を拾ったので冷蔵庫に入れておく。なお、いままで「コガネムシ」と呼んでいた甲虫は、正式には「アオドウガネ」と呼ばれる種だったようだ。アオドウガネは本来、本州の中部地方から南西諸島にかけて分布するとされてているものの、分布域は北上する傾向にあるのらしい。


 午前6時。

 光源氏ポイントの居残りコガネグモが円網を張っていた。隠れ帯は左下の1本だけなので、コフキコガネをあげる。居残りちゃんは捕帯を約30秒巻きつけてから獲物の腹部に牙を打ち込み、さらに捕帯を断続的に90秒以上巻きつけていた。うーん……意識的に捕帯を減らしている可能性もあるかもしれない。ナガコガネグモは15秒で仕留めてしまうのだから、それ以上の捕帯は必要ないはずだ。

 体長5ミリほどのジョロウグモが円網に付いていた長さ1ミリほどの実か種のようなものをもぐもぐしていた。この子が雄であるのならオトナになっていてもおかしくない体長である。タンパク質はもういらない、炭水化物中心の食生活に切り替えましたという可能性はあるかもしれない。

 体長15ミリほどのジョロウグモには体長8ミリほどの甲虫をあげてみた。この子は円網の上を転がり落ちていく獲物を追いかけて、円網の下端辺りでようやく腹部腹面に牙を打ち込んだらしかった。もしかすると、ジョロウグモは甲虫が苦手なのかもしれない。牙を打ち込めるのは腹部腹面だけ、とか? 

 その隣の同じくらいの体長の子にはアオバハゴロモをあげた。小型の飛行性昆虫なら飛びついて牙を打ち込んでくれる。

 カナヘビがかかっていたナガコガネグモの円網には自切されたらしいしっぽだけが残されていた。


 午前7時。

 左腿の内側を毛虫に噛まれてしまった。間違えないで欲しい。毛虫の毒針毛が刺さったのではなく、噛まれたのだ。チクッという痛みだったし、赤くなったり痒くなったりもしなかったし、何よりも毛虫の頭部には大顎があるのだ。作者は野菜や果物が好きなので植物的な味になっているのかもしれない。〔ほんとかよ?〕

 払いのけた毛虫は体長40ミリほどで、黒地に背面だけが白く、側面にはオレンジ色の班が8対並んでいるというタイプだった。見た感じではマイマイガの幼虫のようだが、今のところ正体不明である。しかし……昨日はバッタに指を噛まれ、今日は毛虫に腿を噛まれたということは、明日辺りは何者かにアレを噛まれるのかもしれないなあ。〔「アレ」ってなんだ! 言ってみろ、こら〕


 午前8時。

 体長50ミリほどの細身のバッタ(オンブバッタの雌?)を捕まえたので、水田脇まで戻って食欲がありそうなコガネグモにあげた。捕帯巻きつけ時間は約20秒。

 体長35ミリほどのよく太ったキリギリス体型のバッタは持ち帰って冷蔵庫に入れておく。明後日辺りに居残りちゃんにあげようと思う。


 午前9時。

 光源氏ポイントに戻って、体長15ミリほどのジョロウグモに体長20ミリほどのツチイナゴの子虫を弱らせてからあげる。少々時間はかかったが、この大きさでもちゃんと捕食できるようだ。

 別の体長10ミリほどのジョロウグモは体長3ミリほどの薄緑色のクモに捕帯を巻きつけていた。


 午前11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんのお尻はまだ薄いオレンジ色のままである。もしかすると、お尻の色が変わりやすい子と変わりにくい子がいるのかもしれない。

 個人的な問題だが、疲れると右眼だけ視力が低下するようになってしまった。今はモニター画面もキーボードも二重に見えるので片眼を閉じたまま作業している。年は取りたくないねえ。


