番外編 陛下からのお使い……予想はしておりましたけれど 三十七
それでも、一抹の危うさはあった。極端なところ、レクシャが我が身可愛さにラルコーもふくめた全員を裏切る可能性もある。もっとひどいのは、家宝と称してなにか不意討ちの仕かけをもたらすこともありえた。
思案しつつ髪を解いてうなじのところで縛り、メイクを落とした。そこで気づいた。寝巻きまでは買ってない。
さすがにドレスのまま寝るのはナンセンスだ。普段着にわざわざ着がえて寝るしかない。またシワができる。ドレスも本当ならちゃんとした台やケースを調達しないといけなかった。宮殿ならメイドがやるし、貧民はそもそも気にするような生活をしない。自分のことを自分でするというのも段階があるものだ。
「お休みなさい、師匠」
洗面所をでて、私は一声かけた。
「お休み」
ベレンの返事を受けつつ仕きりの中に入って、ドレスから普段着に着がえた。それからベッドに……いや、仮ベッドだった……もぐりこんだ。
「起きろ。ロネーゼ、起きろ!」
「うーん、師匠……仮面は上半身につけてください……」
私は夢うつつだった。
「いい加減にしろ! 仕きりをどかせるぞ!」
「ええっ! 待ってください!」
一発で目がさめた。そして、室内に漂うひどい悪臭に思わず鼻をつまんだ。もともとお世辞にも清潔な立地じゃない。それにしても、寝る前からしたら群をぬいてひどくなっている。
仕事場の窓は鉄の板をあげさげするだけで、あけたら虫でもゴミでもふつうにやってくる。まだ閉じたままなので、朝なのか夜なのかはまだはっきりしない。
「おはようござ……」
どうせ服は着たままだし、そのまま仕きりをでた。レクシャは帰ってきていた。ラルコーはそのままだ。ベレンもいる。そして、床のまんなかには布に包まれた長細いなにかがあった。両端とまんなかの三か所を紐でくくってある。赤黒く汚ならしいシミが、布のあちこちを水滴さながらに染めていた。
悪臭の源が、床に横たわる包みなのはいやでもしられた。ご飯を食べたあとなら吐いていたかもしれない。
「こ、これ、子爵家の家宝……ですか……?」
「らしいな。たったいまついたばかりだ」
どう接していいのか、ベレンも悩んでいるようだ。
貴族の家宝なら、指輪だの首飾りだのを想像するのがふつうだろう。あまりにも予想を裏ぎりすぎている。
「お前は、これを家宝と認めるのか?」
ベレンでなくともラルコーにたしかめるほかない。
「クククククク……ハハハハハハハ!」
ラルコー、気が……!?
「なにがおかしい!」
「ケッサクだよ。たしかに家宝さ。レクシャ、よくやったぞ」
「お前ら二人で、俺達をからかってるのか!?」
「怒る前に、中身を拝めよ」
ラルコーの言葉は、軽蔑とかやせがまんとかいった様子とは少しちがった。




