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13.9歳_4

「墓?」

「はい、ありますよね? お墓くらい」


 お父様の発言が事実であるなら、ルードクロヴェリア公爵家の嫡男は事故死している。……いや、正確には瀕死状態のところに止めを刺したと言っていた。つくづく人でなしな悪魔である。


 一応九年間お父様の娘として生きてきてわかったのは、彼は面倒ごとを嫌うため無駄な嘘をつかないということ。どうでもいい嘘をつく悪魔ももちろんいるとは思うけれど、お父様はそのタイプではないだろう。それに積極的になにかを成そうというやる気もない。

 怠惰でめんどくさがりな彼が、ぴんぴん生きている人間を殺してまで入れ替わろうとは思わないはずだ。相手の記憶を消去し、別の記憶を植え付けて入れ替わった方が死体の処理もしなくて済むと思いそう。だから瀕死状態だったのは事実だろう。


 まだ年齢一桁の私がこんな非常なことを考えているとか泣けてきそうだけど、お腹にグッと力を込めた。

 するとお父様の視線がスッと細められた。その眼差しひとつで心臓が凍えそうだけれど、怯んではいけない。それに私の傍にはレイナートがついている! いざというときは助けてくれるはず!(多分)。


「マルル。墓の定義はなんだ」


 質問をしていたのは私のはずなのに、何故か予想外の質問を返された。

 まさかお墓を知らずに九年間も人間の社会にいるなんてことはないですよね? と言いたくなったのを堪える。


「それはもちろん、亡くなった人を火……土葬して死者を弔うためのものですよね」


 いけない、火葬って言いそうになったわ。

 この国では土葬が一般的で、火葬なんて大罪人にしかされない。それこそ魔女狩りの火あぶりのような……それも古い歴史の記録でしか見たことがないけれど。


「では訊くが、悪魔が死者を弔うと思うか?」

「……!」


 眉ひとつ動かさず問いかけられた。「至極当然なことだろう、なにを言ってるんだ馬鹿か?」と副音声が聞こえてきそう。


「え、いやでも! ご遺体の処分は? 隠すにしても大変じゃないですか」

「塵も残さず消すくらい造作もないが」

「……っ」


 ……ああ、どうかしていた。少しでも期待した私が馬鹿だった。

 父からしてみれば、墓があるからなんだとでも言いたいのだろう。それにもしもお墓が存在して、私がお墓参りに行ったって相手が喜ぶはずがない。

 完全に自己満足でしかないのだと気づかされて胸の奥がギュッと締め付けられた。

 こんな質問は子供じみていたのだ。私の浅はかさに呆れていそう。

 でも、それでもあんまりではないか。これでは本物のフィン様が浮かばれない。


「……それじゃあ、生きた証がなにもないじゃないですか。家族からも、親しい友人の記憶からも自分の存在が消されて、名前も存在も奪われてお墓も残らないなんて。生きていなかったことにされるなんて酷いです。あまりにも鬼畜の所業すぎます」

「お嬢様」


 レイナートに窘められそうになるが、私は間違ったことを言っていない。

 悪魔に人でなしなんて言ったところで痛くも痒くもないことを知っている。悪魔なんだから当然だろうとしか思われないことも。

 なんで私は自分の誕生日にこんな辛い気持ちにならなければいけないのか。そもそも生まれてきてしまったことが間違いだった。マルルーシェに生まれ変わらなければよかったのにと思わずにはいられない。


「生きた証とはなんだ。墓の有無がそんなものになるとでもいうのか」

「……墓標に名前は刻まれます」

「名を刻んだからなんだという。そこに魂は眠っていないというのに、張りぼてに縋るなどくだらん」


 理解してもらいたいなんて思っていない。いくら口で説明しても、きっと悪魔にはわからないことだから。

 でも、人間が亡くなった人を大事に想う気持ちを蔑ろにしてもいいとは思わない。


「……くだらなくなんかない。お墓の前で想いを馳せて、思い出を語ることのなにがいけないの」

「お嬢様、およしなさい」


 レイナートがふたたび私を止めようとした。きっと私がなにを言っても届かないのだから、言うだけ無駄だと言いたいのだろう。

 でもここで私が折れたら、これから人間として堂々と生きられそうにない。この感情と主張は、私が人間だという証明でもあるから。


「撤回してください」と睨むように悪魔を見つめる。

 心臓はバクバクとうるさいし怖いし、変な汗もかいてくるし、もしかしたらパチンと指を鳴らすだけで私の存在なんて消されちゃうかもしれないけれど。それならそれでいい。私が邪魔で殺すなら殺せばいい。

 私が睨んでも父の表情はなにひとつ変わらない。感情が読めないまま静かに告げる。


「撤回はしない。くだらん人間ごっこに付き合うつもりもない。お前が墓にこだわるなら適当にあやつの私物でも集めて自分で作れ」


 父は興味が失せたかのようにこの場から姿を消した。

 残された私は震える手をギュッと握りしめて、近くに佇むレイナートを見上げる。


「あるの? フィン様の私物」

「……ええ、いくつかは残ったままですね。衣類などは大方処分していますが」


 物置部屋には学園での思い出の品や卒業式のローブに答案用紙など。一般的な思い出のグッズは残っているそうだ。


 パーティーが終わった後、私はそれらを回収することにした。埃をかぶって物置の奥にしまい込むより私の部屋で管理したい。

 大き目の空き箱にフィン様グッズを詰めて蓋をする。

 父には好きにしろと言われたけれど、結局敷地内にお墓を作る気にはなれなかった。そんなことをして誰かに不審に思われたら面倒なことになりそうだから。

 それに彼からしてみたら、悪魔の娘である私にそんなことをされても鬱陶しいだけだろう。


「レイは私のことを愚かだなって思う? こんなことをしても自己満足にしかならないって」


 部屋の片隅にフィン様のグッズをひっそり置いた。みんなが忘れてしまっても、彼が生きていた証を感じたい。

 会ったこともない人間を大事にするなんて、悪魔からしてみれば理解しがたいだろう。私だってなんでこんなことをしているのかはよくわからない。ただの罪悪感か同情心か、それとも私を可愛がってくれる祖父母とぎくしゃくしたくないからか。


「人の子は面白いことをするなとは思いましたが、それがお嬢様のしたいことなら私はただ見守るだけです」


 優しい言葉に絆されそうになる。

 レイナートがぽろぽろと頬を伝う涙を優しく拭ってくれた。


 でもどんなに口調と仕草が優しくてもレイナートは父の息子で純血の悪魔だ。人間の感情を否定はしなくても理解ができるわけではない。

 見守ることはしてくれても私の味方になってくれるわけではないから気を許してはいけない。甘えてもいけない。だって悪魔に心を許したら破滅する。


 私は改めて、悪魔は恐ろしい存在なのだと自分に言い聞かせたのだった。




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