 午後9時。

 ヒメグモの4ミリちゃんが不規則網に枯れ葉を付けていた。


 7月28日、午前1時。

 ヒメグモの4ミリちゃんが卵囊を枯れ葉の下に運び込んでいた。ご苦労様。

 オニグモの20ミリちゃんは相変わらず住居の入り口にたたずんでいる。斜めの体勢で脚を伸ばしているので、心配して脚先に触れてみたらちゃんと反応した。もしかすると夏休みを取っているのかもしれない。

 ツゲの木には今夜も12匹くらいのアオドウガネが取り付いて食い荒らしている。2メートルほど離れた所にもやや若葉が少ないツゲの木があるのだが、こちらに取り付いているアオドウガネは1匹もいない。やはり、群れて集中的に食い荒らすタイプの甲虫のようだ。これでは「害虫」と言われてもしかたないだろうな。

 コンビニの前でアオドウガネを3匹捕まえた。これはコガネグモたちの生け贄にしようと思う。


 午前3時。

 ヒメグモの4ミリちゃんに冷蔵庫の中に残っていた最後のアオバハゴロモをあげた。


 午前11時。

 ツバキの植え込みに新たなヒメグモが2匹やってきた。新たに現れた2匹のお尻はどちらもオレンジ色だ。


 午後9時。

 ヒメグモの4ミリちゃんにルリチュウレンジをあげてみた。4ミリちゃんはシート網の上にぽとんと落ちてきて、シート網の下から獲物に接近すると糸を投げかけた。さらに牙を打ち込むような仕草を見せた後、獲物を半周するようにシート網を切り開いてから枯れ葉の下に戻ってしまった。そのまま見ていると、また獲物に近寄って行ったのだが、今回はさらにシート網を切り開いて、最終的には獲物を落としてしまった。食欲がなかったのか、活きのいい大型の獲物だったので危険だと判断したのか……。しょうがない。これがクモ観察だ。


 7月29日、午前4時。

 ヒメグモの4ミリちゃんはシート網に開けた穴を塞いでいた。ちょうど左腕にとまったカを叩いてできた肉団子があったので、それをシート網に放り込むと、今回もぽとんと落ちてきた。ヒメグモの場合はシート網の穴を補修したかどうかを食欲の判断基準にできそうだ。ただし、小型の獲物なら穴を開けずに捕食するだろうから、前もって穴が開けられているかどうかを確認しておく必要はあるだろう。

 同じ植え込みにいるヒメグモたちにも体長5ミリほどの半殺しにしたアリをあげると、2匹ともぽとんを見せてくれた。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を張っていた。直径は約40センチで横糸の間隔は広め。やっと食欲が出てきたという感じだ。サンプル数が少ないので今のところはという話になるが、成体になっていないオニグモはあまり積極的に円網を張らないような気がする。交接した後は産卵のためにより多くの獲物を捕食する必要があるのだろうが、それまではマイペースで成長していけばいいという考え方なんだろうかなあ……。


 午前7時。

 サツマイモの花が咲いていた。

 光源氏ポイントの居残りコガネグモは横糸を張っているところだった。この子はもしかして、あの早起きが苦手な子なんだろうか? とりあえず太ったバッタをあげると、捕帯を約8秒間巻きつけてから牙を打ち込んでいた。バッタの脚は長いので捕帯の量が少なくても抵抗を封じてしまえるのだ。いわゆる「てこの原理」というやつである。

 一方、コガネムシの場合は脚が短くて力が強いので、捕帯をかき分けて、その隙間から脚を出してもがき続けたりする。その結果「まだ捕帯が足りない」という判断をすることになってしまうんだろう。

 ナガコガネグモの場合は、コガネムシがかかった時でも15秒間くらい捕帯を巻きつけて、ある程度抵抗を封じたところで牙を打ち込んでしまう……と思っていたら、今日アオドウガネをあげた体長25ミリほどのナガコガネグモは、なんと、捕帯を約90秒間も巻きつけやがった! これまで集めてきたデータの意味がなくなってしまったじゃないかあ。

