表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

核戦争100日目

作者: 平之和移


 ボクと母さんは出かける準備をしていた。よくあるマンションの一室。我が家はついに一軒家を持てぬまま、味のしない配給食を食べ終えた。スーツを着込む。就活なんて大学生以来だ。


「ねぇ、北海道にも落ちたらしいよ、核」


 母さんは世間話として語りかけてくる。人の大量死は今やいつものこと。だから、


「どこら辺?」


 と返すボクは一般人。母さんも反応の倫理生と問いただすこともなく、


「どうも東っぽい。あんま人のいないところね」


「……まさか、核戦争がこんなグダグダだとは知らなかったよ」


「また退職の話?」


 母さんは呆れ混じりに聞いてきた。確かに、この話はしつこく言っている。


 核戦争が始まった時、ボクは反射的に職を辞した。最後の時ぐらい家族と過ごしたかったのだが、今思えば、職をやめられる時点でどこかおかしかった。結局社会は続いていて、両親は変わらず仕事をし、ボクはただ無職になっただけ。


 派遣を受けるのは元正社員のプライドからやめた。人類がゆったりと滅ぶ中やることが就活なんて。冷戦期のSF作家に聞かせたらどんな顔をするだろうか。案外、予想通りかも。


 玄関まで行って、近くに掛けられている鏡で改めて身だしなみを確認。となりの母親は苦笑を浮かべて言葉をかけてきた。


「私達は、仕事をやめてこっちに来てくれたの、嬉しいよ」


 横目で捉えた母さんの目にはどこか、諦観があった。この狭い廊下でこの空気はどうも吸いにくい。


 いつ死ぬか解らないとはいえ、こう面と向かって感謝されるのは恥ずかしい。そもそも、我が家の人間は神奈川県内を活動範囲としている。核が落ちたらまとめてドカン。生き別れることもない。だから、いちいち恥ずかしいことを言わなくても……。


「……行ってきます」


 マンションを出て、横浜へ、工場の面接に向かう。


 放射性降下物対策の傘とガスマスクをばっちり着けている。スーツもピシッと着て手袋もある。肌を晒していない。とはいえ、科学的知見はイマイチだ。意味が無いかもしれない。それでもこれらを着る他ないのは、最高学府さえある東京は吹き飛んでいるからだ。


 核戦争が始まってから外出する人は少ない。駅までの閑散とした町にも人どころか車だっておらず、歩きスマホし放題。昔、疫病が流行した時と似ている。違いは、明確な死が上空から降ってくることぐらい。


 スマホでは友人とLINEしている。LINEはまだ残っていた。自治体の努力、その賜物だ。


 友人も戦争で仕事をやめていた。これからトラック運転手を受けるらしい。長野の地下国会とのやりとりをするとのこと。


《長野? 首都機能は京都に移っていなかった?》


 僕のメッセージにすぐ返信がくる。


《まだ情報来ていないのか。京都も吹き飛んだよ。今は旧日本軍が残した地下バンカーに逃げ込んでいるんだ》


《あの都市伝説本当だったんだ……》


 そうやって話しているうちに駅に着いた。立派に建てられているそこに人の影はまばら。駅にだけ力を入れた田舎町のような外観。


 かつて首都圏の一部として数えられていたこの神奈川。今は少量の電車が稼働しているしょっぱさ。江戸以前の静けさを取り戻しつつあるようだ。


 切符を買い、駅員に切ってもらった。改札よりも、こっちのほうが今どき低コスト。六両の電車に乗り込む。深夜の電車だってここまで空いていないだろう。ボク自身は変わらずLINE。ボクからの事実確認というコミュニケーション。


《東京の経済機構は横浜に移ったんだよね》


《京都と中途半端に別れたからあんま成功してないけどな》


《ちょうどこれから横浜だよ》


《本当か? 次は横浜じゃね?》


《だったら初手で落としているでしょ》


《それを言ったら北海道に落とすワケないじゃん。あんな東の、マジでなんも無いところに》


 友人の指摘は最もだ。イレギュラーが積み重なって、誰も未来を見通せない。そんな時に定石を語っても焼け石に水。


 しばらくして横浜に着いた。LINEで友人と別れを告げ、降りる。昔はあれだけうるさかった横浜駅も、今は別の意味でやかましい。


 いつ核が落ちるかも不明なのに、この駅の工事は続いている。余生を工事で過ごすつもりなのだろうか。灰色の空は傘を差すに充分な理由を与えてくれるが、駅前を歩いている浮浪者たちはマスクだって付けていない。


 ホームレスには男も女も多々。県外から逃げ込んだ者(つまりは都民)、職場を失った者、あまりに多様な家無き人がいる。中には狂って叫び出す人も。誰も聞かない終末論が虚しく響く。


 こんなのを見続けても憂鬱になるだけだ。


 バス停へ移動中、


「被爆者達は今も苦しんでいます! 募金をお願いします!」


 というボランティアに絡まれた。ボクは決死の意思で無視を決め、バス停に着いた。被爆者が苦しいのは理解している。しかしそんな人々に手を差し伸べられるほど、ボクの手に余裕は無い。


 内容も中身も違うが、先までのことは戦争以前にもあったもの。ただ少し、世界の終わりになっただけ。


 面接先の工場へバスで行く。人はおらず、車内の換気もされていない。横浜の都市圏は想像より狭く、そして道を走る車は少ない。目的地へは一瞬で着いた。


 町工場。それが第一印象だ。


 事務所に挨拶し、応接室に通される。いいソファに、ガラステーブル。壁には賞だの何だのが飾られ、その主として社長の肖像がある。それらが狭い一室に敷き詰められていた。


 開かれた扉にノックの音。


 ボクは立ち上がって、老齢の面接官に体を向ける。職人上がりと思える男性。その細身からは柔和な空気を出していた。社長の肖像と同じ顔。ご本人だろう。


 自己紹介をして「どうぞおかけになって」と笑顔で促された。形式通りに着席し、面接に挑む。


 だが。


「申し訳ありませんね、こんなところまで。悪いですが、新規は受け付けていないのです」


「えっ」


「電話しようにも、爆発の影響で電話線が切れて。直してもらおうにも、後回しにされてね。手紙なんてものでやり取りするのは久々でしたよ」


「……はぁ」もちろん手紙は届いていない。配送会社がいないのだからどうしようもない。


 ショックと落胆、わずかな怒りで呆けてしまう。だが社長の悲哀あふれる表情を前にすると、気が抜けた。


「本当に申し訳ありません。求人も取り下げるべきなのに」


「あぁ、いえ」


「ここまで来てくれたのは本当に嬉しいですよ。実は、人手が足りないもので。体力があって元気で、問題を起こさない人なら、つまり貴方なら歓迎していたんです。でも……」


「戦争ですか」


「そう。こんな時ですから。求人だって、取りそうげようとしても対応は遅れに遅れる。だから、貴方はお家で家族との時間を大切になさい。職場にいたら自宅が吹っ飛んだというのも、珍しい話ではなくなりましたから」


「……ご忠告、感謝します」


 ボクは笑顔を顔に貼り付け、見送られ、バスに乗り、今は電車だ。


 断られた上に説教まで食らうとは。家族を思って退職したら、結局世界は百日生きている。どうせ、これから百日後も戦争は続いているだろう。核の嵐で学んだことは、終わりは意外と遅いということだ。


 だがこんな愚痴を言っても始まらない。自宅に帰り、親のいない昼に派遣登録を終えた。元正社員として、派遣は負け組と謎のプライドを押し付けていた。だがもう、そんなこと言っていられない。社会人なら働かないと。


 驚いたことに、登録は簡単で仕事もすぐ決まった。なんと東京へ被害状況の確認に行けとのこと。高給で、カメラと通信機器を持って歩くだけ。危険だが、だからこそ見返りもでかい。


 後日のために仕事の準備をしている夕方、両親が帰ってきた。忘れていた皿洗いをあわてて始め、そこへ両親が来た。ボクは、


「おかえり。派遣で仕事決まったよ」


 と、気分よく言った。


 母さんも父さんも、「そう……」と顔を俯かせていた。


 まるで祝福していないみたいに。


 ……そして、後日。ボクは瓦礫の街たる東京を歩いていた。重厚な防護服、専用カメラ、通信機器。まるで異星探検隊。人工物のゴミが広がるのも相まって、現在核戦争中だということを思い知る。


「噂には聞いていたんだけど」監視・記録担当の女性が通信で世間話。「本当にここがお台場なんだ」


「一度、この目で見たかったですよ。あのー、ロボット?」


「結局宇宙には行けなかったね」


 重力に魂がどうのと言っていたがボクにはサッパリ。担当の人はボクに形骸的指示を与えるだけで研究職ではない。変なことをしていないか見ているだけだ。この映像は録画され、いつか政府に届けられる。……政府が生きていればの話だけども。


「知ってる? 今の新宿駅って……」ザァッ、ザッ、ザザッ。


 突然のノイズ。どうやら通信がイカれたらしい。立ち止まり、機器をチェック。事前に読み込んだマニュアル通りに再起動。なおもノイズまみれ。だが段々と回復した。


「大丈夫ですか、無事ですか?」


「ちょ……待って……上から情……来た。あぁクソ……ァックスかよ。……ジか。うわ……遺書……ハァ」


「すみません、もしもーし?」


「え……えないのか……待ち……」


 ノイズが途切れていき、声が明瞭になる。


 担当の人は大きなため息を挟んで言った。


「今、通信トラブルの原因を示していると思われる書類が届いた。落ち着いて聞ける?」


「……はい」


「神奈川南部と東部が吹き飛んだ。あんたの地元も入っている」


 正確な位置を問い返そうとして、口を閉じた。それが解っているなら目の前の東京はここにない。


「どこの」落ち着くための無意味な質問。「どこの国ですか」


「いつも通り不明」地元が吹き飛んだ。


「でも、近づいてきたことは判っていた」家が吹き飛んだ。


「残っていた自衛隊が頑張ったらしいけど」家族が吹き飛んだ。


「どうにも、ね……」母さんと父さんが跡形もなく死んだ。


「届いた書類は落ちる寸前のものだね」核で。


 家族との最後の会話は、この仕事が決まったことだった。友人とは、どうだったろうか。


 目の前にある東京だったものは、ボク達の未来そのものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最近BSで、短編映画の優秀作品を放送してたのですが、この作品を15分前後の映画にしたら、雰囲気があって面白いだろうな、と思いました。
[一言] タイトルに惹かれて読み始めました。救いがないのに最後まで読ませる展開、実際に起こり得そうなリアリティに溢れていてとても面白かったです。 (物語の結末的に「面白い」という感想は適切ではないかも…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