 もしかして、クモたちは作者をおもちゃにしてるんじゃ……ないんだろうな。クモは必要だと判断したからこそ捕帯を巻きつけるのであるはずだ。巻きつけ時間が予想から外れるのは何か見落としている要素があるのに違いない。ナガコガネグモの場合でいえば、さほど空腹でない時には「逃げられてもいい」という意識で捕帯を節約することを優先する子が多かったのかもしれない。25ミリちゃんはたまたま産卵の二日後だったとかで、獲物を確実に食べたかったのかもしれない。

 そこで別のナガコガネグモにもアオドウガネをあげてみた。するとこの子は、しばらく様子を見てから獲物に近寄って捕帯を少し巻きつけて……そこでホームポジションにもどってしまったのだった。この時点でこの子がすでに肉団子を咥えていたのに気が付いたのだが、すでに手遅れで、もがき続けていたアオドウガネは円網から外れて落ちてしまった。こういう失敗をしたクモはほとんどの場合、ある程度時間が経ってからでないと獲物に反応してくれなくなるのでやっかいだ。まあ、食欲の有無を確認してから獲物をあげればいいという話ではあるのだが。

 ジョロウグモの幼体たちにはアオバハゴロモやベッコウハゴロモ、そしてハエなどをあげていく。小型の飛行性昆虫だとすぐに飛びついてくれるので楽だ。

 体長が15ミリを超えるような比較的大型の子たちには体長20ミリほどのツチイナゴの子虫を弱らせてからあげる。この子たちは慎重に近寄って、脚先でチョンチョンとつついたりして安全確認をしてから、さっと踏み込んで牙を打ち込むのと同時に第一脚と第二脚を高く上げていた。「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ」というアフレコを入れたくなるような狩りである。〔碇シンジは男だぞ〕

 捕帯を使えないというのはこれほど大きなハンディキャップになるのだ。


 午前8時。

 水田脇から用水路脇にかけてのエリアでコガネグモの卵囊を新たに3個見つけた。そのうちの1個からは出囊した子グモたちがまどいを形成していた。つまり、その卵囊は見落としていたということである。

 イナゴの成虫が現れ始めていたので、雄を2匹捕まえた。後で誰かにあげよう。


 7月30日、午前1時。

 ツゲの木に群れているコガネムシには鞘翅の後ろ側から腹部がはみ出している個体も何匹か混じっているのに気が付いた。これは茨城県では在来種になるドウガネブイブイかもしれない。めんどくさいから、これからは「コガネムシ」表記に戻すことにする。あしからず。

 で、コガネムシの1匹をお尻がぺったんこになっているオニグモの20ミリちゃんにあげてみたのだが、20ミリちゃんは捕帯を約8秒間だけ巻きつけて牙を打ち込もうとしたらしかった。

「それは無理だろ」

 暴れ続けるコガネムシと20ミリちゃんは組み合ったまま地面に落ちてしまったのだった。……このへたくそな狩りも個体変異の範囲内なのか、それとも、極端に食欲がなかっただけなんだろうか? おかしな観察例だけが増えていくようだなあ。〔それが生物というものだ。諦めろ〕


 午前2時。

 お詫びの印にオニグモの20ミリちゃんに体長20ミリほどの細身のバッタ(オンブバッタの雄?)をあげた。20ミリちゃんはすぐに飛びついて牙を打ち込んだのだが、どうして捕帯を使わないんだろう? ガ狙いの極端な偏食家なのか、夜になっても暑いので夏バテしているのか、あるいはジョロウグモの霊に取り憑かれているんだろうか?〔非科学的なことを言うんじゃない!〕


 午前3時。

 ヒメグモの1匹の網に体長5ミリほどの力尽きているガを投げ込んでみたのだが、不規則網に引っかかってしまった。これはよくあることなのだが、そのガを枯れ草でツンツンしようとしたら、枯れ草が不規則網の糸にくっついてしまった。もしかしてヒメグモの不規則網には粘球が付いているんじゃないのか? あるいは、静電気による引力とか? 


 午前10時。

 光源氏ポイントにコガネグモの新顔が現れた。バッタのようなものをもぐもぐしている。観察を続けていると、30分ほどで獲物を円網に固定したまま、クズの葉の下に入ってしまった。気温はすでに32度Cだから陽当たりのいいところにはいたくないんだろう。

 ジョロウグモたちもアオバハゴロモやベッコウハゴロモなら飛びついてくるのだが、バッタやアリには知らん顔をしている。仕留めるためのコストと得られる栄養が釣り合わないということかもしれない。

 体長15ミリほどのジョロウグモの1匹は体長7ミリほどの白いカニグモ(アズチグモ?)を仕留めていた。スマホを見ながら歩いている人間には想像もできないと思うが、クモの世界では不注意は死に直結しているのである。


 午後1時。

 ヒメグモの4ミリちゃんの隣の子のお尻が黒っぽいオレンジ色になっていた。何かおかしな物を食べたんだろうか? なお、4ミリちゃんともう1匹のヒメグモのお尻は白っぽいオレンジ色だ。

 

 午後9時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていたので、冷蔵庫から出したイナゴの雄をあげたのだが、やはり捕帯の量が少ない。とりあえず、お尻が膨らむまでは捕食できそうな獲物をあげ続けようと思う。


 7月31日、午前5時。

 久しぶりに玄関脇のジョロウグモに体長5ミリほどのアリをあげた。ところが、この子は円網と平行な面内で腰を振ったのだった。体長7ミリほどしかない鉛筆体型なのに。

「そこまでするほど食欲がないんかい!」

 と思ったのだが、7ミリちゃんはすぐに獲物に飛びついて牙を打ち込んだ。もしかすると、獲物がかかることを予想していなかったので驚いてしまったのかもしれない。

 ヒメグモの4ミリちゃんはシート網に開けた穴を補修していなかったので、穴のない部分を狙って体長5ミリほどのアリを投げ込んだのだが、シート網が破れてアリが落下してしまった。どうも、補修されていないシート網は急速に劣化していくんじゃないかという気がする。

 その隣の体長3ミリほどの子には冷蔵庫の中で力尽きていた体長5ミリほどの細め体型のガをあげたのだが、これまた反応はしたものの、すぐに枯れ葉の下に戻ってしまった。まったく動かない獲物だとどこにいるのかわからないのらしい。

 三匹目の体長2ミリほどの子にあげた体長4ミリほどのガは羽ばたく力が残っていたので、一度は逃げられたのだが、それをまた捕まえてフェンス越しに不規則網に投げ込むと、これにはちゃんと駆け寄って牙を打ち込んでくれた。ヒメグモに獲物をあげるのはとにかく難しい。


 午前11時。

 スーパーの東側の植え込みにヒメグモが1匹いるのに気が付いた。低木の枝葉の下だったので見落としていたらしい。体長3ミリほどで、お尻の色は濃いめのオレンジだ。

 体長12ミリほどのジョロウグモが円網の向かって右半分だけを張り替えていたので、体長5ミリほどのアリをあげた。この子はちゃんと飛びついてきたのだが、半分だけ張り替えるということは暑さでまいっているということなんじゃないかと思う。気温が30度を超えている炎天下で飛行するような物好きな獲物も多くはないだろうしな。


 午後4時。

 行き倒れのアオメアブ(多分)を拾った。ハエ目ムシヒキアブ科の捕食性昆虫だが、回折現象によって赤から緑までの範囲で色が変化する複眼がきれいだ。


 午後8時。

 オニグモの20ミリちゃんは住居の入り口から出たところにたたずんでいる。昨日イナゴを食べたばかりだから円網を張り替えるとしても夜中過ぎだろうと思う。



     クモをつつくような話2023 その2に続く

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